« ■そろそろ仕事とお金を分けて考えましょう | トップページ | ■節子への挽歌883:無縁社会 »

2010/02/01

■デフレスパイラルはもしかしたら新しい経済への入口です

デフレは結局は自らの首を絞めることだといわれます。
私もそう思っていました。
しかし、最近、考え直しました。
デフレは金銭至上主義経済からの脱却に繋がるのではないかという気がしてきたからです。
相当めちゃくちゃな話なのですが、一応、書いてみます。

商品の価格が安くなると企業は利益を上げられなくなる。
そこで労働コスト、つまり働く人の賃金を減らす。
収入が減少した労働者は、消費力も低下させ、安くなった商品さえ買えなくなる。
商品を売るために価格をさらに安くする。
つまりデフレスパイラルです。

デフレスパイラルは経済活動を低下させます。
もし人間の生が経済活動のためにあるのであれば、それは止めなければいけません。
しかし人間は経済活動のために生きているのではなく、生きるために経済活動も必要だというのが正しいでしょう。
そんなことは当然だといわれそうですが、この当然のことを忘れている人が多すぎるように思います。
少なくとも私の周りにはほとんどいません。
人間は経済活動などなくしなくても生きていけるのですが。

デフレスパイラルの話に戻ります。
価格が安くなり、者を作ることは利益ではなく損失を生むようになる。
そのため生産活動が減少する。
従業員は解雇され、お金がないので生活が困難になる。
どうしましょうか。

お金がなくても暮らせる方法はないのか。
そんな方法などあるはずがないと思うかもしれませんが、いくらでもあるのです。

10年ほど前に長崎県の小値賀島に行きました。
最近、この島は話題になっていますが、私もずっと気になっていた島です。
本当から見えるところに無人島「宇々島」がありました。
その島は「再生島」と言われていたそうです。
生活を破綻させた家族はすべての税や役務を免除されて、その島に移住したのだそうです。
島には畑や放牧場のほか住居用の家もあり、お金とは無縁の自給自足の生活ができました。
その上、周囲の海で採れる海産物を出荷し収入を得ることもできたので、数年すると蓄えもでき、生活を再建して本島に戻ってこられたのだそうです。
少し前までの日本には、そうした仕組みがさまざまな形であったのです。

お金がなければ暮らしていけない、という強迫観念を植え付けることで資本主義は発展し、お金がお金を生みだす仕組みが大きくなってきてしまったのです。
デフレスパイラルは、そうした金銭依存スパイラルから抜け出すチャンスかもしれません。
スパイラルを反転させる辛さはありますが、反転させてしまえば、状況は一変するかもしれません。
お金などなくても、豊かな暮らしができるようになる、新しい経済システムの始まりにできるかもしれません。

わかりにくいでしょうか。
一度、こういうテーマでの話し合いの場を湯島で開きたいと思います。
関心のある方はご連絡ください。

|

« ■そろそろ仕事とお金を分けて考えましょう | トップページ | ■節子への挽歌883:無縁社会 »

経済時評」カテゴリの記事

コメント

このテーマの話合いに興味があります。

先日、躁鬱病の人とお話しました。
2年前に退職し、躁鬱病のため、定職にも就けず、
日雇い派遣やイベント系の仕事で食いつないでいるとのことでした。

一度レールから外れたら戻れず、負のスパイラルが続いてしまう、
今の資本主義の最果てです。

前エントリーの「仕事とお金を分けて考える」事と合わせて、
このような方々に我々は何ができるのか、考えてみたいと思います。

投稿: 矢辺卓哉 | 2010/02/01 09:59

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30899/47447620

この記事へのトラックバック一覧です: ■デフレスパイラルはもしかしたら新しい経済への入口です:

« ■そろそろ仕事とお金を分けて考えましょう | トップページ | ■節子への挽歌883:無縁社会 »