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2010/02/20

■節子への挽歌902:節子はいつも主役でした

昨日、いささか奇妙な挽歌を書いてしまったのですが、真夜中に目が覚めて気づいたことがあります。
3年前、家族みんなで房総に旅行したのが今日だったのではないか、と。
ホームページで調べてみたら、やはりそうでした。
もしかしたら、昨夜の音楽からメッセージは節子からだったのかもしれません。

3年前の今頃は、家族はみんな精神的に少しダウンしていました。
そんななかで一番元気だったのは、おかしな話ですが、たぶん節子でした。
節子のすごさは、どんなときにも元気なことです。
私もややそうなのですが、これは私たち夫婦の特徴かもしれません。
2人ともかなり楽観的なのと先のことをあまり考えないタイプなのです。

当時、私もたぶん元気だったと思いますが、少し疲れていたかもしれません。
節子に比べたら、私はあんまり根性がなく、すぐ疲れるのです。

南房総では2月になれば、もう花が満開です。
それで南房総が選ばれたのですが、節子も花を満喫する旅になりました。
その旅で買ってきた花が今も咲いています。

節子はそのころはもうかなり身体が不自由でしたし、食事はあまり食べられませんでした。
それでも旅の主役はいつも節子でした。
どこにいってもはしゃいでくれました。
鴨川シーワールドではかなり辛そうでしたが、家族みんなと一緒に水族館も見て回りました。
食事も食べられないの、節子が主役でした。
ともかく節子は、わが家での行事ではいつも主役なのです。

その節子がいなくなって、わが家の行事も最近はいささかさびしいです。
いつも陽気で笑っていて、ちょっとお茶目な節子がいないと、世界はこんなにも変わってしまうものかと思います。

あの、夢のような南房総の旅から3年目。
あの時は、まさかそれが最後の家族旅行になるとはだれも思っていませんでした。
人を愛してしまうと、見えるものまで見えなくなってしまうのかもしれません。
でもたぶん、私とは違い、節子はそれが最後の旅だと知っていたのでしょう。
だからあれだけ明るく振舞ってくれたのです。

ほんとうに最高の女房でした。

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