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2010/03/19

■自評2:携帯電話(ネット端末)から見えてくる恐ろしい未来

昨日は私が守銭奴ではないかと書きましたが、実はそのゲームの罠から抜け出ようと思って、ルーレットに毎回最高の点数をかけて手元の財産をゼロにしようと考えました。
予定通りどんどんチップがなくなり、もう少しで「破産」できそうになったのですが、そこでなんと36倍の当たり目が出てしまいました。
またそこでせっせとチップを使いましたが、どうもある限度以下になると減らないようにプログラム化されているようです。
いろいろとやってみましたが、ある限度からは絶対にチップは減らないのです。
いさぎよく破産したくても破産できないわけです。
でまあ、チップが残っているとまたやりだしてしまうことになるのです。

私には賭け事はあまり経験がないのですが、その呼吸が少しわかりました。
こうやってずるずると引き込んでいくのでしょう。
ギャンブルに迷い込む人の気持ちが少しわかるような気がします。
一度迷い込むとなかなかそこから抜けだせなくなるのでしょう。

ところでこのゲームをやって仮にたくさんのポイントを得たとします。
それでどういうメリットがあるのでしょうか。
そのチップで、何かの商品をもらえる懸賞に応募できるのです。
といっても、別にゲームをしなくとも、最初に提供されたチップでも十分に応募できますから、あまり意味はありません。
それに、おそらく当選する確率は限りなくゼロに近いはずです。
それにもらってもあまり意味のあるような商品でもありません。
しかしそれがわかっていても、実際にチップが減ったり増えたりすると、何となくそこから抜け出しにくくなるのです。

ではこうしたゲームによって、私は何を失ったのでしょうか。
お金は一円も失っていませんが、「時間」はかなり失ってしまいました。
まあ、私は暇ですから時間を失ってもあまり影響はないのですが、それにしてももう少し意味のある時間の使い道があったような気がします。

さて私自身の恥を書いてしまいましたが、これはいまの社会の状況にかなりつながるところがあるような気もします。
モモの「時間泥棒」の話も思い出しますが、労働のために時間をとられたりレジャーのために時間をとられたりするほかに、こんな形で日常のほんの細かな時間ももしかしたら「盗まれている」のかもしれません。
これもまた消費社会の一側面なのでしょうか。
携帯電話(ネット端末)はその手段です。
これによって次に社会を担う世代は完全に管理対象として把握されてしまいました。
彼らの時間はすべて管理されだしていると言えるでしょう。
恐ろしい未来が見えてきます。

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