■トレッドミルからおりる生き方
挽歌編「止まってしまったトレッドミル」で、「この2~3世紀の経済が急成長したのは、「欲望のトレッドミル」を普及させたおかげ」と書きました。
それを受けての最近の私たちの生き方への反省です。
挽歌編の一部を繰り返します。
どんなに幸せで満足な状況になっても、人はすぐにその状況に慣れてしまい、欲望を強めて、さらなる満足を求めだすのです。
これを「幸福のトレッドミル」とか「欲望のトレッドミル」と言うそうです。
トレッドミルとは、ハツカネズミなどが回す踏み輪のことです。
昔は縁日などでよく見かけたものですが、最近はスポーツジムで人間がやっています。
スポーツジムであれば、トレッドミルもいいのですが、最近は社会全体がトレッドミル化しているような気がします。
自転車操業などという言葉もありますが、そんな生き方が広がっています。
カード社会といわれるアメリカでは収入を大幅に上回る支出をし、その返済のために働くという生き方が広がりすぎて問題になっています。
踏み輪にのって動き続ける姿は、70年以上前にチャップリンが「モダンタイムス」で描いた情景と同じです。
但し、モダンタイムスの時代では、雇い主が生産性を上げるために走らせていましたが、最近は自分の欲望を満たすために走り続けるようになっています。
しかし、それもみんながそれを自然に望んだわけではありません。
そう望むように、経済を方向づけてきている人たちが仕組んできたのです。
いわゆる「消費社会」の実現です。
生産者として走っていた人たちは、いまや消費者として走り続けているのです。
その踏み輪(トレッドミル)から外れたらどうなるか。
おそらく別の生き方が見えてくるはずです。
都会にいれば生活にはお金がかかりますが、都会から離れればお金をそれほどかけずに生きていけるはずです。
以前書きましたが、先入観を捨てれば、地方には仕事はいくらでもあります。
ただお金にならないだけの話ですが、最低限のお金があれば生きていけるように思います。
さらに、同じような思いの人たちと一緒になって汗と知恵をだせば、生きていく方策はみつかるかもしれません。
トレッドミルからみんなが降り出したら誰が困るでしょうか。
一番困るのはたぶん企業です。
そして次は行政でしょう。
「欲望のトレッドミル」をまわしているのは、実は私たち自身なのです。
経済が成長しなくても、みんなが豊かに暮らせる仕組みはできるはずです。
みんながそういう生き方に変えれば、環境問題も解決するでしょう。
一挙には難しいですが、そういう生き方を意識するだけでも、生活は豊かになっていくような気がしますが、これは単なる机上論の夢物語なのでしょうか。
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