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2010/03/04

■節子への挽歌914:節子らしい供花

3月になったのに寒い日が続きます。
昨日はジュンの報告をしに、むすめたちと墓参りに行きました。
節子の好きなバラとフリージアを供えました。
バラの明るいピンクとフリージアの浅黄色で、まわりが一気に華やかになりました。
フリージアのフルーティな香りも、きっと節子に届いているでしょう。

節子のお墓に供える花は、洋花が多いのです。
節子が好きだったからです。
わが家に咲いている花をもっていくこともありますが、この季節は庭の花も多くはないので、花屋さんに頼むのですが、仏花というと菊が中心のさびしいものになりがちなので、供花などとはいわずに、いつも明るい花を選んでもらいます。
節子はバラが好きだったので、バラを選ぶことも多いのですが、昨日はそのバラが安くて、どっさり供えられました。

墓参りに行っていつも思うのは、墓地の雰囲気です。
最近できた墓地は、墓地公園というくらいに明るいものもありますが、墓石が並ぶ風景は気分を厳粛にすることはあっても、心を癒すことはありません。
子どものころは、むしろ墓地には恐怖感や嫌悪感さえありました。
節子が墓に入ってからは、私にはその感覚は全くなくなりましたが、それでも冷たさやさびしさ、哀しさは感じます。
墓地や墓石には、おそらく死や死者に対する生者のイメージが象徴されているのでしょう。
いや、もしかしたら、逆かもしれませんが、

もう15年以上前ですが、仕事でチューリッヒに行った時に、ガイドの人が郊外の墓地を案内してくれました。
一つひとつのお墓が、まさに死者の住んでいる家のようで、強烈な印象を受けました。
それぞれが実に個性的で、現世の生活ぶりをそのまま続けているような雰囲気があり、墓地全体が死者の集落であるような感じさえありました。
それに比べたら日本の墓地は静かです。
日本の墓石も個性が全くないわけではありませんが、そう大きなデザイン性があるわけではありません。
死者はみんな同じように扱われるのかもしれません。

節子が彼岸でも節子らしく過ごせるように、せめて供花だけは節子らしいものをあげたいと思います。
節子、満足していますか。

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