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2010/03/02

■節子への挽歌912:愛する人を失うと、人は哲学者になるもの

節子
先週初めは暖かだったのですが、また寒くなりました。
こうした天候の変化があると、それと節子の気持ちを重ね合わせてしまうようになっています。
一昨日、ジュンの結婚パーティに出かける時には、なんと雪がちらついていました。
きっと節子が降らせているのだなと思いました。
しかし、それにつづく2日間の寒々とした天候は、何を意味しているのでしょうか。
これはなかなか難しい問題です。
愛する人を失うと、人は哲学者になるものです。

節子が最後にわが家から出ていく時、それまで雨のそぶりさえなかったのに、まさに自動車が出発するのに合わせるように雨が降りました。
あれは、節子の涙であり、節子が存在し続けていることをみんなに伝えてくれたのだと思います。
そのことは挽歌106でも書きましたが、私にはとても不思議な体験でした。
あれ以来、私は節子の霊魂を確かなものとして信ずるようになりました。
天候のむこうに、いつも節子を感じます。
愛する人を失うと、人はエコロジストにもなるものです。

それにしても今日は寒いです。
節子、もう少し暖かくしてくれませんか。
こんなに寒いと、明日の月命日にもお墓参りに行くのをやめますよ。

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