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2010/03/19

■節子への挽歌929:菩薩

今朝、わが家のチビ太くん(老犬です)のなき声で5時半に起こされました。
時々、夜中に寝ぼけてなきだしたり、粗相をして呼びつけたりするのです。

階下に降りてみたら、粗相をしていました。
その後始末をして、またベッドに戻ったのですが、そこで何となくとても温かな気持ちにつつまれました。
チビ太のなき声で思い出せなかったのですが、夢の中で「節子」に会ったことを思い出したのです。
といっても、節子の形象が夢に出てきたのではありません。
なんとなく「節子」を感じさせるあたたかなエネルギーの塊が漠然と記憶に残っているのです。
そして、ともかく心がとても温かい気持ちになります。
こうした体験がこれまでも何回かありました。
まさに「至福の気分」に包まれるのです。

なぜそれを「節子」と思うのかというと、具体的にはいえないのですが、間違いなく節子の生命を感じるのです。
時に節子の「仕草」や「声」が感じられることもあります。
もっと言うと、節子と私が一体化した球体のようなものに包まれた感じなのです。
今回、球体と感じたのは、先日観た映画「地球が静止する日」の影響かもしれません。
いつもはもっと無形態な、雰囲気です。

今朝はそれについて、考えるでもなく考えてしまいました。
あれはすべての生命をつつみこむ生命場で、もしかしたら、節子もあの塊の中で至福の時間を過ごしているのではないか。
節子も、また最後はあの生命場につつまれるようにして、旅立ったのではないか。
まあ、いささかSF(空想科学小説)めいていますが、そんな気がしてきたのです。

そしてハッと気づきました。
これが親鸞の夢に出てきた菩薩なのだと。
まあ、朝から寝ぼけたことを書いてしまいましたが、今はそれを信じたい気分なのです。

節子は本当に「あたたかい存在」でした。

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