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2010/04/15

■節子への挽歌956:共働き

私の言葉遣いは少し常識からずれていることがあります。
言葉にはその人の文化が象徴されますから、私は自分の納得できる言葉の意味で語るようにしています。
これは学生時代からの生き方です。
ですから最初節子は戸惑ったはずです。
彼女が知っていた常識的な意味と私の言葉の意味とは、時に微妙にずれていたからです。
まあさりげなく付きあっている限りではあまり不都合は起きないのですが、生活を共にすると時に戸惑うこともあったかもしれません。
そのための夫婦喧嘩も決して少なくありませんでした。

昨日書いた「共働き」もそうした言葉の一つです。
もっとも最近は「共稼ぎ」などという言葉は、ほぼ死語に近いでしょうが。

私はずっと「共働き」でした。
節子が専業主婦だった頃から、私の意識は「共働き」でした。
一般的に、夫と妻が別々の仕事をもつ場合を「共働き」というと思いますが、私はそれを「別働き」と称していました。
もう30年前の話です。

会社で私は25年間勤めましたが、その間も私の意識は共働きでした。
私が仕事に打ち込めたのは節子のお陰であり、節子の支えがあればこそ、仕事に集中できました。
それに私の仕事はいろいろと考えたり、調査したり計画したりする仕事が多かったのですが、その時に節子の言動や考えがとても参考になりました。
いろいろな意味で共働きだったのです。
こういう言い方をすると「内助の功」(これはまさに死語でしょうが)を思い出すかもしれませんが、それとは全く違います。

もし夫婦が人生を共に歩んでいるとすれば、そのそれぞれの仕事もまた共に生み出しているものだと考えるべきでしょう。
人が1人でできることに比べて2人でできることは2倍ではありません。
私の感じでは5倍や10倍になります。
共働きとは、実は人の能力を活かし生活を豊かにする仕組みなのではないかと思います。
私の人生が豊かなのは、節子との共働きのおかげです。
そう今でも思っていますし、今もなおその共働き関係は続いているのです。

共働きは物理的な分業とは違います。
あえていえば、精神的な協業なのです。

だんだん挽歌ではなく時評っぽくなってきました。
この続きは時評編に譲りましょう。
今日の挽歌で書きたかったのは、今もなお私は節子とともに仕事に取り組んでいるということです。
節子の発想は、いまもなお私の判断の大きな部分を占めているような気がします。
そしていろいろな仕事ができるのは、間違いなく節子のおかげなのです。
節子と共にあることに感謝しています。

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