■節子への挽歌950:節子は海棠を見ているでしょうか
節子
あなたが手賀沼公園の植木市で買ってきた庭の海棠(かいどう)が咲きだしました。
地植えしたので毎年成長しています。
桜も梅もきれいですが、それらに比べて海棠はなんとなく見る人に媚びるような強さがあります。
しかし、海棠の花言葉は「温和」だそうです、
少し違和感があります。
桜の美しさに比べ、海棠は少し品が落ちます。
海棠のもう一つの花言葉は「美人の眠り」だそうです。
これも、とても違和感があります。
海棠は中国で好まれた花のようです。
たしかに海棠の持つ雰囲気は、日本よりも中国につながっています。
中国の絵柄には、海棠のほうが似合いますし、中国の麗人には海棠の華やかさが似合っています。
節子の雰囲気とはちょっと違うような気もしますが、節子も私も海棠が好きでした。
でも鉢物は何回か枯らしてしまったような記憶があります。
それで近くの植木市で買ってきたのです。
わが家の近くにある手賀沼公園では、毎年、植木市がありにぎわいます。
節子が元気だった頃は、毎年、それにつき合わせられました。
私はどちらかと言えば、運搬役でした。
私の好きな花木と節子の好きな花木は、必ずしも同じではありませんでしたが、世話をするのは節子なので何を買うかは節子に決定権がありました。
私の好きな花木も選ぶようにしてくれましたが、いま残っているものを見ると、やはり節子好みのものが多いような気がします、
しかし節子が本当に好きだったのは、草花でした。
さびしそうに咲く山の野草も節子は好きでした。
もしかしたら、節子は草花の手入れが好きだったのかもしれません。
庭で土いじりをしている節子は、いつも楽しそうでした。
私がお茶をいれて、そろそろ止めておやつにしようよ、といっても、なかなか入ってきませんでした。
その節子がいない庭は、花がいくら咲いても、さびしいです。
花の世話が大好きだった節子は、いまも彼岸で花の世話をしているそうですが、たまにはわが家の庭にも戻ってきてほしいです。
海棠は咲きましたが、庭は相変わらず、さびしいままです。
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