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2010/04/27

■思考の枠組みから抜けられない

様々な人がいて、複雑な人の世で生きていくためには、「発想」の枠組みを共通する必要があります。
問題にぶつかった時、その都度、考えていたら、おそらく人の脳や心身はそう長くは持たないでしょう。
ですから私たちは「常識」を育てて、思考を縮減してきました。
しかし、時代が大きく変わろうとしている時には、それが足かせにもなります。
そして、社会や文明は崩壊します。
生物種のレベルで言えば、種の絶滅が起こります。

かつて民主党が高速道路無料化を打ち出したときの社会の反応は冷ややかでした。
減収となり、そんなことはできないとみんな反応しました。
私は長い目で、そして広い視野で考えたら増収(金銭だけではありません)になると思い、賛成でした。
しかし、民主党自体が実はそう思っていなかったことが、政権党になってわかりました。
中途半端な無料化は費用がかかり逆に減収になるでしょう。
これは、常識にとらわれて発想を転換できなかった典型的な事例です。

名古屋の河村市長の市民減税や議員半減なども、多くの人は常識で考えて、やりすぎだと思います。
私はもっとやっていいと思いますが(目標は税金ゼロで、議員も無報酬、つまり定員ゼロです)、名古屋市民でさえ、それはやりすぎだと反応しています。
常識に縛られている結果だろうと思います。

普天埋問題もそうです。
思考の枠組みから抜け出れば、解決はいとも簡単なのです。
小さな常識、これまでの問題の立て方をしている限り、たいしたことはできません。
今の社会はどこかおかしいとみんな言います。
しかし自らの生き方を変えようなどとは思いません。
所詮は、これまでの常識に依存して思考の枠組みから抜け出られないのです。

社会を統治する人たちや社会の恩恵において「割り勘勝ち」している人たちは、それを支えている思考の枠組みから抜ける必要はありません。
その思考で豊かさを享受しているのですから。
しかし9割以上の人たちは、むしろ「割り勘負け」しているでしょうが、その人たちもが思考の枠組みに従順です。
なぜそうなるかといえば、マイナス思考で考え、そのほうが「今よりも悪くならない」と消極的に納得するからです。
どんなものであろうと、今の状況を捨てることはリスクを伴うからです。
そのおかげで、社会は成り立っているわけです。

新聞やテレビでいろいろの報道を見ていえて、いつも「現在の思考の枠組みの中でしか問題が設定されていない」と感じます。
私自身はそうならないように、意図して、常識や思考の枠組みからの呪縛を忌避しています。
長年そうやって生きていると、自然とそれが身つきます。
ですからたぶん多くの人と思考の枠組みが違いますが、それでもそれなりに生きていけます。
いやむしろそのほうが楽な生き方かもしれません。

思考の枠組みを一度はずして、王様の裸を指摘した「こどもの眼」で、社会で起こっていることを見直してみると、いろいろな気づきがあります。
有識者といわれる人たちが、思考の枠組みの囚われ人であることもよくわかります。

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