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2010/04/23

■節子への挽歌964:「花や鳥」

節子
なかなか春が来ません。
まさか節子がいたずらしているのではないでしょうね。

春は来ませんが庭の花は次々と咲き出しています。
節子がいた頃に比べるといささか華やかさはありませんが。
そういえば、いま我孫子の駅前の花壇は花がたくさんです。
今年からチューリップも加わっていました。
それを見て、先日お墓に来てくれたのは、花かご会のみなさんだとわかりました。

花が咲き出したのに春は来ない。
レイチェル・カーソンは「沈黙の春」で、春が来たのに花が咲かない未来を警告しましたが、今年の春は私の心情を映し出しているような気がしないでもありません。
「沈黙の春」では、鳥のさえずりもないと書かれていましたが、最近は朝、鶯が元気にないています。
まさか節子ではないでしょうね。

節子は、花や鳥になって時々戻ってくると書き残しました。
なぜ「花や鳥」なのでしょうか。
人間になって戻ってきてほしいものです。
この頃、つくづくそう思います。
なぜ「花や鳥」なのだろう。
あるいは「千の風」なのだろう。
もし私ならば、そんなものに変わることなく、人のまま戻ってこようと思うはずです。

あの凄絶な闘病生活の中で、節子は来世に何を見たのでしょうか。
この頃、なぜかそんなことを考えるようになりました。
おそらく節子は、彼岸の自分を見ていたはずです。
確証はありませんが、確信はあります。
その節子が「花や鳥」というのであれば、そうなのでしょう。

植木市で節子が買ってきた庭のつつじが見事に咲いています。
華やかに、しかしどこかもの哀しげに。

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