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2010/05/19

■見えている風景の違い

昨日、コンサルタントや経営者を目指す人たちにビジネススクールで話をさせてもらいました。
これまでのものとは違ったビジネススクールで、私の友人が思いを込めて始めタプログラムです。
講演嫌いの私としては、めずらしく3週続きの講演でした。

昨日は講演後、いろいろと質問を受けました。
質問を受けたということはコミュニケーションが成り立ったということです。
私のメッセージが少し通ずるようになったのかと思いました。
ちなみに、私が話していることは、この20年ほとんど変わっていません。
もちろん話す材料は変わっていますが、メッセージは同じです。
残念ながら、私が思うような意味で相手に伝わったという実感が得られることはとても少ないです。
いえ、ほとんどないといってもいいかもしれません。
なぜなら聴いた人の生き方があまり変わったと思えないからです。
でも昨日は少しだけですが手応えを感じました。
終わってから名刺交換しながら何人かの方と話しなが、そんな気がしました。

しかし、帰りの電車の中で、ハッと気がつきました。
もしかしたら、みんなに見えている風景と私のそれとはやはり違うのではないか、ということにです。
そのことは前から感じていたことですが、風景は同じで、しかし見えているところが違うだけなのだろうと考えていました。
しかしもしかしたら、風景そのものが違うのかもしれません。

いつからこうなったのだろうか、68年の人生を振り返りました。
意識できるのは中学生の頃からです。
昨日、たまたま中学(武蔵野一中)の同窓会の案内が届きましたが、その頃から少しだけみんなと風景が違っていた気がします。

しかしおそらくそれは誰でもそうだったのでしょう。
子どもに見えている世界はそれぞれに違います。
違った世界に生きていると生きづらくなっていきます。
だから多くの人は世界をみんなと同調させていくのです。
大人になるということはそういうことなのでしょう。
それを助けてくれるのが学校かもしれません。
だから、私はその学校にいつもなじめなかったのです。

私もそれなりに同調して大人になろうとしてたつもりです。
ですが残念ながらそれに失敗してしまったのかもしれません。
その生き方を支えてくれた妻がいなくなってから、私の風景はさらに変わってしまったような気がします。

違った風景に生きている人たちにメッセージを出していくことが、果たして意味があるのか。
そんなことを考えたら、疲労感がどっと襲ってきました。
でも何人の方からか、昨日の感想が届いて元気づけられました。
世界が違うからメッセージが出せるのです。
そして出さなければいけないのです。
また時評をきちんと書き出します。

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