■人は何を守るかによってどんな人か決まる(時評編)
今日の挽歌は、「人は何を守るかによってどんな人か決まる」をタイトルに書きました。
書いていて、時評編でも書きたくなりました。
最近の世評は、守るべきものを持たない人が多すぎるからです。
言いかえれば、「守りたいもの」が多すぎるのかもしれません。
世相を見る基準としてこの言葉を使えば、新しいものも見えてくるでしょう。
「守るものがあるか」
これは「両刃の剣」のような言葉です。
守るべきものがあるがゆえに、信念を守れなかった人は少なくないでしょう。
韓国の法頂師は、だからこそ「無所有」を貫きました。
守るためには捨てなければいけないこともあります。
いえ、守るとは捨てることかもしれません。
「守るとは守らないこと」などという禅問答のような議論もできます。
それはともかく、世の中の識者や公人といわれる人について、その人が「何を守っているか」を考えると、その人がどんな人かわかります。
同時に、その人の持っている辞書の中身も見えてきます。
「国(社会)のため」といいながら、国民(住民)を食い物にしている人は少なくありません。
平和のためと言って人を殺す人もいます。
言葉で考えるのは意味のないことです。
言葉は人を操作する最強の武器ですが、同時に人の本性をさらす最良の信号です。
日本の経済がおかしくなったのは、「守るもの」を失ったことと無縁ではありません。
守るものが「お金」になったというのは当たりません。
お金を守るなどというのは、実体のない言葉です。
守銭奴は「守るもの」のない哀しい人にすぎません。
守るものを失った経済が破綻するのは当然です。
最近の政治もまた、守るものを失っています。
批判や手段論しか語れる政治屋しか残っていません。
数少ない例外の一人は「友愛」という「守るもの」をしっかりと持っている鳩山首相です。
長妻さんも、「守るもの」を持っています。
小沢さんも持っています。
だから消されようとしているわけですが。
しかし、自分のことを考えると、志も定見もない昨今の政治家や経済人とそう変わりのないことに気づきます。
私が「守っているもの」は何なのか。
真剣に考えなければいけません。
そうしないと、私が批判している人と同じ存在になってしまいます。
そうはなりたくありません。
守るもののために死ねた時代が、ある意味ではうらやましいです。
自爆するイスラムの若者を非難する人は多いですが、私には非難は出来ませんし、ある意味での羨望の念さえ感じます。
もちろん「死の栄光」を肯定するつもりは全くありませんが。
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コメント
佐藤さん
下記 聴いてください
http://www.youtube.com/watch?v=MdYZgxPRYek&feature=related
一昨年 この普天間かおりの事務所と関係が出来
この歌を知りました
それ以来 僕の中で我孫子のテーマソングとなっています。
蛇足ですが
彼女は 琉球王朝の末裔です
世が世なら お姫様
今 基地問題について 彼女の心境や いかに
宮内
投稿: 宮内 俊郎 | 2010/05/02 20:00
宮内さん
ありがとうございます。
聴きました。
沖縄独立論者としては、複雑な思いで聴きました。
宮内さんのレパートリーに加わったのですね。
いつかまた宮内さんのも聴く機会があるでしょう。
ありがとうございました。
投稿: 佐藤修 | 2010/05/03 06:37