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2010/05/08

■節子への挽歌979:徒労

昨夜、池袋のメトロポリタンホテルで講演をしてきました。
前にも書きましたが、このホテルには節子の2つの思い出があります。
いずれもここで奇跡が起こるのではないかと思った思い出です。
しかし奇跡は起こりませんでした。
そのため、足が遠のいていたのですが、今回は何と皮肉なことに講演会場がこのホテルでした。

このホテルの地下に、帯津良一さんのクリニックがありました。
節子とそこに最初に行って、帯津さんの話を聞いた時には希望が出てきました。
そしてホメオパシーも試してみました。
しかし今から考えると、そして当時を思い出すと、希望を持っていたのは、私と節子だけだったのです。
次元の違うところから見下ろされているような「みじめさ」を感じたのです。
徒労と知りながら、みんなは応援していたのかもしれないと、いささかの腹立たしさを感じもしました。
そのことに気づいて、しばらくの間はとてもやりきれない気分になっていたのですが、それは当然のことかもしれません。
しかし、それはあまりにいじけた「被害妄想」というべきでしょう。

病気に関わらず、現場の当事者には「徒労」という概念はありません。
ただ無心に取り組むだけです。
それは誠実な医師や看護師にもあてはまることかもしれません。
私自身、さまざまな現場にささやかに関わっていますが、徒労などという思いを現場の人に抱いたことは一度たりとありません。
むしろそうした「徒労」に見える活動から、新しい風は起こってきます。

先が見えてしまうことのむなしさを実感したのも、節子との闘病を通してです。
先は見るものではなく、創るもの。
これが私の生き方ですが、それが私たちを支えていました。

節子がいなくなって、私の時間は止まりました。
先に道のない、断崖絶壁の縁に立たされた感じです。
見るべき先がなくなっただけではなく、創るべき大地がなくなったのです。
砂上の楼閣すら創れない。
なにしろ先がなくなったのですから。
創るべき先がなくなってしまったら、どうしたらいいのか。
答はわかっています。
創れなくとも、創らなければなりません。
なかったら創ればいい。
徒労などと思ってはいけません。
先はやはり創らなければいけません。

わかってはいるのですが、まだその気力がでてきません。
「まだ」なのか「もう」なのかは、わかりませんが。
節子と一緒に、新しい先を創っていたころが思い出されてなりません。
あのころの人生は「輝いていた」にちがいありません。
どんなに「徒労」のように見えていたとしても。

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