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2010/05/14

■節子への挽歌985:永遠の寝顔

節子
先日の通夜のことがまだ頭から離れずに、どこかおかしな時間を過ごしています。
彼の顔に重なって、節子の顔が頭から離れないのです。
こんなに引きずるのは、私にとってはめずらしいことです。
季節の変わり目も影響しているのかもしれません。

節子の永遠の寝顔はとてもきれいでした。
通夜の夜、だれもいない祭壇の前で、一人でずっと見続けていたのを思い出します。
がらんとした大きな葬儀場でしたが、そして悲しさはあったのでしょうが、不思議と心は安らぎました。
明日はもうお別れだねと、節子と話していて、献花台を思いついたことを思い出します。

節子の最後の化粧は、ユカとジュンとでしてくれました。
ユカに聞いたら、お母さんが好きだった紅い口紅をいつもと同じようにしっかりと塗ったと教えてくれました。
そのせいで、節子は最後まで生き生きとしていたのです。
生前よりも美しかったような気がします。

お別れに来た人に、節子と会ってやってくださいといいたくなるほど、節子はきれいでした。
しかし、今にして思えば、そう思っていたのは私だけだったのかもしれません。
惚れていると、まさに「あばたもえくぼ」です。
それは間違いありません。
一昨日の片山さんと同じく、私も節子が動けなくなるまで一緒に入浴しました。
節子は一人では入浴は無理でしたし、私たちはそれまでも一緒に入浴していたからです。
痩せ細った節子は鏡を見てはよくこんなになってしまってごめんね、と言いました。
しかし私には、痩せ細ろうとどうなろうと、節子は節子でした。
愛しさは高まりこそすれ、弱まることはありませんでした。
しかし抱きしめてしまえば骨が折れてしまうのは明らかでしたから、抱くこともできませんでしたが。

節子の笑顔が、今の私を支えてくれているのかもしれません。
節子は笑顔がとてもきれいだったのです。
私だけしか見ていないでしょうから、客観性はないのですが。
もうその笑顔に触れられないのがつらいです。

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