■節子への挽歌981:「またいっしょに何かやりたいんですけどね」
昨日、書いた泰弘さんの友人(学校の同僚)のKさんからメールが来ました。
泰弘さんの紹介で、私もあったことのある人です。
いろいろなことがわかりました。
過労死だったのではないかと思います。
事情を知って、ますます無念さが高まりました。
Kさんはこう書いてきました。
ごくまれに彼と話す際に、よく修さんの話が出ていました。私と同じ思いを持っていてくれたことが、うれしくもあり悲しくもあります。
「最近全然会えないんですよね」と。
「またいっしょに何かやりたいんですけどね」と。
なぜ2人とも同じ思いを持ちながら実現しなかったのか。
このメールを読んで、涙がどっとあふれました。
久しぶりに涙が止まりませんでした。
あまりに早すぎます、と彼も書いてきましたが、本当に早すぎます。
わかっていたらもっとやるべきことがありました。
悔しくて仕方がありません。
最後に電話で話したのはいつだったでしょうか。
なぜ気づかなかったのか。
2月に会おうといったら、2か月後まで時間が取れないといってきた時になぜ気づかなかったのか。
節子がいたら、もしかしたら気づかせてくれたかもしれません。
そういうことに関しては、私よりも直観力がありましたから。
節子も泰弘さんの素直さがとても気にいっていました。
そういえば、節子が好きだった私の友人はなぜか私よりも先に逝ってしまいます。
まさか節子が呼んでいるのではないと思いますが、思い出しただけでも4人の顔が目に浮かびます。
Kさんは最後に書いてくれました。
最後に修さんに見送られるのは彼も喜ぶのではないかと思います。いまの私にできることはそれだけです。
それが悔しくてなりません。
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