■節子への挽歌977:木霊
今日は7時ころに我孫子に戻りました。
駅から自宅までは歩いて10分ほどです。
途中に自性山興陽寺という曹洞宗のお寺があります。
そこに大きな樹が3本立っています。
夕暮れ時の白い曇り空を背景に、その樹木がいつもよりも黒々と大きく感じられました。
しかも、風がかなり強かったので、まるで生きているように動いているのです。
樹木に強い生命を感じたのは久しぶりでした。
たぶん節子がいなくなってから初めてです。
私が山が生きていることを確信したのは、10年ほど前に宮崎県綾町の照葉樹林を見た時です。
環境問題の調査に水俣を訪問した後、水俣市の環境課長だった吉本さんに案内してもらったのですが、その照葉樹林は衝撃でした。
樹林の前で30分ほど呆然としていたのを覚えています。
それから環境問題への考えが一変してしまいました。
端的に言えば、興味を失ったのです。
生きている山を見たら、ゴミの分別などはいかにも小賢しく思えてきたのです。
節子が病気になった時、私たちが祈ったのは、自然の強い生命力から大きなエネルギーをもらうことでした。
その時私が思い出したのが、もくもくと湧き出るような生命力を感じた綾町の照葉樹林でした。
それをイメージしながら、祈りました。
しかしその祈りは適えられませんでした。
以来、樹木の持っている強い生命力を感じたことはありません。
私の中では、樹木もまた死んでしまったのです。
樹木の強い生命に呼応する私自身の気が消えていたというべきかもしれません。
それが今日、久しぶりによみがえってきたのです。
しばらく見惚れていました。
風に応じて動いている樹木は、明らかに生きていました。
手と口も見えました。幻覚だったかもしれませんが。
帰宅して節子に報告しました。
その時に、もしかしたらあれは、木霊が彼岸に私を誘ったのかもしれないと思いました。
そういえば、私を招きこむような感じがありました。
通り過ぎてからも、気になって何回も後ろを振り返りました。
それにいま思えば、いつもそこを通っているのに、樹木の木霊をあれほどはっきりと感じたことはありませんでした。
全体が奇妙に白く、そのくせ樹木は緑が消えて黒かったのも不思議です。
まさに黒白の世界でした。
しかし、もしかしたら、逆に私にまた生命力がよみがえってきたのかもしれません。
以前のように、樹木と話ができるようになるかもしれません。
節子の実家のすぐ近くには、話ができる大きなけやきの樹がありました。
その樹の木霊のことは節子から教えてもらいました。
どちらにしろ、とても不思議な体験でした。
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