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2010年6月

2010/06/30

■節子への挽歌1032:『なぜ、脳は神を創ったのか?』

節子
昨日、節子にメールしましたが、もしかしたらそれが届いたのかもしれません。
今朝の明け方、久しぶりに節子が夢に出てきました。
ブルージーンズに緑のジャケットという、私が見たこともないような服装でしたが、節子に気づいた途端に、なんだか世界がとてもあったかくなってきて、その後のことは思い出せません。
あの夢は、夢だったのかもしれないと思うほどです???

節子との40年間は、どうだったでしょうか。
決して夢ではなく、さまざまな痕跡が今もなお私の周りにはあるのですが、
しかし、夢だと考えても、それはそれなりに納得できます。
いや、節子のいない世界を生きている今が、夢だと考えてもおかしくありません。
夢とは何か、いったい何なのか。

昨日、電車の車内広告に『なぜ、脳は神を創ったのか?』という本が紹介されていました。
そのタイトルがとても気になりました。
著者は苫米地英人さんです。
誰だったか忘れてしまいましたが、10年くらい前に、「友人がこんな本を書いたので読んでやってくれ」といって『洗脳原論』という本を持ってきてくれた人がいます。
その時は消化不良でしたが、その著者の名前は心に強く残りました。
その人が苫米地英人さんです。

気になって、帰宅してネットで調べてみました。
その本の紹介として、次のように書かれていました。

生まれつき脳に刻みこまれた「死への恐怖」のために、脳は自ら神を創り、さらには宗教、国家を創ってきた。
オウム真理教の脱洗脳でも有名な苫米地英人が「脳科学」と「宗教史」が証明した「幸福な生き方」を初めて解説!
読んでみようという気になりました。
いまさら「幸福な生き方」には関心がありませんが、「幸福だった生き方」には関心があるからです。
なぜ節子がいたころは、あんなに幸福だったのだろうか。
それはたぶんに「脳」に関係しているのではないかと最近思い出しているのです。

もし脳が神を創れるのであれば、節子を創るくらい簡単なのではないか。
節子を創れるのであれば、私だって創れるのではないか。
いうまでもなく、節子や私を創りだす脳は、私の頭の中にある脳ではありません。
まあ、そうした「脳」のほんの一部は私の頭の中にもあるでしょう。
インターネットの世界で言えば、小さなプロバイダーというところでしょうか。
節子と会えるのであれば、いかように「洗脳」してもらってもいいのですが、私のお粗末なプロバイダーがそれに耐ええるかどうか、それが問題です。

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■ワールドカップ戦を見てしまいました

私はサッカーには関心のない人間です。
ところが昨夜のワールドカップの日本・パラグァイ戦をなぜか見てしまいました。
眠くて仕方がありません。
ファンでもなく、好きでもないのに、なぜ見てしまったのか。
理由はまったくありません。
何となく、ただ見てしまったのです。
私は、外部を気にせずに自分を素直に生きることを信条にしています。
にもかかわらず、まあ大きな社会の雰囲気や勢いには、いつも巻き込まれてしまいます。
困ったものです。

人の生活は「つながり」の中で成り立っています。
「つながり」には意図的なつながりもありますが、存在するつながりもあります。
たとえば、前を歩いている見ず知らずの人が、突然に倒れたとします。
たぶん無意識にその人を支えようと走り出すでしょう。
あるいは、身体が硬直して動けなくなるでしょう。
つまり、人の感覚はつながっているのです。
意識もそうであるに違いありません。
人は、自分の意志で生きているように思っていても、世間の動きに大きく影響されています。

私は「支え合うつながり」を大事にしたいと思っています。
できるだけ「支え合うつながり」を作り出そうと思って生きています。
しかし、最近、そんなことはことさら意識しなくてもいいのではないかと思うようになりました。
人は、本来、「支え合う存在」なのだと思えるようになったのです。
そして、もちろん、人はどうしようもなく深く「つながって」います。
素直に生きれば、「支え合うつながり」に気づくのです。
真夜中まで、興味のないサッカーを観てしまったのには、私がみんなとつながっているからかもしれません。

ある人が、私が「自然体で生きている」とメールをくれました。
その人とは2回ほどしか会っていません。
いずれも、私が主催した集まりに参加してくれたのです。
自然体で生きるとは、生かされているように生きることでしょうか。
もしそうならとてもうれしいことです。

この頃、自分が生かされていることを実感できるようになってきました。
21年前に会社を辞めた時に、社会に融合する生き方をめざしたいと書きました。
埋没ではなく、融合ですが、その言葉を思い出しました。

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■「責任に時効なし」

思うことあって、小説「責任に時効なし」を読みました。
カネボウの粉飾決算と再生機構による実質的な企業解体のことを取り上げた小説です。
著者は、カネボウの財務担当重役として、まさにそうした動きの渦中にいた人です。
名前を変えていますが、実態を知っている人はおそらく登場人物を特定できるでしょう。
かなり事実に忠実な小説のようです。
ちなみに、冒頭に出てくる副社長は、私の知人です。
もっとも、私が付き合っていた頃のイメージとはまったく違いますが。
ですから彼が逮捕された時に、私はこのブログで今から思えばちょっとピントのずれた記事を書いています。

このブログを読んでいてくださる人はもうおわかりいただいていると思いますが、私はこの30年の日本の財界の有力者たちに大きな怒りを感じています。
40年前に、私は経団連に出向していましたが、その頃の財界には理念や思いを感じていました。
おかしくなりだしたのは、私の感覚では1980年ころからです。
彼らが、私が大好きだった「会社という仕組み」を、おかしな方向に変質させてしまったと思っています。
私には許しがたいことです。

それに加担したのが霞が関とマスコミです。
とりわけ霞が関には不信感が強いです。
と言っても、その頃、私は勤めていた会社の社長に指名されて、通産省の事務次官や官僚との、よくわからない勉強会に参加していました。
勉強会の後の宴会が大嫌いでした。
社長がカラオケが大好きでしたが、嫌いな私はたぶん1回しか歌ったことがなかったと思います。
下手な社長の歌を聴かされて、手をたたくのは苦痛以外の何者でもありません。
私はともかく嘘は言えない、不器用な人間なのです。
そんなことも、私が会社を辞めた理由の一つでもあります。

産業再生機構の責任者だった人たちは今でも立派な講演をしていますが、私は虫けらよりも嫌いです。
ダイエーにしろ、カネボウにしろ、再生どころか解体してしまったのですから。
日本産業解体機構という名前で活動していたのであれば、嫌いにはならなかったでしょう。
繰り返しますが、私は嘘が嫌いなのです、

ところで、この小説ですが、小説としてはあまり面白いとはいえません。
しかし、ドキュメンタリーとしては、実に面白く刺激的です。
それに加えて著者の思いは伝わってきます。
こうした事実はもっと多くの人に知ってほしいと思います。
企業経営というものがどういうものなのかがよくわかるからです。
経営学を学ぶ人は、こうした事例をもっときちんと学ぶべきでしょう。

企業経営に関しては、マスコミで語られていることの大半は「嘘」だと私は思います。
今は株主総会シーズンですが、どれほどの嘘が飛び交っているのでしょうか。
しかし、嘘ではなく、事実を話し出せば、企業という仕組みは素晴らしい仕組みになるはずです。
経済も、社会も、きっと健やかに元気になります。
事実を大事にすること、それこそが「経営」だと思います。
一昨日訪問したコミーという会社は、少なくともその一つです。
そういう会社が、日本の社会を支えているのです。
大企業の役割はもう終わったのです。

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2010/06/29

■大相撲の賭博問題への対応のつづき

昨日のつづきです。
まさかと思っていた方向に、どんどん進んでいるのに改めて驚いています。
問題の本質は摩り替わっているような気がして、しつこくもう一度書きます。

琴光喜をはじめ、野球賭博に関わった力士ばかりが厳罰の対象になるのがどうしても許せません。
一番悪いのは、実行犯ではなくて、実行犯に実行させた人や仕組みではないかというのが、私の全ての基本的な考えです。
もし居酒屋タクシーが悪いのであれば、それを黙認して、どんどんエスカレートさせていた霞が関の官僚たちの共同責任であり、知っていて何も言わなかった人は同類だと書いたことがありますが、ここでも同じ考えです。

いまでこそ野球賭博が悪いとみんな言いますが、1年前はどうでしたでしょうか。
今回、罰せられる人だけが知っていたのでしょうか。
知っていた新聞記者は少なくなかったでしょう。
監督官庁の文科省の役人は誰も知らなかったのでしょうか。
そんなはずはありません。
それらしい話は週刊誌などで何回も出ていたはずです。
テレビでは有名なタレントが、自分も昔やっていたと公言していますが、それも誰も咎めません。
なぜ彼らは許されるのか。
なぜ琴光喜がいじめられるのか。

一番罰せられるべきは相撲協会の現在の役員です。
それを放任していた監督官庁です。
文科省は咎めるだけではなく、自らを正すべきです。
その意識がまったく感じられません。
辞表を出したぐらいで終わる話ではないのです。

相撲協会に関わっていた人のすべてが罪の意識を持つべきです。
身を正すべき人たちが、声高に罪を咎めている姿を見て、呆れてしまいます。
相撲を稼ぎの種にしていた人たちは、すべて無関係ではないでしょう。
あなたたちが作り出してきた文化なのですから。

今の時代、必要なのはそうした「つながりをもった発想」です。
それをトカゲの尻尾切りよろしく、現役の相撲力士だけを罰し、名古屋場所は開催して、彼らを利用して稼いでいる自分たちは何の罪の意識も持たない。
私からの視聴料もまたその放映のために使われる。
やりきれない気分です。

琴光喜に同情します。
この若者の未来を奪ったのはだれなのか。
彼らを利用している人たちには、人の心がないのか、と。

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■節子への挽歌1031:彼岸へのメール

節子
この挽歌を読んでくださった方からメールが届きました。
そこにこんなことが書かれていました。

私は 夫を大腸がんで亡くしました。
周りの人たちも私自身も仲のよい夫婦だと思っていましたが、時間と共に、私は夫のどれだけの事を知っていたのか、また夫は私に対してどうなのかと、疑問が日々膨らんで行き、なくなった人からは答えは貰えないことは判っているのに、しつこく、ばかだなと思いながらも、夫のパソコンに毎日メイルを打っています。
実は、私も一度、同じことを思ったことがありました。
それもあって、節子のメールアドレスはまだ残しています。
節子用のパソコンの記録も抹消せずにいます。
一度誰かからメールが来ていないかチェックしたことがありますが、節子の友人から私宛のメールが届いていました。
慌てて、その人には返信しましたが、そういうこともありました。

最近、メールチェックをしていませんので、久しぶり確認してみました。
たくさんメールが届いていましたが、メーリングリストやPRメールばかりで、個人的なメールはありませんでした。
それではやはり寂しいので、私も節子にメールを書いてみました。
挽歌とはまた違って、2人だけの秘め事も含めて、自由に書ける世界があることに気づきました。

いまのインターネットはまだ彼岸には通じていないでしょうが、これだけ複雑に絡み合った回線が育ってくると、ある時、突然に位相の次元が飛躍し、彼岸との回路が開くこともあるかも知れません。
開いたことがわかるときっと回線は混雑するでしょうから、いまのうちにきちんと発信しておいた方がいいですね。

さて、今日の私のメールは節子に届いたでしょうか。
返信が来るかどうか楽しみです。
まあメールの中身はたいしたことではないのですが。
返事が届いたら報告します。

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2010/06/28

■節子への挽歌1030:希望

節子
この数日、友人知人と話していて、3回も「希望」が話題になりました。
昨日は湯島でサロンを開きましたが、今の社会で欠けているのは何だろうかという問いかけに「希望」と答えた人がいました。
その前の日は、喫茶店で出版社の編集者と話していたら、最近のキーワードは「希望」だといわれました。
さらにその前の日には、ある相談に来た人が「希望さえあればいまの辛さも乗り越えられるのですが、それが見えません」と言い出しました。

「希望」
今の私にはどうでしょうか。

2007年の年初の挨拶で、私は「今年は希望の年にします」と書きました。
その反響についてブログにも書きました
しかし、その年に、節子は逝ってしまいました。
そして、「希望」もまた、私の世界から離れていきました。
あれから3年。

久しぶりに思い出して、岸洋子の「希望」を聴きました。
私には、希望さがしの旅はないなと思いました。
今の私にとって「希望」とは何なのか。
考える糸口さえ思いつきません。
どうやら、私には永遠に失われた「概念」なのかもしれません。

2007年に書いた文章を久しぶりに読みなおしました。

希望がないと生きていけないのではなく、
生きているのは希望があるからだ、
希望はいつの場合も、自らのなかにある。
残念ながら、またこの言葉を忘れていました。
でも私の中のどこに「希望」があるのでしょうか。
今のところ、やはり探す気にはなれません。

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■大相撲の賭博問題への対応

大相撲の賭博問題に関して、日本相撲協会の特別調査委員会の勧告が出されました。
勧告の目的は、たぶん名古屋場所を開催するためのシナリオづくりだったと思いますが、それにしてもいかにも短期間で、短絡的な内容の勧告です。
こうした委員会に関与する人たちの考えがまったく理解できませんが、その内容の「甘さ」に驚きました。
誤解されそうですが、個々の力士への対応は、あまりに厳しすぎると思います。
私が「甘い」と感じたのは、日本相撲協会という団体とそれを支援している関係者に対して「甘い」と感じたのです。
これでは、問題は解決しないでしょう。
要するに、なぜこうしたことが起こったのか、それを「たぶん知りながら見逃してきた」相撲界(広義のです)のあり方が問われるべきです。
新聞社の記者も知らないはずがありません。
そうした人たちも咎められるべきではないかと思います。

いま名前が出てきている力士たちは、私には「被害者」にしか見えません。
なぜそう考えるかに関しては、これまで何回か書いてきています。
組織(社会)が育てる文化が問題なのであって、個人だけを悪者に仕上げる発想は、そろそろ捨てるべきだろうと思います。

それに野球賭博という言葉があるように、それが行われていることはみんな知っていたでしょう。
暴力団が関わっているから悪いのだという人がいるかもしれませんが、暴力団とはそもそも悪い組織なのでしょうか。
もし悪い組織であれば、なぜ取り締まらないのでしょうか。
存続を認めておいて、関わってはいけないというのは、私には理解できません。
それに巻き込まれたのであれば、巻き込まれた人を保護すべきではないでしょうか。

今回の勧告は今の日本社会の本質を示唆しているように思います。
次の問題が顕在化されるのは、何でしょうか。
誰も知っていて、まだ問題にされていない「問題予備候補」は山のようにあります。
私たちは、さまざまに張り巡らされた地雷の上で暮らしているのです。
いつ、私が琴三喜になるかわかりません。
それくらいの「想像力」を持たなければいけないと思うのですが。

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2010/06/27

■節子への挽歌1029:さつきの奇跡

節子
敦賀から蓮の花が届きました。
もうそんな季節なのです。
敦賀にいる節子の姉が、家の前で育てている蓮の花を夏には送ってくれるのです。
その第一便が届いたのです。

蓮に並んで、位牌の前にアジサイの鉢も置かれています。
アジサイも節子の好きな花でした。
どこかで珍しいアジサイを見つけると、頼んで一枝もらい、挿木をしました。
ですからいろんなアジサイがわが家にはあります。
最近、私がきちんと水やりをしていないので、枯れてしまったものもあるのですが。

庭木の水やりはけっこう大変です。
きちんと声をかけて、ていねいに水をやらないといけません。
ただ水をかければいいわけではないのです。
なにしろ家の周りのいろんなところに小さな鉢があるので、忘れてしまうのです。
気がつくと枯れてしまっていることも少なくありません。
それに、ランのように、水をやりすぎると根が腐って、ダメになってしまうものもあります。
とにかくややこしく、草花それぞれのことを知らなければいけません。
節子がいた頃は、草花にいやされていましたが、いまは草花に疲れさせられています。
困ったものです。

そういえば、先日、枯らしてしまった「さつき」ですが、もうダメだと思ったものの、節子への申し訳なさから諦めずに声をかけながら水をやっていたら、奇跡的に小さな芽が出てきたのです。
まだ何とも言えませんが、もしかしたら復活するかもしれません。
これは「私の愛の力」が起こした奇跡かもしれません。
もう少し、それが強ければ、節子にも奇跡が起こせたかもしれません。
自らの「愛の力」の弱さがうらめしいです。
「さつきの奇跡」よりも「せつこの奇跡」が起こって欲しかったです。

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2010/06/26

■節子への挽歌1028:黒岩さんのトークショー

節子
黒岩さんのトークショーに参加しました。
会場はあふれるばかりの人でした。
節子の知っている人たちも何人かいました。

黒岩さんは、節子と一緒にやっていた湯島のオープンサロンの常連の一人でした。
いつも節子が、その話を楽しみにしていた一人でもありました。
その黒岩さんから衝撃的なメールが届いたのが、昨年の12月でした。
すい臓がんが発見されたのです。
まさに大きく飛躍する直前でした。
毎朝、節子の前で祈りました。

黒岩さんは自分のブログですべてを書いていますが、抗がん治療を受けながら執筆活動をしています。
それも中途半端ではない執筆活動です。
その黒岩さんの応援団もできました。
みんな黒岩さんの人柄と黒岩さんの作品(未来の作品も含めて)を愛しているのです。
だから自然と応援団が生まれたのです。

トークショーが始まる前に、楽屋に勝手に入ってしまいました。
病気が発見されて以来、初めてでしたが、まったく変わらずに笑みを満面に浮かべていました。
トークショーは岡崎武志さん(古本ライター)との対談形式でしたが、2時間があっという間だったほど面白い内容でした。
これまで知らなかった黒岩さんのことも知りました。

終わった後、黒岩さんのお母さんにお会いしました。
いろいろと伝わってくるものがありました。

節子と一緒だったらどんなによかっただろうかと思いました。
石本さんに同行を頼んでいたのですが、会場の入り口で藤本さんや藤原さんに会いました。
相変わらず、一人で何かに参加するのが不得手なのです。
黒岩さんへの花束も、石本さんに買ってきてもらいました。
やはり節子がいないと半人前なのです。

黒岩さんの「古書の森 逍遥」をもらいました。
帰りの電車でざっと読みました。
不覚にも涙が出てしまいました。
いろんなことを思い出してしまったのです。
なぜ、それを語り合う節子がいないのか、どうも現実を受け容れられないおかしな気分です。
トークショーは、間違いなく、節子と一緒に聴いていた気分でしたが。

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■高齢者の存在価値

昨日のサロンで話題になった話です。
ある人が、高齢者の介護にお金や時間をかけるよりも若者にお金をかけたほうが良いのではないか。高齢者のための薬の開発も無駄ではないかと言うのです。
人は自然に生き、自然に死ねばいい、という考えが、そこにはあるようです。

人が自然に生きたらどのくらいまで生きつづけるでしょうか。
100歳くらいだという説もあります。
それを可能にするのは、そして平均寿命を延ばしたのは医療や公衆衛生の発達だという説もあります。
説ではなくて、事実だろうと言う人もいるかもしれませんが、少なくとも私はそうは考えていません。
日本の記紀に出てくる長寿の話をそのまま信じているわけではありませんが、人の寿命は時代と共にむしろ短縮化していると思っています。
ややこしいのですが、平均寿命の話ではありません。
人生を全うした時の寿命の話です。
石器時代には、人は戦争もせずに、豊かに100歳を越える寿命を楽しんだと思っているのです。
そんなばかなと思うかもしれませんが、当時の人口密度を考えれば、争いなどは起きないと思いますし、仲よくやることの必然性があったはずです。
食べ物は地にあふれ、同時に危険に満ちた課題もまたあふれていたでしょう。
後者のために平均寿命は短かったでしょうが、それを乗り切った人の寿命は前者のために100歳を越えていてもおかしくありません。

さて突然飛躍しますが、今の産業社会を成り立たせているのは何でしょうか。
ドラッカーが言うように、企業の発展を支えるのは顧客です。
顧客になれるのは人間です(最近はペットも消費機関になっていますが)。
その人間を企業の顧客にすることが、この50年の企業経営の課題でした。
私は、その経営思想に違和感をもって会社を辞めたのですが、その流れは今も変わっていません。
政権交代した民主党政権も成長戦略を掲げていますが、その成長の基本は「顧客の創造」です。
私は同意できません。
顧客を創造する発想の成長戦略の行く末は、私にはよく見えるからです。

また長くなりそうなので、短絡させます。
高齢者は社会にとって価値のない存在でしょうか。
そんなことはありません。
高齢者、つまりあまり働かずに、しかし消費しなければ生きていけない、手のかかる存在は、産業社会(顧客社会)を成り立たせる不可欠の存在なのです。
なぜなら生産もしないで消費だけしてくれるありがたい存在だからです。
それだけではありません。
誰かの役に立つことが、もし生きるうえでの最高の歓びであるとしたら、それを提供してくれるのも、高齢者なのです。
金銭経済的に、人間の生きがい的にも、高齢者はとても大切な存在なのです。
彼らがいなくなったら困る人はたくさんいるのです。
高齢者を若者が支えているのではありません。
働かなくて世話が焼ける高齢者こそが若者を支えているのです。

暴論と言われそうですが、
そして暴論ですが、
ここに含意されているメッセージをお組取りいただけるとうれしいです。
お暇な方はぜひ議論に湯島に来てください。
暇つぶしの相手をするのも、私のような高齢者の役割ですので。

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2010/06/25

■自殺問題への取り組みへの違和感

最近、自分がこの1年取り組んできた「自殺防止活動への支援」に違和感が高まりだしています。
これまでも繰り返されたことですが、企業変革、まちづくり、環境保全、福祉活動支援など、取り組んでいるうちに、どうもこの取り組みは間違っているのではないかと思い出すのです。
そしていつも途中で路線変更してしまうわけです。
そこで「ジレンマ」に陥るわけです。
環境保全活動に協力すればするほど、環境を壊していくのではないかと思うのです。
他の分野も同じです。

自殺関連もそうではないかという気は最初からしていました。
ですから茂さんや福山さんにはネットワーク立ち上げまで協力させてもらうと約束していたのです。
しかしどうもまだネットワークがしっかりしないので離れられないのですが、やはりどうも「居心地が悪い」のです。

いくつかの「違和感を高める出来事」が重なったこともあるのですが、最近、読んだ小俣和一郎さんの「異常とは何か」(講談社現代新書)で、こんな文章に出合ったのです。

日本国家が「自殺対策基本法」という法律まで作ったのは、OECD諸国の中でハンガリーに次いで第2位(2002年)という高い自殺率が「先進国の恥」であるという、いわば国家主義的な動機があったであろう。あるいは、自殺者が年間3万人を超えるという事態が10年近くも続いたことで、日本は人権という先進国に共通の基本的価値をおろそかにしているのか、という国際社会からの批判をかわす狙いがあっただろう(事実、この法律には自殺率の具体的な低減目標さえ盛り込まれている)。
私はこの認識には必ずしも賛成ではありませんが、まったく否定することもできません。
そう思うのは、最後に言及している「自殺率の低減目標」です。
これには、私も驚きました。
問題の設定が完全に間違っていると思ったのです。
自殺率までも政策対象にするという、生政治の人間観の本質が垣間見えるからです。

しかし、だからといって、最近の自殺問題への取り組みを否定するつもりはありません。
それはそれで一定の成果を挙げてきています。
ただ私が考える方向ではないだけの話です。
これは環境やまちづくりに関してもいえることです。
私には間違っているとしか思えませんが、それぞれの活動によってよくなってきていることは認めないわけには行きませんし、私の考えが成果を挙げていないことも事実ですから。

悩ましい問題ですが、やはり自殺問題へのかかわりは、できるだけ早く身を引こうと思います。
小俣さんは、こうも書いています。

2006年には「自殺対策基本法」が国会で成立し、国家予算がつけられたことから、今では自治体や大企業でも自殺予防活動に取り組みはじめるところが出てきた。まさに世を挙げての自殺予防ブームといったら言い過ぎであろうか。
ブームの持つ危険な要素を、私も感じています。

この記事はホームページの週間報告のために書いたのですが、自己批判や異論性を大事にしている、このブログの時評編にも、まさにこの時期に載せておきたくなりました。
自殺問題に取り組んでいる友人知人の顔を思い出すと、いささかの躊躇はあるのですが。

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■節子への挽歌1027:「いまひとたびの逢ふこともがな」

昨日の挽歌で「異形」という言葉を使いました。
そこで思い出したのが、光瀬龍の短編「いまひとたびの」です。
書棚を探して、読み直しました。

主人公は和泉式部。
平安の世を生きた、恋多き女性です。
藤原道長からは「浮かれ女」と言われたほど噂(魅力)の多い女性だったようです。
現世の男たちとの遊びに退屈し、部屋でうたた寝をしていた彼女の前に、突然、異形の者が現れます。
彼女は問います。
「東国か、さらに北にあるという俘囚の地の者か。なぜ、まぎれこんできたぞ。名は何というか」
男は答えます。
「あなたがたのことばになおせば、<北の魚座・14番星>とでもなりますかな。私の名はクイム89」

その後、話は予想もできない方向に展開します。
といっても短いのですが。
男は、部屋にあった貝合わせ遊びの貝殻を見て、恐怖におののき忽然と姿を消すのです。
式部はそれから長いことその男の訪れを待ち続けますが、再び現れることはありませんでした。
式部は、ある日、その思いを歌にしました。

あらざらん この世のそとの思ひ出に
いま ひとたびの逢ふこともがな

これは、「後拾遺集」にある和泉式部の歌です。
百人一首にもあるようです。
後拾遺集の詞書には、「心地例ならずはべりけるころ、人のもとにつかはしける」とあります。
つまり、病気で死の床に就いている時に、心残りを歌に託して男のもとに贈ったということのようです。

「あらざらむこの世のそと」とは、自分がいなくなってしまう現世の「そと」ですから、彼岸ということになります。
彼岸に旅立つ前に、もう一度、逢いたいというわけです。

この歌に出会った光瀬龍はまったくちがった解釈をします。
それが、この作品です。
時間軸を空間軸に転換します。
「あらざらむこの世のそと」は、想像もできない宇宙の果て(魚座)というわけです。
この短編を映像で見た記憶がありますが、テレビではなく私の夢だったかもしれません。
そこで見た異形の者は、シュメールの遺跡に出てくる形をしていたと記憶しています。
時空間を凝縮した節子の「異形さ」とは明らかに違うのですが、どこかで通ずるものを感じます。

和泉式部の不幸は、彼岸を見ることができなかったことかもしれません。
しかし、「いま ひとたびの逢ふこともがな」の思いは、痛いほどわかります。

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2010/06/24

■毎年1億円をもらったら困るでしょうね

1億円を超える報酬をもらっている上場企業の役員の名前が公表されることになりました。
なぜ公表されるのか理由は知りませんが、年収が1億円を超えると使うのが大変でしょうね。
同情します。
もちろん羨望の年もありますが。

先週、ソウルに行ってきましたが、韓国の人たちと食事をしていたら、一人の方が「宝くじに当たるとみんなおかしくなる」と言いました。
韓国の宝くじは日本よりも金額が大きいと聞いていますが、たしかにお金は人をおかしくします。
私もささやかにNPOなどに関わっていますが、お金が関係者をおかしくしている話はよく聞きます。
お金は不足でも過剰でも、人をおかしくする魔薬です。

一生懸命働いても年収が200万円に満たない人が私のまわりには何人かいます。
彼らは決して不幸ではありません。
そうした人を見ていると、1億円以上の年収を得ている人はどれほどの働きをしているのか想像ができません。
スポーツ選手やタレントには10億円を超える人もいるでしょう。
もし働きの対価としての年収が、それほどの差があると言うことが、労働価値説の発想からは全く理解できません。
ですから、年収とはたぶん働きの対価ではないのでしょう。

スポーツ選手やタレントの場合は、彼らを「稼ぐ機械」と考えれば納得できます。
そうした自らの立場にやりきれなくなった力士が野球賭博に引き込まれたとしても、それは極めて論理的な話なのです。
彼らは収入と消費をたぶんバランスさせる知恵がないのです。
知恵と言うよりも、生活と言ったほうがいいかもしれません。

しかし企業の経営者の報酬はなぜ1億円にもなるのか。
そのリスクや苦労を考えたら当然だと納得することもできないわけではありません。
しかし私が思うのは、毎年1億円の収入があったら、生活は大変だろうという同情です。
素直に生きていたら、お金はそんなに要らないからです。
貧乏が身につきすぎていると笑われるかもしれませんが、住宅費を別にすれば、年間200万円もあれば、東京でさえ豊かな暮らしはできるように思います。
たぶん年間1000万円使うよりも、豊かな暮らしになるはずです。

ちなみに首都圏に出てきて働く人の場合、つまり借家生活の場合、年収の半分が住居費に回るという人は少なくないでしょう。
この仕組みは、実は日本の産業システムを成立させている重要な鍵なのです。

何だか書こうと思っていたことと違う方向になっています。
しかし年収1億円の人たちが、おかしくならなければいいのですが。
それが心配で、おかしなことを書いてしまいました。
社長さんたちの家族の皆さん、めげずにがんばってください。

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■節子への挽歌1026:節子さんの時間

倉敷の友澤さんが朝のラジオ体操のアナウンサーの声が節子さんにそっくりで、私たちは「節子さんの時間」と言っているのですと電話で話してくれました。
それで今週は毎朝、6時20分からラジオを聴いているのですが、節子らしき声には出会えません。
もしかしたら倉敷と千葉では違うアナウンサーが担当しているのかもしれません。
あるいは、友澤さんが聴いていた「節子の声」と私が聴いていた「節子の声」は違っていたのかもしれません。

人の印象はそれぞれかなり違います。
テレビに出ている人を見て、あの人はだれそれに似ているね、と言っても、娘たちから似ていないといわれることが時々あります。
人が見ている風景は、それぞれに違うのです。

娘は先日、電車の中で節子に似た人を見つけたと言いますが、残念ながら、私はまだ節子に似た人に出会ったことがありません。
もし会ったらどんな気持ちになるでしょうか。
しかし自信を持って言えますが、節子に似た人に会うことはないでしょう。
なぜならば、節子は私の世界の中ではかなりの変化をしているからです。
変化というよりも、世代によって成長してきた節子が、私の意識の中では融合されてしまっているのです。
しかも容貌と意識や魂までもが融合しています。
考えても見てください。
若い節子と病身の節子とが融合したらどうなるでしょうか。
それはおそらく百変化する「異形の節子」です。
つまり、「この世のもの」ではないのです。
しかし、私にとっては、そうした異形の節子も異形には見えないでしょう。
逆に言えば、表層的に容貌が似ていても、たぶん私には「似ている」とは思えないはずです。
無意識の世界において、私には節子の魂の奥の奥までがわかるのです。
ですから瞬時にして、どんな人であろうとも、節子ではない人は見分けられるでしょう。

そう思いながらも、しかし、今生で、もう一度、節子に会いたいとも思います。
せめて声だけでも。
そんなわけで、明日の朝も聴こえるはずのない節子の声を聴いてみようと思います。

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2010/06/23

■節子への挽歌1025:共感に共感できないことに共感

節子
今日は私の好きな言い回しのタイトルです。
「共感に共感できないことに共感」

自殺のない社会づくりネットワークの交流会で、「共感」という言葉が話題になりました。
サロンなどでも「共感」が話題になることはしばしばあるのですが、いつも私は違和感を持ちながら話を聞いています。
ところが今回はある人が、「共感するといわれても、そんなことなどありえないと思う」という趣旨の発言をしたのです。
彼女は、自らも自殺体験があり、今はそこから脱け出して、むしろ自殺につながるような人たちの相談に乗っています。

彼女の発言を聞いて、思わず私もそれに賛成してしまいました。
いつも言いたい気分ではあるのですが、とても身勝手なような気がしていえなかったのです。
若い彼女には、そんな「余計な分別」はいらないほどの強烈な体験があり、私とはまったく発言の重みが違います。
もっとも、自殺体験と愛する妻を見送るのとどちらが「強烈な体験」かは、そう簡単には評価できません。
言うまでもありませんが、私にとっては、自らの死よりも、節子の死が、強烈です。
しかし、体験したことのない人はそうは思わないでしょう。
自分の死と他者の死の衝撃は、まちがいなく他者だと私は思っていますが、それはなかなか体験できないことです。

ところで、共感という言葉を素直に受け容れられないという彼女の発言に共感してしまうのは、どこかおかしさがあります。
私のこの発言も、彼女には受け容れてもらえなかったかもしれないと発言した直後に気づきましたが、私がとても共感したことも間違いない事実なのです。

他者の悲しみや辛さを共にすることは、本来出来ようはずがありません。
そのことはみんな知っています。
でもどこかで、共感してほしい、共感したいという気持ちもあるのです。
そこが人の心の悩ましさです。
「共感してほしいからこそ共感するなどと言ってほしくない」と思うのです。

悲しみや辛さが深いほど、人は「共感」という言葉を深く考えます。
共感されたくないほどに共感してほしい状況にある人には、「共感」という言葉は禁句です。

ややこしい話でした。
こういう話を、節子としたことがとてもなつかしいです。
ちなみに、私は、私のすべてをいつも節子に共感してほしがっていました。
私は、節子のすべてに共感していました。
ですから、共感できない節子の言動にも共感していたのです。

これくらいでやめないと、節子に怒られそうですね。
はい。

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■家畜の幸せ・家畜の不幸

消費税議論がまた盛んになりました。
財源がなければ増税という発想のおかしさに、多くの人はもうかなり鈍感になっています。
財源がなければ活動の見直し、というのが「家計における原則」ですが、「国家財政における原則」は財源がなければ増税です。
これは人民の都合など考えない国王の発想です。
パーキンソンは、もう50年以上前に警告を発していました。
最近は忘れ去られてしまっていますが、パーキンソンの第2法則は次のようなものです

。「支出の額は、収入の額に達するまで膨張する」
家計と国家財政とは発想が反対なのです。
しかし「賢い国民」は家計を壊されてまで、国家経済に従うように飼いならされてきましたから、何の抵抗もなく、消費税は仕方がないと言いだすわけです。
私には、愚かしいとしか言いようがありません。

かく言う私は、消費税論者です。
20%でもいいと思います。
しかし、全ての消費に消費税をかけるのは反対です。
消費にもいろいろあります。
生きるための最小限の消費活動には税をかけるべきではありません。
もしかけるのであれば、いわゆるベーシックインカムやマイナスの所得税を併用すべきです。
ちなみに、ベーシックインカムに関する私の評価は半年前とはまったく違っています。
これについては近いうちに書きます。

今回の問題はそういう話ではなく、「洗脳の恐ろしさ」です。
学生の頃、オーウェルの「1984年」を読みましたが、いまの日本の社会は、それとかなり似ているように思います。
直接的にではなく、フーコーのいわゆるパノプティコン社会が完成されています。
みんな実名で発言することさえ怯えています。
ネット社会で匿名で発言している人は、自らのかけがえのない主体性を放棄しているわけです。
そんな惨めな屈辱を受けてまで社会の問題を告発する生き方は。私には出来ませんが、そうしないと危険だと思わされているのかもしれません。
そういう生き方は、日本の文化にはなかったように思います。
洗脳されたのです。

私のオフィスで、時々、気楽なサロンを開催しています。
他愛もない気楽な井戸端会議のようなサロンです。
ところが、時々、そこで「ここでは何を話しても許されるのでホッとする」と言うようなことを言う人がいます。
他の場所では、みんな「緊張して本音で話していない」のでしょうか。
私にはまったく理解できませんが、折角の一度きりの人生です。
家畜のような、気兼ねした人生はやめたほうがいいです。
素直に生きていても生きられるのが現代です。
自己規制や洗脳の呪縛から抜けましょう。
もしそれで「不幸」になることがあったとしても、家畜の不幸よりはきっと幸せなはずです。
「家畜の幸せ」の好きな人もいるでしょうが、「口蹄疫」を口実に、いつ殺処分されるかもしれません。

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2010/06/22

■反社会的と反国家的

相撲界と暴力団とのつながりが次々と明るみに出されてきています。
いつものことながら、何をいまさらと私は思いますが、今回はかなり本気で取り組まないとごまかせない状況のようです。

この種の事件が話題になると、「反社会的組織」という文字がよく出てきます。
実に不思議な言葉です。
もし反社会的組織とはいったい何を意味するのでしょうか。
一般的には「暴力団」を意味するようですが、なぜ「反社会組織」などと書くのでしょうか。
そもそも、その場合の「社会」とはなんでしょうか。

国家はよく言われるように「社会的な暴力団」です。
しかも「反社会的な暴力団」とは深くつながっており、お互いに支えあっています。
私が大学生の頃、安保闘争が盛んでしたが、学生のデモを抑えるために警察はたぶん「反社会的」な暴力団を「社会的」に活用したはずです。

アイゼンハワー米大統領の訪日反対運動の高まりに対して、警察は警備力不足を補うために、「反社会組織」の大量動員を計画しました。
アイゼンハワーが訪日を中止したためこれは実現しませんでしたが、警察と「反社会組織」の契約は成立していたはずです。
彼らはいつも「つるんでいる」のです。

それが悪いといっているのではありません。
当然過ぎるほど当然のことですから。

警察と「反社会組織」のつながりと同じく、芸能やスポーツと「反社会組織」のつながりもまた当然過ぎるほど当然です。
そんなことをいまさらあげつらうなよと、私は言いたいです。

とりわけ相撲界は暴力団と深くつながっています。
その証拠に、表彰式に必ず「社会的暴力団」の代表である首相が表彰状を手渡しします。
「社会的」と「反社会的」というのは、対語のように感じますが、同義語です。
つまりコインの裏表であり、正と反は状況によって入れ替わるからです。

反社会的と反国家的とはどうでしょうか。
反社会的組織は国家の維持のためには不可欠です。
ですから消滅させずに存続させています。
反社会的組織には存続する社会的意味があるのです。
しかし反国家的組織は国家は存続を許しません。
そこが組織を見る場合のメルクマールです。
いうまでもありませんが、反国家的な組織が反社会的であるわけではありません。
しかし多くの人はそのあたりを混同しているように思います。

みんな知っていたこと、やっていたことを、急に騒ぐことに白々しさを感じます。

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■節子への挽歌1024:さまざまな愛し方

節子
人の関係はとても難しいものです。
この頃感ずるのは「愛し方」は人によって違うということです。
愛し方が違うと、愛することが相手を傷つけることさえあります。

節子がいなくなってから、私が気づいたことの一つがそれでした。
私たちは比較的「愛し方」が似ていました。
だからきっとうまくいったのです。

そうはいっても、私たちに問題がなかったわけではありません。
私の「言葉」はかなりストレートすぎて、社会性がありません。
ですから人によっては傷つく場合が少なくありません。
節子もきっと慣れるまで大変だっただろうと思います。
それに発想も少し常識的ではありません。
今日も、娘に「薬物を飲んで何が悪いのかね」と質問して、たしなめられました。
暴力団が悪いのなら警察はなぜ悪くないのか、それもよく納得できていません。
私にはわからないことが多すぎるのですが、そんな質問はなかなか誰にでもできるわけではありません。
節子しかいませんでした。
娘に「節子はいつもちゃんと聴いてくれていたよ」といったら、お母さんはただ「また始まった」と聞き流していただけだよといわれました。
そんなはずはないのですが。

知人から、夫の精神的暴力のため子どもを連れて家を出るというメールが届きました。
驚きました。
仕事もNPO活動も順調そうで、そんな悩みは微塵も感じさせなかった人でした。
これもおそらく「愛し方」のずれなのではないかと思いました。

私がいても喧嘩をするご夫婦もいました。
仲が悪いわけではありません。
喧嘩できるほどに愛しているともいえますが、外からは誤解しがちです。

夫婦それぞれが別々に海外旅行している夫婦もいます。
折角なのになぜ一緒に行かないのか私には不思議ですが、彼らから見れば、なんで佐藤夫婦はいつも一緒に旅行に行くのかと言われるでしょう。

愛すればこそいつも一緒にいたいという「愛し方」もあるでしょうが、愛すればこそいつも一緒にいる必要もないという「愛し方」もあるでしょう。
と考えていくと、私はもしかしたら節子を愛していなかったのかもしれません。
ただただ「一緒にいたかった」のかも知れません。
たまには一人になりたいわ、と節子が言っていたのを聞いたような気がします。

節子はいま、一人でいることを楽しんでいるでしょうか。
まあ節子に限ってそんなことはないでしょう。
節子も私ほどではないにせよ、私と一緒にいるのが好きでしたから。

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2010/06/21

■利権集団だった民主党の終焉

私は以前から民主党が好きではありませんでした。
したがって応援していた無党派の県会議員が、民主党に入党して以来、応援はやめました。
地方議会に国政の政党を持ち込むのはどうしても違和感があります。
日本の政党は上から作られているからです。
ですからどうしても利権集団になってしまいます。
下から作られる構造であれば、私の考えも反転しますが。

民主党の政策は様々なものが含まれていますが、基本的には自民党と発想が変わらないため、好きにはなれませんでした。
とりわけ小沢さんや前原さんの国家ビジョンは、私の考えの対極にあります。

にもかかわらず、この4年、民主党に投票し続けてきました。
政権交代でともかく状況を打破したいと思ったからです。
それに、この数年の民主党の政策発想は、奇妙に私には賛成できました。
地方分権から地域主権へ。
条件なしの子ども手当て。
消費税論議の前に無駄遣いの徹底追及。
極めつけは、鳩山首相の沖縄基地の県外国外移設でした。
要するにすべては、生活に起点をおいて素直に考えれば行き着く考えです。
しかし、それらが少しずつずれていたことがだんだんわかってきました。
おそらく根幹にあるのが理念が曖昧だったからでしょう。
ちなみに、「新しい公共」は最初から私には違和感がありました。
「公共」という言葉の持つ曖昧さに疑念があるからです。
なぜもっと胸を張って「共」を打ち出さないか。
共は友愛原理に基づいていますが、公は統治原理に基づいているように、私には思えます。

鳩山政権には大きな期待を持ちました。
その政権を実現した小沢さんにも期待を抱いてしまいました。
しかし、どうもその期待は過大すぎたようです。
菅政権にも、まだ期待していました。
しかし、菅政権もまた「選挙」が最優先事項であり、世間の実相を見ていないような気がしてなりません。
政府発足後の動きにはあまりにも驚きが多かったです。
会期延長すると思っていましたが、それもしませんでした。
胸を張って理念を打ち出すと思いましたが、鳩山さんの上からの友愛ではない、生活者からの友愛は微塵も打ち出されませんでした。

民主党政権は終わったように思います。
役割を終えたのです。
沖縄基地問題を国民全体に意識化させたこと、政官癒着を少し顕在化させたこと、何よりも、その気になれば政権は変えられることの意識化、その果たした役割は大きかったように思います。
しかし、役割を終えた民主党は解体に向かうでしょう。

次の選挙からまた私は民主党への投票をやめて、素直に政策姿勢を評価して支持政党を決めようと思います。
少なくとも、自分をしっかりと持っている政党をです。
民主党は政策集団ではなく利権集団だったのです。

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2010/06/20

■節子への挽歌1023:幸せを感じさせる涙もあります

節子
ソウルから帰ったら、節子の友だちの友澤さんからお手紙が届いていました。
そこにこんな一文がありました。

今月は思い出深い月です。
節子様との楽しかった旅の日々をなつかしく思い出しています。
私が不在だったので、娘が電話をしてくれていました。
そうしたら6月18日が友澤さんたちと節子がヨーロッパに旅行に出かけた日だったのだそうです。
私はまったく覚えていませんでしたが、こうして節子のことを時々に思い出してくれる人がいる。
節子は本当に幸せな人です。

その手紙や友澤さんからの電話の話を聞いて、また涙が出てしまいました。
昨日まで、とても仲の良い佐々木さん夫妻とずっと一緒だったからかもしれませんが、今日はとても涙が出ます。
心の呪縛がとれたことの、これが代償でしょうか。

今日は父の日、娘たちがわが家の文化にあった、それぞれのお祝いをくれました。
贈りものの文化は、私にはあまりないのですが、今年はなぜか胸にきます。
それにしても、なぜこんなに悲しいのか。
この挽歌を書いていたら、悲しさがさらに高まってきて、涙が止まらなくなってしまいました。
なぜでしょうか。

人生にも、梅雨の季節があるのかもしれません。
涙が出ること、悲しさがこみ上げてくることが、幸せを感じさせるような、そんな季節が。
節子に改めて感謝しています。
ありがとう。
また会えるのを心待ちしながら、涙を流し続けていこうと思います。

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■ソウルに行ってました

ソウルに4日間行ってきました。
道路の幅が広いのと高層ビルに表情があるのが印象的でした。
いささか短絡しすぎですが、そうした空間がそこで生きている人たちに与える影響は少なくないように思いました。

食事で驚いたことが2つあります。
どこにいっても、キムチがふんだんに出てきます。
キムチだけではなく、惣菜類は何を注文しようと出てくるのです。
それも半端ではありません。
それと一緒に食べている人同士が、シェアすることがとても自然に行われるのも驚きでした。
野菜類の種類の豊富さも感心しました。
食べたことのない野菜がたくさんなりました。
かぼちゃの葉っぱまで出てきて驚きました。
食文化が豊かな社会は人間も豊かだと私は思っています。

一つだけ違和感が残ったのは、地下鉄に乗る時に切符の代わりにカードを購入するのですが、毎回、500ウォンの保証金が必要なことでした。
これも考えると実にたくさんのことを含意しています。

久しぶりの海外は、いろいろな刺激を与えてくれました。

明日からまた時評を再開します。

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2010/06/19

■節子への挽歌1022:心の呪縛がまた一つ解けました

今日は帰国ですが、仁川空港で時間があるので韓国での最後の挽歌を書きます。
今回、韓国に出かけてきたおかげで、また一つ、私の心の呪縛が解けたような気がします。
今朝は3時すぎに目が覚めて、そのことを考え出したら、眠れなくなってしまいました。
自分でもよくわからないのですが、昨夜から少し自分の思考の流れが破れだしています。

今回の訪韓は、出発前日まで、やめたい気持ちと行きたい気持ちが、私の中でせめぎあっていました。
それを知ってか、佐々木さんは前日も当日も私にお電話をかけてきました。

節子がいなくなってから、私の発想の中から「・・・したい」という思考が消えてしまいました。
とりわけ、節子も喜ぶだろうなということには背を向けたくなるのです。
ですから海外旅行もすうするまいと決めていたのです。
にもかかわらず、なぜ今回来てしまったのでしょうか。

節子と一緒だった頃は、私の信条はポジティブアクションでした。
人に会うのも、新しいところに出かけるのも大好きでした。
出張すれば、朝早く起きてホテルの周りを散策し、気になる人がいたら自分から会いに行きました。
でも最近は違います。
できれば人に会いたくないし、遠くに出かけたくはない。
ですから誰かに会っても、ほんとは会いたくなんかないのですと憎まれ口をたたいていました。
何かをすることに、ある意味での罪悪感と負担感が伴っていたのです。
これはなかなかわかってはもらえないでしょう。

節子がいなくなってから、アクションはいつも受身になりました。
誘われたら断る気力がないので受けてしまう。そして後悔する。
その連続です。
「後悔」という概念は、節子がいなくなってから体験するようになった感覚です。

今回は、実は受身でもなく能動的でもなく、なんとなく韓国に来てしまったのです。
こんな言い方をすると4日間も私のために生活を犠牲にされた佐々木ご夫妻には顔向けできないのですが(すみません)、それが素直な私の気持ちです。
佐々木さんは無理に来いとは言いませんでした。
もしかしたら誘っていなかったのかもしれません。
それに、韓国に来なければいけない目的はあるようでなかったのです。
昨日、ワークショップに参加した韓国の人に、佐藤さんはなんのために韓国に来たのですか、と質問されて、私は答えられませんでした。
その言葉を、今朝の目覚めの後、自問しました。
答えは唯一つ。
来るべくして来たのです。
受身でもなく、能動的でもなかったのです。

この4日間で私の身を屈めさせていた、心身の呪縛が解けたような気がします。
まだ完全ではありません。
しかし、昨日の朝も散歩に出ようという気になりました。

何かが変わりだした。
そんな気がします。
諦めていたパルミラ遺跡にも行けるかもしれません。
すべては佐々木さんたちのおかげです。
いま気づきましたが、佐々木ご夫妻が娘のようにしている愛犬は、「パル」と「ミホ」といいます。
パルミホ。パルミラ。
実は、韓国に来るチケットを購入に行ったとき、理由もなく、そのツアーのパンフレットを持ち帰っています。
これは意味があるでしょうか。

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2010/06/18

■節子への挽歌1021:韓国の伝統的な民家で泊まりました

節子
ソウル2日目もいろいろの体験をさせてもらいました。
10時から6時までは、佐々木さんの奥さんのワークショップを傍聴させてもらいました。
とてもいいワークショップでした。
それはまたホームページのほうに書きますが、その後で体験した2つの話を報告します。
初日はホテルに泊まりましたが、2日目は佐々木さんの友人のお宅に泊めてもらいました。
伝統家屋保存地域になっている北村(ブッチョン)韓屋村にある民家です。
そこの一室をお借りしたのです。
伝統的な造りで、床も壁も紙を重ねて張り込み、表面を、床の場合はエゴマを塗りこみ、壁は海草を煮込んだもので塗装しています。
そこにお住まいの朴さんのこだわりの家なのです。
ちなみに、朴さんは「ハノク(韓国家屋)を愛する市民の会」の代表です。
その朴さんが、実際に住みながら、管理しているゲストハウスウリチブに宿泊させてもらったのです。
ウリチブとは「みんなの家」、コモンズハウスです。
朴さんとお話していたら、あまりにも私の考えに似ているので驚きました。
こういう古式の韓国伝統の民家で宿泊できるとは幸運です。
周辺には伝統的な家が並んでいて、風情があります。

ところで、昨夜はワールドカップで韓国とアルゼンチンの試合でした。
韓国も日本と一緒で、初戦で勝っているので、みんなの期待が高まっています。
ソウルの市庁舎前の広場に応援に行くことになりました。
朴さん一家はみんなすでにそれぞれに出かけています。
家で応援ではなく、仲間が集まっての応援が基本のようです。
佐々木さんご夫妻もどうやらかなりのサッカーファンのようです。
それで休むまもなく、朴さんも一緒に市庁舎前の広場にいくことになりました。
近づくにつれて、赤いTシャツの若者たちがどんどん増えていきました。
市庁舎前にたどり着いて驚きました。
すごい人です。
多いだけではありません。
すごい熱気が伝わってきます。
人の意識のエネルギーが集まると、場の力が出てくるという、最近、知った純粋知性科学の実証の場を体験できた気がします。
残念ながら韓国は負けてしまいましたが。

朴さんの家に行く前に、佐々木さんの家にも立ち寄りました。
窓から王城(景福宮)が見下ろせる最高の場所です。

というわけで、今日もまた佐々木さんにフルアテンドで案内してもらいました。
韓国ならではの夕食を楽しませてもらっている時に、佐々木さんの奥さんが、「奥さんもご一緒だったらよかったですね」と言ってくれました。
私もそう思っていました。
たぶん韓国は節子のお気に入りになったでしょう。
まあ、佐々木さんたちのおかげで、とても楽しいコースを体験させてもらっているからかもしれませんが。

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2010/06/17

■節子への挽歌1020:韓国は節子が好きになりそうな街です

節子
昨日は無事ソウルに着きました。
空港まで佐々木さんが迎えにきてくれていました。
ソウルは、日本の五月晴れを思わせるような、とてもさわやかな気候です。

佐々木さんに淸渓川(チョンゲチェン)を案内してもらいました。
かつてはソウル市内に暗渠されていた清流が数年前に回復されたのです。
ソウルの都心にまた川が流れだしたのです。
東京が、いや日本がだめになったのは、東京日本橋の上に高速道路をつくって、川を殺してしまったからだとかたく信じている私としては、すばらしい快挙に思えます。
まあ実際にはいろいろとあるのでしょうが、都心に流れるべきは水であって、車ではありません。

その後、ともかく節子の好きそうな露店なども並ぶ小道を歩きました。
仁寺洞という、通りです。
古風なお店もあれば、モダンなおしゃれな店もある。とても楽しい通りです。
節子ならこの路を抜けるのにかなりの時間がかかったでしょう。
節子が好きそうな商品が並んでいるなと思うお店がたくさんありました。

その後で行った、家庭料理のお店も、昔の家屋と庭を生かした喫茶店で飲んだ、ちょっと変わった飲み物も、多分節子がいたらみんなとても喜んだでしょう。
節子は佐々木さんの奥さんと一度しか会っていないと思いますが、もし節子が今も元気だったら、きっと韓国ファンになったでしょう。
佐々木さんは夫婦そろって韓国が大好きなようです。

まずは遠くから、と考えて、エジプトやギリシアなどに、私たちは旅行しました。
節子がいたら、今頃は近くの韓国や台湾に旅行先が向いていたはずです。
佐々木さんたちともっと早くに出会えればと、その順番も変わっていたかもしれません。
そうしたら、もしかしたら・・・と、発想が広がるのです。
まあ、いつになっても未練が残ります。

しかし、節子が一緒だったら、どんなに喜んだことでしょう。
そんな思いの、ソウル1日目でした。

今日は佐々木さんたちのワークショップに参加させてもらいます。

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2010/06/16

■節子への挽歌1019:お守りカード

いま成田空港です。
ちょっと早めに着いてしまい、手持ち無沙汰です。
それで、今日は2つ目の挽歌を書くことにしました。

朝、自宅を出る直前にユカから「お守りカード」をもらいました。
その直前に書いた挽歌で、節子がいないので今回は安全カードがもらえないと書きましたが、もらえたのです。
わが家の、お守りカード文化は娘たちにも継承されました。
カードには3人の名前があり、それぞれがメッセージを書いてくれています。
ジュンのパートナーの峯行さんも、留守中は大丈夫と心強く保証してくれています。
うれしいことです。
これで飛行機も落ちないでしょう。
私と同じ便に乗る人たちは幸運です。

Omamori_2

カードには余計な文字もありました。
このカードを持っていると、お金も落とさないとあります。
昨日の騒動のせいで、私の信頼はすっかり落ちてしまっています。

わが家では、誰かが旅行に行く時には、必ずみんなの手書きの「お守りカード」が渡されたのです。
そのおかげで、旅行はいつも安全でした。
反省点は旅行に限ったことです。
人生における「お守りカード」を出すのをうっかり忘れてしまっていたのです。
節子と結婚した時に、節子の人生の安全を保証するカードを発行しておけば、もしかしたら、いまもなお節子は私の隣にいたかもしれません。

節子の彼岸への旅立ちの時はどうだったでしょうか。
お守りカードを書いたような気もしますし、忘れたような気もします。
でもいろんなお守りは入れました。
友人の奥さんが、四国88箇所すべてのお寺のお札も入れてくれました。
節子は安全に旅を終えたはずです。

お守りカードはいま、ポケットの中の手帳にはさんでいます。
この4日間、私を守ってくれるでしょう。
節子と育ててきた文化が、こうして今も私を支えてくれています。

そろそろ搭乗受付の時間です。
13年ぶりの海外旅行の始まりです。
心配して、韓国の佐々木さんが、昨夜も今朝も電話してきてくれました。
もう3時間もすれば会えるでしょう。
では出発です。

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■節子への挽歌1018:韓国に行ってきます

節子
韓国に行くことにしました。
しかしどうも億劫です。
第一、チケットを自分で買うなどということは初めてのことかもしれません。
そういえば、国内の航空チケットも最初は買い方がわかりませんでした。
会社時代は誰かがやってくれましたし、会社を辞めてからは節子に頼んでいましたから。
こうして「自活できないシニア男性」が生まれていくのでしょうね。

成田空港に一人で行くのも億劫です。
ユカに送ってくれないかと言ったら、我孫子駅までなら送ってもいいと言われました。

手続きをすれば携帯電話が韓国でも使えることを知りました。
私の面倒くさがりといい加減さを知っているので、これに関してはユカがやってくれました。
パスポートは無事取れました。
写真が大いに気にいらないですが、それが実際に私の顔だそうです。
でまあ、用意はできました。

実はこの挽歌で、韓国に行こうかどうか迷っていると書いたら、それを読んだ、あのdaxがジュンを通して、迷わずに行けと伝えてきました。
余計なお世話ですが、まあdaxの言う通りです。
迷ったら積極的なほうを選ぶのが、節子の文化でもありました。

というわけで、これから韓国です。
19日に帰国する予定ですが、それまでこのブログはお休みです。
モバイルも持参しますが、投稿できるかどうかわかりません。
一応、毎日、挽歌は書くつもりですが、アップは帰国後になると思います。

節子がいなくなってからの初めての長旅です。
なにか心にある不安が拭いきれません。
最近、飛行機がとても嫌いなのです。
節子がいたら、「安全保証カード」をつくってくれたでしょうが。

強い雨が降っています。

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2010/06/15

■自由と民主主義を真っ向から批判するような国家

ちょっと古い記事ですが、こんなタイトルの記事が回ってきました。
「目下の小沢攻撃をまだ画策する者たちがいる。その米国側で攻撃を行っているもの達の素顔を晒(さら)します」
筆者は副島隆彦さんで、今年の2月1日の記事です。
内容は副島さんのブログをお読みください。

この記事に関連して、そこからさまざまな記事を読ませてもらいました。
マスコミの記事とはまったく違いますし、その真偽は評価できませんが、とても納得できます。

先週から岩波書店の「自由の問い」シリーズを読んでいますが、こんな文章が出てきました。
ドキッとして何回も読み直しました。

戦後自民党は自由とか民主主義とかの価値をずっと一貫して否定してきたわけですね。普通は、どこの国であろうと、自由や民主主義というのをある程度の支配の前提にして、あとはそれとどうやって付き合っていくかを考えるわけです。ところが日本の国家というのは、自由と民主主義を掲げた憲法を如実に攻撃した。これは単に9条だけの問題ではありません。このように自由と民主主義を真っ向から批判するような国家が、それ自体、はたしてリベラルな国家としての正統性を持っているのか。
発言者は、一橋大学大学院の憲法学者の阪口正二郎教授です。
日本政府は、自由と民主主義が真っ向から批判してきた。
こうまで明確に言われると、私もたじろいでしまいます。
しかし、考えてみれば、これは間違いない事実なのです。
私は学者嫌いですが、その先入観もそろそろ見直したほうがよさそうです。
阪口さんは50歳くらいですが、そういう学者も生まれだしていることを知りました。
毛嫌いしてはいけません。

日本政府は自民党から民主党に代わりました。
しかし、実際には変わっていないのかもしれません。
民主党の若い議員のすがすがしさに、つい共感してしまいましたが、最近、さまざまなブログ記事を読んでいるうちに、またわからなくなってきてしまいました。
マスコミの話を信じてしまうと楽になるでしょうね。
そう思いながら、書くだけではなく、読む活動を最近は少しするようになって来ました。
読めば読むほど、世界は深いです。
そして単純です。
そんな気がします。

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■節子への挽歌1017:歳をとるとミスが増えます

節子
最近、いろいろとミスつづきです。
娘たちは、わが家のちび太よりも危なくなってきていると言います。
ちび太は人間年齢だともう90歳前後だそうです。

今日、ちょっと必要があってATMにお金を下ろしにいきました。
娘も別件でATMに行ったのですが、隣同士で話をしながらそれぞれが振り込んだり引き出したりしたのです。
ところが、帰宅して娘と話しているうちに、引き出してきた現金がないことに気づきました。
ATMに置いてきてしまったようです。
仕方がないので、取りに行くことにしました。
娘はもうないよと言うのですが、世間はそう悪い人ばかりではありません。
それに、そのお金がないとちょっと困るのです。

ATMに行ったら、さっきは誰もいなかったのに混んでいます。
もしかしたら私の置いてきたお金で騒ぎが起こっているのだろうかと期待しました。
しかし、まあただ単に混んでいただけでした。
しかし、先ほどの窓口をのぞいたら、ちょっと膨らんだ袋がありました。
ああやはり忘れていたのかと思いましたが、使っている人がいるので取るわけにも行きません。
順番を待って、その袋を触ってみたら、膨らんでいたのに中身はからでした。
ちょっとがっくりしました。
しかし、お金が必要だったので再度現金をおろしました。
そして、念のために通帳を見たら、なんと先ほどおろしたはずの記帳がありません。
つまり、おろしたつもりがおろしていなかったわけです。

ちょっと寄り道して帰宅したら、娘がどうしたと玄関に出てきました。
帰宅が遅いので交番に届けていたと思っていたそうです。
さっきはおろしたつもりが、おろされていなかったよと答えたら、冒頭のコメントが返ってきたのです。
ちび太より危うくなってきた、というわけです。

それだけの話なのですが、もしかしたら、本当はさっきもおろしたのに、忘れていったので、節子がまた入金していてくれたのかもしれません。
しかし、ちび太と比べられるのは少しプライドが傷つきます。
まあ、節子との比較だったら許せます。
節子はよくこんなミスをしていました。
しっかりしているようで、まったくしっかりしていない、それが節子でしたから。
私も節子に似てきたようです。
困ったものです。

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2010/06/14

■節子への挽歌1016:節子はどこにいるのか

節子
いまでも節子はいったい「どこに」いるのだろうか、と思うことがあります。
ついつい娘たちにまで、声に出して言ってしまうこともあります。
節子が消えてなくなるわけはない、だとしたら、どこかにいなかれば辻褄があわない、そんな思いが今も自然と浮かんでくるのです。

彼岸に旅立っていった親しい人たちを思い出してみればすぐわかりますが、彼らは決していなくなったわけではありません。
生きている時もそうであったように、その親しさに応じた距離を保ちながら、それぞれの世界の中に生きています。
ですから、その寂しさはあまり意識せずに越えられます。
しかし、生をあまりに深く共にしてきた伴侶との距離は、どうも次元が違うような気がします。
その寂しさに越えるのは、簡単ではありません。
だからこそ、「どこ」にいるのだろうと思ってしまうのです。

「どこかにいる」という思いと「どこにいるのか」という思いは、似ているようで、まったく違います。
いいかえれば、「どこかにいるはずだ」と思って安心できるのと、安心できないのとの違いです。
その所在まで確かめたくなり、探しに行きたくなるのです。
その思いから、イザナミは黄泉の国に、オルフェウスは冥界にまで、探しに行ったのです。
しかし彼らの「思い」は、私には理解できません。
なぜなら「連れ戻そう」としたり、「逃げ帰ったり」していますから。
覚悟ができていません。

私なら、もし再会できたなら、そこに留まるでしょう。
なぜなら、今の私にとって、この現世には必ずしも「居場所」が見つからないからです。
節子がいなくなった現世は、なぜか落ち着かないのです。

節子は今、落ち着いた場所で平安でしょうか。

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■お金が若者をだめにしていく悲しさ

やはり琴光喜は野球賭博をやっていました。
彼が嘘をついていたのが、とても残念です。
それはともかく、
私がこの事件で感じたのは、関脇の給料の高さです。
私にはどう考えても高すぎます。
お金で「がんばり」を引き出しているような気がしてなりません。
収入が多すぎるために、人生を間違ってしまう関取も少なくないでしょう。
お金はうまく使わないと、逆に使われてしまいかねない「魔力」を持っています。
お金を使うということは、稼ぐこと以上に難しいことではないかと私は思っています。

これは相撲界に限りません。
野球もサッカーもテニスもオリンピックも、いまや金まみれです。
私がスポーツを好きになれないのは、それが金まみれの世界だからです。
イチローも中田も、私には金でダメになった被害者にしか見えないのです。
こんなことをいうと顰蹙をかいそうですが。
もちろんテレビタレントもまったく同じです。
私は、彼らは金持ちの道化にしか見えません。
金の道具とまではいいませんが、それに近いような気もします。
私の考えはどこか歪んでいるかもしれませんが、私からみれば、今のスポーツや芸能は歪んでいます。

野球賭博をやった琴光喜は、私にはどうしても被害者に思えてなりません。
問題の本質をしっかりと見据えなければいけません。
お金はほんとうに恐ろしいものです。
にもかかわらず、やはり「あるといいな」と思ってしまう自分が哀しいです。

ちなみに、先日書いた、カメルーンのエトー選手の記事と矛盾していると思われるかもしれませんが、どこが違うのか、自分でもよくわかりません。
これはもう少し考えてみたいと思います。

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■お金をもらえれば、生活は保護されるのか

昨日、ある会で「生活保護家庭」への給付金が多すぎるという議論が出ました。
地方で活動している人が問題提起したのですが、その地域では13万円ももらうと貯金もでき、その状況から抜け出そうという意欲がなくなるというのです。
中途半端な知識での議論ではありません。
そうした人たちを支援する活動に実際に取り組んでいる人の発言です。

賛成する人もいました。
しかし、貧困層で、生活保護の給付対象になっている人の割合、いわゆる捕捉率は日本ではとても低いといわれています。
正確な統計はないようですが、10~20%というのが大方の評価です。
ですから、生活保護の対象になった人とは「選ばれた人」なのです。

私は支給額よりも捕捉率が問題だと思いますが、支給額も重要です。
たしかに月額13万円は高いと思う人もいるでしょう。
たしかに私の周りにも、年収200万円に満たない人は少なくありませんから、月額13万円という額は、多いといえば多いかもしれません。
それに、都会ではともかく自然に恵まれたところであれば、5~6万円で暮らせると、私はいろんな人からお誘いを受けたことがあります。
私はいま東京の郊外に住んでいますが、昨年の収入は基本的には月額155,000円の年金です。
幸いに自宅に住んでいるので、住居費はかかりませんから、これで何とかやろうと思えば暮らせます。
ですが、それは月額収入だけのおかげではなく、長年培ってきた人のつながりに支えられているからです。
お金だけで考えては、問題は見えてこないでしょう。

昨日の集まりの参加者のなかに反貧困活動をしている人がいました。
その人は、生活保護給付金が高いという批判は、マイナススパイラルを起こすことになると発言しました。
これは全く同感で、生活保護者よりも貧しい人がいたらその人の収入を増やす方向で思考すべきであって、その逆ではありません。
しかし多くの人たちは、条件の違いがあると必ずといっていいほど、よい条件を下げようとするのです。
自分を優位に置こうと思うあまり、他者の恵まれた条件を好まない傾向があるのです。
しかも、お互いに足を引っ張り合う意識が、貧しい人ほど強いのです。
これはこれまでに何回も体験してきた、人の持つ哀しい習性です。

反貧困活動をしている人に、なぜそういう人は地方に行って、お金がなくても暮らせる生活に移らないのかと質問しました。
これも以前、このブログで書きましたが、そういう発想が生まれないように社会は仕組まれているのです。
案の定、参加者の一人の若者が、そんなことは無理です、どうやって地方で暮らせるのですか、といいました。
みんなそう思うのです。
だからこそ、企業は低賃金で人を雇え、権力は人を盲従させられるわけです。

「そんなことはできない」
まずはその発想の呪縛から自由にならなければいけません。
生活保護受給者の生活をうらやんではいけません。
うらやむのであれば、すべてを捨てて、自分の生活保護を申請すべきです。
そうしたら、給付額の問題ではないことがわかるでしょう。
地方では暮らせないと思うのであれば、今の暮らしを嘆いてはいけません。

生活保護の金額が多いとか少ないとかいう議論は、どこかおかしいような気がします。
お金をもらえれば、生活は保護されるのか。
そんな話ではないでしょうし。

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2010/06/13

■節子への挽歌1015:エンタングルメント

節子
ダン・ブラウンの「ロスト・シンボル」を読んでいたら、とても興味を引かれる言葉が出てきました。

エンタングルメントの考え方は古代の信仰の中核にあった。
法身、道、梵などだ。
実のところ、人類の最も古い霊的探求は、みずからがエンタングルメントのなかにあることを知り、万物との結びつきを感じることにあった。
人間は宇宙とひとつになること、一体化することをつねに求めてきた。
エンタングルメントとは「絡み合い」とか「もつれ合い」という意味です。
以前、情報処理の文章を読んでいて出会った言葉ですが、とても気になって、調べてみましたが、なかなかピンと来るものがなく、そのままになっていました。
ネットで調べると、たとえば、こんな説明が出てきます。
エンタングルメントとは,いわば2つの区別できる物理系が2つでひとつの状態を呈し得る性質をいう。一種の量子的な非局所性と考えてよい。
よく理解できないにもかかわらず、なんとなく実感できる説明です。
私の好きな「インドラの網」に通ずるものがあるので、私にとって大きな意味のある言葉だろうと思うのですが、どうも消化できずにいました。
その言葉に、まさかダン・ブラウンの小説で出会うとは思ってもいませんでした。
ダン・ブラウンは、話題になった「ダ・ヴィンチ・コード」の著者で、「ロスト・シンボル」は彼の最新作です。
娘がダン・ブラウンのファンなので、貸してもらって読んだのです。
とてもおもしろかったです。
「ロスト・シンボル」の中では、エンタングルメント理論について、次のようにとてもわかりやすく、しかもかなり断定的に書いています。

エンタングルメント理論は、すべての物質が密接に結びついていること、ひとつの網のなかでからみ合いの状態にあること、一種の宇宙的統一体をなしていることを、原子未満の世界の研究はすでに明らかにしている。

ちょっと断定しすぎているように思いますが、私もそう確信しています。

挽歌にしては、難しい話を書いてしまいましたが、昨日の「火の花」につながる話です。
手塚治虫の「火の鳥」は、まさにエンタングルメント理論をベースにしています。
たしか「宇宙生命」というような概念も出てきていたと思います。
とても共感できます。
宇宙が一つの生命であるとすれば、個々の人生は瑣末な話なのかもしれません。
そして「死ぬ」こともなく、したがって時間軸もないことになります。

最近どうもこうした話に触れることが多いです。
これは偶然なのか、それなりに意味があるのか。
これこそまさにエンタングルメント理論の正しさを示唆しているように思うのですが、節子を取り巻く物理系と私を取り巻く物理系は、いまもなお2つにして一つなのかもしれません。
いまでもついつい、節子はどこにいるのかなあと思うことがよくあります。
節子との絡み合いが、まだリアルに感じられるのです。

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2010/06/12

■若者を浪費する社会

今日は、私のホームページ(CWSコモンズ)に書いたこととほぼ同じことを書くことにします。
ホームページの方は、毎週日曜日が更新日ですので、明日、アップされますが。

先週の6月4日に書きましたが、私の古い文章を大学4年の学生が私を訪ねてきてくれました。
とても誠実な若者で、しっかりした就職活動を行っているようですが、まだ就職先が決まっていません。
私が21年前に会社を辞めた時にある雑誌に載せた文章(「会社を辞めて社会に入る」)を読んで、私のところに来てくれたのです。
彼と話していて、怒りがこみ上げてきました。
彼に対してではありません。
私を含めた、今の大人たちの生き方に、です。

非常にしっかりした考えで、就職活動に取り組んでいるのに、働く場が見つからない。
どう考えても、おかしな話です。
大学の先生をやっている友人が少なくありませんが、彼らからも就職活動の厳しさはよく聞いています。
オフレコの約束なので、ここには書けませんが、驚愕の事実もあります。
そうした現実を、大学の先生たちは、もっと社会にきちんと伝えるべきではないかとも思いますが、おそらく社会が「聴く耳」を持っていないのでしょう。

やってきた学生の周りにも、就職を諦めて、フォトジャーナリストになることを決意した友人もいるそうです。
やはりどこかおかしいです。
働きたい若者に仕事も希望も与えられない社会。
どう考えてもおかしいです。
こうした社会にしてしまったのは、私たちです。
とりわけ大きな責任を追うべきは、いま「有識者」といわれ、社会的な職位についている人です。

私は、経営幹部を育てる研修プログラムにささやかに関わっています。
そこに講演に来る人たちを見て、いつも、「こういう人たちが社会を壊したのに、なぜこういう人を呼ぶのだろうか」と不快に思います。
そうした人の話す言葉は、私にはとても虚しく、腹が立ちます。
しかし、彼らにはそんなことなど気づくはずもありません。
日航の再建を任された稲盛さんが自慢話を話すように、自分のやってきたことの意味など気づくはずもありません。
たぶん「悪意」はないのでしょうが、それこそが最悪の悪行なのです。

1億円もらう経営者がいてもいいですが、それほどの高給をもらうのであれば、働く場を創る努力をもっとすべきです。
40年前の経営者は。自らの責任を「雇用の場を増やすこと」と考えていました。
だから日本は元気だったのです。

しかし、そうはいっても、仕事はどんどん減っていくでしょう。
ジョブレス社会の到来は30年前にもうしっかりと予告されていました。
景気が回復しても、仕事は増えるはずもありません。
それに知りながら、なんの対応もしてこなかった経済学者も経営学者も政治家も、私には許せません。
経団連のトップの人たちは、そうしたことを加速してきたのです。
それが犯罪でなくてなんでしょうか。
社会を壊すのは、暴動を起こす必要はないのです。

少子化対策などと馬鹿なことをいっている連中にも蹴飛ばしたいほど怒りを感じます。
希望のない社会にしておいて、子どもを増やせという発想は間違っています。
まあ、私も10年前には少子化は問題だといっていたのですから、恥ずかしいのですが。

彼と話していて、私たちの世代の罪深さを改めて感じました。
若者に希望を与えられない私たちは恥を知るべきです。
そう思いました。
若者を浪費する社会になってきているのが恐ろしいです。
問題は、少子化とか粘菌問題とか、そんな話ではないのです。

私に何が出来るか、それが私にとっての当面の課題です。

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■節子への挽歌1014:火の花

節子
今日は、節子が好きな花の話です。

プロテアという花はおそらく節子は知らないでしょう。
先週、テレビで世界遺産を観ていたら、出てきた花です。
その番組の説明ではこうです。

山火事で起きる炎の熱で、その花は初めて殻を開き、種子を大地に落とします。
しかもその種子は綿毛に包まれているので、風に乗って遠くまで飛来するそうです。
そして山火事で堆積された草木の灰を養分にして大きく育ち、大地に茂っていくのです。
火の鳥、ならぬ、火の花です。
全てを焼き尽くした後に、力強く生まれる生命を託されているわけです。
自然は、実にさまざまな役割を用意し、それを担う存在を生み出しています。

プロテアは、ギリシャ神話に登場する、自分の意志でその姿を自由に変えられる神プロテウスに由来するそうです。
私は、その番組を見ながら、ついつい「火の鳥」。そこからプロメテウスを想起してしまったのですが、調べてみたらプロテウスが由来でした。
プロテウスは海神ですので、何だかピンときません。
プロテアではなく、プロメテという名前だととてもすっきりするのですが。

まあそれはともかく、このプロメテは今日からワールドカップが始まる、南アフリカ共和国の国花なのだそうです。

山が燃え、そこから新しい花がまた芽生えていく。
生命の営みは、そういうふうに、滅びては蘇り、蘇っては滅びてきたのです。
滅びと蘇りは、コインの裏表でしかありません。

生命の営みはまた、生命のつながりを意味しています。
節子との別れは、節子との新しい出会いを意味しているのかもしれません。
過酷な条件を活かしていくプロメテの花を、どこかで見つけてきたくなりました。

節子
彼岸にはプロメテは咲いていますか。

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2010/06/11

■節子への挽歌1013:議論の相手

節子
やはり議論の相手は節子がいいです。
というのは。

テレビでこんなニュースが流れました。
北京五輪陸上男子ハンマー投げで、室伏選手は上位選手がドーピング違反でメダルをはく奪されたために、銅メダルになっていたのですが、そのドーピング違反が否定されたため、5位になってしまった。

そのニュースを観て、なんで薬物を飲んで記録を伸ばすことが悪いのかと娘のユカに質問しました。
ドーピング薬物と牛肉とどこが違うのかという話です。
ドーピングが気になって、風邪薬も飲めないという話もありますが、どこかおかしくないでしょうか。
子どもの頃から、酒や煙草とLSDや大麻とどこが違うのか理解できませんでした。
その区別はどこでつけるのか。
たしかに心身を蝕むかもしれません。
ではそれと薬局でもらう薬とどこがちがうのか。
こうした疑問に私が納得できる形で答えてくれた人は今までいません。
答えるどころか、議論のテーマとしても成立しにくいのです。

私は自分で納得できないことがあるとすぐに近くにいる人に質問します。
その質問は、たとえば、「どうしてカラスは黒いのかなあ」とか「桜を見てどういう意味があるのかなあ」というようなものです。
節子は時々怒りましたが、まあよく話の相手をしてくれました。

今朝はその質問をユカにしました。
節子と同じような答が返ってきましたが、私が重ねて訊くので、相手をしていられないと言われてしまいました。
やはり議論の相手は節子がいいです。
節子ならもう少し付き合ってくれたでしょう。

それにしても、ドーピングしたくなるような競技のあり方にこそ、問題があることになぜみんな気がつかないのでしょうか。
黒いことがイメージを悪くしていることに、なぜカラスは気がつかないのか。

桜を見て感動する自分の生き方を改めて考える時間を持つことの大切さを、私たちは取り戻したいものです。
時には、桜を見ることの意味を考えるような人生を私は送りたいのです。
まあ節子は、そういう私の気持ちを理解してくれていたかどうかはわかりませんが、私の話には付き合ってくれました。
そのことがとても大きな意味を持っていたことに、最近気づきました。

ちなみに、もちろんドーピング薬物を飲むことには私は否定的です。
念のため。

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■仕事大好き内閣の「仕事」は選挙なのか

国民新党の亀井さんが閣僚を辞任しました。
国会の会期延長がなされずに、郵政法案が成立しないことが理由です。
筋を通しました。
社民党の福嶋さんも筋を通しました。

報道されているように、支持率の上がってきたところで参院選を行うことが優先されたとしたら、もはや民主党には期待できません。
政策よりも選挙が基軸になるのであれば、それは政治集団ではなく利権集団です。
若い人材が中心になって、仕事大好き内閣というのであれば、会期を延長してでもしっかりと信義中の法案は決着をつけるべきです。
それに国会の会期があること自体、私には以前から納得が行きませんでした。
審議の必要なテーマがあれば、年中、国会は議論しているべきです。
会期に合わせるのではなく、審議が必要な法案に合わせるべきではないかと思います。
私には発想の視点とベクトルが間違っているように思えてなりません。
あまり政治の仕組みを理解していないからの誤解かもしれませんが。

私は管内閣は正面から立ち向かうので、国会は延期されると確信していました。
新生民主党内閣もまた選挙優先の判断をするとは思ってもいませんでした。
がっかりして、いうべき言葉もありません。

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2010/06/10

■節子への挽歌1012:さまざまな人がまた湯島に来始めました

節子
1年ぶりに田中雅子さんと会いました。
節子がいつも、そのがんばりぶりに感心していた田中さんです。
節子の闘病中は、田中さんはネパールにいましたので、たぶん節子が最後に会ったのは10年ほど前かもしれません。
今日はある会で話をしてもらったのですが、田中さんのこれまでの活動を改めて聞かせてもらいました。
とてもいいお話でした。

湯島のオフィスを始めた頃、来た人の写真を撮っていました。
先日、書類を整理していて、その写真が出てきました。
みんなとても若いのです。
私たちも若かったのです。
この人は誰だろうと思い出せない人もいます。
今から考えると本当にさまざまな人たちが湯島に来てくれました。
それまで専業主婦だった節子には、目の回る毎日だったかもしれません。
私以上に新鮮だったと思います。

もう足が遠のいてしまった人もいますが、時折、突然やってくる人もいます。
久しぶりにやってきた、そうした人たちに、今はもう私一人でしか対応できないのがとても残念です。

それにしても、みんなどんどん成長しています。
世界を広げているのです。
節子がいたらどんなに喜ぶことだろうと思うこともあります。
成長を止めているのは私たちだけかもしれません。
でも、止まっているからこそ、みんなの変化が実感できるのかもしれません。

やはりこの湯島の空間は、閉じるのはやめようと改めて思いました。
この空間のおかげで、私と節子の絆は深まったのかもしれません。
ここで旧知の人と話していると、時々、節子の名前も出ます。
田中さんの後にやってきた藤本さんは、今日もまた目頭を熱くしながら節子のことを語ってくれました。
ここには、本当にたくさんの思い出がつまっているのです。
節子のおかげで、この湯島の空間を維持できたことを感謝しています。

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■「私はカメルーン人である前にアフリカ人です」

ワールドカップが近づいていますが、テレビでカメルーンのサミュエル・エトー選手のことを知りました。
そこでエトー選手が語っていた言葉が、タイトルの言葉です。
私はサッカーにあまり興味がないので、エトー選手のことも知りませんでしたが、その言葉が心に響きました。
エトー選手は、「アフリカの人たちに希望を与えることが私の夢だ」とも語っていました。

「私はカメルーン人である前にアフリカ人です」
私だったら、なんといえるでしょうか。
「私は日本人である前に・・・・」
言葉が出てきません。
自分の世界の狭さと立っているところの曖昧さを認識せざるを得ません。

企業のグローバル人材をテーマにした委員会で、ある企業の人事部長が、グローバル人材になるには(意識において)「国籍」を捨てることが大切、と話していたことを思い出しました。
国籍を超えるか、国籍を無くすかは、まったく発想の起点とビジョンが違います。
エトー選手は、アフリカ人であると共にカメルーン人です。
しかし国籍を無くした人には戻るところはありません。
ビジネスパーソンであれば、ビジネスの歯車になるしかありません。
極端にいえば、生活を失うことかもしれません。

エトー選手は、カメルーンの子どもたちのために毎年1億円の寄付をして、サッカーを広げる活動をしているそうです。
お金の活かし方に関しても学ぶことが少なくありません。
毎年1億円以上の報酬を得ている企業の経営者の人たちがうらやましいです。
いろんなことが出来るのですから。

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■開くことの不安定さ

「国家の終焉」に関してもらったコメントに触発されて、「開く」と「壊す」について少し考えてみました。
というのは、私のこの30年のテーマは「開く」だったからです。
東レ時代に企業のアイデンティティを再構築するプロジェクトに関わらせてもらいました。
そのプロジェクトを社長に提案させてもらった時の私の基本的な考えは「企業を開く」でした。
21世紀は真心の時代という小論をベースに、企業はいま自らを開く時という雑文を書きました。
当時、朝日新聞から寄稿を頼まれたので、その要旨を寄稿しました

会社を辞めてからは、自分自身を「開く」生き方を基本にしました。
そして10年ほどして、コムケア活動を開始しましたが、これはNPOやボランティア活動を開くことを目指していました。

コメントを読んで、「開く」とは「不安定」を呼び込むことだと気づきました。
「コロンブスのたまご」のように、少し考えたら自明のことですが。
同時に、気づいたのは、自らを壊すことが社会を壊すことだということです。
壊すとは、創ることの始まりなのですが。

グローバル化とは、国家を開くことです。
つまり国家を壊すことですが、そこに現れるのが「岐路」です。
ネグリのマルチチュードが、岐路のどちらを選ぶのかは確実ではありません・
おそらく論理的でさえないでしょう。

透明性を高めることを公言している管新内閣は「不安定」を取り組むことになります。
小沢さんはそれをよく知っていますから、開かなかったのかもしれません。
しかし若い世代は、壊すことが生み出すこと、創ることと同値であることを知っているのです。

ホメオスタシスからホメオカオスという認識でいえば、開くことを重視した生き方は良かったのだろうと思います。
私の人生が、とてもエキサイティングで面白かったのは、開いたことの結果だったのかもしれません。
しかし、それが幸せだったかどうかはわかりません。

管首相は「最小不幸社会」を掲げました。
とても共感できますが、個人の生は、それでは退屈です。
やはり自らを開き、弱さをさらけだして、不安定を呼び込むのがいいです。
匿名で生きていて、何が面白いのでしょうか。
ただ実名を開いていくことは、それなりのエネルギーが必要です。
そろそろ閉じた生き方に変えるほうがいいかもしれない。
コメントを読みながら、そんなことを思いました。

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2010/06/09

■「介護」のもつ「負の価値」と「正の価値」

昨日の続きを書きます。
「介護」という言葉をどう捉えるかです。
多くの人は、私も含めてですが、「介護」にはマイナスイメージがあります。
それは「要介護」と言う表現に象徴されています。
「介護」には負の価値が付きまとっています。
しかし、そうでしょうか。

たしかに、介護を作業として考えると大変な仕事ですし、介護を必要とする人にとっては、負の価値を持っていることは事実です。
しかし、それだけではないのではないか。
介護には要介護者の生活を支援するという側面の他に、もう一つ大きな意味があります。
それは介護を通じて、人と人が支え合う関係に気づくとか、人のつながりが育つとか、さらには家族のあり方、隣近所の付き合い方、最近の言葉を使えば、ソーシャル・キャピタル、社会にとって一番大切な人の絆や信頼関係を育てていくという働きです。
こうした「介護」の持つ正の価値に焦点を当てて考えるとどうなるでしょうか。

シンポジウムのパネルディスカッションで、父親の介護経験のある中村さんのお話は感動的でした。
お父さんの介護を通して、父との絆を深め、とてもいい時間が過ごせたといいます。
「介護」はまさに「価値ある行為」であり、介護される人だけでなく、介護する人にも大きな喜びを与える側面を持っているのです。
中村さんの経験は、以前、私のホームページで紹介した「ケアプランを自分で立てるということ」という本に出てきます。

同じ種類の活動なのに「育児」には必ずしも負のイメージはありません。
なぜでしょうか。
いずれも一人では生きていけない状況を手助けしてやるということでは同じ行為です。
「介護」に「負の価値」しか見出せない社会は、「育児」にも「負の価値」しか与えられなくなるでしょう。
今の日本は、まさにそうなりつつあるのかもしれません。

「介護」という言葉を、もっと好意的に受け止めることが必要ではないか。
介護の持つ正の価値に気づくこと、それこそが大切なのではないかという気がします。

私が取り組むコムケア活動は、重荷を背負い合う関係を育てることを一つの目標にしています。
10年ほどやってきて、それは自分の生活の周りでしかできないことがわかりました。
その基本はやはり「家族」です。
その家族がいま、壊れだしている。
「介護」は、その家族を壊しもすれば、育てもします。
安直に「介護の社会化」と考えていいのか、そんな気がしてきました。

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■節子への挽歌1011:彼岸の暮らしには苦労はありませんか

節子
生きているといろんなことがあります。
面倒なことの嫌いな私としては、できるだけシンプルに生きたいと常々思っていますので、面倒なことはみんな節子に任せていました。
節子がいない今は、娘たちにゆだねています。
最近はユカがその役目をかなり担ってくれて、おかげで私は今も楽な生き方をしています。
しかし、そうはいってもいろいろあります。
生きていくことの煩わしさをよく感じます。

今朝も位牌に向かって、「節子はいいよねえ、こうしたことから解放されて」と声に出してしまったのですが、すかさずユカから、「向こうには八重子も粂治もいるので、節子も楽ではないかもしれない」と言われてしまいました。
八重子、粂治は私の両親です。
わが家の文化は、原則として名前で呼ぶのです。

私たちは結婚後、15年ほどしてから私の両親と同居しました。
節子も、私の母も、私とは正反対で、弱音を言わない人でした。
途中からの同居でしたが、とても「いい関係」だったと思います。
母にとっては自慢の嫁でしたし、節子にとっては賢い姑でした。
私の記憶では争いは一回もなかったと思います。
2人の間に入って苦労したことは一度もありません。
お互いの悪口も聞いたことがありません。

母を見送った後、節子は「良い嫁」になろうとしすぎていたかもしれないと言ったことがあります。
それで初めて、私は節子が苦労していたことを知りました。
節子はきっと私のために「良い嫁」を意識していたのかもしれません。
途中からの同居はそれなりに苦労があったのでしょう。
しかし、節子は、親不孝だった私の代わりに、私の両親に良くしてくれました。
深く感謝しています。

自分の先行きを確信した節子が、自分から私の両親と同じお墓に入りたいと言い出した時には驚きました。
私と一緒で、お墓はいらないといっていたのです。
お墓に閉じ込められるのは、私も節子も我慢できないイメージだったのです。
それなのに、私の両親と同じお墓に入りたいと言い出しました。
お墓を守ってくれている兄に頼んで、お墓に入れさせてもらいました。
ですから、私もそのお墓に入る決心をしました。
私もお墓には入らずに、散骨を希望していたのですが。

節子は今、彼岸でみんなと楽しくやっているでしょうか。
苦労していなければいいのですが。
節子は「良い嫁」だった以上に、「良い妻」でした。
最高に。

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2010/06/08

■自己作成を基本とした介護保険制度の設計

一昨日、介護保険関係のシンポジウムに参加させてもらいました。
介護保険のケアプランを自己作成する動きを広げていこうという活動に取り組んでいる全国マイケアプラン・ネットワークの主催でした。
そのグループが全国の介護保険の実態調査を行ったのですが、その報告を兼ねたシンポジウムでした。
私は介護保険に関しては一般論しか知らないのですが、シンポジウムでの多くの人の発言を聞いていて、どうもどこかに違和感があるのです。
それが何か気になっていたのですが、パネリストとして発言させていただいているうちに、2つの言葉への思い込みに気がつきました。

一つは、「専門家」という言葉です。
介護保険を使いこなし、介護をうまく行っていくためには、「専門家」が必要だといわれるのですが、その「専門家」ってなんだろうということです。
「介護の専門家」、その言葉にみんな呪縛されているのではないかと言うことです。
介護に専門家などいるはずもありません。
介護の状況は人によってまったく違いますから、生半可な先入観や一般論でもって、「専門的」に対処していいのかと言うことです。
介護を生活の側面から具体的に考えれば、専門家は当該者と共に生活している人と考えるのがいいでしょう。
介護に専門家がいるとすれば、当人もしくはその人と生活を一番重ねている人のはずです。
知識のある人を専門家と呼ぶ風習が、昨今の「知識社会」にはありますが、そんな専門性など生命の多様さの前では無力だと思う謙虚さが必要です。
これは医療の世界にも当てはまります。
医者もまた所詮は技術者でしかありません。
古代ローマ社会においては、医師は職人的労働者だったそうですが、最近の医師はその謙虚さを失っています。

ケアプランは当事者もしくはその近くの人が主役になってつくるのが当然です。
そして、もしケアプランは自己作成を基本とするとして、介護保険制度を基本設計したらどうだったでしょうか。
たぶんいまとはまったく違ったものになったでしょう。
ケアマネージャーなどという、訳のわからない専門家は生まれなかったでしょう。
代わりに、ケアカウンセラーとかケアサポーターという職業が生まれたかもしれません。
マネージャーとサポーターとはまったく違ったミッションになるでしょう。
専門知識がなければ、ケアプランがつくれないという場合の「専門性」とは何なのか。
とても重要な視点ではないかと思います。

もう一つ、気になったのは「介護」という言葉です。
この言葉の持つ、マイナスイメージを克服しなければいけないのではないか。
これについては明日、続きを書くことにします。

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■節子への挽歌1010:生命のみずみずしさ

最近、どうも自分自身の生命が乾いてきているような気がします。
もしかしたらそれが元気の出ない一因かもしれません。
このところ日課になった庭の花への水やりをしながら、そんなことを考えました。
生命もまた乾いてはいけないのかもしれません。
意図して「枯れた生」を生きようという人もいますが、枯れた生もまた、もしかしたら乾いてはいけないのかもしれません。

この挽歌の記事を書いていても、どうも1年前とは違うのです。
涙が枯れたとか、悲しみが癒されたとか、そういうとわかりやすいでしょうが、私としてはそういう感じとはちょっと違うのです。
今でも涙はすぐ出ますし、悲しみはむしろ深くなっています。
にもかかわらず、どこかで自分の生命のみずみずしさを感じなくなってきているのです。
そのせいか、書いている内容が我ながら退屈なのです。
だから分量が長くなります。
内容がある時には文章は短くなることを、私は経験上、感じています。

老いてもみずみずしい人はいます。
しかし、愛する人を失ってもなお、みずみずしく魅力的な人はいるでしょうか。
もしいたら、ぜひお会いしたいです。
どなたかご存知であれば教えてください。

人のみずみずしさは、「愛する人(もの)」からもらっているのかもしれません。
もしいまなお私が節子を愛しているのであれば、生命が乾いてくるはずがありません。
どこかで私の生命の回路がおかしくなってきているような気がします。
節子のためにも、いや節子のためにこそ、みずみずしさを取り戻さなければいけません。
どうしたらそれができるのでしょうか。

しかし、生命は本来「みずみずしい」ものです。
だとしたら、素直に生きれば、みずみずしさは戻ってくるでしょう。
まだまだ素直さが足りないのでしょうか。
もう十分すぎるほど素直に生きているつもりではあるのですが。

最近、こんなことを時々考えています。

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■国民は本当に「政治とカネ」の問題に関心があるのでしょうか

相変わらずテレビの政治関連の番組は、反小沢・新小沢の議論を主軸にしています。
アナウンサーやコメンテーターは、国民の関心はそこにあるように話しますが、少なくとも私も、私の家族も、そんなところには興味は全くありません。
そればかりではなく「政治とカネ」の問題にも興味はあまりありません。
「政治とカネ」の問題に最大の関心を持っているのは、マネーゲームに汚染されたアナウンサーやコメンテーターたちだろうと思いますが、真面目に汗して働いている、あるいは働きたくても働けない、多くの国民は、そんな問題ではなく、自分の生活に関わる問題をどうにかして欲しいと思っているはずです。
そうした問題を、「政治とカネ」や「小沢さんとの距離」などという問題にすり替えている人たちには、心底腹が立ちますが、少なくとも「国民」などという言葉は使ってほしくありません。
あなたたちのように腐ってはいない国民はまだ少なくはないからです。
それにしても、コメンテーターなる職業ほど悪質なデマゴーグはないですね。
かれらはまさに「カネ」に雇われているように思います。

昨日の枝野幹事長の記者会見はリアルタイムにテレビですべて観ました。
しっかりした信念を感じましたが、質問する側の記者たちの質問のレベルの低さには驚きました。
記者会見などしたくないという、小沢さんの気持ちがよくわかります。
一人くらいは真面目な政策の質問をするかと思いましたが、相変わらず「小沢さんとの距離」や「政治とカネ」の問題です。
まあこの2つは、サルでも質問できますので、準備も知識も不要なのでしょう。
しかし、ほんの少しでも政治を勉強したり、私たちの未来に関心があれば、あんな無意味な質問で終始するはずもありません。
それに質問が途切れたり、指名も待たずに何回も「呟き的な質問」を繰り返したり、枝野さんが十分に答えていないのにそのまま引き下がったりしている記者ばかりでした。
日本のマスコミは、いまやサル以下だと思いたくなります。

「政治とカネ」は、社会の本質を映しているだけの話です。
小沢さんは、権力の中枢にいる人から嫌われて、「悪役」にされているだけでしょう。
彼の「豪腕」を怖がっている人がいるだけの話です。
敵と味方を間違えてはいけません。
ただ小泉元首相のように、私欲だけで動いていた人ではないだけの話です。
大方の見方はそれとは反対でしょうが、正義の人はいつも悪人にされるものです。
変な言い方ですが、悪人に悪い人はいないでしょう。
親鸞の言葉を私たちはもっと深く味わうべきです。

もっとも私は小沢さんが好きではありませんし、彼の政治ビジョンも政治手法も賛成できません。
しかし小沢さんがもしいなかったら、日本はもっとひどい状況になっていたように思います。

その小沢さんの役割も終わりました。
鳩山さんの役割も終わったのでしょう。
いよいよこれから「政権交代」が動き出します。
仙石さんが言うように、エキサイティングな展開になりそうです。

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2010/06/07

■制度に合わせた自己規制の中で生きるのは退屈ではないですか

昨日、介護保険関係のシンポジウムに参加させてもらいました。
昨年、介護保険のケアプランを自己作成する動きがどのくらい広がっているかの調査に少し関わらせてもらったのですが、その成果の発表会を兼ねたものです。
いろいろとみなさんのお話を聴いていて、どうしてみんな「制度」を前提に考えてしまうのだろうかと不思議に思っていました。
これはなにも今回に限ったことではありません。

制度はみんなが生きやすいようにするための道具です。
主役は人間、それも最も利害関係の深い人のはずです。
そうした「当事者」が、使い込むのが制度です。
にもかかわらず、みんな制度に使われているような気がします。
それが楽なのかもしれませんが、それは「人間」の生き方ではありません。
制度は使ってこそ、価値があります。
使いにくい制度はどこかで間違っているだけの話です。
しかし制度を使いにくくすれば、経済は発展します。
その制度を使いこなすための「仕事」(職業、専門家)が必要になるからです。
世の中の「専門家」の多くは、そうした「寄生的存在」です。
社会には不要な存在ですが、そうした種族に限って「先生」と言われて大きな顔をしています。
内容がないので、「先生」と言う呼称にしがみついているのでしょう。

ただハーバーマスのように、制度をつくる過程で社会統合は進み、その組織もしくは社会の質が高まるという意見もあります。
私もそうした意見に賛成で、だからこそ、私の生きる姿勢や仕事の姿勢はすべて「共創」を重視しています。
結果にはあまり興味はないのです。
プロセスにこそ本当の成果があるからです。

言い方を変えると、制度の価値は、その修正可能性にあります。
制度は再帰的に動いています。
しかし多くの人はそうは考えません。
一度形になった制度は「守らなければいけないもの」になってしまうのです。
さらに悪いことには、制度の余白さえも過剰に読み取って自己規制するのです。

この「制度」に、「上司」や「権威」を置き換えてもいいでしょう。
いわゆる「上司の意向を慮って」などというおかしなことが起こり出すのです。

制度はいったい何のためにあるのか。
このブログには「アウトカム」という検索ワードでたどりつく人が毎日数人います。
アウトカムの視点で、制度は常に読み直し組み替えていかねばいけません。
そうすれば、制度を守ることと制度を活かすことの違いに気づくはずです。

制度は壊すことによって生きてくるのです。
制度の呪縛から自由になると、世界は違ってきます。


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■節子への挽歌1009:「グッド ウィル、ハンティング/旅立ち」

なにやら疲労感が残ってしまったので、今日は休んでしまいました。
ちょっと出かけていましたが、帰宅後、手持ち無沙汰に任せて、目の前にあったDVDを見てしまいました。
「グッド ウィル、ハンティング/旅立ち」です。
もう3回ほど観ているのですが、まったく記憶が残っていませんでした。
もちろんあらすじは知っているのですが、とても新鮮でした。
肝心のところを忘れていたのです。

「心を閉ざした天才青年が、似た境遇の心理学者との交流を通じて成長していく姿を、繊細なタッチで綴ったヒューマン・ドラマ」と解説にある映画です。
主人公の心を開くための心理学者のセラピーのやりとりが、この映画の核心なのですが、その心理学者は最愛の妻を亡くして人生を変えてしまっていたのです。
マット・デイモン演ずる主人公とロビン・ウィリアムス演ずる心理学者の会話が、こんなにも心に響くものだったのかと驚きました。
前に観た時の記憶がまったくないのです。

たとえばこんな会話です。
主人公が意地悪く心理学者に「再婚しないのか」と訊きます。
心理学者は「妻は死んだ」と答えます。
主人公は重ねて言葉を浴びせます。
「だから、再婚しないのか(再婚しても良いのではないかというニュアンスです)」
心理学者は「妻は死んだ」と繰り返します。
たぶん前にこの映画を観た時には、この会話のやりとりの意味はあまり理解できなかったのでしょう。
いまは痛いほどわかります。
伴侶を亡くした人にとって、「再婚」ほど心を逆なでする言葉はありません。

その会話には、実はもっと深いものが重なっています。
児童虐待を受けた主人公が心を開けずに、他者と関わることを拒否していることを心理学者が指摘するのを受けて、この会話がやりとりされています。
もちろん「妻は死んだ」、もう他者とは関わりたくない、というような短絡した話ではありませんが、心理学者と主人公の相似的な関係が、それぞれの問題の深さを示唆してくれるのです。
おかしな言い方ですが、心が閉じている者同志だからこそ、この映画の心理学者と主人公は心を開きあえたのです。
そのことの意味が、今では実によくわかります。
心を開くことと閉ざすことは、もしかしたら同じことなのかもしれません。

節子がいなくなって、私も他者との関わりを拒否したくなり、心を閉ざした時期があります。
今もまだそうかもしれません。
ですが、だからこそ、ある人には心が閉じたまま通ずることがあるのです。

この映画はまた、愛についても示唆的です。
それは「旅立ち」という日本語の題名にもつながっています。

最近、映画を観るとなぜか、心に響くセリフに出合います。
意識や状況が変わると、同じ映画も違った見え方がしてくるのかもしれません。
しかし今日はなぜよりによって「グッド ウィル、ハンティング」などを見てしまったのでしょうか。
旅立ちに向けてのエンパワーかもしれません。

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2010/06/06

■節子への挽歌1008:鬼門の地

ある集まりがありました。
今朝出かける前まで会場を確認していなかったのですが、池袋の東京芸術劇場でした。
少し嫌な予感がしました。
池袋は苦手なのです。
前にも書きましたが、池袋は辛い思い出がいろいろとあるのです。

会が始まる前に打ち合わせを兼ねて食事をしました。
なぜか全身を疲労感が襲ってきました。
気が吸い取られていくような、奇妙な感じになりました。
食事をしながら、何だか以前もこんな風景があったなというような気がしてきました。

土地の記憶という言葉があります。
時にではありますが、地霊を感ずることがあります。
そこに立つと、ざわめきや息吹が感じられることがあるのです。
最初に感じたのは大宰府の観世音寺でした。
昔、ここを歩いた時のことが急に思い出されました。
昔というのは、たぶん平安時代だと思いますが。
確信は持てませんが、なぜかそう感じました。

今回はそういうのとは違いました。
ただ無性に疲れただけでした。
それに加えて、みんなの声がとても虚ろに響くのです。
現実感がどうも気迫なのです。
天井が高かったからでしょうか。

会が終わった後、懇親会に参加し、みんなと話しているうちに疲れが抜けた感じがしました。
しかし、そこにまた少し気の重くなるような電話が入ってきました。
やはり池袋は私には鬼門の地です。
疲れきって先ほど帰宅しました。

当分池袋には行きたくない気分です。
池袋には思い出したくない記憶があります。
克服したような気がしていたのですが、やはりダメなようです。
私の気が萎えているのでしょう。

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2010/06/05

■節子への挽歌1007:農園復活

節子
久しぶりに下の農園に行ってきました。
節子がいなくなってから荒れていた家庭農園の雑草を抜き、耕しなおしました。
そしてキュウリとトマトとナスを植えました。
娘たちも手伝ってくれました。
というよりも、主役は彼女たちでしたが。

節子は土いじりが好きでした。
私も嫌いではないのですが、どうも続かないのです。
それにやり方が大雑把過ぎて、急いでやりすぎてすぐに疲れてダメになるのです。
節子はゆっくりと長く続けられました。
それにきちんと準備をしてからはじめました。
私は思いつきで準備もあまりせずに、ともかく適当にやるタイプでした。
私と節子は何をやるにも取り組み方は違っていました。
しかしなぜかうまくいきました。
お互いの違いを受け止めながら、それぞれお互いのやり方も大事にしていたからかもしれません。

農園の半分は花畑になっていました。
道沿いでしたので、道を散歩する人がいつもきれいですね、と作業をしていると声をかけてくれました。
ところが今は荒れ放題です。
主人を亡くすと土地もまた荒れていくのです。
もう野菜作りはやめようかと思ったこともあるのですが、ともかく節子が関わったところはできるだけそのまま持続したいと思っていました。
しかし、荒れ放題のままではみなさんにも迷惑がかかります。
今年は少しずつ整理し、迷惑がかからない程度にきれいにしていこうと思います。
まあ節子がやっていたほどにはならないですが。

家の周りの花木の手入れですら、十分でなく、どんどん枯れているのですから、いささか無謀な計画ですが、まあともかくやることしました。
そういえば、ちょうど今日、時評編で「できないことをやろうという姿勢」を書いたところです。
がんばって農園からの収穫をお裾分けすることを目指そうと思います。
さてさて、どうなりますか。
節子がいないと、どうも半人前もがんばれない自分に最近あきれています。

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■できないことをやろうという姿勢

新首相誕生に関しての報道で、みんながどう受け止めているか、あるいは何を期待するかについての声がよく出てきます。
そうした「世間の声」は、どの意見を取り上げるかによって、メッセージはまったく変わってきますが、なぜかどのテレビ局も同じような内容です。
いつもとても気になる発言が多いのですが、今回は2つの発言に言及したいと思います。

「できないことをやるといってほしくない」
表現はちょっと違いますが、2つのテレビ局の番組で聴いた言葉です。
普天間問題のことを言っているのだろうと思いますが、この言葉には「できることしかやるな」という意味合いを感じてしまいます。
私が一番嫌いな発想です。
できないことに挑戦する、しかもそれを公言して取り組む。
これが私の基本的な生き方です。
その結果、できないことはたくさんありました。
しかしできるかどうかはやってみなければわかりません。
「できることしかやらない生き方」は、私には退屈でしかありません。
できないかもしれないけれど、理想に向かって取り組むことを公言する勇気を私は高く評価します。

ちなみに、鳩山さんの普天間移設に関する県外国外発言ですが、もしみんながそれに向かって知恵と汗を出し合えば、結果は違ったかもしれません。
ほとんどの人が、そうはいってもできないだろうと思っていたように思います。
閣僚の人たちも創発でしたし、マスコミは間違いなくそうでした。
有識者のほとんどもそうでしたし、もしかしたら沖縄の人たちもそうだったのではないかと思います。
もし沖縄の人たちが、鳩山さんを本当に信頼したら、そしてその難題に一緒に取り組もうとしたのなら、もっと動き方がちがっていたはずです。
ですから、私は沖縄の人たちにも責任がまったくなかったとは思いません。
だれかが決意したら、共感した人たちはそれに向かって、汗と知恵を出さなければいけません。
誰かがやってくれることに期待しているだけでは、それができなくても批判すべきではありません。
私自身の反省も含めて、そう思います。

では、「期待」してはいけないのか。
「誰が首相になっても何も変わらないから期待はしない」
こういう声もありました。
これはもっと悪意のある発言です。
期待しないで文句は言うのか、と怒りを感じます。
期待するということは、信頼するということです。
期待しないということは、存在を承認しないということです。
そういう発言をすることの意味を私たちはもっと真剣に考えるべきです。
首相に期待しないほど、日本の社会は壊れているといえるのかもしれませんが、共書くそんな発言がテレビで流されるほど、日本は暗い社会になっているわけです。

私は新しい政権に期待します。
国民の一人として、何ができるかを考えたいと思います。
何かできることがあるはずです。

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2010/06/04

■支え合いとけなし合い

今日は企業に講演に行きました。
そこで話してきたのは「支え合う人のつながり」の大切さです。
ソーシャル・キャピタルという概念が少しずつ広がりだしていますが、いま社会や組織に大切なのは「人の絆」や「信頼関係」といわれだしています。
私は「支え合うつながり」と表現しています。
こうした話はもうずっと行っていますが、伝わりだしたのはこの4、5年です。
それまではだれも聴く耳を持ちませんでした。
しかし今は猫も杓子も「つながり」です。

ところが帰宅してテレビを観ました。
出かける前に管さんが代表に選ばれるところまで観ていましたが、首相に選ばれた後、野党の人たちのコメントは初めて見ました。
どっと疲れが出てしまいました。
みんな「けなす」発言しかしないからです。
日本の政治は「けなし合い」しかしないのでしょうか。
野党であろうと、この国をよくしたいのであれば、是々非々で支え合う関係を基本にしてほしいと、私はずっと思っています。
それができない政治が、私にとっての「旧い政治」です。
国会議員であれば、つまらない党利党略や私欲を捨てるべきです。
それを捨てたら、もっと「支え合える」はずです。
それができない人は政治家になるべきではありません。

私が亀井さんを好きなのは、彼は自分と意見の違う人も評価する度量を持っているからです。
市民運動家でも、本気で取り組んでいる人は応援してきています。
それこそが「大きな政治」です。
けなし合いからは何も生まれません。
野党の人たちのコメントは、実に「卑しく」、「情けない」ものでした。
こんな人たちがなぜ人気があるのでしょうか。
そうした人を担いでいる国民も「卑しい」のでしょう。
せめて私はそうはなりたくないと思いながら、このブログはかなり「けなす」内容が多いです。
私もまた「卑しい国民」の一人なのでしょう。
反省しなければいけません。

それにしても、民主党の山岡さんはどうしていつもあんなに「にこやか」なのでしょうか。
亀井さんもいいですが、山岡さんも画面で見ていて、いつもホッとします。
まあ渡部さんのようになってしまうと蹴飛ばしたくなりますが。
やはり私はかなり「卑しい」ようです。
山岡さんや亀井さんを見習わなければいけません。
小沢さんにそうした「支え合い」精神があれば、日本は大きく変わったでしょう。
小沢さんの発言もまた、あまりにもがっかりさせられるものでした。
孤軍奮闘しているとああなってしまうのでしょうか。
とても残念です。
しかし小沢さんの功績はもっと評価されるべきだと思います。
私の嫌いな政治家ではありますが。

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■節子への挽歌1006:話し合い関係

節子
また首相が変わってしまいました。
節子がいたらなんというでしょうか。
節子は「保守」でも「革新」でもなく、「わかる言葉」を話す人が好きでした。
「わかる」には「嘘をつかない」とか「一貫している」という意味も含まれていましたが、ともかく素直に聴ける言葉です。
そうなると、なぜか共産党の人の話が節子には合っていたように思います。
彼らの言葉は、素直に聴くととてもわかりやすいのです。

節子は、政治にそう関心があったわけではありませんが、大きな問題に関しては、私の知ったかぶった「解説」をよく聞いてくれました。
節子と話しながら、私も問題を整理できることが少なくありませんでした。
人は話しながら考えるものなのです。

ユカから、最近、お父さんはよく話すようになったね、といわれました。
私はまったく意識していなかったのですが、以前は節子に話していたことを娘たちに話すようになっているようです。
しかし、それは私だけの話ではありません。
ユカもジュンも、それぞれよく話すようになったような気がします。
節子がいた頃は、節子がいつもみんなの聴き役だったのです。
節子を中心にして、わが家の情報がまわっていたのです。
ユカの一言で、そのことに気づきました。
主婦の役割の大きさを改めて認識しました。

節子がいなくなったので、わが家の話し合い関係が一時期、停滞していたようですが、それが最近回復してきているようです。
新しい話し合い関係が整いだしたようです。
以前とはどうも少し違うようですが、まあこれになれなければいけません。

それにしても、節子ほど気の置けない話し相手はいませんでした。
私が話好きになったのは、節子のおかげかもしれません。

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■ツイッターの評価は考え直すことにしました

先日、ある若い人からツイッターの効用を教えてもらいました。
前に一度、このブログでツイッターにたいしてかなりきつい否定的な意見を書いた記憶がありますが、どうもまたきちんと理解もせずに感情的に反発したおそれがあります。
どうもこの性癖は直りません。

すべてそうですが、モノも仕組みも「使いよう」です。
使いもせずに否定するべきではありません。
いつもそう思っているのに、時々自分も間違いを犯してしまいます。
困ったものです。

ツイッターは少しまた活かし方を考えて使いたいと思いますが、まあこのブログは私にとっては「つぶやき」以外のなにものでもないので、急ぐことはありません。
そうした発想が間違いですと彼に言われそうですが。

ツイッターはともかく、ブログやホームページの効用もかなりあります。
昨日書いた記事を読んだ人から早速、韓国行きのことの照会がありました。
驚きました。
そういえば、昨日、まったく知らない大学生から電話がありました。
ホームページに乗せていた私の20年前の記事「会社を辞めて社会に入る」を読んで、その続きを聞きたいという電話でした。
その人は今就職活動中ですが、その参考にしたいと言うのです。
まあ参考にはならない気がしますが、会うことにしました。

こんなメールも届きました。

世間とは逆の鳩山観をずばずばとお書きになって、
特高から目をつけられる時代ではありませんけれど、勇気が要ることです。
鳩山さんのお金の話の時も、人とは違う見方をされていて、とても共感しました。
うれしい激励のメールですが、以前、こんなメールももらったことがあります。
野中広務さんと名前を挙げて書かれていますが、
彼のネットワークは広いので、いささか心配にもなります。
なにより、あんなに怒っては身体によくないと思います。
これらのメールの書き手は、いずれも私よりも年上の女性の方です。
日本において、その世代の女性たちがどういう状況を育ってきたかを感じさせてくれます。

良い時代になったのでしょうか。
それとも悪い時代になってきているのでしょうか。

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2010/06/03

■節子への挽歌1005:2倍楽しめた節子との旅

節子
節子がいなくなったので、もう2度と海外には行くまいと決めていました。
それでパスポートの更新もせずにいたのですが、海外に出かけようと思いだし、今日、旅券を申請に行ってきました。
窓口で順番を待ちながら、期限切れの旅券を見たら、1997年の7月にイランに行く時に更新した旅券でした。
あれからもう13年経ちました。
長い間、海外には行っていないことに気づきました。

イランに出かける時も節子はあまり体調が良くなかったのですが、イランが観光客を受けいれることになったので、行ける時に行こうと思いきって出かけたのです。
それが私たちの最後の海外旅行になりました。
帰国後、同居していた私の母親の調子があまりよくなく、その介護から解放されたら、節子自身の病が発見されてしまったために、それ以来、海外には行けなくなりました。

イランの旅行は、たぶん私よりも節子が楽しんだように思います。
節子は、いつも旅行の現地の現実を楽しみました。
それに同行した人と仲良くなるのです。

私は現地に記憶されている歴史に圧倒されてしまい、いつも実際の現場をほとんど覚えられないのです。
それにエジプトと同じで、ペルシアはあまりに刺激が大きくて、消化できませんでした。
特にペルセポリスに立った時は、夢のようであまり現実感がありませんでした。
クセルクセスに接見する諸国の王のざわめきが聞えてくるようでした。

節子は歴史にはあまり興味はなく、遺跡はただの遺跡として楽しむのですが、私は中途半端に思いがあるために、あまりにうれしくて、見るべきところをきちんと見ないで後で後悔するタイプなのです。
しかしやはりペルセポリスは感激しました。
もっとも節子はさほど感激することもなく、むしろシラーズの美しさに感激していたようです。
同じ風景を見ても、私と節子の見る風景は違っていたようです。
でも相手が感激すれば、それだけでお互いにうれしくなったのも事実です。
ですから2人の旅行は、いつも2倍楽しめたのです。

まあそれはそれとして、今回は旅行ではありません。
韓国にいる佐々木さんがある集まりに来ないかと誘ってくれたのです。
まだ決めてはいないのですが、どうしようか迷っています。
最近気弱になっていて、一人で成田に行く気力が出ないのです。
節子と一緒ならあんなに楽しかった成田も、一人となると何かとても遠くに感じます。

まだ決断できずにいます。
困ったものです。

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2010/06/02

■「なぜ辞任?」のしらじらしさ

鳩山首相一色のマスコミですが、テレビニュースのテロップに「なぜ辞任?」などと書かれているのを見ると怒りがこみ上げてきます。
つい昨日まで、「なぜ辞任しないのか」というトーンで報道していたのは誰なのか。
ちなみにそのテロップはNHKの7時のニュースです。
恥を知れといいたいです。
視聴料を払いたくない気分ですが、まあドキュメンタリー番組で時に良い物を見せてくれるので我慢しないといけません。
しかし最近の番組のひどさは目に余ります。
今回の沖縄問題の報道に関しては、完全に米国服従姿勢が見えていました。
民法の「政治タレント」のひどさに比べれば、まだ救いもありますが。

ところで、辞任表明後の鳩山首相の、あの明るい表情は何なのでしょうか。
彼もやはりノブレス・オブレッジを果たしていたのだなと感じました。
今朝の記事は少し書きすぎました。
3代目には荷が重かったのでしょう。
彼の果たしたことに感謝しないといけないのかもしれません。
あの明るい表情を見て、一瞬、腹が立ちましたが、思い直しました。

一瞬の夢だったかもしれませんが、「友愛政治」を意識化させてくれたことの意義は大きいように思います。
一度意識化されたものは、なかなか消えません。
またしばらくは「金銭政治」に戻るでしょうが、友愛政治の芽は埋め込まれたと思いたいです。

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■節子への挽歌1004:花の手入れ

節子
玄関のバラが次々と咲き出しています。
しかし私の怠慢さで、枯れてしまった花もいくつかあります。
花の手入れもかなり大変です。
私の担当は室内と裏庭だけなのですが、まあ時々手を抜いてしまう癖があるのです。
植物は正直ですので、私の対応にとても素直に反応します。
心の込め方で花の咲き方は変わっていくのでしょうね。

節子は思い切り咲いた人生を過ごしたでしょうか。
私の心の込め方は正直中途半端だったなと思います。
もっともっと心を込めて、愛すればよかったと思います。
いなくなってからこんな挽歌をいくら書いても節子は輝いてくれません。
元気だった頃にもっとやれることがあったはずです。
それが何だったのかは思いつきませんが。

ところでもし、私が先に逝ったとしたら、節子はどうだったでしょうか。
修をもっと愛してやればよかったと後悔するでしょうか。
それはいささか疑問です。
節子は合理主義者でしたから、考えてもどうにもならないことは割り切ることのできる人でした。
それに私よりは潔い人でした。
ですからきっと「いなくなった修」よりも花が大事だと花三昧に明け暮れたかもしれません。
そういえば、元気な時も、私の相手よりも花を相手にしている時の方が幸せそうでしたから。

その節子に代わって、いま私が家の花の手入れをしているわけですが、その花の由来も娘に教えてもらわないとわからないものがたくさんあります。
枯らしてしまってから、しまったと思うような、節子の思い出の深い花もあるのです。
たぶん節子は心配しながら見ていることでしょう。
まさか節子の花の世話までさせられるとは思っていませんでした。

これは不幸なことなのでしょうか、それとも幸せなことなのでしょうか。
最近は、毎朝、水やりをするのが日課です。
節子がいた時にやっていれば、喜んでくれたでしょうに。

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■鳩山さんの保身と覚悟

鳩山さんが辞任してしまいました。
辞任するほどの覚悟があればできたことはたくさんあったはずです。
しかし多くの人はその覚悟を事前には活かせません。
保身と覚悟は人の本性です。
みんなその狭間で生きていますが、どちらに立脚して生きるかが大切です。
ノブレス・オブレッジとは覚悟を基軸に生きることです。
私は「ノブレス」ではありませんが、覚悟を優先しようとそれなりに心がけています。
私の場合はたいした問題にぶつからないので、鳩山さんほど大変ではありません。
しかし、鳩山さんはどうもノブレス・オブレッジには生きていないようです。
それが残念でした。
鳩山さんにはノブレス・オブレッジを期待していたのです。
ほかの政治家とは違うものを感じていましたから。

それにしても相変わらず首相はどんどんと「浪費」される存在になってきました。
いうまでもなく、私たち国民がそうさせているわけです。
首相や政権を信頼しないのがいまの日本国民です。
政治がそうさせたという見方もあるでしょうが、最大の原因は私たち国民にあるでしょう。
だれも人を信頼しなくなっているのです。
そしてすげ替えられると思っているのです。

10年ほど前の学生対象の調査ですが、注意しないと誰かに利用されると思いますか、という質問に対して8割の人がそう思うと答えたそうです。
恐ろしい数字です。
まあ彼らが子どもの頃、私たち大人は知らない人に声をかけられても答えてはいけないと子どもたちを育ててきました。
ですからこうした状況をつくったのは私たち世代です。
しかし他者を信頼できないで幸せな生活など出来ようはずはありません。

私は娘たちに、社会には悪い泥棒はいない、騙す人などいないと育ててきましたが、効果はありませんでした。
むしろ、お父さんの言うことは信頼できないといわれてしまっていたのです。
大きなジレンマですが、世間の流れに棹差すのは難しいです。

鳩山さんを信頼する人がもう少しいたら、そして政権内部に、あるいは民主党の党員に、鳩山さんを信頼し支える人がもう少しいたら、事態は変わっていたかもしれないと、今もかなり未練がましく思います。

細川政権の二の舞にならなければいいのですが。
野田さんか枝野さんに代表をやってほしいものです。
時代の流れはそう簡単には変わらないということを改めて痛感しました。

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2010/06/01

■牛が人間に見えてきます

それにしても、と思います。
なぜこんな社会になってしまったのでしょうか

宮崎牛の処分が伝えられています。
このニュースを見るたびに、私はアウシュビッツの記録シーンを思い出します。
あんなようにして処分された牛は埋められているのでしょうか。
私にはどうしても人間と牛が重なって見えてしまいます。

人間には病気になっても治そうという努力が行われます。
しかし本当にそうなのかどうか、最近は確信が持てなくなってきています。
政治の根本が、「死の恐怖」から「生の管理」に変わったとフーコーは言いましたが、まさに私たちの生もまた、口蹄疫の家畜と同じなのかもしれません。
そう思うと気が重くなります。

これは日本に限った話ではありません。
ガザを封鎖していたイスラエルが、ガザ住民へ支援物資を運んでいた船団を砲撃し、10人以上の支援活動者が殺害されたという報道が今朝の新聞に載っています。

この2つの記事が、私にはどうしてもつながって見えてしまいます。
現実に起こっている事件はみんなつながっています。
私の人生に無縁な事件などあろうはずがありません。

なぜ牛は殺されなくてはならないのでしょうか。
殺す以外の方策はないのでしょうか。
それに関する報道がないのがどうも気になります。

きっと人間の社会でも同じようなことが進んでいるのでしょうね。
そう思えてなりません。
普天間問題もその現われでしかありません。
友愛の理念があれば、こうはならなかったと思いますが、残念です。
恐ろしい社会になりました。
それでも私は「友愛」に生きたいと思います。

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■節子への挽歌1003:「もう一人の節子」

昨日のユカとの会話で、ユカはこんなことも言いました。
地デジのテレビも買ってなかったし、読売新聞にもなっていなかったよ。

それで今日は新聞の話です。
節子は「朝日新聞」のファンでした。
私は朝日でも読売でも、何でもいいのです。
最近は新聞を信頼できずにいますので。

わが家はずっと朝日新聞です。
ところが今年、私がネットにはまってしまい、ネットで申し込むと景品がもらえるという誘いに目がくらんで、読売新聞に切り替えてしまったのです。
景品といってもどうでもいいようなもので、その「モノ」には興味はなく、ただ「ネットで申し込むともらえる」という誘いについふらふらと申し込んでしまったのです。
それでいまわが家は読売新聞なのですが、ユカはそのことをやんわりと非難しているわけです。
実はユカも朝日新聞ファンで、読売新聞は読みにくいというのです。
まあ景品に釣られて私が半年予約してしまったのが悪かったのですが。

ところで、節子はなぜ朝日新聞ファンだったのか。
その理由は報道姿勢などといった話ではありません。
まあ節子の考えには朝日新聞が合っていたとは思いますが、節子の関心はそうではありません。
節子は、朝日新聞の「ひととき」欄が好きだったのです。
自分でも時々投稿し、何回かは掲載されています。
手術の日にも掲載され、それが節子大きな元気を与えたことは以前書きました。

節子は投稿や手紙を書くのが好きでした。
どこに行く時も必ず筆記用具と手帳は忘れませんでした。
電車の中でも何か思いつくと書いていました。
私と違って推敲するタイプでした。
まあ推敲したところで高が知れているのですが、節子は推敲するのは好きだったのです。
私もそうなのですが、節子は自分で書いたものを必ず私に読んで聞かせました。

お互いに書いたものを読んで感想をもらうということは、私たちの思いを共有化する上で大きな意味があったのかもしれないと、いま思い当たりました。
それに限りませんが、私たちは何でもお互いに共有することを大事にしていました。
なぜそうなったのか、不思議です。
私にとって、節子は「もう一人の自分」のような感じが、いつの頃からかしていたのです。

節子が残したファイルの中に、節子が投稿して新聞や雑誌に掲載された小論がいくつか残っています。
それを読むと、まるで私が書いたような錯覚に陥ります。
節子はきっと「もう一人の私」だったのです。
いや、私は「もう一人の節子」なのかもしれません。

なぜかこの頃、とても悲しいのです。
無性に節子に会いたくて仕方がありません。
そういえば先日、ユカが電車で前の席に座った人がお母さんに似ていたと言っていました。
娘たちもきっと会いたくなっているのでしょう。
節子は罪作りの大ばか者です。
今度会ったら思い切り怒ろうと思います。
でも、それはいつになるのでしょうか。

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