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2010/06/01

■牛が人間に見えてきます

それにしても、と思います。
なぜこんな社会になってしまったのでしょうか

宮崎牛の処分が伝えられています。
このニュースを見るたびに、私はアウシュビッツの記録シーンを思い出します。
あんなようにして処分された牛は埋められているのでしょうか。
私にはどうしても人間と牛が重なって見えてしまいます。

人間には病気になっても治そうという努力が行われます。
しかし本当にそうなのかどうか、最近は確信が持てなくなってきています。
政治の根本が、「死の恐怖」から「生の管理」に変わったとフーコーは言いましたが、まさに私たちの生もまた、口蹄疫の家畜と同じなのかもしれません。
そう思うと気が重くなります。

これは日本に限った話ではありません。
ガザを封鎖していたイスラエルが、ガザ住民へ支援物資を運んでいた船団を砲撃し、10人以上の支援活動者が殺害されたという報道が今朝の新聞に載っています。

この2つの記事が、私にはどうしてもつながって見えてしまいます。
現実に起こっている事件はみんなつながっています。
私の人生に無縁な事件などあろうはずがありません。

なぜ牛は殺されなくてはならないのでしょうか。
殺す以外の方策はないのでしょうか。
それに関する報道がないのがどうも気になります。

きっと人間の社会でも同じようなことが進んでいるのでしょうね。
そう思えてなりません。
普天間問題もその現われでしかありません。
友愛の理念があれば、こうはならなかったと思いますが、残念です。
恐ろしい社会になりました。
それでも私は「友愛」に生きたいと思います。

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