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2010/06/07

■節子への挽歌1009:「グッド ウィル、ハンティング/旅立ち」

なにやら疲労感が残ってしまったので、今日は休んでしまいました。
ちょっと出かけていましたが、帰宅後、手持ち無沙汰に任せて、目の前にあったDVDを見てしまいました。
「グッド ウィル、ハンティング/旅立ち」です。
もう3回ほど観ているのですが、まったく記憶が残っていませんでした。
もちろんあらすじは知っているのですが、とても新鮮でした。
肝心のところを忘れていたのです。

「心を閉ざした天才青年が、似た境遇の心理学者との交流を通じて成長していく姿を、繊細なタッチで綴ったヒューマン・ドラマ」と解説にある映画です。
主人公の心を開くための心理学者のセラピーのやりとりが、この映画の核心なのですが、その心理学者は最愛の妻を亡くして人生を変えてしまっていたのです。
マット・デイモン演ずる主人公とロビン・ウィリアムス演ずる心理学者の会話が、こんなにも心に響くものだったのかと驚きました。
前に観た時の記憶がまったくないのです。

たとえばこんな会話です。
主人公が意地悪く心理学者に「再婚しないのか」と訊きます。
心理学者は「妻は死んだ」と答えます。
主人公は重ねて言葉を浴びせます。
「だから、再婚しないのか(再婚しても良いのではないかというニュアンスです)」
心理学者は「妻は死んだ」と繰り返します。
たぶん前にこの映画を観た時には、この会話のやりとりの意味はあまり理解できなかったのでしょう。
いまは痛いほどわかります。
伴侶を亡くした人にとって、「再婚」ほど心を逆なでする言葉はありません。

その会話には、実はもっと深いものが重なっています。
児童虐待を受けた主人公が心を開けずに、他者と関わることを拒否していることを心理学者が指摘するのを受けて、この会話がやりとりされています。
もちろん「妻は死んだ」、もう他者とは関わりたくない、というような短絡した話ではありませんが、心理学者と主人公の相似的な関係が、それぞれの問題の深さを示唆してくれるのです。
おかしな言い方ですが、心が閉じている者同志だからこそ、この映画の心理学者と主人公は心を開きあえたのです。
そのことの意味が、今では実によくわかります。
心を開くことと閉ざすことは、もしかしたら同じことなのかもしれません。

節子がいなくなって、私も他者との関わりを拒否したくなり、心を閉ざした時期があります。
今もまだそうかもしれません。
ですが、だからこそ、ある人には心が閉じたまま通ずることがあるのです。

この映画はまた、愛についても示唆的です。
それは「旅立ち」という日本語の題名にもつながっています。

最近、映画を観るとなぜか、心に響くセリフに出合います。
意識や状況が変わると、同じ映画も違った見え方がしてくるのかもしれません。
しかし今日はなぜよりによって「グッド ウィル、ハンティング」などを見てしまったのでしょうか。
旅立ちに向けてのエンパワーかもしれません。

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