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2010/06/24

■毎年1億円をもらったら困るでしょうね

1億円を超える報酬をもらっている上場企業の役員の名前が公表されることになりました。
なぜ公表されるのか理由は知りませんが、年収が1億円を超えると使うのが大変でしょうね。
同情します。
もちろん羨望の年もありますが。

先週、ソウルに行ってきましたが、韓国の人たちと食事をしていたら、一人の方が「宝くじに当たるとみんなおかしくなる」と言いました。
韓国の宝くじは日本よりも金額が大きいと聞いていますが、たしかにお金は人をおかしくします。
私もささやかにNPOなどに関わっていますが、お金が関係者をおかしくしている話はよく聞きます。
お金は不足でも過剰でも、人をおかしくする魔薬です。

一生懸命働いても年収が200万円に満たない人が私のまわりには何人かいます。
彼らは決して不幸ではありません。
そうした人を見ていると、1億円以上の年収を得ている人はどれほどの働きをしているのか想像ができません。
スポーツ選手やタレントには10億円を超える人もいるでしょう。
もし働きの対価としての年収が、それほどの差があると言うことが、労働価値説の発想からは全く理解できません。
ですから、年収とはたぶん働きの対価ではないのでしょう。

スポーツ選手やタレントの場合は、彼らを「稼ぐ機械」と考えれば納得できます。
そうした自らの立場にやりきれなくなった力士が野球賭博に引き込まれたとしても、それは極めて論理的な話なのです。
彼らは収入と消費をたぶんバランスさせる知恵がないのです。
知恵と言うよりも、生活と言ったほうがいいかもしれません。

しかし企業の経営者の報酬はなぜ1億円にもなるのか。
そのリスクや苦労を考えたら当然だと納得することもできないわけではありません。
しかし私が思うのは、毎年1億円の収入があったら、生活は大変だろうという同情です。
素直に生きていたら、お金はそんなに要らないからです。
貧乏が身につきすぎていると笑われるかもしれませんが、住宅費を別にすれば、年間200万円もあれば、東京でさえ豊かな暮らしはできるように思います。
たぶん年間1000万円使うよりも、豊かな暮らしになるはずです。

ちなみに首都圏に出てきて働く人の場合、つまり借家生活の場合、年収の半分が住居費に回るという人は少なくないでしょう。
この仕組みは、実は日本の産業システムを成立させている重要な鍵なのです。

何だか書こうと思っていたことと違う方向になっています。
しかし年収1億円の人たちが、おかしくならなければいいのですが。
それが心配で、おかしなことを書いてしまいました。
社長さんたちの家族の皆さん、めげずにがんばってください。

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