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2010/06/04

■支え合いとけなし合い

今日は企業に講演に行きました。
そこで話してきたのは「支え合う人のつながり」の大切さです。
ソーシャル・キャピタルという概念が少しずつ広がりだしていますが、いま社会や組織に大切なのは「人の絆」や「信頼関係」といわれだしています。
私は「支え合うつながり」と表現しています。
こうした話はもうずっと行っていますが、伝わりだしたのはこの4、5年です。
それまではだれも聴く耳を持ちませんでした。
しかし今は猫も杓子も「つながり」です。

ところが帰宅してテレビを観ました。
出かける前に管さんが代表に選ばれるところまで観ていましたが、首相に選ばれた後、野党の人たちのコメントは初めて見ました。
どっと疲れが出てしまいました。
みんな「けなす」発言しかしないからです。
日本の政治は「けなし合い」しかしないのでしょうか。
野党であろうと、この国をよくしたいのであれば、是々非々で支え合う関係を基本にしてほしいと、私はずっと思っています。
それができない政治が、私にとっての「旧い政治」です。
国会議員であれば、つまらない党利党略や私欲を捨てるべきです。
それを捨てたら、もっと「支え合える」はずです。
それができない人は政治家になるべきではありません。

私が亀井さんを好きなのは、彼は自分と意見の違う人も評価する度量を持っているからです。
市民運動家でも、本気で取り組んでいる人は応援してきています。
それこそが「大きな政治」です。
けなし合いからは何も生まれません。
野党の人たちのコメントは、実に「卑しく」、「情けない」ものでした。
こんな人たちがなぜ人気があるのでしょうか。
そうした人を担いでいる国民も「卑しい」のでしょう。
せめて私はそうはなりたくないと思いながら、このブログはかなり「けなす」内容が多いです。
私もまた「卑しい国民」の一人なのでしょう。
反省しなければいけません。

それにしても、民主党の山岡さんはどうしていつもあんなに「にこやか」なのでしょうか。
亀井さんもいいですが、山岡さんも画面で見ていて、いつもホッとします。
まあ渡部さんのようになってしまうと蹴飛ばしたくなりますが。
やはり私はかなり「卑しい」ようです。
山岡さんや亀井さんを見習わなければいけません。
小沢さんにそうした「支え合い」精神があれば、日本は大きく変わったでしょう。
小沢さんの発言もまた、あまりにもがっかりさせられるものでした。
孤軍奮闘しているとああなってしまうのでしょうか。
とても残念です。
しかし小沢さんの功績はもっと評価されるべきだと思います。
私の嫌いな政治家ではありますが。

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