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2010/06/09

■節子への挽歌1011:彼岸の暮らしには苦労はありませんか

節子
生きているといろんなことがあります。
面倒なことの嫌いな私としては、できるだけシンプルに生きたいと常々思っていますので、面倒なことはみんな節子に任せていました。
節子がいない今は、娘たちにゆだねています。
最近はユカがその役目をかなり担ってくれて、おかげで私は今も楽な生き方をしています。
しかし、そうはいってもいろいろあります。
生きていくことの煩わしさをよく感じます。

今朝も位牌に向かって、「節子はいいよねえ、こうしたことから解放されて」と声に出してしまったのですが、すかさずユカから、「向こうには八重子も粂治もいるので、節子も楽ではないかもしれない」と言われてしまいました。
八重子、粂治は私の両親です。
わが家の文化は、原則として名前で呼ぶのです。

私たちは結婚後、15年ほどしてから私の両親と同居しました。
節子も、私の母も、私とは正反対で、弱音を言わない人でした。
途中からの同居でしたが、とても「いい関係」だったと思います。
母にとっては自慢の嫁でしたし、節子にとっては賢い姑でした。
私の記憶では争いは一回もなかったと思います。
2人の間に入って苦労したことは一度もありません。
お互いの悪口も聞いたことがありません。

母を見送った後、節子は「良い嫁」になろうとしすぎていたかもしれないと言ったことがあります。
それで初めて、私は節子が苦労していたことを知りました。
節子はきっと私のために「良い嫁」を意識していたのかもしれません。
途中からの同居はそれなりに苦労があったのでしょう。
しかし、節子は、親不孝だった私の代わりに、私の両親に良くしてくれました。
深く感謝しています。

自分の先行きを確信した節子が、自分から私の両親と同じお墓に入りたいと言い出した時には驚きました。
私と一緒で、お墓はいらないといっていたのです。
お墓に閉じ込められるのは、私も節子も我慢できないイメージだったのです。
それなのに、私の両親と同じお墓に入りたいと言い出しました。
お墓を守ってくれている兄に頼んで、お墓に入れさせてもらいました。
ですから、私もそのお墓に入る決心をしました。
私もお墓には入らずに、散骨を希望していたのですが。

節子は今、彼岸でみんなと楽しくやっているでしょうか。
苦労していなければいいのですが。
節子は「良い嫁」だった以上に、「良い妻」でした。
最高に。

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