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2010/06/28

■節子への挽歌1030:希望

節子
この数日、友人知人と話していて、3回も「希望」が話題になりました。
昨日は湯島でサロンを開きましたが、今の社会で欠けているのは何だろうかという問いかけに「希望」と答えた人がいました。
その前の日は、喫茶店で出版社の編集者と話していたら、最近のキーワードは「希望」だといわれました。
さらにその前の日には、ある相談に来た人が「希望さえあればいまの辛さも乗り越えられるのですが、それが見えません」と言い出しました。

「希望」
今の私にはどうでしょうか。

2007年の年初の挨拶で、私は「今年は希望の年にします」と書きました。
その反響についてブログにも書きました
しかし、その年に、節子は逝ってしまいました。
そして、「希望」もまた、私の世界から離れていきました。
あれから3年。

久しぶりに思い出して、岸洋子の「希望」を聴きました。
私には、希望さがしの旅はないなと思いました。
今の私にとって「希望」とは何なのか。
考える糸口さえ思いつきません。
どうやら、私には永遠に失われた「概念」なのかもしれません。

2007年に書いた文章を久しぶりに読みなおしました。

希望がないと生きていけないのではなく、
生きているのは希望があるからだ、
希望はいつの場合も、自らのなかにある。
残念ながら、またこの言葉を忘れていました。
でも私の中のどこに「希望」があるのでしょうか。
今のところ、やはり探す気にはなれません。

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