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2010/06/23

■家畜の幸せ・家畜の不幸

消費税議論がまた盛んになりました。
財源がなければ増税という発想のおかしさに、多くの人はもうかなり鈍感になっています。
財源がなければ活動の見直し、というのが「家計における原則」ですが、「国家財政における原則」は財源がなければ増税です。
これは人民の都合など考えない国王の発想です。
パーキンソンは、もう50年以上前に警告を発していました。
最近は忘れ去られてしまっていますが、パーキンソンの第2法則は次のようなものです

。「支出の額は、収入の額に達するまで膨張する」
家計と国家財政とは発想が反対なのです。
しかし「賢い国民」は家計を壊されてまで、国家経済に従うように飼いならされてきましたから、何の抵抗もなく、消費税は仕方がないと言いだすわけです。
私には、愚かしいとしか言いようがありません。

かく言う私は、消費税論者です。
20%でもいいと思います。
しかし、全ての消費に消費税をかけるのは反対です。
消費にもいろいろあります。
生きるための最小限の消費活動には税をかけるべきではありません。
もしかけるのであれば、いわゆるベーシックインカムやマイナスの所得税を併用すべきです。
ちなみに、ベーシックインカムに関する私の評価は半年前とはまったく違っています。
これについては近いうちに書きます。

今回の問題はそういう話ではなく、「洗脳の恐ろしさ」です。
学生の頃、オーウェルの「1984年」を読みましたが、いまの日本の社会は、それとかなり似ているように思います。
直接的にではなく、フーコーのいわゆるパノプティコン社会が完成されています。
みんな実名で発言することさえ怯えています。
ネット社会で匿名で発言している人は、自らのかけがえのない主体性を放棄しているわけです。
そんな惨めな屈辱を受けてまで社会の問題を告発する生き方は。私には出来ませんが、そうしないと危険だと思わされているのかもしれません。
そういう生き方は、日本の文化にはなかったように思います。
洗脳されたのです。

私のオフィスで、時々、気楽なサロンを開催しています。
他愛もない気楽な井戸端会議のようなサロンです。
ところが、時々、そこで「ここでは何を話しても許されるのでホッとする」と言うようなことを言う人がいます。
他の場所では、みんな「緊張して本音で話していない」のでしょうか。
私にはまったく理解できませんが、折角の一度きりの人生です。
家畜のような、気兼ねした人生はやめたほうがいいです。
素直に生きていても生きられるのが現代です。
自己規制や洗脳の呪縛から抜けましょう。
もしそれで「不幸」になることがあったとしても、家畜の不幸よりはきっと幸せなはずです。
「家畜の幸せ」の好きな人もいるでしょうが、「口蹄疫」を口実に、いつ殺処分されるかもしれません。

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