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2010年7月

2010/07/31

■節子への挽歌1063:伴侶を亡くして世界が変わったってどういう意味か

弟と親を最近見送りましたが、私には何も変化がなかったです。 やはり人間は一人なのです。
昨日、やってきた初対面の人がそう話しました。 いま73歳の男性です。 名刺には「人間研究会」とあります。

私の場合は妻を亡くして、世界がまったく変わりました、と応えました。
そうしたら、どう変わったかと質問されました。
何しろ、その人の関心は「人間研究」ですから、抽象的な答では満足してもらえそうもありません。

どう変わったか。
変わったことは間違いないのですが、説明は難しい。
特に具体的な行動の変化と言われると、さらに難しい。
いろいろと説明しましたが、なかなか伝えられません。
夜、目が覚めるというような日常的な変化を話しても、わかってはもらえないでしょう。
物事の意味合いが変わってしまったなどというのは、さらに伝わらないでしょう。
何しろ相手は人間研究かですから、抽象的な説明では納得してもらえません。

それまでは楽しかったことが楽しくなくなった(つまり楽しいという感覚を失った)とか、モノがほしくなくなったとか、旅行に行く気がしなくなったとか、世界を広げようという気が無くなったとか、その人と2時間以上話しながら、何となくわかってもらえたような気がします。

妻がいなくなった時点で、時間が止まったような気がする、というようなことも話したと思いますが、それがもしかしたら、一番当たっているかもしれません。
時間が止まるということは、なにか新しいことができなくなるということでもあります。
世界を広げるということも、静止した時間の世界ではありえないことです。
かといって、過去を思い出すというようなことも起こりえないのです。
何しろ時間は一つになってしまったのですから。

やはりこんなことを他者に伝えることはできそうもありません。
しかし、もしかしたら、これこそが彼岸の時間なのだというような気もしています。
時間が止まると、「死」という概念がなくなるのも、最近感じていることです。

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2010/07/30

■節子への挽歌1062:「萌える季節」が壁からなくなってしまいました

節子
オフィスにかけてあった、藤田不美夫さんの版画「萌える季節」を先日うっかり壁から落としてしまい、額のガラスを割ってしまいました。
大きいので、そう簡単に持ち帰れずに、はずしたままになっています。
今日、オフィスで何となくぼんやりしていて、何か雰囲気が違うなと思って、放置していたことに気づきました。

この版画は、節子が気にいって買ってきてくれたものです。
私もとても好きで、壁にその額がかかっているだけでホッとした気分になるのです。

湯島のオフィスには他にもいくつかの小さなものがかかっていますが、そのひとつひとつに思い出があります。
ギリシア関係のものが2つあります。
ひとつはアテネのアクロポリスのスケッチです。
節子とアテネに行った時に買ってきたお土産品なのですが、私たちにはそれなりに愛着のあるものです。
もうひとつはエーゲ海のポロス島を描いたタペストリーです。
ギリシア愛好者でつくったパウサニアス・ジャパンのメンバーが旅行のお土産に買ってきてくれたものです。
ポロス島は私たちも行きましたが、いろんな思い出があります。

もう1枚、小さな額があります。
一時期日本でも人気が高まったことのあるオーストラリアのケン・ドーンのみにポスターです。
とてもユーモラスなもので、私たちの気に入っていたものです。

湯島をオープンした時、いろんな人からインテリをもらいましたが、結局、定着したのはこの4枚でした。
節子がいなくなってしまったので、もう変わることはないでしょう。

そういえば、もう1枚、あります。
ジュンが描いた「ノースモーク」ポスターです。
これを見たある人が、ぜひ自分のオフィスにもこのポスターを張りたいと注文してくれたこともあります。

湯島に一人でいると、それらの絵が話しかけてくるようです。
「萌える季節」をはやくガラスを入れて、掛けなおさなければいけません、
そんなことまで自分でやらなければいけなくなりました。
節子がいないと面倒なことが多いです。

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■第1回信濃川・環境大河塾ツアーのお誘い

今回はご案内の記事です。
私のホームページCWSコモンズでも案内していますが、あまり反応が良くありません。
とてもいい企画なので、ぜひ若い人に参加して欲しいと思い、ここでも重ねて案内させてもらうことにします。

私もささやかに関わらせてもらっている、NPO法人新潟水辺の会が主催する、とても魅力的なツアーです。
日本を代表する大河、信濃川・千曲川にかかるダムを見学しながら、
参加者みんなで、川との付き合い方や私たちの生き方を考えてみようという、ワークショップ型ツアーです。

対象は学生中心ですが、学生に限らず、これからの日本を担っていく若者であれば、歓迎です。
主催する新潟水辺の会は、信濃川を舞台にして、私たち自身の生き方を実践的に、そして楽しみながら、問い直していこうという、さまざまな生活基盤をもった人たちのプラットフォーム型NPOです。
その趣旨、そのメンバーの魅力に引き込まれて、私も関わらせてもらっています。

今回の企画は、ぜひ若い人たちに、信濃川の実状を見てもらいながら、川との付き合い方を通して、私たちの生き方を考えてみようということで、企画されました。
信濃川上流の千曲川、さらにはその支流の支川の犀川にかかわるダムを見学しながら、ワークショップを開催します。
新潟水辺の会代表の大熊孝さん(新潟大学名誉教授)も同行し、ワークショップにも参加します。
大熊さんと2日間付き合うだけでも学ぶことはとてもたくさんあるはずです。
コース・プログラムなど詳しいことはチラシを見てください

8月19日から20日の1泊2日のツアーですが、宿泊食事も含めて、参加費は6000円です。
集合場所が、新潟駅または長野駅ですが、首都圏からも参加する価値は十分にあります。
私も参加しますが、ぜひ学生及びそれに準ずるみなさんの参加をお待ちします。
参加されると、世界観が変わるかもしれません。
これまでとは違った社会の実相も見えてくるかもしれません。

申し込みは下記の通りですが、私にご連絡いただいても結構です。
申し込み締め切りは8月5日ですが、定員(30人)に達し次第、受付を終了しますので、できるだけ早くお申し込みください。

申込先:NPO法人新潟水辺の会事務局長 加藤功
コンセプトワークショップ 佐藤修 

詳細チラシ

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■不要な言い訳

時評を書けずにいます。
暑さのせいで立ち止まることが多くなったために、今までよりも周りが見えてきてしまったためかもしれません。
批評は、その対象が見えていないとできないですが、見えすぎてもできなくなります。

私の周りでも「格差」は広がっています。
私はいずれの世界にもささやかに縁を持たせてもらっていますが、まったく違う世界がそれぞれに自己拡大しているのではないかと思うこともあります。
それぞれの世界にいる人たちは、話す言語さえ違います。
もちろん話題はまったくと言って良いほど違います。
世界が違ってきているのです。
その両者の違いの大きさに、時々、虚しさを感じます。
怒りは感じなくなってきました。

そのふたつの世界のどちらがいいかはわかりませんが、自分の世界はよくわかります。
しかし、そこに安堵できない自分にも時々気がつきます。
時に、お金が欲しくなることもあるのです。
3億円あればこんなことができるのに、などと馬鹿なことを考えてしまうわけです。
お金には何の価値もないことは知っているはずなのですが。

人は結局、自己満足の世界でしか生きられないのかもしれません。
龍馬は時代を変え、賢治は時代を変えませんでした。
私は龍馬よりも賢治が好きですが、しかしふたりとも多分、自分の世界を生きただけのことでしょう。
私たちは、それを勝手に拡大解釈して、自らの自己満足の世界に引きずり込んでしまっているのかもしれません。
少なくとも、彼らは小賢しい時評などしなかった。
自分と時代を思う存分に生きたのです。
その潔さはまぶしいほどですが、私はそういう生き方はしてきませんでした。
時代と関わりながらも、自分をしっかりと生きることはよほどの才能と生命力がなければできることではありません。
ですからふたりとも若くして生命を燃やし終わったのです。

日本人の寿命は、まだまだ延びているようです。
寿命が延びることが幸せなのか。
そんなことも考えてしまいます。

それもこれも暑さのせいでしょう。
そう考えれば気は楽になる。
ところが今日は涼しいのです。
にもかかわらず、時評したくなるような気になりません。
自らの生命力の衰えを認めないわけにはいきません。

そろそろ時評ブログは止め頃なのかもしれません。
自評ブログに切り替えたい気分もありますが、自評では益々読む人はいないでしょうし、持続できないでしょう。
でもまあ、今日は湯島に出かけましょう。
きっとまた新しい出会いがあるでしょう。
今日は恒例のオープンサロンなのです。
よかったら無駄な時間を過ごしに来ませんか。

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2010/07/29

■節子への挽歌1061:確かめない方がいいこともあります

節子
大宰府の加野さんから節子へとぶどうが贈られてきました。
それで昨日、電話してみたのですが、ご不在でした。
もしかしたら、娘さんに会いに行っているのかもしれないと思いました。
今朝、改めて電話してみました。
やはりそうでした。

加野さんの娘の寿恵さんは、節子よりちょっと早く彼岸に旅立ちました。
しかし、いまも毎月、加野さんは寿恵さんと話に行っているのです。
場所は、私も連れて行ってもらった篠栗の大日寺です。
そこでの話は以前書きました。

実はその時にポケットにしのばせていったレコーダーの録音をまだ聴いていません。
すぐ目の前のデスクに、そのレコーダーはあるのですが、聴く気になれないままに1年以上が経過しました。
電池がなくなって、もう消去されてしまっているかもしれません。

この種のことはこれまでも何回かありました。
世の中には、確かめたいようで確かめない方がいいこともあるのです。

前世の友人から手紙が届いたことは以前書きました。
そこに、花巻の小学校の校庭の隅にある小屋を訪ねると前世を思い出すはずですと書かれていました。
その話をある人に話したら、なぜすぐ行かないのかといわれました。
その人も、実はダライラマの生まれ変わりだと自称していましたが。
一度、訊ねようか思ったことがありますが、やはりやめました。
思い出したら、何が変わるのでしょうか。
それに、思い出さなかったら、その手紙の書き手への疑念が発生するかもしれません。
そんなことを思うこと自体、その人のことを信じていないのではないかと言われそうですが、信じていたら、確認に行く必要もありません。
要は、行くべき時が来たら自然と足が向くだろうということです。
自然に任せて生きるのが、いちばんいいのです。
それがすべてを信ずるということでもあります。

今回、加野さんからは節子の話は出ませんでしたが、元気そうな声で安心しました、奥さんが後押ししてくれているのですね、といわれました。
加野さんはたぶんもう80代半ばですが、お元気です。
おそらく彼岸からたくさんのエネルギーをもらっているのです。

今年はまた会いに行こうかと思います。

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2010/07/28

■節子への挽歌1060:佐藤さんは死をどう迎えるのですか?

「佐藤さんは死をどう迎えるのですか?」

昨日、私よりも少し若いIMさんから突然訊ねられました。
一人住まいの高齢者の住まい方について話し合っていた時のことです。
IMさんは、私が信頼する人です。
節子は会っていないでしょうが、節子の葬儀にも来てくれました。
その時のIMさんの表情が、なぜかいまも心にはっきりと残っています。

私は、基本的に自宅で娘に看取られて、最後を迎えるつもりです、といったら、結局、娘さんに迷惑をかけるのですね、と言われてしまいました。
当然、と答えましたが、一緒にいた社会福祉士のOMさんからも、結局、妻や娘なんですよね、と言われてしまいました。

私は、生きるということは他者に迷惑をかけることであり、その意味での迷惑は恥じることもなければ避けることもない、と思っています。
ただ、その迷惑をしっかりと受け止めてもらうためには、日頃から、その人たちからの迷惑を気持ちよく受け止めておかねばならないと考えています。
それが、私が考える「支え合うつながり」であり、「重荷を背負い合う生き方」です。
人のつながりが切れたために、そして社会が壊れてきたために、人の死に方が問題になっているような気がします。
よく、生き方を考えるとは死に方を考えることだという人がいますが、発想が反対です。
しっかり生きていれば、死に方など考える必要はないのです。
節子を見送ってから、そのことに確信を持っています。
「死に方」を口にする医師の人間性を、私は認めることはできません。

佐藤さんは、ピンピンコロリを望んでいるのですね、とも言われました。
ピンピンコロリという言葉を口にする人も少なくありませんが、その言葉にはとても抵抗があります。
生命はそんなに軽いものではありません。
私はもっと誠実に生きるつもりです。
ピンピンコロリなど、口に出すのさえはばかれるほど、私は望んでいません。

生まれるのは自分で決断できませんでしたが、死の時期は自分で決めたいと思います。
自殺という意味ではありませんが、自分の生死は自らの意思でかなり管理できると思っているのです。

節子は誠実に生きました。
だから迷惑を受けたなどと私たち家族は誰も思ってはいません。
私も誠実に生きていますから、どんなに迷惑を与えようが、娘たちはきっと迷惑などとは思わないでしょう。
それくらいの自信がもてないとしたら、それはどこかで生き方が間違っているのです。

とまあ、私はそう考えていますが、娘たちはどう考えているでしょうか。
しかし、生きるということは、そういうことなのです。
そうした基本的なことがおろそかにされているような気がしてなりません。
もっと他者と迷惑をかけあいながら生きていく社会を回復したいものです。

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2010/07/27

■節子への挽歌1059:湯島のオフィスを始めた頃の来客の写真

一昨日、挽歌が抜けたので、日数調整のため、今日はもう一つ書きます。

昨夜、一緒だったもう一人は、節子もよく知っている編集者の藤原さんです。
実は、その藤原さんの20年近く前の写真が、偶然、昨日、出かける前に見つかったのです。
これもまた何という偶然でしょうか。

藤原さんだけではありません。
いろんな人の20年前の写真が出てきたのです。
湯島のオフィスをオープンしてから1年ほどの間、来訪した人の写真を全員撮っていたのです。
藤原さんの写真も、その一つです。
若い好青年の藤原さんが写っています。
当時、実にいろんな人たちがやってきましたが、その写真がたくさんあるのです。
こんな人もきたのかと、驚くような人もいます。
しかし湯島では、誰であろうとみんな同じ目線で話せるのが魅力でした。

その写真を見ていると、そこに一緒にいた節子のことも思い出します。
写真はみんなに返そうかと思いましたが、もうしばらくは残しておこうと思い直しました。
武井さんも、私の写真をくれませんでした。
佐藤さんに渡すとすぐ無くすでしょうというのです。
確かにそれは正しいですが、やはりもらっておけばよかったと思います。
若い頃の私の写真を、節子も見たいかもしれませんし。

そういえば、湯島をオープンした時の1週間の様子のビデオもあるはずです。
1週間に100人あまりの人が来てくれましたが、いつかそのビデオを見直そうといっていたのに、実現できませんでした。
今となっては、一人で見る気がしません。
私の人生は無駄が多いなと最近思っています。

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■節子への挽歌1058:若い節子と老いた節子の顔はなぜ一緒なのか

節子
昨日、久しぶりに会った武井さんが15年ほど前の私の写真を持ってきました。
彼女が主催したシンポジウムで私が発言している時のものです。
あの頃はまだ、私もさまざまな場所でメッセージを発していました。
いろいろな人とも会いました。
その写真の時は、山谷えり子さんや羽仁進さんとご一緒でした。
羽仁さんの素朴さが心に残っていますが、ほかの事は完全に忘却のかなたです。
私はいったい何を語っていたのでしょうか。
記録が小冊子になっていますので、どこかにあるはずですが。

写真の話に戻します。
若い時の写真と老いた今の写真では、私の顔は明らかに違います。
しかし武井さんは変わっていないといいます。
そういえば、小学校の同窓生の顔を思い出す時、小学生の顔か今の顔か、どちらでしょうか。
いずれでもないような気がします。
皆さんも思い出してみてください。
思い出す顔には、若い時の顔も、今の顔も統合されています。
そんな気がします。

少なくとも私には、若い節子と老いた節子が、ひとつになって思い出されるのです。
私はいつも、写真と実物がかなり違って感じるのですが、その理由がここにあるのかもしれません。
人の記憶は実に不思議です。

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2010/07/26

■節子への挽歌1057:健気な朝顔

節子
暑さが続いています。
昨日は挽歌を書き損なってしまいました。
でも、暑い中をお墓参りにも行きましたし、節子との縁は昨日もいろいろありました。

この時期は、私には辛い時期です。
暑さのためではありません。
悔いのためです。
悔いについて書くのはますます辛いので書きません。
今日は明るいニュースを書きます。

家の補修工事や異常の暑さ、それに加えて水やりの手抜きのために、今年はわが家の花は壊滅状態です。
とりわけ2階のベランダのプランター類は全滅で、あの根本さんの朝顔も跡形もないほどに枯れてしまっていました。
ところが、庭の整理をしていたら、思わぬところに朝顔が2本、花を咲かせているのを見つけたのです。
足場のためのネットや工事道具につぶされながらも、がんばっていたのです。
Asagao10

健気な朝顔です。
どんな苦境にも前向きの根本さんのようです。

そういえば、最近、根本さんから連絡がありません。
確認してみたら、根本さんのブログも更新されていません。
暑さでへこんでいないといいのですが。

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2010/07/24

■節子への挽歌1056:偶然と必然

微視的な次元での偶然による擾乱が、巨視的な自然の選択を経て必然のものとなる。
こう書いたのは、1965年度ノーベル生理学医学賞を受賞したフランスの分子生物学者ジャック・モノーです。 最近、40年前に出た、モノーの「偶然と必然」を読み直しました。 当時、話題になった書物です。 ずっと心に残った本の1冊だったのですが、40年ぶりに読み直してみて、いったいどこに感動したのだろうかと不思議に思うほど退屈でした。 生物学の世界が、この間、大きく進歩したためかもしれません。

しかし、最初に読んだ時に印象に残った文章にマーカーでチェックされていたのですが、その文章のいくつかは、いまも心に響きました。
次の文章などは、節子との別れを体験したいまのほうが、むしろ心底に響きます。

宇宙のなかで起こりうるあらゆる出来事の中で、ある特定の出来事が生ずる先験的な確率はゼロに近い。ところが、宇宙は実在しており、その中で確率が(それが起こる以前には)ほとんどゼロであったある出来事も、たしかに起こるのである。
これはもちろん、生命の誕生、そして人類への進化について語っているのですが、私にとっては、節子との出会い、そして節子のいない世界で生きることが言及されているように感じます。
私と節子と出会う可能性など、あるはずもなかった。
にもかかわらず、私たちは出会いました。
その出会いは、私を残して節子が逝ってしまう出来事につながっていたのです。
出会いが偶然であれば、別れは必然です。
しかし、節子がいなくなってから、必然の出会いと偶然の別れのように思えるようになりました。

モノーは、こうも書いています。

運命はそれがつくられるにつれて書き記されるのであって、事前に書き記されているのではない。
私がこの本を読んだのは1973年ですから、節子と結婚して5年ほどした頃です。
この文章にもマーカーが引かれていましたが、おそらく当時はこの文章の意味を私は理解していなかっただろうと思います。
もししっかりと理解していたら、節子との関係はもっと変わっていたはずです。
別れは回避できたはずです。

それも含めて、私たちは必然の中で多くの偶然を活かしきれなかった。
久しぶりに読んだ「偶然と必然」から得たことは、そうした反省でした。
この過ちを繰り返さないようにしなければいけません。

それにしても、私にとって、節子は偶然だったのか、必然だったのか。
何を読んでも、何を見ても、いきつく問題はいつも同じです。
答えはわかってはいるのですが、考え続けたい問題でもあるのです。

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2010/07/23

■節子への挽歌1055:暑さで融けそうです

節子
尋常でない暑さです。
首都圏では気温が1度上がると、電力消費量が170万キロワット増加するそうです。
昨日、お会いした東電の人が教えてくれました。

こんな暑い時はあまり外出したくないのですが、最近なぜか外出が多いのです。
今日も約束があってでかけましたが、人身事故で電車が止まっていたため、電車が大混雑でした。
事務所には何とか約束前に到着しましたが(昨日は私の到着前に来客が到着し、オフィスに入れずにいたため、今日はかなり早目に出たおかげです)、着いた途端に疲れがドッとでてきました。
そういえば、昨夜はあまりの暑さに眠れなかったのです。
来客のお二人と一緒に食事に出ましたが、あまりの暑さにへこたれてしまいました。

それにしても連日の暑さは異常です。
その暑さのせいか、自宅の玄関の水槽のメダカも1匹、死んでしまいました。
私自身も熱中症にでもなると大変なので、明日は自宅で休むことにしました。

節子が闘病した夏も暑かったですが、今年はそれ以上かもしれません。
挽歌もなかなかかけないほどです。
この暑さから解放された節子がうらやましいほどです。

節子
そちらは涼しいでしょうね。
こちらに冷気を送り込んでくれませんか。

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■なぜ暴力団関係者と付き合ってはいけないのか

最近、ますます納得できないことが増えています。
大相撲の松ヶ根親方が暴力団と関係が深いとされる不動産会社から宿舎を借りていたとか、貴乃花が出席した会に暴力団関係者がいたとか、あいかわらず相撲界はマスコミにいじめられています。
しかし、こうした報道に触れるたびに、なぜ暴力団関係者と付き合ってはいけないのか、いつも不思議に思います。
みなさんは答えられるでしょうか。

前にも書きましたが、反社会的組織などという蔑称は、なぜ差別用語にならないのか、これも理解できません。
いじめ以外の何者でもないでしょう。
もし暴力団の存在がよくないのであれば、それが存在できないようにすべきでしょう。
なぜそれができないのか。
その存在を認めておいて、付き合ってはいけないはないでしょう。
私にはとても出来ないことです。

もちろん私には暴力団関係の友人はいないと思います。
しかし、友人知人に「反社会的組織の人ですか」と訊いたことはありませんので、確信はありません。
犯罪を犯した人は、反社会的な人なのでしょうか。
もしそうであるとして、そういう人と付き合ってはいけないのでしょうか。

どうしてみんなしつこく弱いものいじめをするのでしょうか。
判官びいきの文化は、もうなくなったようです。

私にはとても嫌な時代です。
息苦しい時代と言うべきかも知れません。
暑いのもイヤですが、息苦しいのもイヤですね。
最近は本当に疲れます。

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2010/07/22

■節子への挽歌1054:誠実な生き方

節子
最近知り合った若い女性からメールが来ました。
そこに、用件とは別にこんなことが書かれていました。

わたし自身、がんの前と後では価値観が大きく変わりました。
がんを通して、私にもいつか終わりがくることがあるんだということ、
それまでの間に自分が与えられた役割を果たして
みんなが待っている宇宙に還ることができれば、と思うようになりました。
(すこしは長期的に考えられるようになった、ということですね)
幸いに彼女のがんは早期発見で完治したのですが、生き方が変わったようです。
彼女に返信のメールを書きながら、私が節子から教えてもらったことを改めて思い出しました。
そこで、最近、節子が教えてくれた「誠実な生き方」を少し忘れていることに気づきました。
その反省も込めて、今日はその人への返信の一部を挽歌にしようと思います。
ご存知かもしれませんが、私は3年ほど前に妻をがんで見送りました。
私にとっては、生きる意味を与えてくれていたかけがえのない人でした。
妻は発見が遅れたために、残念ながら奇跡は起こりませんでした。
妻から教えられたことは山のようにありますが、
最大の教えは『誠実に生きること』でした。
私たちは、それまでも一応誠実に生きてきたつもりですが、
余命を感じた妻の生き方は、実に誠実で、1日1日、瞬間瞬間をていねいに大切に過ごしていました。
今から思えば、私はそれにあまり対応できていなかったように思いますが、妻は一言も不満を言いませんでした。
不満を言うくらいの暇があれば、もっと誠実に自らを生きたいと思っていたのでしょう。

誠実に生きるということは、他者に対してではなく、自らに対してなのだと、妻から教えられたのです。
自らに誠実であれば、他者にも誠実になれます。
自らに誠実でなければ、他者にも本当の意味では誠実になれないような気がします。
自らに誠実になるということは、どこかで、自分の生に納得すること、楽しむことにつながるような気がします。
それは、妻が身をもって、私に教えてくれたことなのです。
それに、自らに誠実に生きていると、もしかしたら「最後」は来ないのかもしれません。
妻を見送って、そう感じました。
妻の死顔は、実に美しかったです。
まあ、あばたもえくぼと笑われそうですが。

最近、ちょっと自堕落な生き方になりだしているような気がしていますが、節子の教えを思い出して、また明日からは誠実に生きようと思います。

まだ私自身の役割はあるでしょうから。

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2010/07/21

■節子への挽歌1053:メダカの訃報

節子
ホームページ(CWSコモンズ)の週間記録に書きましたが、湯島のメダカが元気すぎて、水槽から飛び出て干上がってしまいました。
そのことを知った人が、何とメーリングリストで報告してくれました。
そのメダカは、来る人によっては話題になっていたのです。

それを知った人から、メールが届きました。
それも2人から。
なんとまあ、果報者のメダカでしょうか。

自宅の補修で、家の周りが足場とネットで囲まれていたため、この1か月、庭の花木への水遣りがおろそかになっていました。
狭い庭なので、足場づくりや作業などでもかなり草木が痛めつけられました。
その工事も昨日で終わりました。
それで久しぶりに庭の整理ができました。
しかし、この数日の異常といえるほどの暑さもあって、
無残にもかなりの花木が傷められ、枯れてしまっていました。
誕生日に娘からもらったパピルスは無残な姿になっていました。
しかし、以前書いた、さつきの若芽はがんばってくれていました。
数年かかるでしょうが、復活してくれそうです。

生命のたくましさは、感動的です。
そのたくましさは、しかし、愛する人がいればこそ、なのです。
その象徴がさつきでした。
普通であれば、すべての枝が枯れてしまった状況を見たら諦めるのが普通です。
しかし、そのさつきには節子の思い出がこもっていました。
だから何としても守りたかったのです。

さつきは守れました。
しかし節子は守れなかった。
一番弱いのは、やはり人間かもしれません。
なぜ人間は弱いのか、最近その理由が自分としてはとても納得できてきました。
そして、その弱さこそが、人の豊かさを生み出したのだと奇妙に納得できるようになってきました。

いま湯島のオフィスでは、子メダカが元気に泳ぎまわっています。
生命は世代を超えながら育っていきます。

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2010/07/20

■節子への挽歌1052:地デジ対応のテレビがやってきました

節子
一大事件です。
ついにわが家も地デジ化されてしまいました。
といっても、まだテレビが納入されただけですが。

先日、ユカと一緒にショッピングモールに買物に行ったついでに、ヤマダ電機に何気なく立ち寄りました。
そしてテレビのコーナーに立ち寄りました。
やはりデジタル画面はきれいだなと感心していたら、お店の人が寄ってきて、説明を始めました。
その人は、どことなく頼りなく、買わせようなどという気配はまったく感じさせません。
こちらも買う気はなかったのですが、少し話しているうちに、なぜかまだ早いと言っていた娘が買う気になってきました。
一番の理由は、その人の頼りなさでした。
幸いにお金も持っていなかったので買わずに帰宅しましたが、帰宅後、なぜか買うことになってしまいました。
それで翌日、そのお店に行ったら、その頼りない人は接客中でした。
そのお客さんがなかなか終わりません。
いつもなら買うのをやめて帰るのですが、何しろその人は頼りなさ気で、売ろうとしない人なのです。
売ろうとしないのなら、買わなければいけません。
売る気満々の別の人が説明に近づいてきましたが、気長に待つことにしました。
最初に井戸を掘った人を大事にするのは、私の信条です。
最近は、そうでない人が多いですが、だからこそ私はそれをかたくなに守っています。
節子の信条もそうでした。
それにしてもなかなか終わりません。
信条を守るのは大変なのです。

ようやく終わりました。
その頼りなさ気の人のお薦め品を買うことにしました。
そうしたら、私たちが何も言わないのに少し安くしてくれました。
とても気分のいい買物でした。

そのテレビが今日、届いたのです。
操作が実に簡単です。
と思っていじっていたら突然映らなくなってしまいました。
で、勝手にどんどんいじっていたら、だんだんおかしくなりました。
ユカに勝手にやるなと怒られましたが、まあ、こうやって私はこれまでいろいろと壊してきたわけです。

ユカが電話して修理に来てもらおうということになったのですが、さらにいじっていたら、直りました。
まだデジタル回線は通じていないので、アナログでみているのですが、今までよりも大きな画面です。
明日は仕事をやめて、ボーンシリーズを観なければいけません。
このシリーズはもう10回以上観ているので、物語はすべて記憶していますが、大きな画面で見るとまた違うでしょう。

節子にも、この大画面を見せてやりたかったです。
テレビ嫌いの節子も、この画面であれば、喜んだでしょう。
あんまり自信はありませんが。
でかい画面を一人で観ていると、ちょっとさびしいです。

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2010/07/19

■節子への挽歌1051:人の愚かさ

節子
韓国に引っ越した佐々木さんが我孫子にきてくれましたので、エヴィーバ!でお昼をご一緒しました。
エヴィーバ!は、ジュンのパートナーのやっているイタリアンレストランです。
私たちの文化にとても親近性のあるお店です。
節子がいたら、きっと大のファンになったことでしょう。
残念ながら、節子はそのパスタを味わうチャンスがありませんでした。
とてもとても残念です。

佐々木さんはもうすっかりお元気です。
とてもうれしいことです。
節子の手術の後、佐々木さんはご夫妻で来てくれました。
そしていろいろとアドバイスしてくれました。
そのアドバイスを、私は十分に活かせなかったことは間違いありません。

私たちは、たくさんの人から気遣っていただきました。
しかし、事の最中には、なかなかそうしたアドバイスを活かせないものです。
私がもう少ししっかりしていたら、もっとアドバイスを活かせたのではないかと、ついつい思うこともあるのです。
アドバイスが活かせないのは、いうまでもなく、私自身の愚かさの故です。
人の愚かさは、体験してみないとなかなかわからないものなのです。
自分が思っている以上に、人は愚かな存在です。
自慢ではありませんが、節子のおかげで、私は自らの愚かさをかなり自覚できたように思います

愚かさに気づくのは、いつも遅すぎるものであることもわかってきました。
それはそうでしょう。
最初からわかっていたら、もう少し賢く対応できるはずです。
そうしたら、自らの愚かしさに気づくこともないかもしれない。
愚かさと賢さは、実は同じことなのかもしれません。
ですから、自らの愚かさを嘆くことはありません。
しかし、嘆きたくなることはあるものです。

それにしても今日は酷暑でした。
にもかかわらず、我孫子にまで足を延ばしてくれた佐々木さんには感謝です。
これもしかし、節子のおかげかもしれません。
人の縁は、とても不思議です。
節子のおかげで、その不思議さに気づかせてもらえています。

佐々木さんが、節子に菊花茶を供えてくれました。

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■「ため」族の悲劇

少し前に「社会のため」などと考えないほうがいいと書きました。
「社会のため、がなぜ悪いのか」とお叱りを受けました。
言葉は本当に難しいです。

バブルがはじけだした20年ほど前に、日経ビジネスが「会社のためが会社をつぶす」と言う特集を組みました。
会社のためと思ってやったことが裏目に出て、会社に大きな不良債権を発生させたというような話がたくさんありました。
企業不祥事の多くもまた、最初は「会社のため」から始まります。
「目先の、しかも単に儲けのため」の行為が、会社が時間をかけて育ててきた信頼や顧客を裏切り、結局、倒産してしまった事例は少なくありません。
自分勝手に「会社のため」などと言ってはいけないのです。

「社会のため」も同じです。
そもそも「社会」などというのは、あまりに多義的で、物事の基準には到底なりません。
使い手や聴き手が、勝手に解釈してしまうのが関の山です。
自分の狭い了見で、「社会」を勝手に定義し、それ以外の「社会」への配慮を怠る。
個人が考える「社会」の狭さを自覚しなければいけません。
ですから、「社会のため」などと発言する人は、私には何も考えていない人に思えます。
そんな人は信頼に値しません。
善人でしょうが、そういう善人が一番始末が悪いことも少なくありません。
事実、私の周りにもそういう人は少なくありません。
私は、そういう、「○○のため」という基準で言動している人を「ため族」と呼んでいます。
人は、「ため」ではなく、自らの信念で言動しなければいけません。
そして、責任は自分で取らなくてはいけません。
こんなことを書くと、また「心理主義の罠」ではないかと言われそうですが、言葉は本当に難しい。

「ため族」は、自らがないために周囲に影響されます。
自らを持たない人たちの集団は、ある状況においては最強です。
人間を要素にして、この最強のチームを構築してきた人が、これまでは世界を制してきました。
しかし、おそらくその時代は終わりだしています。
組織原理が変わりだしているのです。
そんな気がしてなりません。

最近の民主党や民主党政権には、以前まだ「ため族」が多いです。
多様な異質性を包摂した、新しい政党への期待を少し抱いたのですが、どうもそうではないようで、相変わらず小賢しい人智で右往左往しています。
おそらく間もなく瓦解するでしょう。
自らの信念が無いのなら、政治家にはなってほしくありません。
信念があるのであれば、右顧左眄せずに信念を通すべきです。
自分を生きないことほど、与えられた生命への裏切りはありません。

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2010/07/18

■節子への挽歌1050:消費者廃業

節子
節子がいなくなってから、何かが欲しいということがほとんどなくなってしまいました。
考えてみると、この3年、何も買っていないように思います。
ともかく「欲しい」と思うことがなくなったのです。
娘に話したら、昔から書籍以外は自分では何も買わなかったでしょう、といわれてしまいました。
たしかにそうですが、それでも新しい電子機器が出ると急いで買ったり、フクロウの置物を見つけると購入したりしたものです。
それがいつの頃からか、モノを買うことがほとんどなくなったのですが、それでも節子がいる頃は、テレビで何か見ると、ついつい欲しくなって節子に「あれ買っておいてくれない」と言っていたものです。
節子は、時に聞き流していたと思いますが、それなりに買っておいてくれました。

今はそれもいえる人がなくなってしまいましたので、消費者であることをやめてしまったような気がします。
時々、着るものがなくなると、娘が一緒にお店に行って買ってくれます。

書籍もおそらく激減しています。
以前はいつか読もうというものも含めて大量に買っていましたが、最近は読む本しか買いませんから、せいぜい月に10冊程度です。
物欲がなくなったというよりも、モノの意味がなくなったような感じです。
モノを買ったり持ったりする意味が消えてしまったのです。

食べ物もそうです。
お洒落なレストランに行って、美味しい料理を楽しもうなどという気分もなくなりました。
コンサートも舞台も、行こうという気にはなりません。
もともとそういう嗜好は弱かったのですが、最近はほぼ皆無になりました。
意外なのは、かつてあれほど行きたがっていた古代世界の遺跡さえもが、いまやそれほど魅力的ではないのです。

これまで私にとって価値を持っていた、さまざまなものが、なぜか今や色あせてしまったのです。
もしかしたら、私もまた、すでに生命を終えてしまったのかもしれません。
そう考えると奇妙にすっきりすることがあります。
節子がいない人生は、本当に頼りなく、実体を実感できないのです。
ですから、欲しいものなどなくなります。
色即是空ということが、少しずつ実感できてくるような気がします。
空即是色には、まだ少し距離がありますが。

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2010/07/17

■節子への挽歌1049:男は妻などもってはいけない、ことはありません

吉田兼好は「間」の好きな人だったようです。
有名な「徒然草」も、要するに「つれづれなる」暮らしの間に楽しんだ書です。
ものもできるだけ持たないことを好んだようです。
私も一応、頭の中ではそれにあこがれていますが、なかなかそうはならず、わが家はものであふれています。
しかし、最初に失ったのが、最愛の妻になるとは、思ってもいませんでした。

間とは、距離を意味しますから、まさに人の生き方につながっています。
愛する人との距離も「間」にとっては重要です。
兼好の場合はこうでした。

妻(め)というものこそ、男(おのこ)の持つまじきものなれ。「いつも独り住み(ひとりずみ)にて」など聞くこそ、心にくけれ、「誰がしが婿に成りぬ」とも、また、「如何なる女を取り据ゑて、相住む」など聞きつれば、無下に心劣りせらるゝわざなり(第190段)
男は妻などもってはいけないというのです。
なぜならば、
いかなる女なりとも、明暮(あけくれ)添い見んには、いと心づきなく、憎かりなん。
「間」がないと、どんなに愛する人でも飽きるだろうというのです。
よくいわれる「俗説」です。
しかし、そんなことはありません。
愛でれば愛でるほど好きになるものはあるのです。
人も同じです。
私は節子に飽きたことはありません。
そこからすべての世界が、それこそ虚空蔵さえもが、見えたからです。

これは、「間」を3次元で捉えるかどうかに関係しているように思います。
前に書いた和泉式部のように、3次元の世界を超えれば、たぶんまったく違ってくるでしょう。
そういう視点からは、妻を持とうが持つまいが、瑣末な話なのです。
それにこだわる兼好の、限界がそこにあります。
世界が狭いのです。
それは、「つれづれなるまゝに、日ぐらし硯に向かひて」という書き出しの文章に現れています。
兼好も、「間」にあこがれながら、結局は「間」がとれなかったのではないかと思います。

妻を持つかどうかは、人それぞれです。
しかし、「愛するもの(ひと)」を持つことは、誰にとっても大事なことではないかと思います。

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■ふたつの仕事

昨日、紹介したマリア・ミースの論文ですが、もう少し紹介したくなりました。
本を読んでくださいと言っても、読んでくれる人はまずいないでしょうから。

一部文章を省略しての紹介ですが、マリア・ミースはこう書いています。

貨幣ないし資本を生産する労働のために用いられる、生産的労働および生産性という概念は、古典経済学理論の最も言語同断な嘘のひとつである。
その一方で、子どもを産み、養い、世話をし、慈しむ等々の女性の仕事は、直接に貨幣をもたらさないがゆえに、非生産的であるとみなされている。
また、多くの部族や農民のような自らのサブシステンスのためにだけ生産している人々の仕事も同じやり方で評価され、非生産的であると呼ばれている。
そのようなサブシステンス生産を破壊し、自給自足的な諸部族や女性や小農たちのいわゆる「非生産的な」生活維持的サブシステンス労働を変えることが、世界銀行のような資本家の国際機関の明確な目的になっている。
このことは、彼らを仕事と生計の面で貨幣収入と資本に従属させることを意味している。
資本は、膨大な数の人々が自給自足的である時には成長することができないのである。
サブシステンスとは耳慣れない言葉でしょうが、このブログでは何回か使わせてもらっています。
一般的には生命の維持や生存のための活動をさしますが、イリイチやミースは、「人々の営みの根底にあってその社会の基礎をなす物質的・精神的な基盤」という意味を与えています。
つまり、社会を維持しながら人が生きていくための必要不可欠な活動のことです。

サブシステンスという概念を持ち込むと、人の活動(ワーク)には2種類あることがわかります。
サブシステンスのための活動(サブシステンスワーク)と金銭を得るための活動(ペイドワーク)です。
金銭を使うための活動と言うものもありますが、それは金を得るための活動の変種だと捉えていいでしょう。

サブシステンスワークとペイドワークと、みなさんの人生においてはどちらが重要でしょうか。
いうまでもありませんが、前者のはずです。
何しろ前者は生きていくためのワークなのですから。
しかし今の時代においては、ほとんどの人が後者を重視しています。
それこそが「呪縛」なのです。
ミースは、そのことを指摘しているのです。
昨日の時評も、その文脈で受け止めてください。
雇用創出はサブシステンスワークの破壊にもなりかねないのです。
ペイドワークがなくなっても生活は破壊しませんが、サブシステンスワークがなくなれば生きてはいけません。
そんな簡単なことにみんな気づかなくなってきている。
だから「自殺」などと言うことが社会現象になってしまうのです。

また補足しないと誤解されそうな文章を付け加えてしまいました。

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2010/07/16

■雇用創出の罠

昨日、地域再生をテーマにしたサロンをやっていたのですが、そこで地域で社会的事業を起こすとしても、利益が上がらないと持続できないのではないかという質問がありました。
私自身は、まずはその発想の呪縛から抜け出て欲しいと思うのですが、事業を起こしたいと思っている人はこれまでの発想の呪縛から抜け出られないのです。
それに、大学での経営学も、巷のビジネススクールも、教えているのはすべて、そうした発想の中で活動してきた人たちばかりですから、学べば学ぶほど呪縛の罠に落ち込みます。
まさに、それこそが「資本の思う壺」です。
そんなことをしていたら、最近逮捕された日本振興銀行の木村さんのようになるよと言いたいところですが、多くの人たちはまだその発想でしか考えられないのかもしれません。

経営学関係の教授やビジネススクールをやっている人も友人に少なくありませんが、そこで教えている経営学や経済学は、これからはまったく役に立たないでしょう。
出発点が間違っているからです。
本気で経済や経営を学びたいのであれば、そんなところで学んではいけません。
ましてや、今成功している企業の経営者の話など聞いてはいけません。
ユニクロとグラミン銀行の話には、がっかりしましたが、あんな茶番劇に騙されてはいけません。
私には、グラミン銀行はもはやまったく信頼できない組織です。
彼らが創りだす雇用とは一体何なのか。
お金は本当に恐ろしいです。

とまあ、こういうことをこの20年、言い続けていますが、なかなかわかってはもらえません。
私の考えが間違っているからかもしれません。
しかし、昨日の議論を聞きながら思い出した本があります。
藤原書房から10年ほど前に出版された「アンペイド・ワークとは何か」という本です。
今日は、その本を引っ張り出して読み直しました。
そこに、フェミニストのマリア・ミースの小論が掲載されています。
以前読んだ時よりも、心に深く響きました。
多くの人に読んでもらいたい小論です。
全文引用したいですが、そうも行きません。
でも多くの人に読んでほしい論文です。
図書館などでぜひ借りて読んでください。

一つだけ引用させてもらいます。

すべての人にとっての完全雇用は、いまや、貧困な国々のみならず、豊かな国々においても不可能だということはたいへん明白であるにもかかわらず、政策決定者は、社会的危機の唯一の解決策としていまだに雇用創出について語りつづけているのである。
わかりにくいかもしれませんが、前文を読むときっと理解してもらえると思います。
コモンズ書店に、その本を紹介しておきます。

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■1048:自己開示は新しい物語を起動させる

一応、昨日の続きです。

私がとても幸せだったのは、節子にはなんでもすべて話せたことでした。
おそらく節子もまた、そうだったと思います。
私たちは不思議なほど、自分の世界を開示できたのです。
なぜでしょうか。
それはたぶん「相手を信頼できた」からです。
なぜ信頼できたか。
それは「相性」としかいえません。

いずれにしろ、私たちはすべてを開きました。
それぞれの両親が最初は反対だったのも、それを加速させてくれました。
だれも賛成してくれなければ、当事者である私たちが結束しなければなりません。

自己開示されるとどうなるか。
いやおうなく、その人の人生に巻き込まれます。
自己開示するとどうなるか。
同じように、その相手の人生に巻き込まれるのです。
自己開示してしまえば、相手はもはや自分の世界を知る人ですから無視はできません。
そこから何かが始まります。
自己開示とは、つまりは「新しい物語」のプロローグなのです。

自己開示によって生まれた交換記憶の世界に身を任せると、2人の世界は急速に重なってきます。
古い物語は過去のものとなり、新しい物語がお互いの世界を一つにしていきます。
価値観が次第に共有化されるのは当然です。
しかも、それは2人に留まらないのです。

交換記憶の概念に出会う前に出会ったのが、華厳経の「インドラの網」です。
これに関しては何回か書きました。
交換記憶につなげていえば、交換記憶の世界は無尽に広がっているということです。
そこにたどりつけば、世界は一挙に開けてきます。
空海のようなエネルギーがあれば「虚空蔵」の世界にも入り込めるのです。
そこではもはや彼岸も此岸もない。

しかし、そこにたどりつく前に、節子はいなくなったのです。
交換記憶で成り立っていた世界の瓦解。
放り出された私は、おろおろするしかないわけです。
そして、私は「空海」になりそこなってしまったわけです。
もう少し時間があれば、小空海くらいにはなれたかもしれないのに、なれたのはどうも虚空海のようです。
虚空海と虚空蔵ではまったく違います。

なんだかよくわからない話になってしまいました。
何を書こうとしていたのでしょうか。
困ったものです。
まさに虚空の海。

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2010/07/15

■節子への挽歌1047:結婚とは相互に自己開示する決断

節子
ダニエル・ウェグナーの「交換記憶」の話をつづけます。

最近、改めて「夫婦とは何だろう」ということを考えるようになりました。
私の周りにも、さまざまな夫婦がいます。
人が、それぞれ違うように、夫婦もまたそれぞれ違います。
それに、夫婦の本当の関係は、外部からは見えてきません。
私たち夫婦もたぶん外から見えているのと実態はかなり違うのでしょう。
でも一つだけ、すべての夫婦に共通のことがあります。
それは、それぞれの生活が相互に影響しあっているということです。
あえて「共に生きている」とは言いませんが、縁のある生き方になっているということです。
しかし、その縁を、みんなどれほど意識しているのか。
そして、その縁をどれほど深めようとしているのか。
そこが気になっています。
私の体験では、縁は際限なく深められるのです。
その気になれば、ですが。

さて、ウェグナーの話です。
ウェグナーは、こう書いています。 

「人間関係の発展は相互の自己開示の過程として理解されることが多いが、この過程を相互理解と受容としてとらえるのはむしろロマンチックであり、交換記憶のために必要な前段階としてとらえることも可能だろう」
結婚とは、相互に自己開示する決断です。
人にとっての最高のコミュニケーション手法は、自らの弱みを自己開示することだと私は考えていますが、自己のすべてを開示してしまったら、もうその相手と人生を共にするしかありません。
逆に言えば、もし人生を共にするのであれば、自らを徹底的に自己開示するのがいいのです。
もう後には引けませんし、その時点で世界が変わるはずです。
私は「自己開示型」の人間ですが、節子との結婚が、そのことの意味を気づかせてくれたのです。
そして、それが交換記憶の状況を生み出すことにも気づかせてくれました。
私が「交換記憶」なる概念を知ったのは、節子と結婚してから30年ほどたってからですが、その時にその概念をすぐ理解できたのは、節子と暮らしていたおかげです。

長くなりましたので、明日に続けます。

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■譲る精神

柔道の谷亮子さんが参議院議員に当選しました。
「やわらちゃん」として、国民的な人気のある人ですが、私には「金の亡者」としか見えないために、以前から好きになれない人です。
その彼女が、柔道でも金、国政でも金という発言をして話題になりましたが、金の亡者の彼女ですから、それは当然の発言です。
その谷さんを担ぎだしたのが小沢さんだったというのも、興味深いことです。

私が谷さんを嫌いになったのは、金メダルに固執するあまり、後進のことを考えなかったためです。
オリンピックで金メダルを手にしたら、私はオリンピック出場を辞退するべきだという考えの持ち主です。
たぶんだれからも賛成されないでしょうが。
栄光の舞台は、出来るだけ多くの人に開かれるべきです。
居座ってはいけません。
それが私の考えです。
政治家もまた、居座りたがることの好きな人たちの世界です。
そういう人たちが居座り続けた結果が、今の日本の政治状況かもしれません。

人はなぜ譲れないのか。
それがとても不思議です。
譲り合ったら、とても気持ちよく暮らせるのに、多くの人は競い合います。
競い合ったら疲れるだけですし、負けることもあるのです。
譲り合いには勝ちも負けもありません。
不幸になる人はいないのです。

スポーツは譲り合いではなく、勝つことだという人が圧倒的に多いでしょう。
ワールドカップもそうですが、勝ち負けを目的にするスポーツは、どこか利益を目的とする最近の企業のようで、私には違和感があります。
私が、いまの社会から脱落しているから、そう思うのかもしれません。

譲り合い、支え合えば、みんなの力が活きていきます。
しかし、競い合い、負かし合えば、必ず無駄になる力が発生します。
そんな簡単なことが、なぜみんなわからないのか、不思議でなりません。

それにしても、人間社会から「競争」はなくならないものでしょうか。
自然とも、そろそろ競い合うのをやめたほうがいいのかもしれません。

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2010/07/14

■国民生活保障ファンド

各地で水害が発生しています。
それを見ながら思ったことです。

消費税を1%高めて、それを国民生活保障ファンドとして、今回のように不可抗力的な自然災害を受けた人に無条件で支給することはできないものでしょうか。

国家とは何かと言われると、難しい議論になりますが、国民の生活が、本人の責任の及ばぬ理由で立ち行かなくなった時に、それを支え合う仕組みとしての国家という捉え方があってもいいように思ったのです。

オルテガは、近代の国民国家は、いくつかの人間集団が、ある共同プロジェクトに共鳴し、連帯感を芽生えさせることによって形成されたと考えました。
私が興味を持ったのは、「共同プロジェクト」を、連帯を生み出す契機と考えている点です。
では、その「共同プロジェクト」とは何でしょうか、
場合によっては、それは戦争かもしれません。
なにしろオルテガは、あのスペイン戦争時代の人ですから。
しかし、もっと素朴に、困ったら助けてもらえる保障の仕組みづくりを共同プロジェクトと考えてもいいでしょう。

みなさんのところは大丈夫だったでしょうか。
北九州や山口には友人知人も多いので、心配です。
それにしても、自然の威力は凄いですね。
国会で議論している課題(最近はアジェンダと言うらしいですが)が、なんだかとてもむなしく響きます。

国民生活保障ファンドをつくるのであれば、消費税でも所得税でもいいのですが、1%を喜んで納税したいと思います。
そんなファンドはできないものでしょうか。

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■節子への挽歌1046:交換記憶

節子
ソウルで、ワールドカップのパブリックヴューに参加しましたが、その時に感じたのは、みんなが集まった空間に渦巻く、何といえない「熱気」でした。
その「熱気」が、自宅のテレビで一人で観戦している場合の数倍の興奮をもたらしてくれるのでしょう。

少し規模は小さいですが、結婚することも同じです。
結婚によって、伴侶を得、家族を得ることは、人に力を与えてくれます。
夫婦や家族の間では、感情や知識を共有しあう関係が成立します。
世界は広がるばかりではなく、ダイナミズムが激変するのです。
ヴァージニア大学の心理学者ダニエル・ウェグナーは、これを「交換記憶」(トランザクティヴ・メモリー)と呼んでいます。
心をつなぎあった人の間には「暗黙の連合記憶システム」が成立するというのです。
そうした連合記憶システムをもてれば、人の力は飛躍的に高まります。

ウェグナーは、この交換記憶を失うことが離婚をつらいものにしている原因の一つであるとも言っています。
彼はこう書いています。

「離婚によって気分が滅入り、認識力にも障害が出てきたと嘆いている人は、外部記憶システムが失われたことを別のかたちで表現しているのかもしれない」
「かつては共通の理解を得るために経験を語り合っていた。かつては相手の持つ大きな記憶の保存庫に入ることもできたのに、それもまた失われてしまった。交換記憶の喪失は自分の心の一部を喪失するように感じられる」
死別の場合も同じことが言えるでしょう。
最近、ようやくこの言葉の意味が実感できるようになってきました。
とりわけ私は、そうした「交換記憶」を重視し、そこに依存して生きてきました。
節子や家族に任せたことは、私の頭からは完全に無くすようにしてきたのです。
だから、実にさまざまなことに取り組めましたし、さまざまなことに触手を広げられました。
私の人生が豊かだったのは、そのおかげです。
しかし、この挽歌でも時々書いているようにどうもそうした動きが最近鈍っているのです。
世界がなにか虚ろで、立っているところが頼りないのは、そのせいかもしれません。
疲れやすいのも、きっとそのせいでしょう。

伴侶を失ったら、やはり隠棲すべきなのかもしれません。

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■消費大国日本

菅政権への支持率がさらに低下したようです。
昨今の状況を見ていると仕方がないかとも思いますが、それにしても日本国民の評価の移ろいやすさには異常さを感じます。
いつから私たちはこんなにも気が短くなってしまったのでしょうか。
人を信ずる気風は無くなったのでしょうか。

このブログでも一度紹介しましたが、日本社会から「信頼関係」が消えだしているということを示唆する調査結果は少なからずあるようです。
いうまでもありませんが、人を信頼しないのは、自らを信頼していないからです。
信頼するべき自己があれば、他者も信頼できるからです。

最近の内閣支持率の動きを見ていると、先日も書きましたが、どうしてもイソップの「かえるの王様」を思い出します。
王様を欲しがったかえるたちに、神様が王様を派遣しますが、誰が来てもかえるたちは満足せず、不満ばかりいいます。
あまりにもうるさいので、神様は水蛇を王様として送りました。
そのおかげで、かえるの国は静かになりました。
かえるたちはみんな水蛇に食べられてしまったのです。

日本では毎年、首相が変わっています。
言い換えれば、日本の国民がそうしているわけです。
つまり首相さえも「浪費」している「消費大国」なのです。
それは、結局、私たち自身を「浪費」しているといっていいでしょう。
そこから抜け出るには、まずは自分を信頼しなければいけません。
そのためには、信頼できる存在にならなければいけません。
それは自らの人生を持つということです。
自らのために生きるということです。

そろそろお金のためや「社会」のために生きるのはやめたいものです。
「社会」のために生きるのをやめるというと誤解されそうですが、これはまた少しずつ書いていきたいと思います。
しかし、「社会のため」が社会を壊してきた例は少なくないように思います

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2010/07/13

■節子への挽歌1045:「私は、私と私の環境である」

節子
私の暮らしの周りには、節子を思い出させるものがたくさんあります。
それらが、私の心の平安を支えてくれる一方で、節子への思いを意識化させることで、時に私の歩みをとどめさせることにもなります。
愛する人を失った人は、こうして前にも後にも進めなくなるのかもしれません。
できることなら、隠棲して、節子の供養に殉ずるのが一番の平安を得られるのでしょうが、今の時代はそうした選択肢をほとんど不可能にしているように思います。
もちろんそれは、私の生きる力の弱さにも拠るのですが。

時評編では時々書いていますが、最近、オルテガを思い出しています。
オルテガ・イ・ガセト。スペインの哲学者です。
オルテガには有名な言葉があります。
「私は、私と私の環境である」
ややこしい文章ですが、こう言い換えてもいいでしょう。
私は、自らが置かれている環境を舞台にした、私を主役にしたドラマである、と。
オルテガは、それを「生のプロジェクト」といいます。
私には、とてもしっくりくる表現です。
私はプロジェクト。私はドラマ。私は常に変化し続ける空なる物語。
この言葉に出会ったのは40年ほど前ですが、私の生き方にとても重なっているのを感じました。

「私の身体や精神」と「私を取り巻く具体的な環境」は、プロジェクトという視点で考えた場合の「私」にとっては同値なのです。
そして、プロジェクトで実現すべきことは、創造すべき「私」なのです。
相変わらずややこしいですが、さらにややこしいのは、この「私」(プロジェクトとしての私)には今や「節子」も含まれてしまっていることなのです。
人生を共にしようという思いで結婚した私にとっては、その時から節子は私に包摂されるべき存在でした。
言い方を換えれば、新しい「私」の出現です。
ドラマは第2幕に移ったのです。
ですから私はその段階で、それまでの自分を思い切りアウフヘーベンしたのです。

そして、いま第3幕、
前にも後にも進めないのであれば、幕を進めるしかありません。
改めてオルテガの「私は、私と私の環境である」という言葉を思い出しています。

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2010/07/12

■節子への挽歌1044:時間生産性の低さ

節子
最近、生活にどうもメリハリがつけられません。
というか、時間の使い方がうまくいかないのです。
ですから、忙しいのか暇なのか、わからないのです。
時間を持て余しているくせに、やるべきことがどんどん山積みされているのです。
机には、やるべきことのための資料が、まさに山になっています。
手紙や電話をしなければいけないことも少なくありませんが、気のりがしないのです。
親戚関係や家庭管理の関係はすべて娘たちに頼んでいます。
しかし、時には自分でしなければいけないこともあります。
それがなぜかできないのです。

節子がいた時には、「節子、○○○をやっといてね」と、一言いうだけで、すべては解決でした。
実に楽でした。
以前も書きましたが、節子は私にとっては、ドラえもんのように、なんでもやってくれる存在でした。
もっとも、まさに「ドラえもん」と同じく、時々、とんでもない結果になってしまうこともありましたが、まあそんなことは瑣末なことです。
うまくいかなければ、文句をいえばいいだけでしたから。
しかし、今から思えば、節子には迷惑をかけてしまっていたのでしょうね。

以前は、時間の使い方がそれなりに上手だと自負していました。
人の数倍の時間の活かし方をしていると確信していました。
しかし最近の私は、その正反対で、時間の使い方が極めて下手なのです。
無駄がとても多くなりました。
なぜでしょうか。
何でもかんでも節子に関連づけるのは問題ですが、しかし時間の活かし方に関しては、間違いなく節子がいないためです。
どうも時間配分の基準がなくなってしまったのです。

それに、夫婦とは実に巧妙に役割分担できる存在なのだと、この頃、改めて思います。
夫婦がうまく支えあえば、一人で使うよりも、時間は数倍も効果的に使えるような気がします。
そう考えないと、最近の私の時間生産性の低さは理解できません。
今日もまた、無駄に時間を浪費してしまったようで、充実感がありません。
こういう生活がもうずっと続いているような気がします。

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■オルテガを思い出しました

参議院選挙の結果が出ました。
民主大敗・自民大勝・みんなの党大躍進でした。
まさか自民がこれほどまで当選するとは思っていませんでしたが、まあ大体予想いていた通りの結果でした。

この結果を知って、思い出したのは、オルテガの「大衆の反逆」です。
1930年に出版された本です。
私は30年近く前に「21世紀は真心の時代」という小論を書きましたが、その書き出しは「1980年代は、再び反乱の時代である」でした。
当時、オルテガの「大衆の反逆」を呼んで、いささか複雑な思いを抱いていました。
オルテガと違い、私は大衆に「信」を置いていましたし、自らもまた大衆の一人だと位置づけていました。

オルテガは大衆をこう定義します。

現代社会の大衆は、その生を制限する自然的、社会的制約が消滅したものと思っている。そして、いかなる意味でも、最終的に服すべき上級の規範の存在を認めない。常に上級の規範に服して、「規律の生」を生きるエリートの指導を拒否する。
「21世紀は真心の時代」から30年、さまざまな体験を重ねるうちに、オルテガのメッセージがだいぶ理解できるようになってきました。
今回の選挙結果は、改めてオルテガを思い出させました。
「無知の賢者」が多すぎます。

もうひとつ思い出したのは、イソップの「かえるの王様」です。
予想はしていましたが、気分の重い朝です。

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2010/07/11

■節子への挽歌1043:節子が投票しただろう人に投票してきましたよ

節子
今日は参議院議員選挙でした。

私たちは結婚以来、いつも一緒に投票に行きました。
節子はがんが再発した後も、投票に行きました。
節子はまじめな人でしたから、いつも立候補者の所信などをよく読んでいました。
投票所に向かう途中で、誰にしようかという話題が出ることもありましたが、基本的にそれぞれが自分で考え、投票が終わった後に公開するのが私たちのスタイルでした。
お互いが、なぜ誰に投票したかを知ることで、自らの考えを相対化できるのはとてもいいことだと思います。
そういう意味でも、節子がいなくなった影響は大きいです。
以前に増して、私は独善的になっているかもしれません。

人は話しながら考えます。
話すことが多ければ多いほど、人は考えを深められます。
もちろん一人で静かに熟考することも必要ですが、私はむしろ誰かと話しながら考えるタイプです。
ですから、節子と話すことが、私にとっては様々な意味で、世界を深めることでした。
その時間が、なくなってしまったのは、とても残念です。
選挙で誰に投票するかといった、具体的な判断を求められる時になると、そのことを実感します。

節子でなくても話す相手はいるだろうといわれそうですが、やはり違うのです。
一緒に暮らし苦楽を共にすることで、節子は、私にとっては、もう一人の私になっていたのです。
私はまた、もう一人の節子になっていたはずです。
そう考えると、節子がいなくなってから体験したいくつかのことが奇妙に納得できるのです。

節子がいたら、誰に投票したでしょうか。
そんなことも思いながら、投票してきましたが、たぶんいつものように、私たちが投票した人は当選しないでしょう。
私はもちろんそうですが、節子もまた、いわゆる「マジョリティ」には属さない人でした。
だからこそ、私と結婚したのでしょうが。
節子に出会えた幸運さを、この頃、改めて感じます。
だからこそ、節子との早い別れが辛くて、いつまでも信じられずにいるのです。

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■投票に行きましょう

共和政に生きた古代ギリシアのキケロは、政治的闘争は、必ずしも社会の病理ではなく、否定的事件でもない。むしろ、ある種の闘争を介してのみ、国家はより良く鍛えられる、と言っていたそうです。
国民の間の意見の対立は国家の健全性の基礎だというのです。
もっとも、そこには一つの前提がありました。
基本的な問題に関しては、国民の間に「コンコルディア」(共通認識)がなければならないというのです。
それがなければ、その国家は崩壊します。
古代ローマがそうだったといったのは、スペインの哲学者オルテガです。

今日は参議院議員の投票日です。
候補者の所信などを読んでいて目につくのは、私には退屈な技術論ばかりです。
そうなると、政党の政策が重要になりますが、これがどうもよくわかりません。
鳩山民主党のように、「友愛」を掲げていれば、判断はできますが、「いちばん」とか「元気」などと言われても、何のことかわかりません。

しかし、そうしたことで長年、選挙をやってきたということは、日本では根本的なところでの「コンコルディア」(コンセンサス)があるということなのかもしれません。
もしそうであれば、私の時代認識や状況認識がおかしいということになります。
ならば流れに任せて、平安に暮らすのがいいかもしれません。
でもどこか違うような気がします。

各政党党首の話を聴いていると、この国をよくするために何をしようというよりも、ほかの党を批判する内容は圧倒的に多いです。
否定的な発想だけでは人を感動させることはできず、現実を動かすこともできません。
しかし、昨今の日本の政治状況は、批判や否定だけで動く人が増えてきました。
これこそが、オルテガの言う「危機」なのでしょう。
日本の現在は、「コンコルディア」以前の状況なのです。
だからこそ、死に票にしかならないと思っても、やはり投票には行くべきです。
死に票にしないために、現実を変えるために「次善の人(政党)」に投票するのがいいと言う人もいますが、今回は私はそうはしません。

結果が見えているような気がして気が重いですが、これから投票に行ってきます。
まだの人は、ぜひ投票に行ってください。
投票に行かずに、現実を嘆いても仕方がありません。

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2010/07/10

■節子への挽歌1042:最近夢をよくみます

節子
昨夜はやはり夢をみました。
節子は出てきませんでしたが、奇妙な夢でした。
般若心経をあげていたら、途中で暗誦しているはずの経文が出てこなくなった夢です。
慌てて経本を開いたら、それが切り刻まれているのです。
そのうえ、何かが、早く次を唱えろと圧力をかけてくる。
しかし経文が出てこない。
まあそれだけの夢なのですが、どういう意味があるのでしょうか。

そして今朝、いつものように般若心経をあげていたら、夢と同じように、後半になってうまく言葉が出てこないのです。
まさかと思い、経本を開いたら、切り刻まれることもなく、きちんと書かれていました。
最初から、ちゃんと経本を見ながら、あげなおしました。

夢には意味があるとフロイトは言いました。
しかし現世の論理からは、読み解けないことが少なくありません。
もし生命がすべてつながっているとしたら、個人が眠っているかどうかなどは瑣末なことです。
意識を支えている無意識の世界、さらには集合的無意識の世界をつないでいる生命には、おそらく「眠り」というような概念はないでしょう。
いや、そこには「死」という概念すらないでしょう。
生と死を対極的に捉えるのは、個として生きている人間だけかもしれません。

時空間を超えた生命にとっては一瞬の泡のような個人として、夢からそうした世界を覗き見したところで何が見えるでしょうか。
夢判断は、所詮は小賢しい企てでしかないように思います。
にもかかわらず、夢は心を揺さぶります。
夢が、あまりに非日常なためかもしれません。

最近、夢をよく見ます。
そしてよく目が覚めます。
そのせいか、慢性的に眠いです。
昼と夜との境界がなくなっていきそうです。
彼岸と此岸の境界も、なくなっていくといいのですが。

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2010/07/09

■節子への挽歌1041:震えるほど怖い夢を見なくなりました

節子
各地で集中豪雨のための土砂崩れや浸水などの水害が多発しています。
わが家も今、かなりの雨に見舞われています。
傾斜地にある造成地なので、集中豪雨に耐えられるかどうかは確実ではありません。
しかもちょうど自宅補修中なので、わが家の周りには足場が組まれ、ネットで包まれています。
その関係もあって、雨の音、風の音が、いつもに増して大きいです。

節子にはいつも叱られていましたが、台風が来るとどうしてもわくわくします。
自然が荒れる風景には、なぜか心揺さぶられます。
私の心の中にある、荒ぶる魂が共振するのです。
悪いことだと思いながらも、非日常的な風景を展開させている被災地の映像を見ると、心が高まります。
それは抑えようがありません。

青空に恵まれた穏やかな日は、大好きです。
しかし、今日のように、雨と風に揺さぶられるような不気味な日も、大好きです。
心が揺さぶられる気がします。
そして、なぜかこういう日には、節子を思い出します。
身を寄せ合って震えていた体験があるわけではないのですが、なぜかそんな、ありもしなかったことを「思い出す」のです。

晴れた日に思い出すことは、実際に体験したことです。
たとえば駒ケ岳千畳敷カール、たとえばハトシュトプト神殿。
いじれも見事な青空で、節子の笑顔も覚えています。

荒れた日に感ずるのは、実際には体験したことのない風景です。
いま感じられる、うっそうとした木々に囲まれた暗闇は、一体何なのでしょうか。
前世か来世に体験した風景なのでしょうか。
そして、こういう日には、とても不思議な夢を見ることが多かったのです。
時に怖くて震えてしまうような夢です。
節子がいなくなってから、そういう夢は見なくなりましたが、震えが止まらなくて、節子に抱きしめてもらったり、怖くてトイレに行けなくて節子を起こしたり、そんなことさえありました。
笑われそうですが、それほどリアリティがある夢だったのです。

節子がいなくなってからそういう夢を見ることがなくなりました。
なぜかはわかりません。
でも、今夜はどうでしょうか。
この数日、夢ばかり見ています。

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■若者たちの発言

人の発言に対する私の評価基準は、「経験の量」と「これから先、そこで生きていく時間の量」です。
知識の量はプラスにもマイナスにも働きますから、評価の対象にはなりません。
経験量と残された時間量は、基本的に反比例します。
経験量は、これまで過ごした時間量に比例する傾向はありますが、必ずしも一致はしません。
そこで重要なのは、どういう時間を過ごしてきたかです。
もちろん同じように、先行きの時間量も、どういう時間を過ごそうとしているかに影響されるでしょうが、それは問いません。
先の時間がどう展開するかは、本人も含めて、誰にもわからないからです。

この方程式の元に、私は人の発言を受け止めますので、
極めて大雑把に言えば、一般的には若い人の意見ほど、重要視するということになります。
経験などは、なかなか見えませんし、見えるような人の見える情報が正しいかどうかはいたって疑問だからです。
直接会って話をすれば、ほぼこれまでの生き方がわかるのではないかと思っていた時期もありますが、間違ったことは少なくありません。
ですから、先行きの時間量が、私にとっては最大の評価基準になりがちです。
というわけで、若い人の発言に心動かされることが少なくありません。

相撲協会騒動に関して、貴乃花が琴光喜の解雇反対と理事辞任を申し出たと聴いた時には、やっとそういう理事が出てきたかと思いました。
しかし、私のような受け止め方は例外のようでしたし、貴乃花も辞任を撤回しました。
しかし、今回の事件で辞めるべきは理事長初め理事及び役員全員であって、琴光喜ではないだろうと思う私には、貴乃花の言動にはとても共感します。
それにしても相変わらず責任意識の皆無な理事長以下の理事には呆れます。
何が相撲道だと思います。
自らを正せない人に「道」を説く資格はありません。

昨日の白鴎の発言にも共感します。
NHKの放送中止は何の意味があるのでしょうか。
NHKもまた相撲を私物化しているとしか言いようがありません。
相撲界に巣食っていた企業や政治家と、いわゆる「反社会的組織」とどこが違うのか、私にはあまり理解できていませんが、「悪いのはあなたたちだ」と私は言いたいです。
「感動した」などと言っていた小泉前首相のおかしさが思い出されます。
いまはどう思っているのでしょうか。

11日は選挙です。
若者たちの発言がなぜか私には聞えてきません。
党首の話し合いなどいう茶番劇よりも、若い政治家たちの話を聴きたいのですが、私の努力不足か耳に届いてきません。
党首にも届いていないのかもしれません。
しかし、未来をつくっていくのは若者です。
年寄りは未来を壊すことはあっても、創りはしません。
私も注意しなければいけません。

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2010/07/08

■イノベーションは経済成長を抑制する

モバイルでメールするためのエアエッジが壊れました。
最近は出張先のホテルなどでもメール回線が使えるので、ほとんど使うことはないのですが、まあ念のために買い換えることにしました。
そこで話を聞いたら、毎月の経費がほぼ半額になることがわかりました。
切り替えに5000円くらいかかりますが、それくらい金額はすぐに回収できます。
おもわず、お店に利益はあるのですかと質問してしまいましたが、お店の窓口の人は答えられる訳がありません。

利益は間違いなく減るはずです。
なぜなら私の支払う絶対額が半減するからです。
それを知っていたら、もっと早く切り替えるべきでした。

こういうことが時々起きます。
これはイノベーションのおかげなのか、それともデフレ効果なのか。
いずれにしろ私の出費は少なくなりますが、どうも納得できません。
どこかに間違いはないでしょうか。

相変わらず各政党は、選挙に向けて「成長戦略」を掲げています。
イノベーションは経済成長につながることなのでしょうか。
つながるに決まっていると笑われそうですが、イノベーションによって経済活動が大幅に縮減されることはないのでしょうか。
いままで1万円かかっていたことが、イノベーションのおかげで、100円で実現できるようになるとしたら、生産高で評価する経済成長は100分の1に低下することになります。
イノベーションは経済成長を抑制するということにはならないでしょうか。

イノベーションによって、機械による自動化が進み、人の仕事の場は大幅に縮減しています。
そのため、ジョブレスの時代とも言われており、景気がよくなっても仕事はなかなか増えません。
景気と雇用の需給は必ずしも以前のようには比例しないのです。
イノベーションは雇用の場を縮減するとも言えるわけです。
これもまた、消費を縮小させる要因になるでしょうから、経済成長にマイナスに作用するでしょう。

にもかかわらず、経済人はイノベーションが大切だと、最近また言いだしています。
なぜでしょうか。
考えると実に様々なことが見えてくるような気がします。

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■節子への挽歌1040:夜中の胃痛

節子
昨夜は大変でした。
夜中に胃が痛くなって、目が覚めました。
前にも何回かありましたので、心配はないのですが、痛くて眠れません。
こういう時、一人なのが一番困ります。
節子がいたら、夫婦は、それぞれの痛みを分かち合わなければいけないと無理やり起こすのですが、それができないので、一人で耐えなければいけません。
痛みはシェアすれば、それだけで消えることもありますが、一人で抱えていると増幅するという、おかしな性質を持っています。

昨夜は胃痛でしたので、心細さはありませんでしたが、
もっと大きな障害が生じたらどうでしょうか。
気弱な私としては耐えられるでしょうか。
夜の暗闇の中で一人、問題に対峙するのは、あまり楽しいことではありません。

私はいささか「夫婦で生きる」生き方に埋没してしまっていたようです。
したがって、どうも「一人で生きる」ことに、なかなか慣れないのです。
節子が最期まで心配していたのは、そのことでした。

結婚しても、お互いの世界をしっかり持って、それぞれに生きながら、2人でも生きている夫婦がいます。
そういう生き方が、私にはできませんでした。
それに、それを望みませんでした。
節子と私と、どちらが自分の独自の世界を持っていたかといえば、節子です。
節子は、私がいなくても、しっかりと一人で生きることのできる人でした。
その節子が先に生き、一人では頼りない私が残された。
どう考えても、理屈に合いません。

そんなことを考えているうちに、いつの間にか眠れてしまいました。
そして、目覚めたら胃痛はおさまっていました。
節子が治してくれたのでしょうか。

昨日とは違い、今日はとてもさわやかな日です。
節子の好きなアジサイがきれいに咲きだしています。
梅雨の中休みのようです。

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2010/07/07

■汗した人の報われ方

ちょっと重いニュースが、私の周りでも最近少なくありません。
昨日もちょっと気が重くなるはがきが届きました。
あるNPOの理事長だった人からの、NPO法人解散と理事長辞任の通知です。
私よりも少し年上の女性の方ですが、とても誠実に、しかも精力的に活動されていた方です。
ある集まりでお会いしたのが縁で、あるとき相談にやってきました。
テーマはとても共感できるものでしたが、私とは少し考えや進め方が違いました。
それに、彼女を応援している著名な方たちを見て、私の出番ではないだろうと感じました。
しかし、それはそれとして、その時にはささやかに協力させてもらいました。
一昨年また相談がありました。
私自身あまり元気のない時期でしたが、彼女の熱意にほだされて、協力させてもらいました。
その時にいろいろとお話を聴き、あまりに大きな負担をお一人で引き受けているように感じました。
お聴きすると細かな事務作業までご自身でやられているようでした。
財政的にも大変そうでした。

そしてNPO解散の通知。
ハガキには、自宅を売却して引っ越したとありました。
NPO活動で生じた赤字を清算されるためにご自宅を売却されたのかもしれないと思いました。
財務管理できるスタッフがいたという話は一度も聴いたことはありませんし、もしかしたら私財を投入しての活動だったのかもしれません。
責任感の強い方でしたから、その可能性がゼロではありません。

実は、NPOに誠実に取り組んでいる方が自宅を失ったという話は初めてではないのです。
それに、今日も私財を投入して活動されてきた人と、まさにお会いしてきたところです。
いろいろ問題はないわけではありませんが、それぞれに誠実に取り組んできた方たちです。
そういう人たちが、自宅まで失うという話は、やはり寂しさを感じます。
自宅を失っても、それ以上のものを得ているという考えもできるでしょう。
でも、何だかとても辛いです。
でも、たぶん彼女はきっと今も幸せでしょう。
そんな気もします。
辛いなどと思うのは、私の小賢しさのためでしょう。

社会のための活動で、みずからの生命までをも失った宮沢賢治は、こう書いています。

ひでりのときは なみだをながし さむさのなつは おろおろ あるき
みんなに でくのぼうとよばれ ほめられもせず くにもされず
そういうものに わたしはなりたい

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■節子への挽歌1039:大雨の七夕

節子
七夕です。
年に一度であれ、会うことのできる織姫と彦星は私にはとてもうらやましい存在です。
会えることが確実であれば、たとえ100万年でも待てるでしょう。
1年などというのは、ほんの一瞬なのです。
私などはもう3年近く、節子に会えていないのです。

もっとも今日は天気が悪く、おそらく天の川も荒れていることでしょう。
これもまた残酷な話です。

ちなみに、昨年の今日は、突然に節子の友人たちがやってきました。
一昨年は、7日は誰も来ませんでしたが、2日前に突然に挽歌の読者がやってきました。
そして、その前の年は、これも久しくお会いしていない吉田親子が節子を訪ねてきてくれました。
まだ節子は元気で、庭でお話をしていたのを覚えています。
こんな感じで、七夕前後にはわが家にもめずらしいお客様が来ることが続いていたのですが、今年はどなたもいらっしゃいませんでした。
それもそのはず、この数日、強い雨が突然に降ってくるのです。
天の川があふれているのかもしれないほどの大雨です。
東京でも昨日からところによっては大量の雨が降り、被害をもたらしています。
幸いにわが家の周辺はさほどの雨ではありませんが、星空どころか昼間から暗い空です。

どなたも来なかった代わりに、もしかしたら節子が夜中に訪ねてくるかもしれません。
さてさて。

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2010/07/06

■「社史で読む長崎原爆」

長崎にいる森草一郎さんが、「社史で読む長崎原爆」を送ってきてくれました。
今年の初め、「長崎に戦前からあり原爆被害を受けた会社のうち社史を刊行している会社17社の社史から、原爆の記事を中心に太平洋戦争のはじめから、敗戦直後までの記事を引用し、纏めてコメントもつけるという作業に追われています」というメールをもらっていたのですが、それが完成したのです。
森さんは長崎県庁でお仕事をされていた方ですが、とても世界が広く、発想がやわらかく、もう10年以上、お会いしていませんが、印象に深く残っている方です。
森さんはまた、長崎路上観察学会・アルキメデスの会長でもあります。
そのブログやサイトもありますので、よかったら訪ねてみてください。
森さんらしい、ちょっとおしゃれな活動です。

「社史で読む長崎原爆」は、ちょっと報告書的なスタイルだったので、最初は拾い読みしようと思ったのですが、面白くなって、結局、最初から最後まで一気に読んでしまいました。
森さんも書いていますが、社史にはその会社の姿勢が現れてきますが、同時にその時代の空気も感じられます。
企業は、時代の空気に過剰に反応するのです。但し、少し「遅れて」ですが。

社史に掲載された社員たちの体験記は、とても生き生きしています。
2回も読み直してしまったものもあります。
当時の人たちが、どうだったのかがとてもよく伝わってきます。
ともかく心にスッと入ってくるのです。

そこには、個人よりも会社、そして国、というような発想が時に感じられますが、それがとても素直に感じます。
あれほどの惨事でありながら、被爆日も含めて、それ以後も社会の秩序がしっかりと維持されていることに改めて驚かされました。
言い悪いはともかくとして、しっかりした社会があったのです。
しかも、そこでは各人がしっかりと「自立」し、「主体的」に動いているのです。
今の日本では果たしてどうでしょうか。
最近、社会が壊れだしていると思っている私としては、いささか複雑な気持ちです。

この本はもしかしたら、始まりかもしれません。
社史とまではいわなくとも、体験を様々な形で書き残した人は少なくないと思います。
この本を契機にして、もっとさまざまな記録が掘り起こせるかもしれません。

もし関心を持っていただけたら、ぜひ「社史で読む長崎原爆編集委員会」に注文してください
定価は630円(消費税込)、郵送料も含めて、たぶん1000円程度で送ってもらえると思います。

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■節子への挽歌1038:「愛は脳を活性化する」

「愛は脳を活性化する」
これは脳科学者故松本元さんの本のタイトルです。
以前、「ソーシャルブレイン」のことを書いたことがありますが、人間の脳は個人の身体に閉じこもっているわけではありません。
世界に向けて開かれており、世界とのかかわりの中で生きているわけです。
身体が滅しても、脳は生きつづけていると私は思っています。
但し、その「脳」は個人的な存在ではないので、個人としてのまとまりを保持しているかどうかには確信が持てないのですが。

学生の頃、ハインラインの「人形づかい」というSF小説を読んで、いささかゾッとしていましたが、考えてみると、あれは未来小説ではなく、事実を語っていたとも考えられます。
そう思い出したのは、10年ほど前からです。
脳科学のことを学ぶほどに、その考えは強まっています。
1万年前の大昔、魚座から来た宇宙生命が、私たちの身体に埋め込んでいったのが「脳」かもしれない、と最近は思っています。
こんなことを書き出すと、挽歌ではなく時評になってしまいそうですが、ここでは「愛」について、少し書いてみることにします。

松元さんは、「愛は脳を活性化し、意欲を向上させて脳を育てる」と、その本で書いています。
脳の核には「愛」があるといってもいいでしょうか。
つまり、意識とは「愛」のまわりに育っていくものなのです。
愛は、別に夫婦である必要はありません。
親子でも兄弟姉妹でも、友人でも自然への愛でも、なんでもいい。
そんな気がします。
全ての始まりは「愛」なのです。

私はいささか、その「愛」を節子に集中させてしまった感があります。
意識的には、私は博愛主義的なのですが、現実には節子に吸い寄せられていたのかもしれません。
節子は、そのことをむしろ危惧していました。
しかし、その一方で、だからこそがんばらなくてはと思ってくれていたのです。
節子は、私を置いていくことがとても気がかりだったでしょう。

節子がいなあくなって、私の愛は向かう先を失いました。
もちろん今でも節子を愛していますが、やはり手応えのない愛に、時にむなしさを感じます。

愛する人を失うと、人の人生は変わります。
脳は萎縮し、意欲は後退し、疲労感が高まります。
行方を失った「愛」を、新しい次元に昇華できるのはいつでしょうか。
愛のベクトルを反転させなければいけないと思いながらも、なかなかそれができずにいます。
愛は脳を活性化しますが、萎縮させることもあるのです。

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2010/07/05

■「自殺防止を、やめませんか?」

先日、このブログで、「自殺問題への取り組みへの違和感」を書きました。
その記事に、昨夜、コメントが寄せられました。
ぜひお読みください。

コメントは、こう書き出してあります。
私も、今の日本の自殺対策、自殺防止活動には、違和感と疑問を感じています。

そしてご自身が最近始めたブログが紹介されています。
ブログにタイトルは、「自殺防止を、やめませんか?」
まさに、最近、私が言いだしている表現と同じです。
早速、読ませてもらいました。

コメントを送ってくれたのは、Y.Kenjiさんです。
もちろん面識はありませんし、どんな人かまったく想像もできません。

今日の記事を読みました。
ぜひ皆さんにも読んでいただきたいですが、読んでもらえないといけないので、その最後の部分を引用させてもらいます。

自殺防止を、やめませんか?
自殺があろうとなかろうと、
ひとりひとりのこころを大切にして、
解決しなければならない問題に、
もっと真剣に取り組みませんか?

その結果として、はじめて本当の意味で、
自殺とそれにまつわる悲しみが
減るのではないでしょうか。

ぜひ何回も読み直してください。
読んでいると涙が出てきます。
涙が出るまで読んでもらえると私はとてもうれしいです。

Y.Kenjiさん
ありがとうございました。

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■節子への挽歌1037:ジュンの花嫁姿

節子
ジュン夫婦は私たちと同じように、結婚式を挙げませんでした。
その代わりに、お披露目パーティをやったのですが、やはり写真だけは撮ろうということになりました。
それで今日は、ヴィーナスフォートの写真館に両家の家族もそろっての写真撮影に行きました。
ヴィーナスフォートは、開店した頃、家族で来たことがあります。
あの日は、風が強く、モノレールのゆりかもめが止まってしまい、大変でした。
それを思い出しました。

私たちも写真だけは撮りたいという節子の希望で、写真を撮りましたが、その時のことをまったく覚えていません。
節子の両親や親戚の関係で、結局、結婚式はやらざるを得なくなったのですが、当時の私は、世間の常識からかなり外れた考えを持っていました。
今から考えると、節子はよくついてきたものだと思いますが、長い人生の中で、結局、私は節子に逆に影響されて、そうした理念先行の生き方を現実的なものへと変えてきたように思います。
おかげで、とてもカジュアルに、そして自然体に生きられるようになりました。
これは、節子のおかげです。

娘たちが、節子の写真を持ってきてくれました。
ですから写真には節子も入っています。
久しぶりに家族4人の写真を撮りました。
私のデジカメでも何枚か撮ってもらいましたので、もしかしたらそこに、もう一人の節子が写っているかもしれません。

娘の花嫁姿を見ると父親は感激するそうですが、私の場合はやはりまったく感激しませんでした。
やはりどこかおかしいのでしょうか。
しかし、節子にはやはり直接見せたかったと思いました。
なにしろジュンは、節子に見せられなかったのをとても悔やんでいましたので。
ジュンも、節子にどれほど見てもらいたかったか。
ジュンが不憫でなりませんが、節子もまた不憫でなりません。

でも、とてもいい写真が撮れました。

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2010/07/04

■節子への挽歌1036:「水曜どうでしょう」

節子
今はまっているテレビ番組があります。
ユカに教えてもらって先週から見出したのですが、実に面白いのです。
千葉テレビが、かなり前に北海道の地元テレビで放映されていた「水曜どうでしょう」を毎週土曜日に再放送しているのです。
今や全国的なタレントになった大泉洋さんが仲間と一緒に、まさに手づくりしている番組です。
見た感じ、制作費はほとんどかけていないようですが、これが実に面白いのです。
まったくのナンセンスの内容ですので、たぶん若い頃の節子にはまったく理解してもらえないでしょうが、晩年の節子(変な言い方ですが)ならばきっと一緒に笑い転げたでしょう。
実にばかばかしいのですが、ついつい見てしまうのです。

昨日は四国八十八か所お遍路周りのシリーズでした。
4泊5日ですべてを回るのですが、回ったお寺を紹介するわけでもありません。
ただ「巡るだけ」の番組なのです。
内容があまりにないので、紹介不能ですが、ともかく面白いのです。
繰り返しますが、若い頃の節子だったら、絶対に面白いとは言わずに3分で止めるでしょう。

さて問題は、その79番目の札所である金華山天皇寺で起こった事件です。
撮影したにもかかわらず映像が写っていなかったのです。
ちなみに、ここは崇徳天皇杜の神宮寺です。
崇徳天皇は怨霊伝説をもつ不遇の天皇ですから、ここでおかしなことが起こるのは不思議ではありません。
それに大泉さんたちがこの寺に着いたのは夜中の10時すぎです。
境内は素手の真っ暗なのです。
「やらせ」だと思うかもしれませんが、そうではないようです。
ほかにもいくつかの「怪奇現象」が起こっているのです。
冷静で真面目な節子なら、なんというでしょうか。
私はもちろん、すべてを信じました。

まあそれだけの話です。
挽歌もネタ切りだね、とユカにはバカにされますが、そうではありません。
こんな面白い番組を節子に教えてやらないわけにはいきません。
それに、四国遍路はいつか節子と歩くはずだったのです。
行けなかった八十八か所。
節子は一度、四国に行こうと言ったことがあります。
その時、私はなぜか行きたくなく、断ってしまいました。
いまさら後悔しても始まりませんが、節子の希望に沿わなかったことを思い出すと、どうしても滅入ってしまいます。

ちなみにどうでも言いことですが、「水曜どうでしょう」は「水曜ロードショー」のパロディでしょうか。
よほど暇ならぜひ観てください。

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■大切なこと

日本相撲協会の処分がどうも気になります。
自発的に申し出たら注意ですませると言っていたにもかかわらず、これほどの厳罰とは、やはり「卑劣な行為」だと思えてなりません。
信頼関係が壊れてしまえば、その後の秩序は維持できません。
日本相撲協会はもはや「死に体」になったというべきでしょう。
いっそ収益目当ての興行団体になったほうがいいように思います。
実態は、すでにそうなっているのですから。

もう10年近い前の調査ですが、学生に「日本の社会では注意しないと誰かに利用されると思いますか」と訊いたところ、なんと8割の人がそう思うと答えたそうです。
日本では「信頼関係」は消えうせて、疑心暗鬼が横行しているともいえる調査結果です。
こうした状況を創ったのは、いうまでもなく私たち自身です。
知らない人に声をかけられても応じてはいけないと教え込んだのは、「子ども思い」の教育熱心な大人たちでした。
人を騙しても勝ち抜けと教えたのも、私たちです。
私たちが目指した社会が実現したわけですが、私にはどうも違和感があります。
もちろん、私は自分の娘たちにはそんなことは教えていません。
見ず知らずの人にも挨拶し、勝ち負けなどこだわるなと、私自身の言動で示してきました。

今回の事件は、とても後味が悪いですが、それは「問題の設定」が間違っているからです。
それと同時に、嘘が横行しているからです。
社民党の福島代表が「言葉の大切さ」を盛んに発言していますが、一度、口に出した言葉を守らない場合は、それなりの覚悟と行動が必要です。
そうしないと、これからますます嘘がはびこるでしょうし、言葉の規範性がなくなっていきます。
その意味では、鳩山前首相の罪は重いです。
彼はおそらく次の選挙には出ないでしょうが、首相辞任と同時に議員辞職するべきでした。
そして、なぜ普天間問題が切り崩せなかったかを公開すべきでした。
もしそうしたら、歴史は間違いなく変わったでしょう。

言葉から真実を奪うと社会は間違いなく壊れます。
いま日本の社会がおかしくなっているのは、「言葉」を大事にしなくなったからです。
私の周りでも、言葉を粗末に使う人が増えました。
私自身も気をつけなくてはいけません。

守れない言葉は口に出してはいけません。
口にした以上は、きちんと責任を持たねばいけません。
人の価値は、それで決まってきます。
私は、友人知人が話した言葉は基本的に忘れません。
問題は、自分が話した言葉を忘れてしまうことです。
私の、人としての価値もたいしたことはないということです。
しかし、人生も残り少なくなってきたので、これからは忘れないようにしようと思っています。
これ以上、老人性痴呆が進まなければいいのですが。

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2010/07/03

■「つながり」や「支え合い」を育てもし、壊しもするもの

先日、あるNPO関係のメーリングリストが閉鎖されたという話を聴きました。
私は参加していないのですが、その活動にはいささかの共感をもっていたので、とてもショックでした。
閉鎖の一因は、どうもメーリングリスト上での論争のようです。
私は10くらいのメーリングリストに参加していますが、時折、個人を誹謗する論争が起こることがあります。
今週、あるメーリングリストで投稿者の一人が除名されましたが、その主催者がとても寛容な人で、ぎりぎりまで除名を回避しようとしていたのがよく伝わってきましたが、除名された人のおかげで、そのメーリングリストがあまり機能していなかったように思います。
私もそのメーリングリストで一度批判されたことがありますが、批判した人たちがそれなりに社会活動している人たちでしたので、驚きました。
社会活動している人ほど、唯我独尊で非寛容なことは、私の体験では決して少なくありませんが、批判のマナーをわきまえないのはなんともやりきれず、以後、そのメーリングリストにはあまり投稿しなくなりました。

論争とまで行かなくとも、時に不快な投稿に出会うこともあります。
昨日も、平和に関するメーリングリストで、不快な投稿がありました。
その投稿に良識的な返信が投稿されたので安堵しましたが、メーリングリストの怖さを時々感じます。
子どもたちを自殺に追いやる構図が、大人のメーリングリストにもあるのです。
発言している当人には、そうした認識はないのがまたやり切れません。
世間知らずの男性は、まだまだ多いのです。
今の若者たちは、それを反面教師にしているので、逆に優しすぎるのですが。

最近、本を読んでいると、「つながり」「支え合い」などという言葉がよく出てきます。
5年前まではあまりなかったことです。
そういう言葉を使っていて、共感された経験はあまりないからです。

メーリングリストやITは、「つながり」や「支え合い」を育てるものでしょうか。
あるいは「壊す」ものでしょうか。
いささか微妙です。
私はもちろん「つながり」や「支え合い」を育てるものだと思っています。
しかし、近代産業を支えてきた「分業」がそうだったように、メーリングリストもITも「両刃の剣」です。
注意しないと「つながり」や「支え合い」を壊すものとして発展する恐れがないわけではありません。

今朝のメーリングリストの投稿を読んで、言葉の暴力の凄さを改めて考えさせられました。
言葉もまた「つながり」や「支え合い」を育てるものにも壊すものにもなるのです。
バベルの塔の話を久しぶりに思い出しました。

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■節子への挽歌1035:「未完の生命」

昨日、共体験について書きましたが、その後、こんなことを考えました。

「寝食を共にする」という言葉がありますが、夫婦は、まさに寝食を共にし続ける関係です。
それが40年も続けば、意識や感性が同一化するのは当然です。
顔かたちまでが似てくるという調査結果もあるそうです。
私たちも、お互いに影響を受け合って、次第に好みや考え方は似てきたように思います。

しかし、それは、お互いが相手の考えや好みに近づいたのではないように思います。
私も節子も、自分の好みが変わったわけではないからです。
ではなぜ「似てきた」のか。

いささか理屈っぽく言うと、共体験を重ねるたびに、新たな意識や感性が生まれ、それをそれぞれが自らの世界に付加してきたのではないかと思います。
つまり好みが変わったのではなく、好みが広がったのです。
広がることで、重なる部分が大きくなっていく、つまり「似てくる」わけです。

言い方を替えれば、共体験は、世界を広げていくわけです。
これは何も私たちだけのことではありません。
夫婦はそうやって自分たちの世界を広げていくのではないのか。
そしてその世界の中に、みずからの主張は融け込んでいき、飲み込まれていく。
さらに、そうして育ててきた世界は、次第に、同じように人が育んできた周りの世界と融けあいながら、大きな世界の中に徐々に沈んでいく。
それにつれて、個的存在としての生命は自然に大きな生命のなかに消えていく。
それが、個別の生命体の自然の一生なのかもしれません。
そこではおそらく「死」は「日常」なのです。

ところが、私たちは、その途中で、「未完の生命」を終えてしまった。
それを「幸い」ととるか「不幸」ととるかは、迷います。
なぜなら、「未完のプロジェクト」は未完なるが故に、終わっていないからです。
しかし、同時に、未完の世界は幻のように消えてしまったのです。
まだ周辺の世界に融けこむ前に、です。

営々として40年築き上げてきた、節子と私の世界がなくなってしまった。
人がいなくなるとは、世界がなくなるということでもあるわけです。
なくなった世界で、生きることのむなしさと辛さは、当事者でなければわからないでしょう。
残された片割れにとっては、生きることと死ぬこととは、ほとんど同じことなのです。
そんな中途半端な状況から、抜け出しながら、また引き戻されながら、行きつ戻りつしているのが、最近の私のような気がします。
最近、なぜか疲れるのですが、その理由はこうしたことにあるのかもしれません。

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2010/07/02

■野宿生活は気楽ではないのです

昨日、野宿生活者の支援活動をしている人と会いました。
その人の言った言葉がどうも頭から離れません。

野宿生活は気楽で自由だなどというイメージが作られていますが、実際にはヒエラルキーもルールもあり、なによりも「いい加減にやっている」と死んでしまうんですよ。
私は「野宿生活は気楽で自由」だなどとはこれっぽっちも思っていません。
極めて厳しい社会であり、企業以上に「弱肉強食」の世界になっているのだろうなと感じています。
しかし、実際に支援活動をしている人から、そういう話を聞くと、やはりそうかとがっかりしてしまいます。
私のどこかに、野宿生活への期待があるのです。

衣食足って礼節を知る、といわれていました。
しかし昨今は、礼節を知っていては衣食が足たないほどに、弱肉強食がはびこりだしています。
その世界から落ちこぼれた人たちであれば、身を寄せ合って、支えあって暮らしているのではないかという、自分勝手な期待がどこかにあるのです。

もう一つあります。
これは私の体験から得たものなので、それなりに確信はあるのですが、
人は辛い経験をすると他者の痛みがわかるようになるという考えです。
その考えからすると、野宿せざるを得なくなった人たちはきっとやさしいのだろうと思うわけです。
これも身勝手な期待なのでしょうか。

昨今のあまりに窮屈な世界から抜け出て、みんなもっとカジュアルに、「いい加減に」生きようよ、というのが私の考えていることです。
率先して、私自身がそういう生き方を、この20年、実践し続けてきています。
もちろん、「いい加減」にあわせて、「誠実に」そして「嘘をつかず」も大事にしています。
しかし、野宿者の世界でも、「いい加減にやっている」と死んでしまうと聞かされると、私がいかに恵まれた立場で、それこそ「いい加減な」ことを考えているか、思い知らされたような気がしてきます。

競い合って蹴落とし合うのではなく、支え合って伸ばし合う生き方を、みんなができるようになるにはどうしたらいいのでしょうか。
その生き方をみんなが目指さなければ、あるいはそういう生き方ができるようにならない限り、どんな制度やルールをつくっても、多分、問題は解決しないのではないか。
最近、ますますそんな気がしてきています。

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■節子への挽歌1034:共体験

節子
DVDで「阿賀を生きる」という映画を観ました。
底流に新潟水俣病訴訟を置きながら、阿賀野川流域での暮らしを描いた映画です。
1992年の制作で、登場してくるのはお年寄りばかりですので、いまはもうほとんどいないでしょう。
人がいなくなっただけではなく、その人たちが営んでいた阿賀の暮らしもまたなくなったということです。
しかし、四半世紀前には、こういう暮らしがあったのだということがよくわかります。
節子と結婚したおかげで、私もささやかながら、そうした暮らしぶりを体験させてもらったことがあるので、映像の向こうまでが垣間見える気がしました。

節子の親元の滋賀県の高月も、まさにそうした暮らしぶりをきちんと残していた地方のひとつだったように思います。
そのおかげで、私の人生はとても豊かなものになりました。
書籍での知識だけの世界ではなく、生きた世界を生きることができたのです。
節子と結婚していなかったら、たぶんこんな豊かな人生は過ごせなかったような気がします。

節子と一緒にこの映画を観たら、どれほど会話が弾んだことでしょう。
そんなことを思いながら、文字や言葉では伝えられない「共体験」という言葉を思いつました。
ネットで調べたら、「共体験」という言葉は、すでにあるようです。
「意図的に体験を共にすることで相互理解を深め、関係を深めていく」というような意味で、使われている事例がありました。
しかし、私が思いついたのは、そういうことではありません。
節子との無意識な生活の共有の積み重ねが、一般には無意味に見えるような、人の仕草や言葉、情景が、とても生き生きした意味を引き出すことがあるということです。
いわゆる「2人だけにしかわからないこと」というものです。
言い方を替えると、過去の「共体験」が今の、さらには未来の世界を豊かにしてくれるということです。

病気になってからの節子の口癖がありました。
「また修との思い出が一つ増えた」
映画の中のお年寄りたちの何気ない言動に、なぜか節子の、その言葉を思い出しました。
節子と私が共体験できなかった、高齢者夫婦の暮らしぶりを、節子はきっと夢見ていたでしょう。
もちろん、私もそれをずっと夢見ていましたが。

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2010/07/01

■節子への挽歌1033:汗をかくのは良い人、知恵を使うのは悪い人

節子
最近、わが家の補修工事で毎日のようにいろんな人が来てくれています。
今日は外壁の漆喰のメンテナンスの人たちが来てくれていました。
家の周り中に足場ができて、どこに居ようとわが家の中は丸見えになっていますので、落ち着きません。
その人たちへのお茶やおやつの用意もしなければいけません。
幸いにユカがいるので、すべて彼女に任せていますが、毎日、違う仕事の人が次々と、来るのでユカも大変です。

しかし、こういう手仕事をしている人たちは、みんなとても人柄がよくて、接していても気持ちがいいです。
汗をかく量に人の良さは比例し、知恵を使う量に人の悪さは比例する、というのは、私が60年の人生で発見した法則ですが、節子は私に会う前から、この法則は知っていたようです。

私はどちらかといえば、汗よりも知恵のほうが得意でした。
節子はよく私に言ったものです。
「知恵のある賢い人はこわい」
夫婦喧嘩はいつも私の勝ちでした。
にもかかわらず、謝るのはいつも私でしたが。
それこそが、汗と知恵の違いなのです。

節子は知恵が嫌いだったわけではありません。
何しろ私に惚れたのですから。
節子が嫌いだったのは、汗の伴わない、ただの知恵でした。
人間は不思議なもので、惚れた人が望んでいるように自分を変えていくものです。
そうして私は、「知恵離れ」をしました。
私が、善人になった一因は節子のおかげなのです。

節子がいたら、毎日きっと職人さんたちといろんな話をするだろうなと思います。
そして、家の補修や維持に関するたくさんの知恵を学ぶだろうなと思います。
節子は、汗の伴う知恵は大好きだったからです。
節子がそういう場をつくってくれたら、私もその場に入れるのですが、私とユカではまだ少し無理があります。
私は職人の皆さんと話したいと思いますが、節子は話したいなどとは思うことなく、ただただ話すのです。
そこが私との、知恵のある私との違いです。
もう少し節子と時間をともにできたら、そうした生き方を身につけられたかもしれません。

節子がいなくなって、私の世界の広がりの速度は少しおちてしまっていることがよくわかります。
それに、知恵に依存して、次第に悪人になっているような危惧もあります。
困ったものです。

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■10%引きの日に商品を買うことは正しいことか

ホームページの週間報告に書いたのですが(アップは来週ですが)、わが家の近くのスーパーは、毎週木曜日は全品10%引きの特売日です。
私は、お金はできるだけ使わない生き方を目指していますので、できれば10%引きの日に買おうと思うわけですが、それは果たして正しい判断かどうか、それが今日の問題です。

たしかに10%安く買うとそのことだけでは出費は少なくなります。
では10%引きでない日に買う場合はどうなのか。
もしかしたら10%高く買っていることになるのではないか。
基準を変えると事態はまったく別に見えてきます。

まあそれはいいとして、誰もが10%の日に買物にこられるとは限りません。
勤めている人は無理でしょうし、買いだめできない人も無理でしょう。
だとしたら、これは顧客を差別していることになります。
これはおかしいことではないかという気がするのです。
ネット販売では良くあることですが、仕組みがよくわからないので、良く知っている人に比べて10%くらい購入価格に差が出ることはよくあります。
そういえば、大阪のホテルがすごく安く予約できたと思っていたら、同じホテルに泊まった友人たちは私よりも2割以上安かったのです。
得をしたのか損をしたのわかりませんが、なんだかそのホテルに騙されたようで、私はもうそこは利用しないことにしました。

顧客を差別するような店は私には好きになれません。
そのくせ、10%引きの日にそのスーパーに行くのは矛盾しています。
お金をあまり持っていない人が、安売りを探すのは仕方がありませんが、しかしもしかしたらそれこそが自分の首を絞めているのかもしれません。
そしてそれこそが、格差社会につながる道かもしれません。

問題を少し変えましょう。
みんなが10%引きの日に買うようになったらどうなるでしょうか。
そのお店の収益は低下し、結局は商品全体の販売価格を上げざるを得なくなるでしょう。
あるいはお店がつぶれてしまうかもしれません。
そうやって、私たちは近くの商店街をつぶしてきたのかもしれません。

いささか考えすぎだといわれそうですが、そろそろそういうことを考えていかなければいけない時代になったのではないか。
今日は、そのお店の10%引きの日です。
さてどうすべきか。
瑣末な悩みに見えますが、格差社会にまでつながるのですから、おろそかにはできません。
いやはや、人生には悩みが多いです。

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