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2010/07/31

■節子への挽歌1063:伴侶を亡くして世界が変わったってどういう意味か

弟と親を最近見送りましたが、私には何も変化がなかったです。 やはり人間は一人なのです。
昨日、やってきた初対面の人がそう話しました。 いま73歳の男性です。 名刺には「人間研究会」とあります。

私の場合は妻を亡くして、世界がまったく変わりました、と応えました。
そうしたら、どう変わったかと質問されました。
何しろ、その人の関心は「人間研究」ですから、抽象的な答では満足してもらえそうもありません。

どう変わったか。
変わったことは間違いないのですが、説明は難しい。
特に具体的な行動の変化と言われると、さらに難しい。
いろいろと説明しましたが、なかなか伝えられません。
夜、目が覚めるというような日常的な変化を話しても、わかってはもらえないでしょう。
物事の意味合いが変わってしまったなどというのは、さらに伝わらないでしょう。
何しろ相手は人間研究かですから、抽象的な説明では納得してもらえません。

それまでは楽しかったことが楽しくなくなった(つまり楽しいという感覚を失った)とか、モノがほしくなくなったとか、旅行に行く気がしなくなったとか、世界を広げようという気が無くなったとか、その人と2時間以上話しながら、何となくわかってもらえたような気がします。

妻がいなくなった時点で、時間が止まったような気がする、というようなことも話したと思いますが、それがもしかしたら、一番当たっているかもしれません。
時間が止まるということは、なにか新しいことができなくなるということでもあります。
世界を広げるということも、静止した時間の世界ではありえないことです。
かといって、過去を思い出すというようなことも起こりえないのです。
何しろ時間は一つになってしまったのですから。

やはりこんなことを他者に伝えることはできそうもありません。
しかし、もしかしたら、これこそが彼岸の時間なのだというような気もしています。
時間が止まると、「死」という概念がなくなるのも、最近感じていることです。

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