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2010/08/05

■節子への挽歌1068:心を失う季節

時評編に書いたのですが、「忙しい」と「暇」とは同じことだと気づきました
残念ながら、私はこの数週間、暇で忙しい状況に陥っていました。
そのためか、時評も挽歌もなかなか書けずにいました。

暇と忙しいがなぜ同じなのかと思う人もいるでしょうが、時評で書きましたが、いずれも「心がない状況」だからです。
私がこの数週間、特にこの数日、このブログを書けなかったのはおそらく「心が弱まっていた」からでしょう。
この季節、この暑さ、そして近くの手賀沼の花火大会。
そうしたことが私の心身を包み込むようにして、心を止めてしまっているのかもしれません。
トリガーは「花火大会」だったのかもしれません。

近くに住む挽歌の読者の方からメールが来ました。
彼女も昨年、夫を見送ったのです。
私はまだお目にかかったことはありません。

まもなく 手賀沼花火大会ですね 
毎夏 ご近所仲間と パーテイをしながら 花火を楽しみました 
昨年は中止で 内心ホッとしました 
私の気持を察して仲間たちは それぞれ行くところがあるから 花火パーテイは 今年もお休みね と気を遣ってくれました 
ありがたい仲間です
この文章を読んでハッと気がついたのです。
この季節は、私には心を失う季節なのだと。
暇で忙しかった理由がわかりました。
理由がわかれば、心は取り戻せます。
すべてではありませんが。

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