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2010年9月

2010/09/30

■節子への挽歌1124:気遣うことに意味がある

節子
岡山の友澤さんと久しぶりに電話で話しました。
友澤さんはもう20年以上前に、節子と一緒に海外旅行に行った仲間です。
その時一緒に行った人たちのグループはとても仲が良く、その後は家族ぐるみのお付き合いになっています。
節子がいなくなってからも、2回もみなさんでわが家にまで花を供えに来てくれました。

しかし、みんなそれぞれに歳をとっていきます。
病気になったりして、次第に電話でもそんな話が増えてきています。
今年はお一人からちょっと連絡がないのがずっと気になっています。
節子がいたら、すぐに電話をするのでしょうが、わざわざ電話するのもどうかなと思いながら気になっています。

節子の友人だけではありません。
私の友人にしても、最近は連絡がないなと時々気づく人がいます。
よほど親しければ電話しますが、何やら電話するのもちょっと大仰かなとも思い、そのうち忘れてしまうのですが、だんだんそういう人が増えてきました。
私自身が歳をとっているのだから仕方がありません。

私が気にしているように、もしかしたら相手も私のことを気にしているかもしれません。
心に思い出す人がいたとして、その人に「最近どうしていますか」などと手紙を書くのも、この歳になると無粋なのかもしれないという気もします。
そもそも気にしているなどと伝えること自体が、よけいなことなのかもしれません。
相手が知ろうが知るまいが、気になったら気にすればいいだけの話なのです。

つまり実際にその人に、心配していたよ、などという必要はないのです。
心配することに意味があるのであって、心配していたことを伝えることに意味があるわけではないからです。

節子に対する思いもそうかもしれません。
節子に会えなくても、節子に伝わらなくても、こうやって節子への思いを書き続けることに意味があるのです。
そう思うと、少し気分が軽くなります。
それでも時々、こうして私が毎日書いているのを節子は知ってくれているだろうかと思うこともあるのです。

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■医師不足の実態調査が初めてだという驚き

厚生労働省が全国の医療機関を対象に、医師不足の実態を調査した結果を発表しました。
その結果は「病院に勤務する医師数は約1万8千人不足」だったそうですが、「求人していないものの不足していると医療機関が判断した人数を加えると計2万4033人」(読売新聞)だそうです。
さらに驚いたことに、こうした調査は初めてなのだそうです。
医療行政をまじめにやっているとは到底思えません。
まさに厚生労働省は医師会と医療産業の下請け組織でしかなかったことがよくわかります。
村木さんにも、このことをわかってほしいものです。
村木さん、あなたたちは検察と同じなのですよ、と言いたいです。

私が参加した医療関係の集まりで、医師の方から日本では医師が余っているという前提で医師の育成を減らす方向にあると聴いたのは10年ほど前です。
それも1回だけのことではありません。
併せて聞いたのは鍼灸師などを増やすという話でした。
その話をしてくれた医師たちは、それに批判的でした。
私も、医師が余っているとは実感にあわないと思っていました。

それから数年して、今度は医師不足が話題になりだしました。
不信に思っていましたが、それらの議論はきちんとした実態調査を踏まえてのものではなかったのです。
厚生労働省や文部科学省が、机上のデータに従って方針を決めていたわけです。
そこにどれだけのお金が動いたことでしょうか。
小沢一郎の疑惑はそれに比べたら小さな規模だと思います。
医師の問題は、それで人の命にかかわるのですから、データを勝手に偽装した厚生労働者の官僚は、間接的に人を殺したことにもなるでしょう。
村木さんにもそれくらいの罪の意識はもってほしいものです。

医師の不足も問題ですが、それ以上に病院や医療にまつわる制度の問題がさらに大きいと思います。
さらにその基本には「医療」とは何かの問題があります。
ヒポクラテスにまでもどらないといけません。
医学の歴史からは、たくさんのことが学べます。
そこから考えていかないと、問題は解決しないでしょう。

それにしても、医療も介護も、仕組みがどう考えてもおかしいです。
産業サイドからではなく、人間の視点で考える人は厚生労働省にはいないのでしょうか。

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2010/09/29

■節子への挽歌1123:地の人と触れ合うのが好きだった節子

節子
今日は、節子がいたらきっと喜ぶだろうなと思う人が来ました。
杉田ローレンさんです。
和紙の大ファンで、ボストンで紙の輸入をやっているのだそうです。
日本人と結婚したので、今は日本とアメリカの往復だそうです。
日本の自宅は、わが家のすぐ近くだそうです。
場所を聞いたら、ほんとうにすぐそばです。

ローレンさんを連れてきたのは、小宮山理子さんです。
彼女は、以前、NPO関係の機関誌の記事のために私を取材に来てくれて以来の付き合いです。

節子は、日本人よりも外国の人が好きでした。
節子の論理や発想は、私が感ずる限りでは、あんまり日本人的ではありませんでした。
自分の知らない世界に直接触れるのが好きだったのです。
勉強嫌いでしたから、本などで勉強することはまったくありませんでしたが、どこに行っても、そこの地の人と触れ合うのが好きだったのです。
言葉などわからなくても、誰にでも話しかけるというか、声をかけるのです。
その無邪気さは、私には魅力でした。
私とは対照的だったのです。

ローレンさんは和紙に惚れこんでいるようでした。
節子も和紙や日本の繊維生地が好きでした。
ローレンさんのような専門知識は全くありませんでしたが、たぶん話は合ったでしょう。
節子がいたらきっと喜ぶだろうなと思いながら、話していました。

小宮山さんも節子は会ったことはありませんが、思わぬところで共通の知り合いがいました。
長野で地域づくりに取り組んでいる安江さん親子です。
安江さんが長野でクラインガルテンに取り組みたいので現地を見に来てくれと頼まれて、節子と一緒に行ったことがあります。
小宮山さんたちも現地に行ったようです。

人はさまざまなところでつながっているものです。
小宮山さんが節子にお線香をあげてくれました。

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■武富士破綻の意味

消費者金融大手の武富士が会社更生法の適用を申請することになりました。
顧客から受け取り過ぎていた「過払い利息」の返還が、経営破綻の理由だと言います。
これって、おかしいと思いませんか。

武富士(にかぎらず消費者金融はすべてそうですが)は「不当(不法ではありません)な利子」をとることにより、利益をあげていたのです。
つまり、武富士の経営は「不当な行為」によって成り立っていたわけです。
しかも、それを政府は認めていたわけです。
そうして「不当」に集められたお金がどう使われるかは、決まっています。
たとえば、武富士の経営者一族がどれほどの収入を得ていたかは話題になりました。
しかも彼らは脱税までしていたのです。
そうした巨額なお金は、不当に得ていた「過払い利息」だったわけです。
その「過払い利息」が、官僚や政治家にまわったとは断定できませんが、その可能性は否定もできません。
私自身は、間接的にはもっと広範囲にまわっていると思っています。

渋沢栄一が知ったら、さぞかし嘆くことでしょう。
彼らにあったのは算盤だけで、論語など読む気はなかったでしょう。

武富士は破綻しましたが、その仕組みから一番の利益を得た人たちは結果的にはおそらく痛みを感ずることにはならないでしょう。
既に巨額なお金は香港かどこか知りませんが、安全なところに確保されているでしょうし、この数十年の生活に使われているでしょうから。
でもまあ、それは個人的なことなので、瑣末といえば瑣末な話です。
公的に正当化された詐欺者のように私には思えますが、まあ見方によっては「被害者」です。
問題は、そうした仕組みを生み出す、現在の「金融システム」です。
昨今のメガバンクも、私には武富士とそう変わらないように思えます。
もちろん、何を持って「不当」というかは、さまざまな考えがあるでしょう。

最近、2人の経営者がやってきました。
中堅企業と零細企業の創業経営者です。
それぞれが、同じことを言いました。
最近の銀行は、企業を育てようという姿勢はなく、ともかく自らはリスクをとらない。
リスクを何重にもヘッジした上でないと金を貸してくれず、むしろ貸しはがしをしてくる。

それが本当かどうかはわかりませんし、一般的なのかどうかもわかりません。
でもそういう話はよく聞えてきます。

武富士の問題は、日本の金融システム全体の問題です。
その認識をもっている金融業界のリーダーはいるのでしょうか。
そして経済界は、自分の問題として考えているのでしょうか。

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2010/09/28

■節子への挽歌1122:樹木や雲と話す人

奄美大島出身の西さんが最近、湯島にまたよく来ます。
最初に会った経緯をあまり思い出せないのですが、10年ほどお会いしていなかったのに、2か月ほど前にやってきたのです。
今日もやってきました。

人のつながりは、本当に不思議です。
西さんに最初に会ったのは、彼が開発したナレッジ・サーバーというITシステムの話でした。
西さんの情熱に惹かれて、何回か説明会を企画しましたが、あまりお役には立てませんでした。
しかし、西さんのことはずっと気になっていました。
彼の発する魂のオーラを感じたからです。
彼が奄美の出身だと知ったのは、今回、改めて再開してからです。
やはりそうだったのかと思いました。

西さんは、自然と会話できる人です。
いまでも樹木や雲と話しているはずです。
そういう人がだんだんいなくなってきました。
西さんは彼岸ともつながっているかもしれません。
西さんの話を聴きながら、そんな気がしてきました。

節子は西さんとは会っていません。
会っていませんが、西さんには節子が見えるのかもしれません。
2か月前に久しぶりに湯島に来た西さんと、たしか節子の話をしたような気がします。
何を話したか思い出せませんが、そこに節子がいたような気がします。
西さんもまた、西さんの彼岸の話をしたような気がします。
お互いに、心の底が見えたような、再会でした。

今日、西さんの向こうに一瞬、彼岸が見えたような気がしたのは、気のせいでしょうか。
西さんは、ほんとうに今生の人なのでしょうか。
彼岸の人かもしれないなという気もしました。

節子
湯島のオフィスに、また気が戻ってきたようです。
湯島にいると、いろんな人がやってきてくれます。
本当に不思議な空間です。

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■国家の壊れ

最近のさまざまな事件をみていると、社会が壊れだしていると同時に、国家が壊れだしていることを感じます。
経済的にはすでに国境は消えだしていましたが、それが政治や文化の面との不整合を起こし、混乱が発生してきています。
政治も経済も、文化も生活も、絡み合っていますから、それは当然の結果ともいえます。

昨今の検察の動きは、権力を付与された暴力機構である検察が暴走していることを明確に示しています。
検察の暴走が、あるいは「やりすぎ」が、人を殺したことも少なくないはずです。
今朝の朝日新聞にも福島県の佐藤元知事の事件に関連して、自殺者が出ていることを報道しています。
検察は、もし制度的な保証がなければ、彼ら自身、殺人罪として訴えられるようなことをしてきているのです。
なぜ彼らだけ罰を免れるのか、私には納得できません。

私が、司法に関心を持ち、検事になりたいと思ったのは、中学の頃見た「八海事件」の映画です。
その後、高校の時にテレビの「検事」の連続ドラマを見て、法学部に入ったのです。
その頃は、検察は自浄作用が働き、まさに「正義」を目指す存在に見えていました。
しかし、権力は腐敗するといわれるように、今から考えれば何も変わっていなかったのかもしれません。
所詮は、暴力組織なのですから。

そうした、法的に正当化された暴力装置のシビリアン・コントロールを可能にするのは、透明性を確保することしかありません。
昨今の裁判員制度のような、アリバイ工作的な施策ではなく、根本から司法を透明化すべきです。
それによってのみ暴力の暴走は避けられます。
私が考える司法改革は、それにつきます。
それが、小賢しい「司法改革」に反対している理由です。

しかし、国家を支える「暴力機構」への信頼が損なわれると、そもそも無理のある国家体制は維持しにくくなります.

国家の崩壊は、暴力機構だけではありません。
外交という、国家のもうひとつの柱もまた、崩れだしています。
外交の本質は、多様な価値観のぶつかりあう場だということです。
自らの価値観だけではなく、相手との関係性において考えなければいけません。
日本の正義もあれば、相手の正義もあります。
原理主義でやっていくべき分野ではないのです。

今回の中国人船長の事件でいえば、逮捕の段階でサイは投げられました。
投げた以上は、その方針を貫くべきです。
その決意がない組織は、喧嘩には勝てません。
経済に翻弄される政治は、見ていて気持ちのいいものではありません。
レアメタルが手に入らなくて何が困るのか。

「武士は食わねど高楊枝」の生き方が、私は好きです。

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2010/09/27

■節子への挽歌1121:お腹が出てきた理由

節子
なんだか急に寒くなりました。
先週まではあんなに扱ったのに、今日はこたつがほしいほどです。
彼岸は、いつも快適なのでしょうね。

この頃、急にいろんな頼まれごとがつづき、なにやら時間があるようでありません。
それに伴い、いろいろと事件が起こっています。
しかしそれを話す相手がいません。
まあ人に話してもたいした意味もなく聴いてもらえない話が多いですが、逆に人には話せないような個人的な話もあります。
そうしたことが溜まっていくと、私としては誰かに話したくなるのです。
私は決して寡黙な人間ではなく、どちらかというと、言わなくてもいいことまで言ってしまう軽薄な人間なのです。
節子にはいつも注意されていました。
もっとも節子も同じで、私からすれば言わなくてもいい話を口にしていました。
そんな夫婦でしたから、私たちはよく話しました。
内容のない話がほとんどだったかもしれません。
まあ、しかしよく話しました。
しかも、意味のない話をしているうちに、意味のない夫婦喧嘩になったことも少なくありません。
夫婦喧嘩した日は会話は激減しましたが、私としては話す相手がいないのは辛いので、いつもすぐ謝りました。
節子が最初に謝ったことはありません。
寡黙を保持する忍耐力は、私にはほぼ皆無なのです。
話の少ない夫婦は、私には理解できないのです。
そもそも夫婦というのは、ほとんど意味のない話でも楽しく話せる関係なのかもしれないと、私は思っています。

最近、家庭での私の会話数はかなり減りました。
娘たちは、節子と違って、意味のない私の話をそうそう聴いてはくれません。
私もそうそう話す気にはなれません。
そのせいか、最近、私はお腹が出てきました。
娘たちは運動不足のせいだと言いますが、私は会話が少なくなったせいだと確信しています。
節子がいなくなった影響は、こんなところにも出てきているのです。

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2010/09/26

■努力した者にしか運はまわってこない

白鵬が全勝優勝し、62勝に到達しました。
優勝力士インタビューで、どうして勝ち続けられるのかという理由を訊かれて、白鵬は「運だ」と答えました。
そして、「努力した者にしか運はまわってこない」と続けました。

努力と運。
努力しても運がまわってこない人もいますが、努力しなければ運は最初からまわってこない。
そう思います。

世の中には、努力しなくても運に恵まれたように見える人がいます。
巨額の財産を相続したり、親の七光りの恩恵を受けたり、偶然に買った宝くじで6億円を手にしたり、いろいろとあるでしょう。
しかし、果たして、努力なくしてまわってきた「運」は幸運になるものかどうか。
残念ながら私は体験していないので、わかりませんが、どうもならないのではないかと思います。
これは今日、白鵬の話を聴いて気づいたことです。

つまり、運とは努力の結果のことなのだということです。
そして、努力すれば、必ず運はまわってくる。
人の運は努力の度合いで決まってくる。
そういう気がしてきました。

若者であろうと、努力してきた人の言葉には教えられます。
白鵬に限らず、最近、若者から教えられることが少なくありません。
そういう若者が開いていく未来には希望があります。

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■節子への挽歌1120:死が不幸なことなのか

お盆の明けは雨も上がり、いい天気になりました。
庭の彼岸花も賑やかに咲き出しています。

彼岸だったせいか、このところ、湯島に来る人たちと「死」が話題になることが3回ほどありました。
最初はナラティブサロンでした。
前に書いたように、沖縄出身の神里さんが、「沖縄では死は別に不幸なことではなく、自然にまわってくるものだと受け容れられている」というような話をしてくれました。
「死は不幸なことではない」と言っている佐久間さんのことを思い出して、「身内に不幸があった」と言うような表現をしますか、と訊いたところ、彼女は沖縄では聞いた記憶がないというのです。
その会話を聞いていた、岐阜出身の小澤さんも、岐阜でもそういう言い方はしていなかった、東京に来てからそういう表現に触れた」と話してくれました。
別の機会にそれを思い出して、長野出身の人に聴いたら、長野ではそういう表現があるそうです。
まあ3人だけから聞いた話なので、どこまで一般化できるかはわかりませんが、小澤さんはそういう表現は都市の言葉、あるいは都市化の影響で生まれた言葉ではないかと言うのです。
そういわれると奇妙に納得できる気がします。

群馬で半分を暮らしている哲学者の内山さんは1960年代頃から日本人はキツネと話せなくなったという主旨の本を書いています。
これも実に納得できます。
幸いに私は、その前に子ども時代を過ごしていたので、辛うじてキツネと話す世界に馴染んでいました。

キツネに限りませんが、人間以外の動物たちにとって、死は決して不幸なことではないでしょう。
なによりも「死」という概念がないように思います。
もちろん死に直面した仲間や子どもたちを救おうとする動物の行為はあります。
しかしそれは、死を防ぐのではなく、生を全うさせようとしているというべきでしょう。

死を意識できる人間にとって、たとえば幼い子どもを見送ることはたしかに「不幸」です。
しかし、それは生命を断絶することの不幸であって、死一般ではないでしょう。
このあたりは、もう少しきちんと整理しなければいけませんが、死そのものを「不幸」と一括して表現してしまうことにはやはり違和感があります。

一昨日、佐久間さんと会って、この話を少ししましたが、もう少しきちんとすればよかったと思います。
死が不幸なことなのかどうか、これは私たちの生き方そのものにつながる問題です。

今年も彼岸が終わりました。

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2010/09/25

■節子への挽歌1119:からみあったつながり

節子
昨日、突然に北九州の佐久間さんが湯島に来ました。
久しぶりです。
節子は佐久間さんには会う機会はありませんでしたが、佐久間さんが韓国に行った時に、灌燭寺の魔除けの数珠とお守り札を送ってもらったのです。
灌燭寺の弥勒仏は私好みですが、節子にはいささか違和感があったかもしれません。
しかし、節子は最期まで数珠を枕元においていました。
その佐久間さんです。

佐久間さんが湯島に突然やってくる気になったのは、これも奇妙なつながりなのですが、黒岩比佐子さんの本です。
東京に来ていた佐久間さんが書店で黒岩さんの「古書の森逍遥」を見つけて、それで私を思い出しで電話してきたのです。
実はその時、私は大学生たちと湯島で会っていました。
そして「死生観」が話題になり、佐久間さんの話をしていたのです。
まさにシンクロニシティです。

しかも、もう一つのつながりがあります。
灌燭寺の弥勒仏は、黒岩さんが編集を手伝った五木寛之さんの「仏教への旅 朝鮮半島編」で私は知ったのです。
その本は、黒岩さんが送ってきてくれました。
そしてその弥勒を見て、それに興味を抱いたのですが、それを知ってくれた佐久間さんが訪韓した時に灌燭寺に寄って数珠とお守りを贈ってきてくれたのです。

いろいろなことが、このようにつながっています。
折角ですので、大学生たちと佐久間さんもお引き合わせしました。
人のつながりを実感できれば、人は孤独にはなりません。
そして、佐久間さんとも話したのですが、「死」の捉え方が一変します。
まちがっても「無縁社会」などということを口にすることもないでしょう。

人は、そもそも「有縁」の存在です。
たとえ節子のように、彼岸に旅たった人であろうと、その縁が切れているわけではありません。
その縁を実感できれば、死に頭を悩ますことはなくなるのです。

しかし、佐久間さんにもお話しましたが、だからといって、節子がいなくなったかなしさから解放されるわけではないのですが。

ちなみに、佐久間さんもご自分のブログに、このシンクロニシティを書いています
佐久間さんのブログは、世界が広いので面白いです。

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■無理を通せば道理引っ込む・検察の瓦解

このブログでも司法界への批判をよく書いていますが、昨日の那覇地検がだした中国人船長の処分保留のままの釈放には驚きました。
日本の検察はどうなっているのか、かなり辛らつに見ていた私にとっても、思ってもいなかった対応です。
しかし、これは単に司法の話ではなく、国家のあり方の問題だろうと思います。

私自身は、国民主権という虚構に基づく近代国家の役割は終わりつつあると思っていますから、尖閣諸島が日本のものでも中国のものでもあまり関心はないのですが、歴史的に構築されてきた秩序を力に任せて強引に変えてしまうことには大きな危惧を感じます。
問題は尖閣諸島の問題ではないからです。
中国は北朝鮮と同じ体質の国家であり、無理を通して道理を引っ込ますことは得意です。
それに対して毅然と対峙した前原外相の言動に好感をもっていただけに、突然の釈放には心穏やかではありません。
日本の検察の傲慢ぶりという点では、村木事件や小沢事件と同じ話なのでしょう。
その体質は、中国政府とまったく同じです。

日本の司法制度は、おそらく壊れてしまっているのでしょう。
時代の変化に対応できなかった結果だと思いますが、最近のさまざまな事件に関してテレビでコメントしている元検事の話を聴いていると唖然とすることが多いです。
こういう人たちが日本の検察行政をだめにしてきたのでしょう。
制度によく飼いならされたものだと思います。

それにしても、「元○○」という肩書きが通る社会とは一体何なのでしょうか。
私は「元○○」という肩書きを自分で掲げる人は一切信じません。
そういう人からまともな意見を聴いたことがないからです。

今日は寒い日になりましたが、それ以上に心が冷えます。

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2010/09/24

■節子への挽歌1118:茶髪事件の再発

節子
また茶髪事件が起きました。

私はほぼ完全な白髪です。
ところが、時々、魔がさしたように黒くしようと思い立ちます。
思い立つとやってしまうのが私の軽薄さなのですが、洗髪前に塗ると次第に髪が黒くなるという商品を買ってきました。
ところがそれを使うと頭がフワーとしてきて、何ともいえない不快感が生ずるのです。
何回かやったのですが、やめてしまいました。
ところが先月のオープンサロンに、その道の専門家が参加していて、その種の話になりました。
市販のほとんどの毛染め商品は安全性に問題がかなりあるというのです。
ちょうど体験していたので、そのことがよくわかりました。
もっとも、その人は佐藤さんはもう歳だから発がん性があっても大丈夫だというのです。
ひどい人ですが、まあそれも道理があります。

しかし使っていて気分が悪くなるのはよくありません。
それでその人に頼んで安全性の高いその会社の商品(まだ市販されていません)をもらって使うことにしました。
たしかに頭は何ともなく、不快感はありません。
ところがです。
使用して2日目に白髪が茶髪になったのです。
あまりにも見事な茶髪。
翌日、人に会う約束があったので、即効性のあるヘアカラーで黒くしました。
やはり頭がフワーとしましたが、見事に黒くなってしまいました。

昔、同じ経験をしたことを思い出しました。
茶髪事件です。

あの時は、節子は笑い転げていましたが、人の不幸を見て笑うとは節子もあんまり良い性格ではありませんでした。
今回もきっと節子は「相変わらず懲りないわね」と笑っていることでしょう。

人はどうしてこうも同じことを繰り返すのでしょうか。
私だけなのでしょうか。
困ったものです。

ちなみに、もらったヘアクリームは使い方をきちんと聴いていなかったための私のミスでした。
きちんと使うことによって、茶色から黒くなるのだそうです。
今日から使用再開です。
まもなく私は黒髪になるでしょう。
でもみんなが黒いよりも白い方がいいというのです。
そういえば節子もそういっていました。
黒くなった髪はどうしたら白くできるのか。
さてさて人生には悩みが絶えません。

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2010/09/23

■節子への挽歌1117:雨のお彼岸

お彼岸は雨です。朝、突然に雨が降り出しました。
突然の雨は、いつも節子を思い出させます。

節子が葬儀場に向かってわが家を出たとき、突然に雨が降ったのです。
それも車で走っているほんのわずかな時間だけでした。

今朝はなぜか断続的な雨です。
単なる自然現象と思えば、それだけの話ですが、そう思えないのです。
灰色の空を見ていると、どうしても彼岸にいる節子の顔を思い出します。
雨にもしっかりと節子からのメッセージを感じます。
今日はちょっとさびしい1日になりそうです。

昨日、ナラティブサロンというのを立ち上げました。
そこで生と死の話題も出ました。
沖縄出身の若い女性が、沖縄では自然や家族に囲まれている沖縄では、死は別に不幸なことではなく、自然にまわってくるものだと受け容れられているというような話をしてくれました。
個人が「切り離された存在」ではなく、先祖や友人、さらには自然とつながっているのです。
その実感が持てれば、死はなんでもないことなのかもしれません。

今日は彼岸のお中日。
そのせいか、節子とのつながりを深く感じます。
私も最近、少しずつですが、自然や彼岸とのつながりを回復しだしてきているような気がします。
佐久間さんが最近出版した「ご先祖さまとのつきあい方」に書いているように、「死なないための方法」を獲得し、不死を手に入れたのかもしれません。

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2010/09/22

■節子への挽歌1116:無防備な生き方の贈り物

節子
私たちは、いつもとても「善良な人」に取り囲まれていました。
そういうなかで暮らしていると、世の中には「悪い人」はいるはずもないと思いがちです。
おそらく振り込め詐欺にだまされてしまう人たちは、そうした世界の中で幸せに暮らしているのでしょう。
そういう人は、詐欺にあったからといってさほど嘆かないのかもしれません。
詐欺をする人たちも、きっと困っていたのだと思って許してしまうかもしれません。
誰も好き好んで、人をだますわけがありません。
もしそういう人がいたとしたら、そういう人を生み出す社会に問題があるのです。
そう思うかもしれません。

私たち夫婦は、いつも娘たちからは「だまされやすい人」とみなされていました。
娘たちからみれば、きっと無防備な親だったのでしょう。
しかし、だまさなければいけなくなるよりは、だまされるほうがいいに決まっています。
それが私たち夫婦の共通認識でした。
その認識があればこそ、だまされたことはないのです。
実に幸せなことでした。

私たちが無防備になれたのは、お互いを完全に信頼できていたからです。
信頼できる人がいれば、誰でも無防備になれるでしょう。
なにかあったら、その人が守ってくれるからです。

節子がいなくなったいまも、私は相変わらず無防備に生きています。
そのおかげでしょうか、いまも「善良な人たち」に囲まれています。
今日もそういう人たちが相談にやってきました。
そとからみたら、けっこう大変な相談事項なのですが、なぜかそんな気がしません。
善良な人たちは、宮沢賢治のようにみんな「おろおろ」しながら生きています。
私も、そうです。
でも、みんなとてもあったかいのです。

節子がいなくなっても、私が何とか生きていられるのは、そうした「おろおろ」している善良な人たちのおかげです。
節子と一緒に40年かかって創りあげてきた、無防備な生き方のおかげです。
感謝しなければいけません。

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2010/09/21

■村木事件に関する検事の証拠隠滅に関わる発言への感想

村木事件に関する検事の証拠隠滅に関する私見は前項で書きましたが、テレビの報道が思った以上にきちんと取り上げているのでホッとしました。
それはともかく、やはり気になる発言が少なくありません。

元検事の方は口をそろえて「信じられない」と大仰に驚いていますが、これに類した証拠捏造などはこれまでも何回も問題になっています。
この事件は、その延長にある事件でしかありません。
そう考えると、その驚き方にはむしろこちらが驚くほどです。
野球賭博がマスコミで話題になりだした時の相撲界の反応と同じです。
演技としか思えません。
堀田力さんは、この背景が問題だと指摘されていましたが、その背景をつくったのは堀田さんたちだろうと私は冷たく考えています。
組織の文化は、そう簡単にはつくれません。
30年はかかります。

全く別の意味で気になる発言もあります。
村木さんは記者会見で、ここまでやるとは恐ろしいと嘆いていました。
しかし村木さんの所属している組織である厚生労働省の職員も、年金などで同じような証拠隠滅や偽造をしていたのをご存じないのでしょうか。
その反省が、一言くらいあるかと思っていましたが、ありません。
この人も所詮はことの本質をみることができないのでしょう。
官僚たちの貧しさを痛感します。
誠実な官僚もいるのでしょうが、そうであればこそ、ますます残念な気がします。

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■節子への挽歌1115:他者への祈り

節子
昨夜、泰弘さんの夢を見ました。
4か月前に突然逝ってしまった若者です。
それもかなりいろいろと話し合った夢でした。
話の内容は、例によってもう思い出せませんが、2人でなにやら困難にぶつかって対策を講じていたような気がします。
節子の姿は、微塵もありませんでした。

最近、夢をよくみます。
それもなにかとても重い内容で、目が覚めた時にドシっと重さが残っているような夢です。
目覚めた時には内容も覚えていますが、すぐに忘れます。
記録しておけば、なにかがわかるかもしれませんが、そんな事をするタイプではありません。
それでも、ずっと明白に残るシーンはあります。
たとえば「人民大衆駅」からドッと乗客が降りてくる風景は今もリアルに残っています。あまりにリアルなので、人民大衆駅というのがどこかにあったのではないかとネットで調べたものです。
もちろんありませんでした。
もっと不気味だったのは彼岸と此岸との乗換駅の光景です。
これはとても不気味な構造の駅で、注意していないと彼岸行きのホームに迷い込んでしまうのです。
もっとも、それは「彼岸行き」ではなく、「地獄行き」の感じでしたが。

まあそんなことはどうでもいいのですが、最近、節子の位牌壇(仏壇)に向かって、節子以外の人たちの安寧を祈念していなかったことに気づきました。
泰弘さんは、それを教えに夢に出てきてくれたのでしょうか。
それに気づいたのは、実はつい先ほどです。

いまも闘病している友人たちへの祈りも含めて、明日からはもっと真剣に祈るようにします。
しかし、最近は祈っても祈ってもなお祈りきれないほどに、さまざまな問題が周りで起こっています。

節子
私に祈りのちからを与えてくれませんか。

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■村木郵便不正事件での主任検事による証拠改ざん疑惑

最近、検察の犯罪が次々と明るみに出てきました。
私にとってはいかにも遅い話ですが、正義の検察という国民の洗脳が解かれることは喜ぶべきことです。
権威に弱い日本人には、なかなか認め難いことでしょうが、それが体制的秩序の本質です。

村木さんの郵便不正事件で、主任検事による証拠改ざん疑惑が浮かび上がってきました。
さしもの検察も隠し切れなかったのでしょうか。
検察当事者が本気で取り組めばもっと早い段階でわかったはずですが、これまで懸命に隠してきたといってもいいでしょう。
その何よりの証拠は、最高検の伊藤鉄男次長検事の緊急記者会見での発言です。
「報道を素直に見れば、何らかの犯罪になる疑いが濃い。もはや捜査せざるを得ない」と述べたそうです。

この言葉をみなさんはどう受け止めますか。
「もはや捜査せざるを得ない」
ばかな!
この言葉に彼らが同じ仲間であることが明確に露呈されています。
伊藤次長検事も、こうした方法で人を裁いてきたのではないかと私は思います。
組織の文化は、決して単独の逸脱行為を育てません。
一匹のゴキブリをみたら、そのうしろにたくさんのゴキブリがいるように、検察の世界の文化は証拠隠滅、偽造、自白強要で埋め尽くされているのです。
この事件は、それを明白に示しています。

伊藤次長検事も含めて、検察当局のトップ層は全員辞職するくらいの、「恐ろしい事件」なのです。
こうした事件はいままでも繰り返しありました。
しかしいつも現行犯しか咎められませんでした。
しかし今回はそうしてほしくありません。

同時に、小沢さんの事件も、そういう目で見直したいと思います。
小沢さんがまったく正しいとは思ってはいませんが、権力操作の一環として動いた可能性は否定できません。
それが日本の政権を大きく変えてしまったのです。
しかしほとんどの国民は、そうしたことのつながりへの想像力をもっていません。
ましてや、その権力が自らを襲うなどとは考えてもいないでしょう。
村木さんも、自分が対象にされて初めて気づいたわけです。

しかも、その村木さんは、一方では厚生労働省の文化の中で、別の権力操作に埋もれてもいたのです。
それが官僚支配体制の本質です。
官僚に立ち向かうドンキホーテなど、出てくるはずはないのです。

しかし、今回の大阪地検の行動の恐ろしさを理解する人はどのくらいいるでしょうか。
この恐ろしさに比べたら、小沢さんのやっていることなど、豪腕でもなんでもないでしょう。
無邪気なものです。

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2010/09/20

■節子への挽歌1114:抜け殻のような人生

節子
今日からお盆の入りです。
お墓もにぎわっていました。

テレビを見ていたら、三連休だったことに気づきました。
節子がいなくなってからは、連休という概念は私からはまったくなくなりました。
ともかく毎日が休みなのです。
といっても、自宅で休んでいるというわけではありません。
土日も含めて出かけることは多いですが、気分的にはどうも「休み」という感覚が強いのです。
正確に言えば、「人生を休んでいる」という感じです。

今日も大相撲をテレビで見ながら、節子がいた頃はこんなゆったりした時間が取れただろうかと思っていました。
いつも何かをやらなければという、いささか追い立てられるような生き方をしていたような気もします。
そういう生き方が好きだったのです。
節子はいつもそんな私を、もっとゆっくりしたらと言いながら、
でも修には趣味がないから仕事が楽しいのよね、と笑っていました。

趣味がないといわれるととても心外なのですが、特定のことに集中することが私には出来ません。
ですから趣味がないといわれれば、そうかもしれません。
それに、いろんな人が持ち込んでくる課題は、一種の謎解きの面白さがありました。
だから次々と目移りしながら、いろんなことに関わってきました。

そんな生き方をなかなか変えられずに、節子とのゆっくりした時間もなかなかとれませんでした。
節子とゆっくりとするのは、節子が病気になってからです。
なんとまあ貧しい生き方をしていたことか。
節子がいなければ、本当に貧しい生き方でした。
その貧しさを救ってくれていたのが、節子だったのです。
節子は、私の生活にさまざまな豊かさを与えてくれたのです。

その節子がいなくなった。
自分の人生の貧しさがよく見えてきました。
節子がいればこその、私の人生だったのです。

人生を休みたくなるのも仕方がありません。
この虚しさから抜け出る日は来るのでしょうか。
節子のいない人生が、抜け殻のような気がすることが少なくありません。
こんな気分になったのは、お彼岸のせいなのでしょうか。

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■「民のための決める」のか「民が決める」か

前原さんが国土交通省から外務省へと所管を変えたことで、八ツ場ダムの地元の人たちは不安を高めているようです。
最初は対立的だった住民と前原さんの間には少しずつ信頼関係が生まれてきたのに、という記事が朝日新聞に出ていました。
テレビでは長妻大臣がこれまでやってきた厚生労働省の改革の行方に関する不安が議論されていました。
長妻さんは、基本はできたのでもう大丈夫だと言いながらも、大臣が短期間で変わるので結局は官僚を統治しにくいという主旨の発言もしていました。

やはり短期間で変わっていく政治家とずっとそこにいる官僚とを比べたら、どちらが決定権を持つかは明らかなのかもしれません。
もしそうであれば、仕組みに間違いがあるのです。
長妻さんがどんなにがんばっても、やはり最後に勝つのは、そこに土着している人たちでしょう。

変化の時代において、果たして民主主義がいいことなのかどうか。
そもそも、民主主義とは何なのか。
「民」が「主」になるとして、それはどういうことなのか。

たとえば、「民のための決める」ということと「民が決める」とは同じではありません。
よくいわれる「人民による、人民のための、人民の政治」とは、一体何なのか。
わかっているようで、いろいろと考えていくと難しいです。

いま「民主政の不満」という本が話題になっていますが、「民主政治」をどう考えるかは、どうもそう簡単ではなさそうです。


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2010/09/19

■節子への挽歌1113:パラレルワールド

節子
お彼岸です。
暑さ寒さも彼岸まで、といいますが、風が変わってきました。
まだ暑さは残っているようですが、我が家の界隈は間違いなく秋です。

秋は秋でまた、節子を思い出すことが山のようにあります。
いつになっても、どこにいても、節子から逃れることはなさそうです。

先日、ちょっと辛いことのあった友人が私に言いました。
一人でいるといろいろと思い出して辛くなるのだが、人と会っていると気が紛れる、と。
その気持ちはわかる気もしますが、正面から辛さに向き合う生き方もあります。
私は、「気を紛らす」ことを好まないタイプですので、いつも節子を思い浮かべながら、辛さと同行しています。
そういう生き方をしていると、絶え間なく節子のことを思い出すのです。
つまりパラレルワールドを生きているようなものです。
大変そうに聞えるでしょうが、慣れてくれば意外とそれが生きやすいのです。
好きなほうに心身をシフトできるからです。

今日読んだ佐久間さんの「ご先祖さまとのつきあい方」という本に、「古来日本では、子どもというものはまだ霊魂が安定せず「この世」と「あの世」のはざ間にたゆたうような存在であると考えられてきた」と書かれていました。
前世を記憶している子どもたちの報告もたくさんあるように、子どもたちが彼岸と此岸を行き交えることは確実のような気がします。

そして、老人もまたその2つの世を行き交うことができるような気がします。
私も、そろそろその年齢になったと考えてもいいでしょう。
事実、私には「死の恐怖」は皆無です。
もし此岸から彼岸への旅が「死」であるならば、こわいはずがありません。
私は旅に出かける時に、旅先のことを調べないタイプですが、彼岸に限っていえば、節子もいることなので、もう少し彼岸のことが知りたい気はします。

明日はお彼岸の入り。
注意していれば、きっと彼岸のことがわかるヒントが得られるでしょう。
もしかしたら、昨日のすずめもヒントなのかもしれません。
明日もまた何かの啓示があるでしょうか。

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2010/09/18

■節子への挽歌1112:すずめが落ちた

昨夜、帰宅したら、節子の位牌壇の横のガラス戸の外に、すずめが落ちていました。
留守中にガラス戸にぶつかって、死んでしまったのです。

私が好きだったフォークコーラスグループに、シャデラックスがあります。
昭和40年代に活躍したグループですが、メッセージ性のある歌を歌っていました。
彼らの歌を聴いていると涙が出てくることが多いのですが、そのなかに「すずめが落ちた」という歌があります。
今、手元にレコードがないので、タイトルは違うかもしれませんが、たしかこんな出だしでした。

すずめが落ちた、空の上から。
すずめは空を飛ぶものなのに。
ここまでは歌えるのですが、その先の歌詞が思い出せません。
この歌を思い出しました。
この歌は大気汚染への警告をメッセージした歌でした。

これまでも2回ほど鳥がぶつかったことがあります。
ガラス戸にシールでも貼ればいいのですが、それではちょっとイメージが壊れるので、植木鉢や壁へのつる草を延ばしました。
そのおかげか、最近事故はなかったのですが、久しぶりの被害者です。

このすずめはどうしてぶつかったのでしょうか。
しかも、もっとぶつかりやすいところではなく、位牌壇の近くのガラスに。
それもだれもいない留守中に。

空を飛び回っていたのに、突然にガラスにぶつかってしまったすずめ。
もっともっと飛び回りたかったでしょう。
節子も、もっともっと現世を飛びまわりたかったことでしょう。
すずめの悔しさが伝わってくるようです。
でもすずめは、とても穏やかな表情で、きれいに倒れていました。

娘たちと庭に葬りました。
シャデラックスの、この曲を探して聴きたくなりました。

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■新成長戦略・新しい公共の欺瞞性

菅内閣がスタートしました。
私自身は、底に日本の不幸を感じますし、まあ1年も持つまいと思いますが、政治に関する私の見通しはいつもはずれますので、小泉内閣のように永続きするかもしれません。
小泉内閣と同じく、アメリカと財界と官僚にやさしく、しかも国民の身にあった政権のようですので。

しかし、どうしても違和感を拭えないことがいくつかあります。
その一つが、「新成長戦略」です。
これは、「新しい『成長戦略』」なのか、「新しい『成長』戦略」なのか、どちらなのでしょうか。
どう違うのかいうと、前者はこれまでとは違った『成長戦略』、つまり戦術を変えるということですが、後者は『成長』という概念を一新することです。
と言っても、20世紀末に苦肉の策として打ち出された「持続可能な成長」のように、概念内容のパラダイム転換は行わずに、言葉だけでのマジックショーのような事例もありますので、注意しなければいけません。

これまでのところ、私には「新成長戦略」の内容が理解できませんので、何ともいえませんが、どうもまやかしのように考えます。
それにこのブログやホームページ(CWSコモンズ)のほうで時々指摘しているように、たとえば、福祉や環境の分野が成長分野だという発想は、これまでの産業パラダイムの延長でしかありません。
どこが新しいのかと問いたいところです。

私は民主党が盛んに使う「新しい公共」もまやかしだと思えてなりません。
ともかく安直に「新しい」などと言う形容詞をつけるのはごまかし以外の何ものでもありません。
新しい酒は新しい皮袋に入れなければ、古い酒になってしまうのです。
言葉は実体と深くつながっています。
「新しい」という言葉ですますのは、まさにこれまでの消費経済の発想です。
装いを変えて同じ中身の商品を高く売る、そろそろそうした安直な発想から抜け出て、本来的な意味でのイノベーションを進めなければいけません。

私は基本的に「成長」ということ自体を問いただす時期に来ていると思っていますが、雇用第一、だから経済成長が必要だという発想には、なんの新しさも感じません。
問題の設定が違うように思えてなりません。
雇用されなくても、いくらでも生きていける道はあります。
新しい公共などといわなくても、共に支え合う生き方はいくらでもできるのです。

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2010/09/17

■節子への挽歌1111:一人で老いることのさびしさ

節子
チビ太は、甲状腺ホルモンが過剰に出て、自らの老いに気づかずに過剰に元気である可能性があるそうです。
そうすると何が不都合かと言うと、気力が体力を上回るので、体力的には無理が蓄積するのだそうです。
そして突然、破綻するわけです。

チビ太がそうであるかどうかは、まだ確実ではないのですが、この話は私自身の話でもありそうです。
佐藤さんは若いですね、と言われることがあります。
確かに、気分的には私は「老い」はあまり感じません。
そしてついついがんばってしまって、身体的な疲労にどっと襲われることがあります。

もし節子がいたらどうでしょうか。
たぶんもう少し自分の老いを日常的に実感できるはずです。
しかし、老いを気づかせてくれる人がいなくなったいま、なかなか自分の老いには気づきません。
もしかしたら私も甲状腺ホルモンが過剰に出ている病気かもしれません。
いや、場合によっては、痴呆が進み、自分の歳を勘違いしている可能性もあります。
なにしろだれも諭してくれないのですから。

まあいずれにしろ、人はなかなか自らの老いに気づきません。
豊かに老いた夫婦には憧れがありますが、孤独の老いは認めたくもありません。
ですから、ますます自分の老いには気づかないわけです。

でも、自らの老いに気づかないことは幸せなことなのかどうか。
幸せそうに寝ているくせに、時々起き上がって来客に吠えるチビ太を見ていると、そこに自分がいるような気がしてなりません。
節子がいたら、こんなことにはならなかったのでしょうが。

一人で老いるよりも、やはり夫婦で老いたかったと、つくづく思います。

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■橋下大阪知事処分にみる「弁護士の品位」

光市母子殺害事件の被告弁護団の懲戒請求をテレビ番組で呼びかけたことが問題になっていた橋下大阪府知事に、大阪弁護士会は「弁護士の品位を害する行為」として、2か月の業務停止処分とする方針を決めたそうです。
当時、橋下さんはまだ知事にはなっていませんでしたが、テレビでの呼びかけ方には私自身も違和感がありました。
しかし、私自身はその趣旨には共感していました。

この発言に対して、市民たち(その実態はわかりませんが)から、「刑事弁護の正当性をおとしめる行為だ」として大阪弁護士会に橋下弁護士懲戒処分の請求があったようです。
今朝の朝日新聞によれば、同弁護士会綱紀委員会が「(発言は)弁護団への批判的風潮を助長した」と判断して、この処分が決定されたようです。

この時期に、こうした処分が発表されたことへの不気味さも感じますが(司法界は権力の動きに敏感ですから)、それは偏見だとしても、「弁護団への批判的風潮を助長」という理由には異論があります。
批判は封じてはいけません。
批判の元を正すか、批判への内容的な批判をすべきです。
橋下さんの呼びかけ方の未熟さと目線の高さを別として、もともとはそうした発言を引き起こした大元に対して、弁護士会は何もアクションをとりませんでした。
これに関しては、このブログでも何回か書きましたし、私の友人知人の弁護士にも私は意見を聞きましたが、ほとんどの弁護士は誠実には考えていませんでした。
私の弁護士不信がますます高まった契機の一つでもあります。

弁護士会は、自らが正しいという前提で保身ばかりしています。
保身する人にはおそらく不正義があります。
不正義がなければ保身は不要ですから。
処分に関わった大阪弁護士会の弁護士たちも、批判に耐えられない傷をそれぞれ持っていると思いたくなります。
批判の動きを止めたいと思っているとしたら、それこそが不正義なのです。
批判には正々堂々と立ち向かわなければいけません。
それが、人を裁く権利を与えられた人たちに課せられた責務です。
しかし、人を裁いているうちに、目線が高くなるのでしょう。
テレビで発言した時の橋下さんもそうでした。
かくして司法界には、まともな感覚を持続できる人はほとんどいなくなるのかもしれません。
人を裁く権限は、人をダメにする力をもっているはずです。
だからこそ、司法界は自らを透明にしなければならず、むしろ批判を助長する仕組みを構築すべきなのです。

司法は正義であると教え込まれた国民が、意識を変えなければ、司法改革は進みません。

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■節子への挽歌1110:弱みと信頼関係

節子
昨夜は朝から来客続きで、夜までパソコンに向かう時間がありませんでした。
帰宅後、挽歌を書こうと思ったのですが、昼間の話題がかなり重い話が多かったこともあり、パソコンに向かう気がせず、早く寝てしまいました。
それで挽歌はお休みしてしまいました。

といっても、節子を意識した時間がなかったわけではありません。
私がアドバイザーとして関わっている企業の経営幹部の人たちのグループとのミーティングの後、みんなで食事に行ったのですが、いろんな話で盛り上がった後、突然に、Sさんが「Fさんが涙が出てしまったというので、私も読みました」というのです。
何の話かと思ったら、この挽歌のことでした。
私のホームページにリンクされていますので、挽歌を読む人もいるわけです。
この挽歌には、私の生活やら本性が露出されていますので、それを読むとどう感ずるでしょうか。
こんな人に仕事を頼んで大丈夫かと不安になるかもしれません。
正式のミーティングでの私の発言への信頼感が薄れるかもしれません。
自らをさらけだすことのマイナスは少なくないかもしれません。

しかしおそらくプラスもあります。
昨日の昼間のミーティングでも話題にしたのですが、コミュニケーションの出発点は自らの弱みを見せることです。
弱みを見せる、言い換えれば自らの人間性を露出し共有することで、相互に信頼関係が生まれることもあるのです。
しかも、弱みを見せてしまった後は、自らを着飾ることは無意味になります。
そうなると実に生きやすい環境が育ってくるのです。
それを好まない人も、もちろんいます。
そういう人からは見下されるかもしれません。
しかし、それは自らに弱みがあるのですから、甘んじて受け入れなければいけません。
それに、そういう人とはもともと人間的な関係は構築できないので、見下されたところでなんの不都合もありません。
そもそも見下されているのですから(見下すと見上げるは同じことだと思っています)。

人生を豊かにするとは何なのか。
弱みを共有できる人のつながりをどのくらい持てるかではないかと思います。
節子は私の弱みをすべて知っていました。
だからこそ、私は節子を信頼し、節子もまた私を信頼していたわけです。

ビジネス(極めて論理的な世界といえるでしょう)を再開したいま、この挽歌はかなり私には気恥ずかしい部分ではあります。
しかし、その弱みを隠さずにできるビジネスもあるでしょう。
それに、ビジネスそれ自体が、論理一辺倒の世界からそろそろ変わっていくべき時期ではないかとも思っています。

今日はいささか理屈っぽい挽歌になってしまいました。

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2010/09/15

■節子への挽歌1109:ビジネス再開

節子
そろそろ動き出すことにしました。
今日も朝早くに出かけて、ちょっと遠くの企業に出かけていました。
久しぶりに工場見学もしました。

多くの人とは反対ですが、そろそろお金をもらう仕事を始めようと思い出したのです。
節子も知っている某社の社長に、その旨メールに書いたら、次のような返信が来ました。

70にしてそろそろ収入になる仕事ですか。大いにしてください。
私は未だビジネスだけでも大変です。
この人はもう70歳ですが、私が深く敬愛する経営者です。
人はほどほどに食べられればいい、という人生観をもち、とても理念的な企業経営の傍ら、楽しい社会活動をしています。
彼にとっての仕事は、もしかしたら今ではその社会活動かもしれません。

私は47歳で会社を辞めました。
その時点で、「仕事」の概念を変えました。
仕事とは自分がやりたいことでなければいけないと決めたのです。
その結果、お金をもらえることもありますが、逆にお金がかかることもあります。
その姿勢で22年過ごしてきました。
そんな生き方を続けられるのは奇跡だと何人かの人にいわれました。
たしかに幸運に恵まれました。
私の定義による仕事をしていても、何とか会社を持続できたのですから。
しかし、その生き方を続けられたのは、節子の支えのおかげです。
そのことはよくわかっています。

ところが、その節子がいなくなってから、「やりたいこと」がなくなってしまいました。
その上、この数年、会社から給料を1円ももらっていないので(それで会社は倒産せずにいるのですが)、さすがにちょっと窮屈になってきました。
それに、最近、ちょっと緊張感のあるビジネスの世界に郷愁を感じだしたのです。
それで企業対象のビジネスを再開することにしたのです。
節子がいたら、なんというでしょうか。

しかしながら、今日1日、企業の経営者と話していて、やはり私自身の発想が大きくずれてきてしまっているなと少し弱気になりました。
時々、仕事を否定するような発言をしてしまうのです。
2つの脳がせめぎあっているようなのです。
そのせいか、思った以上に疲れました。
それに、体力がついていくかどうか心配です。
でもその一方で、しばらく眠っていた何かが動き出しているような気もします。
さてさてどうなりますか。
節子は笑わないでしょうが、孔子に笑われそうです。

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2010/09/14

■節子への挽歌1108:行動の人だった節子

節子
パウサニアス・ジャパンの金田さんから電話がありました。
節子の、スニオン岬に桜を植えたらどうかという話を初めて知ったと話してくれました。
懐かしい話です。
単細胞な節子の思いつき発想のおかげで、私は金田さんと知り合いになり、パウサニアス・ジャパンにも関われたのです。
人との出会いは不思議なものです。

節子のおかげで、お付き合いが始まった人も少なくありません。
滋賀県でMOH運動に取り組んでいる新江州会長の森さんも、そのおひとりです。
節子の同級生が、森さんの会社に勤めていたのですが、その人から、うちの社長がこんな本を書いたと森さんの著書をおくってくれたのが縁になりました。

節子がいてくれたら、もっといろんな意味でつながれたのにと思う人もいます。
節子がいなくなって、次第にお付き合いがなくなってしまった人もいます。
節子がいるかどうかは、私の交遊世界に大きく影響を与えているようです。
それは当然のことでしょう。

節子がいなくなってから、どうも私の世界は単調になりがちです。
意外な飛躍が最近あまりありません。
やはり節子の世界と私の世界は、違っていたのです。
スニオン岬の桜の話を思い出しながら、そんな気がしてきました。

節子は一生懸命に、ギリシア観光協会に手紙を書いていました。
節子は、行動の人でしたから。
私は、怠惰の人ですが、最近、ますます怠惰になってきています。

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■民意に迎合せずに、民意を育てるべし

民主党代表選は管さんの大勝利でした。
2時間、テレビを見続けてしまいました。
私の予想はまたまた見事にはずれました。
こうはずれ続けるのはやはり私の視野に欠陥があるのかもしれません。
強い偏見があると現実が見えてこなくなるのでしょう。
困ったものです。

その偏見に基づく感想をしつこく書きます。
国会議員は党員・サポーターや地元の人たちの意見に影響されたのでしょうか。
そうだとすると、やはり本末転倒だと思います。
2週間もあったのに、なぜ自らの信念を地元に影響させられなかったのか。
そう思いました。
民意を聴くというのは、代表は誰がいいかということではないはずです。
いま何が必要かを聴き、それを実現するためには誰が言いかを考えるのは自分で判断しなければいけません。
いまの閉塞状況を打破するのは誰なのか。

それにしても代表選でのおふたりの呼びかけは、いずれも退屈でした。
昨日はみんな聴くべきだと書きましたが、それも撤回です。
「不毛の政治の時代」の到来を危惧します。

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2010/09/13

■節子への挽歌1107:癒しの渇望に覆われた人生

節子
先日巣立ったヒヨドリたちは最近いなくなってしまいました。
やはりあれは節子だったのでしょうか。
ヒヨドリと同じ時期に意識不明になったチビ太は元気になって、また吠え出しました。
節子の命日に前後した、わが家の騒動も終わってしまいました。
騒動はあると大変ですが、なくなってしまうとさびしくもあります。

最近、節子をなぜかとても身近に感じます。
節子ともう会えないという実感が、いまだもってないことも、改めて実感しています。
不思議というか、これこそが生命の自己防衛機制なのでしょうか。
写真を見ていると、今にも節子が飛び出してくるのではないかと思えるほどです。
生活を共にしていたということは、そういうことなのでしょう。

親しい先輩を少し前に見送った若い女性から、
「時が癒すということはないと思っています」
というメールが来ました。
癒すのは決して「時」などではありません。
私は最近、もし私が癒されているとしたら、癒してくれているのは節子なのだと思えるようになってきました。
しかし、これはいささか微妙な話で、癒すとはなんだろうかという問題にもつながります。
節子の写真を見ながら涙を出すことが、もしかしたら癒しかもしれません。
つまり、悲しさや寂しさの渦中に自らを置くことが癒しなのです。
「癒し」そのものが、癒しと言うわけです。

癒しの渇望に覆われた人生。
それも一人では背負い難いほどの大きな癒しへの渇望。
もしかしたら、それこそが節子の私への贈り物だったのかもしれません。
だとしたら、簡単に癒されるわけにはいきません。
癒されない人生も、また豊かなものなのです。
最近、そんな心境になっています。

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■名護市市議会議員選挙と民主党代表選

名護市の市議会議員選挙は、辺野古への基地移設に反対する稲嶺進市長派が過半数を占める結果になりました。
これで、現政府が目指している辺野古移設はさらに困難になったといえるでしょう。
民主党代表選で世間は盛り上がっていますが、この選挙結果は、代表選の行方に利用されている、無責任な「民意」とはまったく次元が違う「民意」です。
不断は政治に興味も示さず、国会の議論さえ見たこともない人たちが、人気投票さながら、小沢か菅か、などと無責任な投票をしているのとは違うのです。

地域主権とは、そうした「民意」から始まります。
地方分権とはパラダイムがまったく違います。

テレビ報道を見ている限り、報道されているのとは反対に、私は小沢さんがもしかしたら代表になるのではないかと思い出していますが、もし小沢さんが首相になったら、基地問題はどうなるでしょうか。
脱沖縄で進みだすのでしょうか。
もし菅さんが代表になったら、この名護市の住民の民意はどうなるのでしょうか。
この選挙結果が、代表選tの関係であまり語られていないのが不思議です。
この結果こそ、私には大きな民意に感じるのですが、

時代の変わり目には、論理の飛躍が不可欠です。
鳩山前首相の「友愛理念」は、まさにイノベーティブの理念でした。
しかし残念ながら変革を起こし損ねました。
小沢さんの発想はイノベーティブではなく、むしろ徹底的に在来型です。
しかしもしかしたら、レジームを壊すことができるかもしれません。

小沢さんが代表になり、この閉塞状況を打破してくれることを期待します。
明日はどんな用事が入ろうともキャンセルし、2時には帰宅し、テレビの前で代表選の経過をしっかりと見るつもりです。
もしよほどの用事がなければ、みなさんもぜひテレビできちんと見て欲しいです。
夜のニュースでの部分放映は、いつも編集意図が入っています。
その情報操作に乗ってしまうことは避けたいものです。

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■貧しくても豊かな時代

谷啓さんが亡くなりました。
そのせいか、今日はラジオでクレージーキャッツの懐かしい曲がよく流れていました。
そこには大学8年生とか万年平社員とか、安月給とか、そんな言葉がたくさん出てきました。
それを聴いていて、今とはまったく違った「貧しくても豊かな時代」だったなあと思いました。
安月給でも、万年平社員でも、何とか楽しくやっていけた社会だったように思います。

どこが今と違うのでしょうか。
当時はまだまださまざまな「無駄」が存在していました。
さまざまな生き方も受け入れられていました。
会社にもさまざまな役割が存在していました。
よく言われたように、昼間の仕事はできなくても、夜の宴会や休日の社員行事では活躍する人も、みんなに愛されていました。
しかし、今やそんな役割は会社からはなくなったようです。

当時も格差はあったかもしれません。
しかし今のように切り離されてはおらず、固定もしていませんでした。
そしてなによりも、「貧しくても」生きていけました。
わが家は貧乏でしたが、働き者の両親のおかげで、苦労もせずに生きていました。
お金よりも大事なものがあることも、その暮らしの中から学んできました。

社会はどこからこんな風になってしまったのか。
「貧しくても豊かな時代」は、ノスタルジアでしかないと言われそうですが、決してそうではありません。
成長こそが社会を豊かにする、などという信仰を捨てさえすれば、おそらく「もうひとつの豊かな社会」が見えてくるはずです。
それに、今の日本にもまだ各地にたくさんの「貧しくても豊かな社会」が残っているように思います。

貧しくては豊かにはなれないなどという言葉にだまされてはいけません。
それは、他者の貧しさの犠牲の上に、お金儲けしたいと考える金銭亡者たちの宣伝文句でしかありません。
そして彼らもまた決して「豊か」ではないのです。
だからこそ、ますますお金を集めたがっているのです。

「貧しさ」と「豊かさ」の対語ではないのです。

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2010/09/12

■節子への挽歌1106:涙のない人生にはしたくありません

一昨日の時評編に、届いたメールを読んで涙が出た話を書きました。
説明不足で、読んだ人には意味がわからなかったかもしれません。
しかし、その最後に書いた次の2行が、私の意識に大きな影響を与えています。
自分が書いた文章に影響されるというのはおかしく聞こえるかもしれませんが、実はそれこそがフレイレの識字教育活動の大きな意味なのです。
それについては、また時評編で書きたいと思います。

さて私が書いた2行です。
人が生きていくことと涙はつながっています。
涙のない人生にはしたくありません。
この2行は自然と出てきた言葉です。
でも書いてみると、すごく納得でき、しかも今の私の生き方がとても肯定できる気がしてきたのです。

節子
涙のある人生は、やはりとても豊かなのです。

最近、ますます私は涙もろくなっています。
節子がいなくなった頃のように、突然に理由もなく涙がこぼれだすことはなくなりましたが、ちょっとしたことに涙が出そうになります。

もっとも、節子も私も、もともと涙もろく、テレビなど見ていても、お互いにすぐ涙が出てくるタイプでした。
どちらかといえば、私よりも節子が涙もろかったでしょうか。
節子が私のことで涙を流した記憶がないのが、いささか残念ですが、涙もろい節子が、私は大好きでした。
涙をこぼす節子は実にセクシーでした。

節子を見送った後、私はたくさんの涙を流しました。
でも最近の涙は、それとはちょっと違うのです。
とても小さなこと、とても個人的なこと、そうしたちょっとしたことで、心身が揺さぶられるのです。
その意味を読み取ることができるようになったからかもしれません。
生きていることに、少しだけ余裕ができてきたからかもしれません。

生きていると、涙は出てくるものです。
悲しくても、うれしくても、苦しくても、楽しくても。
涙する生を生きられていることをうれしく思います。

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■民主党代表選と2つの判決

民主党代表選での報道や立候補した2人の議論から、いろいろなことが見えてきました。
見えてきただけでなく、気づいたこともあります。
一番大きな気づきは、私自身の見識のなさと世界の狭さです。
どうも私はものごとをネガティブに捉えすぎているかもしれないという反省です。

それはともかく、相変わらず世論は管さん支持のようです。
それが「民意」で、それと正反対の小沢立候補は民主主義に反するという人も少なくありません。
「民意に従うのが政府」という人もいます。
これは私には大きな違和感があります。
ヒトラーも昭和の政府も「民意」にしたがったのです。
大切なのは「民意」とは何かです。

まあ、それもともかく、テレビなどで政治記者や政界に詳しいだろうと思われる人の話をよく聞いていると、政策面や実行力の点では小沢支持派が少なくないように感じます。
ここは「小沢首相」にしたほうが状況を打破できるのではないかというニュアンスが伝わってきます。
しかし、「政治とカネ」の点で、みんなノーというのです。
もっとも「小沢さんの政治とカネの問題ももう解決している」と明言した人も、私は少なくとも2人、テレビで見ました。
勇気ある発言です。
でもまあ、私のように暇にあかせてテレビを見続けている人は少ないでしょう。
この2週間、私は録画までして民主党代表選での小沢さんや菅さんの出演番組を見ていました。
私の評価では間違いなく、真面目に考えているのは小沢さんのような気がします。
菅さんは、言葉が飛んでいて内容が感じられませんでした。
どんな市民運動をしてきていたのでしょうか。

まそれもともかく、この時期に、それとはまったく無縁とは思われない2つの裁判の判決が出ました。
鈴木宗男事件と村木厚子事件です。
前者は、そのつながりは明らかですが、後者も民主党の石井一議員をターゲットとした事件ですから、まさに小沢落としにつながっている裁判です。
皮肉なことに一つは有罪、一つは無罪です。

正反対の判決が、日を置かずに出たのは偶然でしょうか。
次のような指摘もあります。
古川利明さんというフリージャーナリストの方は、自分のブログで、村木事件の無罪判決で世論を燃えさせないために、その直前に鈴木事件の上告棄却を発表させたというのです。
そんなバカなという気もしますが、そうであればとても納得できる気もします。
古川さんは毎日新聞の記者だった人のようですが、そのブログは刺激的です。
http://toshiaki.exblog.jp/

それにしても、この2週間の民主党代表選騒ぎはいろいろと政治やマスコミや世論の実態を見せてくれました。
明後日の代表選の結果で、日本の先行きがかなり影響されるような、とても大事な選挙だと思いますが、投票権のないのが残念です。
民主党員にはなりたいという気持ちにはなれませんでしたが、そろそろやはり自分が支持する政党に参加するべきではないかと思い出した次第です。
政党嫌いなどと言っている段階は過ぎてしまったようです。

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2010/09/11

■節子への挽歌1105:「こういう人の関わり」

節子
時評編で書きましたが、一昨日、福岡のNさんからメールをいただきました。
Nさんは、節子の見舞いにわが家まで来てくれましたし、お別れのためにもわざわざやってきてくれました。
節子や私をいつも元気づけてくれる存在です。
そのNさんのメールを読んでいて、なぜか急に涙が出てきたことを、昨日時評編のブログに書きましたが、その後、いろいろな思いが浮かんできました。
うまく書けるかどうかわかりませんが、挽歌でも何か書いておきたくなりました。
節子と共有したいと思ったのです。

Nさんは、ブログに引用したメールの後、またメールをくれました。

私が体調を崩した時に、その地域の母ちゃん達(ばあちゃん達になりましたけど)は、
「ハーモニカの練習を始めたい」と言い始めたのです。
どうすれば私が元気になるだろうかと、
自分達ができることのあれこれを、実に具体的に差し出してきます。
こういう人の関わりの中にいたい…と、私はその地域に戻ります。
Nさんはハーモニカの名手です。
節子にもハーモニカを演奏してくれました
まあここまで書いてしまうと、Nさんが誰かわかってしまいますね。
西川さんです。

西川さんの体験と同じ体験を私もしました。
節子が逝ってしまった後、私の心身が凍えて動けなくなっていた頃です。
いろんな友人知人がやってきて、いろいろと相談を持ちかけました。
相談に乗る気分にはなれなく、たぶんいい加減に対応していたのだろうと思います。
しかしそれを繰り返しているうちに、いつの間にか私はその気になってしまっていたのです。
昨春から活動を再開できたのは、そうしたことのおかげかもしれません。
私もまた、西川さんと同じように、そういう人の関わりのなかにいたいと思っています。
節子と会えなくなって、とても寂しく辛いのですが、そうした人との関わりが私を支えてくれているのです。
その人たちを裏切ることはできません。
それに、支えると支えられるは切りはなしなどできませんから、私だけの問題ではないのです。
これが「こういう人の関わり」の意味だろうと思います。

西川さんのメールを読んでいて、改めて周りの人たちへの感謝の気持ちで一杯です。

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2010/09/10

■特捜部の責任が問われるべきではないか

村木元厚労省局長の大阪地裁の判決は無罪でした。
特捜部の出した調書がすべて否定された結果です。
あらかじめ筋書きを立てて、それに合わせた調書を、脅迫めいたやり方もとりながら仕上げていく方法はそろそろ見直されるべきです。
今回はあまりにもひどい進め方だったので、検察側自体も無罪を予想していたようですが(それもひどい話です。その意味をよく考えてください。権力による犯罪を白状しているのですから)、小沢さんや鳩山さんの秘書事件も、さらには鈴木宗男事件も、そうだったのではないかと疑いたくなるほどです。
事実、私は疑っていますが。
同じ文化の中で遂行されたことですから。
同じ組織のメンバーはみんな同じ枠組みで動くものだと考えるのが私の発想法なのです。
それになじめなければ組織を離脱すべきですから。

今回はまだ第一審が出た段階ですが、もし検察が控訴しなかったとしたら、特捜部のトップは責任をとるべきではないかと思います。
検察にもしわずかでも良識があるのであれば、当然のことです。

私は常々、冤罪判決を出した裁判官は、裁かれるべきだと思っています。
仮に死刑判決を出した人は、死刑を含めて、罪を受けるべきだと思います。
それくらいの責任感がなければ、人を裁くことなどできないはずです。
ちなみに私は死刑反対ですので、死刑判決は出すべきではないとは思っていますが。

特捜部は、その始まりからして、権力とつながっています。
権力に対峙するには、より大きな権力が必要だったからだと思いますが、時代は変わっているのです。
そろそろ制度そのものを見直すべき時期に来ているように思います。
アメリカの金持ちたちに迎合した人たちが、いまなお特捜部を動かしているとは思いたくありませんが、そんな感じをどうしても拭いきれません。

同じ日に、日本振興銀行が破綻したのも偶然とはいえ、象徴的です。
この事件には特捜部は動いているのでしょうか。
動いているとしたら、少しはホッとします。

厚労省の文化の現実を木村さんが気づいてくれるといいのですが
問題は司法界だけではなく、行政の世界にもつながっているのです。
村木さん自身が、これから何をやるかには大きな関心があります。
厚労省の犯罪性にもぜひ取り組んで欲しいと思います。
根は同じなのですから。

村木さんの記者会見を見ていましたが、ちょっともの足りませんでした。

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■識字教育

このブログの挽歌編を読んでいる人から、時々、まだ涙から縁を切れないのかというようなことを言われることがあります。
もちろん悪意ではなく、好意的な思いでの発言ではあるのですが。

挽歌ではなく、涙が出ることもあります。
なぜ涙が出るのかはわかりませんが、メールを読んで涙が出ることがあるのです。
昨日も、そういうメールが届きました。
私が敬愛する人からです。

なぜ涙が出たのか。

「自殺と鬱の経済的な波及を試算する」という、唖然とするような事態の中で、ある地域での労働争議のときのことを思い出します。
その部落には、体育施設の製造工場がありました。
部落の父ちゃん達は、この工場に何人も務めていたのです。

労働組合が結成されてから、様々な問題が露呈してきました。
会社は、「ミスの多発」を突いてきました。「こんなに損している…」と。
なぜミスが多発するのかを調べてみて、思いがけない(当時の私には)ことが分かりました。
部落の父ちゃん達は、文字が読めないために、「経験と勘(?)で」仕事をしていたのです。

父ちゃん達とは、「ミスは、損得ではなく、体育施設や遊具を使う子ども達の安全の問題」だと、話し合いは続きました。
そして、「ミスをなくそう!」と、父ちゃん達は、改めて決意するのです。

彼らは、平仮名の勉強からスタートしました。
なにしろ、がみがみ言うだけで酔っ払っている父ちゃん達が突然「勉強」を始めたのです。
一番びっくりしたのは、子どもたちでした。
…。
こうして、「親子識字」が点々と開かれるようになったのです。

金に捉われている今は、その捉われている自分達を捉えかえすことなしに、
変わっていくことはないように思います。
NPOもしかりです。
行政は、「お金がご入用でしょう…」とすり寄ってくるのですから。

私がブログで書いたフレイレの「希望の教育学」に関して、メールをくださった方からのメールの一部です。
「希望の教育」は、南米の話やフレイレを持ち出すことまでもなく、この国でも行われていることなのです。
そして、この方のやさしさの源がわかった気がします。
その人は、こうした体験の延長に、いまもしっかりと地に足つけて生きています。
それが涙の理由でしょうか。
もっとしっかりと生きねばなりません。
フレイレを読むだけでは何の意味もない。

人が生きていくことと涙はつながっています。
涙のない人生にはしたくありません。

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■節子への挽歌1104:心ここにあらずの2週間

節子
入院騒ぎをしていたチビ太が少しずつ元気になってきました。
まだ通院ですが、少しずつ立ち上がれるようになりました。
退院直後は、チビ太の寝起きしているところにユカと私が交代で寝ていました。
節子を看病した3年前のことを思い出さないわけではありません。

それにしても、チビ太と節子の症状はとても似ていました。
犬に似ていたというと節子は気を悪くするかもしれませんが、忠犬息子が節子をなぞっていたといえば、印象は変わるでしょうか。
まあそれはともかく、3年目の、まさにその日に、チビ太は節子を再現したとしか思えないのです。
霊界とつながっているといわれる犬であればこそのことだったかもしれません。
位牌を囲むたくさんの花々。
命日に供えられたいろんな供物。
その前で、チビ太が節子を再現している。
こんな書き方をすると不謹慎に聞こえるでしょうが、私には霊界との交流の行事だったようにも感じられます。
しかも、外ではヒヨドリの巣立ちまで重なったのです。

3回目の命日を前後した2週間は、気のせいか、時間が速く過ぎました。
命日を過ぎてから、今日でもう1週間です。
この1週間はほとんど何もしなかった感じです。
実際には10人以上の人とお会いしていますが、頭がうまく作動していなかったような気がします。
何を話したのか思い出せないのです。

暑さも少し変わってきました。
新しい季節がはじまります。
4年目は、少し違った歩みをすることになるかもしれません。
この2週間は、その通過期間だったのかもしれません。

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2010/09/09

■節子への挽歌1103:「家族はいいもの」

■1103:「家族はいいもの」(2010年9月9日)
「男はつらいよ」で有名な映画監督山田洋次さんが、数日前の朝日新聞のインタビュー記事で、「『家族がいいもの』というのはしょせん幻想、という気もする」と話していました。
家族をテーマにしたさまざまな映画をつくってきている山田監督の言葉だけに大きなショックを受けました。
救いは、「気もする」であって、「気がする」ではないところですが。

山田監督も言うように、1970年代頃から「家族の崩壊」は話題になっていました。
しかし、それを防ぐ動きはなかったように思います。
私はこの20年、まちづくりやNPOにかかわっていますが、私の体験では「家族」が肯定的にテーマとして語られだしたのは5年ほど前からのような気がします。
その頃から、「家族のあり方」をきちんと考えなければという動きが出てきたような気がします。
ただ実際には、家族のあり方が変わったようには思えません。

わが家は家族としてあまりしっかりはしていません。
「あったかい家族」と言われていますが、家族としてはあまり模範にはなりません。
娘たちは小さな時から、わが家は少し変わっていると思っていたようです。
しかも子育てもあまり褒めたものではありません。
その責任は私と節子にあります。
子どもよりも伴侶、というと正しくはありませんが、わが家族の軸は間違いなく夫婦でした。
それは当然だという人もいるでしょうが、娘たちをしっかりと育てるという視点が少なかったかもしれません。
その何よりの証拠は、いまも孫がいないことです。
孫のすばらしさは友人たちからよく聞かされます。
その話を聞く度に、なぜか節子に謝りたくなります。
私の理由で孫がいないわけではないのですが、節子に孫を抱かせてやれなかったことが、取り返しのつかない悔いとして残っています。

それはともかく、私は家族がすべての基本のように思います。
家族はいいものなのです。
私がいまこうして何とか元気でいられるのは、節子を含めた家族のおかげです。
軽々に「家族はいいものではないかもしれない」などといってほしくありません。
「家族的なもの」も含めて、家族はいいものです。
誤解されないといいのですが、狭い意味での血縁家族に限った話ではありません。
人は支え合いながら生きているとしたら、その原点が家族にあることを忘れてはいけません。

なんだか時評編に近い内容になってしまいましたが、節子との関係においてでしか、私は家族のあり方を考えられないので、挽歌編に書かせてもらいました。
とても「わたし的」な家族に支えられていることを感謝しています。

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2010/09/08

■司法関係者は本来的に腐敗します

権力の座にある者は必ず腐敗すると言われます。
もしそれが正しければ、司法界の裁判官や検察官、あるいはそれにつながっている警察は腐敗の対象にはならないのでしょうか。
今回の鈴木宗男さんの記者会見を聞きながら、そんなことを考えました。
いささか過激ですが、書いておきます。

裁判とは正義を守るための装置ですが、それは同時に、正当化された「暴力装置」です。
戦争に見るように、正義と暴力は切り離せないのですが、それをつなげて考える人は少ないのが不思議です。
いうまでもなく、裁判は合法的に人の自由や、時には生命まで奪うことができます。
それは、今の時代においては、飛びぬけて強大な「権力」です。
その権力の上に長年生きていればどうなるでしょうか。
その権力を行使することの大変さや心労は並大抵ではないでしょう。
好き好んで暴力を振るっているわけでもありません。
私にはとても背負いきれないほどの重荷を背負っているはずです。
しかし、それはそれとして、人の生死を決める権力を持つ裁判官や検察官が腐敗していないはずがないのです。
それは、個人の資質や責任の問題ではありません。
「権力は腐敗する」という命題の冷徹な結果でしかありません。

いくつかの冤罪事件や村木さんの裁判で示されたように、権力の正義は暴力的です。
自らは裁きの対象にはならないように守られているとしても、その暴力は必ず自分に跳ね返ってきます。
それへの防衛機制として、裁判官や検察官は、自らの正義感を過剰に確信せざるを得なくなります。
暴力とは一方的な行為ではなく、双方向的な関係概念なのです。

司法も、権力である以上、腐敗するのです。
しかしなぜか多くの人はそれに気づきません。
司法は正義だと洗脳されているからです。
しかし、そろそろ司法のあり方を考え直す時期に来ています。
それは、裁判員制度を導入すれば解決する話ではありません。
基本的な制度設計の理念を考え直す必要があるように思います。

サンデル教授は、これからの正義の話をしようと呼びかけていますが、その問いの意味は実に含蓄があります。

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■鈴木宗男裁判判決の政治性

北海道開発局の工事や林野庁の行政処分をめぐる汚職事件で裁判になっていた鈴木宗男衆院議員の上告を最高裁は棄却しました。
なぜこの時期にと、とても政治的な印象を受けました。
そう感じたのは私だけではなかったようで、鈴木さんの記者会見の席では、民主党代表選との関係や村木さんの冤罪疑惑裁判との関係などの質問もありました。

テレビの報道番組で、元特捜検事だった人が、裁判はそうした政治的なことには影響されないと断言していましたが、そもそも裁判は政治的なものなのです。
そんな自覚さえない人に正義面してほしくないものです。
その人は、鈴木被告は社会の信頼を貶めたのだから棄却は当然だといっていましたが、冤罪の発覚つづきで司法の信頼を落としているあなたたちの責任はどうなのかと問いたいものです。

特捜を代表とする検察は、まさに権力の執行者であり、政治行為そのものですし、裁判も政治の強制力を発揮する場です。
裁判で大事なのは「正義」ですが、その「正義」は国家権力にとっての正義であり、生活者のための正義ではありません。
検察は軍隊と同じく、コラテラルダメッジは切って捨てるためにあります。
それが悪いわけではありません。
それがそもそもの制度の思想だからです。
判決に政治性がないなどと言うことはまったくないのです。

大切なことはその自覚を持つことです。
司法の中立などというのはありえない話なのです。
その中立性や正義性のイメージのもとで何が行われているか。
行われているのは、まさに「政治」です。
当事者はそんなことはわかっているはずですが、だからこそあまり直接的にではなく、慎重に行ってきたように思います。
しかし、最近は歯止めがなくなったように、あまりにもあからさまに行なわれているような気がします。
まさに治安維持法時代の前夜のようです。

鈴木さんの弁護士は、これは冤罪だというような発言をしていました。
冤罪かどうか私にはわかりませんが、それよりもこの事件を政治的に活用している人がいるのではないかと言う疑惑を拭いきれません。
考えすぎでしょうか。

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■節子への挽歌1102:人を心から愛したことのご褒美

先日、息子さんを亡くした友人に会いました。
葬儀の時、一番辛いのは喪主の挨拶だという話になりました。
話すほうも聴く方も、辛い時間です。

彼はとても話せないと思っていたというのです。
息子を見送る辛さを考えるとその状況はよくわかります。
ところがその瞬間になったら、なぜか話したくなって、自分でも信じられないくらい、いろいろ話してしまったというのです。
なぜ話す気になったのか、そしてなぜ話せたのか。

前にこの挽歌に書きましたが、私もまったく同じ体験をしました。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2008/03/post_3784.html
娘たちにもとても話せないので挨拶は「ありがとう」の一言にすると話していました。
娘たちもそれがいいと言っていたのです。
ところがその段になって、来てくださった人たちに向かう形で立ち上がったら、話さなければと思ったのです。
話し出す最初の一言は胸につかえましたが、話し出したら言葉が堰を切ったようにでてくるのです。
涙もなく、元気に話せました。
まるで節子が乗り移ったようでした。
そして、不謹慎にも不思議な高揚感があったのです。
しかも、後でパソコンに向かったら、その時話した言葉が自然と浮かんできて、文字にできたのです。

その体験が私には実はどうもしっくりこずに、奇妙な罪悪感さえあったのですが、同じような体験をした友人に出会えて、安堵しました。

この数日、節子の命日だったこともあり、節子のことを話す機会が何回かありました。
節子のことを話すと、今でも時に涙をこらえられなくなるのですが、同時にまた、不思議な高揚感を得られることがあります。
特に、節子のことをまったく知らない人に節子の話をする時に、その高揚感がやってくるのです。
初対面にもかかわらず亡き妻の話をするのはいささか異常ですし、聴く方も迷惑な話だろうと思いますが、なぜかそういう機会が時々あるのです。
節子はいまなお、私に力を与えてくれる存在なのです。
人を心から愛したことの、これはご褒美かもしれません。
お金では絶対に買えないものなのです。

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2010/09/07

■「お金はいくらあってもいい」

お金の話をもう一つ書きます。
今日のクローズアップ現代は、日本の森林が海外資本に買われだしているというテーマでした。
私がずっと気になっていたことですが、それがすでに現実になっていると聞いて驚きました。
以前書きましたが、明治新政府は「総有」という発想を捨ててしまったのです。
そこに侍の発想の限界があったような気もします。

それはともかく、その番組に所有していた森林を外国資本に売った人が、
「相場よりかなり高い買値を言われた、お金はいくらあってもいいし」
と話していました。
その発言がとても気になりました。

「お金はいくらあってもいい」
食べ物は自分が食べられるだけあればいいですし、それ以上あっても腐らせてしまいます。
土地も自分が使える広ささえあればいいですし、その広さはトルストイがおしえてくれたように「いくらあってもいい」ことはありません。
しかし、お金だけはありすぎても無駄にはなりません。
いくらでも使えるからです。

しかし、それでも、「お金はいくらあってもいい」でしょうか。
私はそうは思っていません。
まあお金をたくさん持ったこともないので、そう思うのかもしれませんが、お金持ちで幸せそうな人を思い出せません。

最近読んでいるパウロ・フレイレはこう書いています。

「被抑圧者のみが、自分を自由にすることによって、抑圧者をも自由にすることができる」

抑圧者の特質はお金をたくさん持っていると言い換えてもいいでしょう。
フレイレによればこうです。
「所有への渇望は抑えがたいもので、その衝動に突き動かされているあいだに、彼のなかには、カネさえ出せばなんでも買えるという確信が昂じてくる。抑圧者の思想は徹底的に物質主義的なものになっていく。カネこそがあらゆるものの尺度であり、儲けこそが彼のすべてに優先する目的になる」
「かくして人間としての存在証明は、結局は「物」の所有に還元されていく。」

どうですか、フレイレを読んでみたくなりませんか。
フレイレ関係の3冊のお薦め図書は次の通りです。
「被抑圧者の教育学」
パウロ・フレイレ『被抑圧者の教育学』を読む」
「希望の教育学」

ちなみに、私がフレイレの何に感激したかといえば、彼は「教育とは革命だ」と考えているところです。
これは今の日本の教育の正反対の発想です。

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■「お金換算」でしか考えられない厚生労働省の体質

厚生労働省が、「自殺やうつ病による経済的な損失(2009年)が約2.7兆円」と発表したという報道に唖然としました。
その数字の計算根拠や集計の仕方(性格の違うものを足していますので無意味な数字だと思います)もめちゃくちゃだと思いますが、こうした発想で「自殺対策特別チーム」が動きとすれば、日本の自殺者は増えこそすれ、減ることはないでしょう。
日本の自殺問題の捉え方は私には大きな違和感がありますし、事実、話題になりながら一向に減る気配もありません。

私自身、昨年、自殺のない社会づくりネットワークの立ち上げに関わりました。
私の意識では「自殺のない社会づくり」のとりくみと「自殺防止対策」とは全く別のものです。
この点はなかなか理解してもらえませんが、簡単にいえば、対処療法か根本解決かの違いです。
もっともこれは、このネットワークの共通認識では必ずしもなく、私の個人的考えなのですが。

それにしてもなぜみんな「お金換算」でしか考えないのでしょうか。
そういう姿勢こそが、自殺などという問題を引き起こしているのです。
お金の問題からどうして自由になれないのか、それを考えなければいけません。

私はさまざまな分野のNPO活動にもささやかに関わっていますが、最近そこで嫌気を感じているのは、そこでもみんな「お金発想」から抜けられずにいる人が多いことです。
その結果、まさに「貧困ビジネス」的なことが起こりうるのです。
生活保護費をめぐって「囲い屋」的な貧困ビジネスへの規制は少しずつ強まっていますし、最近も大阪のNPO関係者が逮捕されていますが、福祉の世界の「お金まみれ」はとても気になります。
先日、生活保護をテーマにした話し合いの場も持ちましたが、みんなの関心もやはり「お金」ばかりで、私にはやりきれない感じがしました。

問題は「自殺」ではありません。
「自殺に追い込まれる社会のあり方」なのです。
つまり私たち一人ひとりの生き方です。
木を見て森を見ず、になってはいけません。

今回の厚生労働省の発表を知って、やはり厚生労働省は体質が変わっていないと思いました。
年金で集めたお金でお祭を続けてきた文化がまだ残っています。
まともな厚生労働省職員はいないのでしょうか。

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■節子への挽歌1101:人が一人欠けると社会は変わっていく

節子
節子の命日の前後に、節子の友人何人かと直接、あるいは電話で、話す機会がありました。
節子がいなくなってからの恒例行事です。
元気そうになりましたね、という人もいれば、相変わらず泣いているのでしょうと冗談を言う人もいます。
でもみんなこの時期になると節子のことを思い出してくれるのです。
感謝しなければいけません。

節子の友人たちもみんなそれぞれに高齢になってきました。
ですからいろんなことがあります。
訃報もないわけではありません。
伴侶が病気になって、という話もあります。
そういう話がこれからますます増えていくのでしょう。

みんなから一様に言われるのは、きちんと健康診断を受けてくださいよということです。
私はあんまり健康診断が好きではありません。
日本の病院そのものがそうですが、健康診断に行くと自分が家畜のような気がしてとてもいやなのです。
はい、バリウムを飲んで、息を大きく吸って、はいて、・・・。
これが私にはとても苦痛です。

節子が元気だった頃は、それでも節子のために健康でいなければという気がありましたから、いやいやながら健康診断に行きましたが、今はその気も消えてしまいました。
それに、健康診断で悪いところが見つかったとして、だからどうだとも思います。
早期発見なら対処できるといいますが、病気を治したところで、余生にそれほど意味があるわけではありません。
なにしろもう節子はいないのですから。

今回、とても気になっていることがあります。
いつもなら来てくれるか電話をしてくるはずの人から連絡がないのです。
私の友人ではなく、節子の友人ですから、こちらから電話するのもはばかります。
でもこうやって人のつながりは消えていくのかなと思うこともあります。
人が一人欠けると社会は変わっていくものであることがよくわかります。
自分では意識しなくても、老いは確実に生活を変えていくようです。

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2010/09/06

■節子への挽歌1100:黒ストッキングと黒ネクタイ

節子
昨日、みんなと話していて話題になった話の一つです。
節子がいた頃からよく話題になった話です。

小学校の入学式にジュンは黒いストッキングをはいていったそうです。
ジュンはいやがったそうですが、節子が入学式には黒いストッキングだと断言したのだそうです。
節子は、多くの場合は何でもありなのですが、時にかたくなに自分の考えを曲げないことがありました。
これはその一つです。
自己主張の強い子だったジュンも、節子に押し切られたようで、しぶしぶ黒いストッキングをしていったそうです。
ところが、いざ学校に行ってみると黒いストッキングはジュンだけだったそうです。
ジュンは感受性のとても強い子なので、とても恥ずかしかったといつも笑いながら話します。
節子がいたら、節子が一番大笑いするのですが。
正式な儀式にはそれ相応の服装をしなければいいけない、という、礼を重んじる人と思うかもしれません。
とんでもない。

節子の実家で法事がありました。
私はフォーマルウェアが嫌いでできるだけカジュアルにすごしたいと思っている人間ですが、郷に入らば郷に従えで、節子の実家の法事の服装はすべて節子の指示通りにしていました。
ところが、その法事はみんな気楽に集まるので黒いネクタイなどしないでいいし、ましてや黒いスーツも必要ないと言うのです。
そうかなと少し不安だったのですが、節子の指示に従ってカジュアルな服装で行きました。
ところがです。
法事に集まってくる人たちはみんな黒装束で黒ネクタイなのです。
嘘だろうと、まさに忠臣蔵の浅野匠守の心境になったのですが、この時も節子は当時仕込んだ“so-so”(まあいいじゃないのというような意味だそうです)という言葉を使いながら笑ってしまっていました。
節子の「婿」として恥はかけないと同席していた義兄に頼んで開店を待って自動車で少し離れたお店にネクタイを買いに行きました。
何とか購入することができました。
節子はごめんね、とは言っていましたが、まあ節子にとってはso-soだったのでしょう。

つまり、黒ストッキングも黒ネクタイも、単に節子がいい加減だっただけの話なのです。
でもまあ、そのいい加減さのおかげで、節子は今なお楽しい話題を提供してくれるのです。
それにしても、節子は楽しい人でした。
まあ私にとっては、ですが。

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2010/09/05

■社会の保水力の低下

先日、地元で駅前の花壇整備をしている花かご会の人たちと話す機会がありました。
今年は雨が少ないので例年以上に水やりが大変なようですが、こんな話を聴きました。
まあみんな知っていることかもしれませんが。

今年は苗が弱っていたためか育ちが悪く、そのため土が見える部分が多いため、草花が一面に広がるまでは花壇の保水力が低かったというのです。
当然の話なのですが、それを聴いてハッとしました。

草花が多いと水の消費は多いはずです。
しかし草花が少ないと土壌の保水力が低下し外部からの水の供給必要量は増加します。
これって、なんだか地域社会の元気度につながっているような気がします。
あるいは環境問題への示唆を含んでいるような気がします。
さらには、昨今の企業経営にも、また政治状況にも通じています。

少し極端に翻訳してみましょう。
強い草花だけが残ってしまった花畑の土壌の保水力は低下し、どんどん弱肉強食が進行し、最後はみんな枯れてしまい砂漠になる。

昔、ある雑誌に書いた原稿の一部です。

日本古来の農業は土壌を作ることに目が向けられていた。しかし、工業的な農業は生産を高めるために農薬や化学薬品を多量に土壌に投入し、結果として土壌を殺している。土壌が死んでしまえば、もはや農業は成立しない。同様なことを企業は社会に対して行っていないだろうか。市場化を急ぐ余り、自らの存立基盤である社会を荒廃させていないだろうか。企業は「社会の子」である。社会を荒廃させながら企業が発展を続けられるわけがない。米国社会の荒廃は我々にとって教訓的である。(「企業の豊かさ・社会の豊かさ」
社会の保水力。
いま私たちの周りから消えているのはこれからもしれません。

今夏は異常な暑さでした。
地球温暖化の影響だとみんな言います。
地球温暖化などまったく問題にしていない私としては、そんなはずはないと思っていました。
そしてその原因がやっとわかったのです。
この暑さの原因は、社会の保水力の低下なのです。
だから汗がどんどん出てしまい、ますます暑くなる。

まあいつもながらのわけのわからない論理ですが、私はとても納得できました。
さてそうしたら保水力を回復できるか。
いろんな人をどんどん増やして、社会を覆うのがいいのです。

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■節子への挽歌1099:節子が不在でも、節子の話が出ると元気が出てきます

節子
チビ太が昨日容態を急変させ、緊急入院してしまいました。
症状が節子とあまりにも似ていたので、悪夢の再来かと思ったのですが、みんなの祈りが通じたのか、あるいは節子が守ってくれたのか、最悪の状況は脱しました。
ICUから一般病棟に移って、意識も戻りました。
明日には退院できそうです。

チビ太が1日いないだけでも、何かが抜けたような気がします。
家族が欠けることの意味はやはり大きいです。

今日は近い親戚で、節子を偲びながらの会食をしました。
節子も聴いていたでしょうか。
いつもはうるさいチビ太がいないせいか、ゆっくりと話せました。
しかしやはり節子がいないとどうもしっくりしません。

節子の話題もいろいろと出ました。
節子がたとえ不在でも、節子の話が出ると少しは元気が出てきます。
そしてつくづく節子は良い伴侶だったと思います。
節子と暮らしを共にできたことを感謝しています。
私には、あまりにも短かったですが。

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2010/09/04

■長寿者の行方

今日は衝撃的な話を聞きました。
東尋坊で自殺防止活動をしている茂さんからお聴きした話です。
茂さんはテレビでもよく紹介されているのでご存知の方も多いと思いますが、とても誠実な人です。
自殺防止活動というよりも、人命救助活動をされているというほうが正確です。

最近、長寿者の行方が問題になっています。
生死が確認できないまま年金などを遺族が受給してしまっている話も報じられています。
私には実に驚くべき話なのですが、今日、茂さんから聞いた話は、それ以上にショックでした。

最近、70歳を超える何人かの方を茂さんは保護されたそうですが、その中の一部の人は、自分が行方不明になれば子どもたちに年金が支給され続けるだろうという思いで、人知れぬ死を考えて東尋坊に来たのだそうです。
どこかおかしいです。
狂っているとしか言いようがありません。
貧困ビジネスが問題になってきていますが、問題はもっと深いのです。

先月、長野の姥捨て山の近くに行きました。
地元の人が、姥捨ては老人を邪魔者扱いするという話ではないのですと話してくれました。
ましてや長寿者が自ら口減らしのために自死する話でもないのでしょう。
きちんと調べていないので、間違っているかもしれませんが、小説「楢山節考」の姥捨てと暮らしの中の姥捨てとは違うのではないかと思います。
しかし、若い頃読んだ「楢山節考」は、私には強烈なメッセージでした。
以来、経済的な貧しさに強いマイナスイメージを持ち続けていました。
それを見直せたのは40代の後半になってからです。
もう少し早く気づいていれば、私の人生はもう少し変わっていたかもしれません。

姥捨てと長寿者の行方不明は別の話かもしれませんが、どこかでつながっているような気がします。
最近の70代の人たちは、まだ日本が経済的に貧しかったころに子どもたちのために一心不乱に働いてきた世代です。
若い頃読んだ「楢山節考」が、どこかで今の生き方に影響を与えているのかもしれないと思っても否定はできません。
だとしたら、ゾッとするような話です。

これまで長寿者の行方不明の報道に接すると、年金受給している子ども世代の生き方に悲しさと怒りを感じていましたが、もしかしたら長寿者の生き方が問題なのかもしれません。
今の社会は、やはりどこか狂っているとしか言いようがありません。
せめて自分だけでも、狂わないように生きていこうと思います。

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■節子への挽歌1098:静座整心

「静座整心」という色紙を掛け、香を焚き、般若心経をあげさせていただきました。 かってお経をあげているうちに、向こうからお経が聞こえてくるようになる、という話を聞きました。
節子

韓国にお住まいの佐々木さんからのメールです。
私たちのために祈ってくださったのです。
佐々木さんご夫妻は、節子の回復のために一方ならぬお心遣いをしてくださいました。
それに報えられなかったのが無念でなりません。
今もなおたくさんの心配りをしてくださっています。
佐々木さんばかりではありません。
たくさんの人たちが私たちのために時間を費やしてくれています。
それを思うと、私たちもまた、誰かのために時間を費やす元気が出てきます。
人のつながりとは、そういうことなのでしょう。
こうした関係が広がれば、世界は平安になるでしょう。
残念ながら、今の世界は支え合い、祈り合う関係はなかなか広がりません。

今日は湯島で、自殺のない社会づくりネットワークの交流会をやっていました。
20人近い人が集まり、久しぶりに湯島は熱気にあふれました。
東尋坊から茂さんも来てくれました。
みんなの話を聞きながら、みんなが望んでいるのに、どうして「支え合い、祈り合う関係」は広がらないのだろうかと思いました。

ところで、佐々木さんのメールです。
お経をあげていると向こうからお経が聞えてくる。
なるほど、そうなのだと思いました。
お経は彼岸に届き、そこで響いて返ってくる。
最近、それを忘れていました。

実は「静座整心」という心構えは、私の生き方からかなり遠いのです。
香を焚き、般若心経をあげるのは、佐々木さんと一緒なのですが、私の場合、静座整心ではないのです。
あえていえば、動座跳心とでもいえましょうか。
動きながら、さまざまなものに心身を向けながらの読経なのです。
節子が「修らしいね」と思っているだろうなと、いつも思いながら読経しています。
わが家の仏壇は、置かれている位置が高いため、立ったままお経をあげることもあって、静座整心には程遠いのです。

でも時にはやはり静座整心しないと彼岸からの響きは感じられませんね。
佐々木さんのメールを読んで、そう思いました。
明日は節子の声に耳を傾けようと思います。

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2010/09/03

■小沢一郎の話はとてもわかりやすいです

民主党の小沢さんが最近よくテレビで話されています。
私にはとても判りやすく、しかも納得のいくことが多いのですが、どうしてこうも小沢さんには悪いイメージが付きまとっているのでしょうか。

政治とカネの問題についても、ずっと前に書きましたが、私自身は小沢さんは説明責任を果たしていると思っています。
まだ果たしていないという人がいたら、これ以上何を説明しろと言うのかと、私は訊きたいです。
皆さんは答えられますか。具体的に。
それに検察が不起訴にしたのに国会でも説明しろというのは三権分立の点からも私には違和感があります。
検察の権威は地に落ちているのはわかりますが、それにしても検察って何なのかと言う話です。
今朝の午前中のテレビ朝日でのやりとりは、かなりまともなやりとりだったように感じましたが、週刊朝日の編集長と鳥越さんは、政治とカネの話はもう終わっているという認識を明言されていました。
アレっと思いましたが、いまさら何をと言いたい気もしました。
みんな見事に日和ります。
ぶれないのは小沢さんだけです。

財源の話もよく出ますが、パラダイムが違う前提で質問しても答えは引き出せません。
馬鹿げた質問が多すぎます。
小沢さんはよくまあ我慢してバカを相手にしているなと思います。
リーダーとは割に合わない存在だとつくづく思います。

もっともその小沢さんも、普天間問題では少しぶれを感じます。
それは彼が核信仰も含めた軍事国家発想から抜けられないからでしょう。
この点にいては、広島市長の秋葉さんとは世界が違います。

政治に関する私の予測はほとんど当たったことはありませんので、今回もはずれるとすれば、小沢さんは敗北するでしょう。
アメリカはそれほどやさしくはないからです。
バカな私たちが寄ってたかって、味方を排除していく。
そんな図式の社会構造が堅固に出来上がっているからです。

ややこしい表現ですが、要するに私は小沢さんが勝つと思っているのです。
なぜならば、社会が壊れてしまってきているからです。
壊したのは小沢さんではありません。
小泉さんに象徴される、金の亡者たちです。
皮肉な話です。

ちなみに、政治とカネを議論するのであれば、対象は小泉純一郎です。
そこを見誤っては何も見えてこないような気がします。
たかが数億円でごまかされてはいけません。

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■節子への挽歌1097:3回目の命日

節子
3回目の命日はずっと自宅で過ごしました。
いろいろな人が来てくれたこともあって、お墓には行けませんでした。

この日は、毎年、節子は花で囲まれます。
ユリとバラが好きなことを知っている人が多く、わが家はこの時期、ユリとバラのにおいが充満します。
それにしても節子は花に恵まれた人ですね。
私にはこんなことは絶対に起こらないでしょう。
いつもそう思いながら、花を見ています。

3回目の命日は思わぬ訪問客もありました。
先日から書いているヒヨドリです。
巣立ったヒヨドリが2羽、ずっと窓の外の木にとまっていました。
鳥になって帰ってきた節子なのかどうか、悩ましい問題ですが、まあこれは吉兆と考えましょう。

思わぬ訪問客といえば、夕方、宮部さんと小山石さんが、仕事の合間をぬって来てくれました。
節子は小山石さんのことは覚えているでしょう。
湯島をオープンした時に、小山石さんはたくさんの種類の紅茶を持ってきてくれました。
その印象が強くて、節子は小山石さんのことを時々話していましたから。

それにしても、命日を覚えてくれていることには感謝しなければいけません。
私などは自分の両親の命日さえ忘れることがあります。
親しい友の命日も忘れてしまっています。
節子の命日だけを覚えている自分の身勝手さが恥ずかしいですが、そうだからこそ、この日を覚えていてくださる人への驚きがあるのです。
「記念日」という発想がまったくない私が、唯一、意識し始めた日が今日でしたが、果たしていつまで覚えていられるでしょうか。

とても平安で、のんびりした、無為な命日でした。
お経は、私の般若心経だけです。
今朝まで意識不明に近かったチビ太も少し元気になりました。
たくさんの花がエネルギーを与えてくれたのかもしれません。
私は例によって、異常に疲れた気がします。
節子との距離を短くすると、いつもなぜか異常な疲れが残るのです。

4回目の命日、つまり来年の命日は旅に出てみるのもいいかもしれないと思っています。

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2010/09/02

■節子への挽歌1096:巣立ちと老衰

節子
今日は「巣立ち」と「老衰」に出会いました。

昨夜はめずらしくチビ太が鳴きませんでした。
ほめてやろうと6時半に起きて、チビ太のところにいったら、寝床を近くで座っていました。
ところが声をかけても動きません。
腰を抜かした感じで動けない様子なのです。
この数日かなりおかしくなってきているので、不安がよぎりました。
節子の命日に合わせて、彼も後追いするのかなどとよからぬことさえ頭をよぎりました。
後で聞いたら、娘も同じことを考えたそうです。
人間にしたらもう90歳を超えた老犬です。
いつどうなってもおかしくはないのです。
なかなか回復しないので、夕方、お医者さんに連れて行きました。
点滴をしてもらい薬を飲んだら少し回復しましたが、元気はありません。
もしかしたら熱中症ではないかといわれたそうです。
わが家はあまりクーラーをかけないのですが、人間は大丈夫でも老犬はだめのようです。
あの元気なチビ太も老いてしまったものです。

わが家の庭の木に巣をつくっていたヒヨドリのヒナが夕方、巣立ちました。
夕方帰宅したら、娘がちょうどそれを見つけたところでした。
1羽が飛びたったと思ったら、隣家の壁にぶつかって落っこちてしまいました。
まだうまく飛べないようです。
しかしゆっくりですが、みんなうまく飛び立っていきました。
実にうれしい風景でした。

巣立ちと老衰。
同じ日に、「生命」をこれほど生々しく実感できたのは、決して偶然ではないでしょう。

巣立ったヒナたちの写真を載せますが、老衰状況のチビ太くんの写真は、彼の名誉のために載せるのはやめましょう。
ただの熱中症だといいのですが、タイミングが合いすぎるのが不安です。

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明日は節子の3回目の命日です。

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2010/09/01

■節子への挽歌1095:人生の起承転結

節子
制作映像に関わっている小澤さんとゆっくり話しました。
小澤さんとは数か月前にコミュニケーションをテーマにした集まりで知り合いました。
私たちをつなげたのは、ナラティブ、物語です。
私はコミュニケーションとは物語づくりだと考えていますが、小澤さんのライフワークもどうやら「ナラティブ」につながっているようです。
みんなと一緒の集まりではなかなかゆっくり話せないので、今日は2人でお話させてもらいました。
テーマはもちろん「物語」です。

節子がいたら証言してくれるでしょうが、私は「物語」が好きです。
学生の頃から物語的な生き方を志向していました。
というとなにやら「つくられた人生」というような誤解を受けそうですが、そうではなく、自然に生きている自分を意識しながら生きてきたということです。
オルテガの「私は、私と私の環境である」という言葉を以前書いたことがありますが、まさにその生き方が学生の頃からの私の生き方でした。
つまり「2人の私」がいるのです。

環境を含めた私はプロデューサーです。
その私は、人生にも起承転結が必要だと思っており、47歳の時に私の物語を「転」じたつもりでした
その転じ方はそれなりにドラマティックで友人たちからは驚かれたほどですが、実はそれは私の人生にとっての「転」ではなかったのです。
それよりももっと大きな「転」が起こったからです。
節子との別れです。
伴侶を失うことは、それまで営々と築き上げてきた物語を一変させます。
自分で考えた小賢しい「転」とは違い、まさにそれは「2人の私」のいずれをも変質させる「転」でした。
そこから私の人生はまったく操作不能になり、改めて理性の小賢しさを思い知らされました。

今日、小澤さんと話していて、やっとそのことに気づきました。
そして、私にはまだ「結」の物語が残されていることにも気づきました。
昨日までは、いまは起承転結の結を生きていると思っていましたが、実際には「転」の時期だったのです。

人生の転機は、自分ではつくれないのです。
与えられるから転機なのです。
私の物語を、どう「結」するべきか、これは節子が残してくれた、私の「生きる意味」かもしれません。
もうしばらく「私の物語」は終わらないようです。
結の生き方を考え出さなければいけないようです。

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