« ■小沢一郎の話はとてもわかりやすいです | トップページ | ■長寿者の行方 »

2010/09/04

■節子への挽歌1098:静座整心

「静座整心」という色紙を掛け、香を焚き、般若心経をあげさせていただきました。 かってお経をあげているうちに、向こうからお経が聞こえてくるようになる、という話を聞きました。
節子

韓国にお住まいの佐々木さんからのメールです。
私たちのために祈ってくださったのです。
佐々木さんご夫妻は、節子の回復のために一方ならぬお心遣いをしてくださいました。
それに報えられなかったのが無念でなりません。
今もなおたくさんの心配りをしてくださっています。
佐々木さんばかりではありません。
たくさんの人たちが私たちのために時間を費やしてくれています。
それを思うと、私たちもまた、誰かのために時間を費やす元気が出てきます。
人のつながりとは、そういうことなのでしょう。
こうした関係が広がれば、世界は平安になるでしょう。
残念ながら、今の世界は支え合い、祈り合う関係はなかなか広がりません。

今日は湯島で、自殺のない社会づくりネットワークの交流会をやっていました。
20人近い人が集まり、久しぶりに湯島は熱気にあふれました。
東尋坊から茂さんも来てくれました。
みんなの話を聞きながら、みんなが望んでいるのに、どうして「支え合い、祈り合う関係」は広がらないのだろうかと思いました。

ところで、佐々木さんのメールです。
お経をあげていると向こうからお経が聞えてくる。
なるほど、そうなのだと思いました。
お経は彼岸に届き、そこで響いて返ってくる。
最近、それを忘れていました。

実は「静座整心」という心構えは、私の生き方からかなり遠いのです。
香を焚き、般若心経をあげるのは、佐々木さんと一緒なのですが、私の場合、静座整心ではないのです。
あえていえば、動座跳心とでもいえましょうか。
動きながら、さまざまなものに心身を向けながらの読経なのです。
節子が「修らしいね」と思っているだろうなと、いつも思いながら読経しています。
わが家の仏壇は、置かれている位置が高いため、立ったままお経をあげることもあって、静座整心には程遠いのです。

でも時にはやはり静座整心しないと彼岸からの響きは感じられませんね。
佐々木さんのメールを読んで、そう思いました。
明日は節子の声に耳を傾けようと思います。

|

« ■小沢一郎の話はとてもわかりやすいです | トップページ | ■長寿者の行方 »

妻への挽歌06」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ■節子への挽歌1098:静座整心:

« ■小沢一郎の話はとてもわかりやすいです | トップページ | ■長寿者の行方 »