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2010/09/12

■節子への挽歌1106:涙のない人生にはしたくありません

一昨日の時評編に、届いたメールを読んで涙が出た話を書きました。
説明不足で、読んだ人には意味がわからなかったかもしれません。
しかし、その最後に書いた次の2行が、私の意識に大きな影響を与えています。
自分が書いた文章に影響されるというのはおかしく聞こえるかもしれませんが、実はそれこそがフレイレの識字教育活動の大きな意味なのです。
それについては、また時評編で書きたいと思います。

さて私が書いた2行です。
人が生きていくことと涙はつながっています。
涙のない人生にはしたくありません。
この2行は自然と出てきた言葉です。
でも書いてみると、すごく納得でき、しかも今の私の生き方がとても肯定できる気がしてきたのです。

節子
涙のある人生は、やはりとても豊かなのです。

最近、ますます私は涙もろくなっています。
節子がいなくなった頃のように、突然に理由もなく涙がこぼれだすことはなくなりましたが、ちょっとしたことに涙が出そうになります。

もっとも、節子も私も、もともと涙もろく、テレビなど見ていても、お互いにすぐ涙が出てくるタイプでした。
どちらかといえば、私よりも節子が涙もろかったでしょうか。
節子が私のことで涙を流した記憶がないのが、いささか残念ですが、涙もろい節子が、私は大好きでした。
涙をこぼす節子は実にセクシーでした。

節子を見送った後、私はたくさんの涙を流しました。
でも最近の涙は、それとはちょっと違うのです。
とても小さなこと、とても個人的なこと、そうしたちょっとしたことで、心身が揺さぶられるのです。
その意味を読み取ることができるようになったからかもしれません。
生きていることに、少しだけ余裕ができてきたからかもしれません。

生きていると、涙は出てくるものです。
悲しくても、うれしくても、苦しくても、楽しくても。
涙する生を生きられていることをうれしく思います。

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