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2010/09/15

■節子への挽歌1109:ビジネス再開

節子
そろそろ動き出すことにしました。
今日も朝早くに出かけて、ちょっと遠くの企業に出かけていました。
久しぶりに工場見学もしました。

多くの人とは反対ですが、そろそろお金をもらう仕事を始めようと思い出したのです。
節子も知っている某社の社長に、その旨メールに書いたら、次のような返信が来ました。

70にしてそろそろ収入になる仕事ですか。大いにしてください。
私は未だビジネスだけでも大変です。
この人はもう70歳ですが、私が深く敬愛する経営者です。
人はほどほどに食べられればいい、という人生観をもち、とても理念的な企業経営の傍ら、楽しい社会活動をしています。
彼にとっての仕事は、もしかしたら今ではその社会活動かもしれません。

私は47歳で会社を辞めました。
その時点で、「仕事」の概念を変えました。
仕事とは自分がやりたいことでなければいけないと決めたのです。
その結果、お金をもらえることもありますが、逆にお金がかかることもあります。
その姿勢で22年過ごしてきました。
そんな生き方を続けられるのは奇跡だと何人かの人にいわれました。
たしかに幸運に恵まれました。
私の定義による仕事をしていても、何とか会社を持続できたのですから。
しかし、その生き方を続けられたのは、節子の支えのおかげです。
そのことはよくわかっています。

ところが、その節子がいなくなってから、「やりたいこと」がなくなってしまいました。
その上、この数年、会社から給料を1円ももらっていないので(それで会社は倒産せずにいるのですが)、さすがにちょっと窮屈になってきました。
それに、最近、ちょっと緊張感のあるビジネスの世界に郷愁を感じだしたのです。
それで企業対象のビジネスを再開することにしたのです。
節子がいたら、なんというでしょうか。

しかしながら、今日1日、企業の経営者と話していて、やはり私自身の発想が大きくずれてきてしまっているなと少し弱気になりました。
時々、仕事を否定するような発言をしてしまうのです。
2つの脳がせめぎあっているようなのです。
そのせいか、思った以上に疲れました。
それに、体力がついていくかどうか心配です。
でもその一方で、しばらく眠っていた何かが動き出しているような気もします。
さてさてどうなりますか。
節子は笑わないでしょうが、孔子に笑われそうです。

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