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2010/09/10

■特捜部の責任が問われるべきではないか

村木元厚労省局長の大阪地裁の判決は無罪でした。
特捜部の出した調書がすべて否定された結果です。
あらかじめ筋書きを立てて、それに合わせた調書を、脅迫めいたやり方もとりながら仕上げていく方法はそろそろ見直されるべきです。
今回はあまりにもひどい進め方だったので、検察側自体も無罪を予想していたようですが(それもひどい話です。その意味をよく考えてください。権力による犯罪を白状しているのですから)、小沢さんや鳩山さんの秘書事件も、さらには鈴木宗男事件も、そうだったのではないかと疑いたくなるほどです。
事実、私は疑っていますが。
同じ文化の中で遂行されたことですから。
同じ組織のメンバーはみんな同じ枠組みで動くものだと考えるのが私の発想法なのです。
それになじめなければ組織を離脱すべきですから。

今回はまだ第一審が出た段階ですが、もし検察が控訴しなかったとしたら、特捜部のトップは責任をとるべきではないかと思います。
検察にもしわずかでも良識があるのであれば、当然のことです。

私は常々、冤罪判決を出した裁判官は、裁かれるべきだと思っています。
仮に死刑判決を出した人は、死刑を含めて、罪を受けるべきだと思います。
それくらいの責任感がなければ、人を裁くことなどできないはずです。
ちなみに私は死刑反対ですので、死刑判決は出すべきではないとは思っていますが。

特捜部は、その始まりからして、権力とつながっています。
権力に対峙するには、より大きな権力が必要だったからだと思いますが、時代は変わっているのです。
そろそろ制度そのものを見直すべき時期に来ているように思います。
アメリカの金持ちたちに迎合した人たちが、いまなお特捜部を動かしているとは思いたくありませんが、そんな感じをどうしても拭いきれません。

同じ日に、日本振興銀行が破綻したのも偶然とはいえ、象徴的です。
この事件には特捜部は動いているのでしょうか。
動いているとしたら、少しはホッとします。

厚労省の文化の現実を木村さんが気づいてくれるといいのですが
問題は司法界だけではなく、行政の世界にもつながっているのです。
村木さん自身が、これから何をやるかには大きな関心があります。
厚労省の犯罪性にもぜひ取り組んで欲しいと思います。
根は同じなのですから。

村木さんの記者会見を見ていましたが、ちょっともの足りませんでした。

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