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2010/09/04

■長寿者の行方

今日は衝撃的な話を聞きました。
東尋坊で自殺防止活動をしている茂さんからお聴きした話です。
茂さんはテレビでもよく紹介されているのでご存知の方も多いと思いますが、とても誠実な人です。
自殺防止活動というよりも、人命救助活動をされているというほうが正確です。

最近、長寿者の行方が問題になっています。
生死が確認できないまま年金などを遺族が受給してしまっている話も報じられています。
私には実に驚くべき話なのですが、今日、茂さんから聞いた話は、それ以上にショックでした。

最近、70歳を超える何人かの方を茂さんは保護されたそうですが、その中の一部の人は、自分が行方不明になれば子どもたちに年金が支給され続けるだろうという思いで、人知れぬ死を考えて東尋坊に来たのだそうです。
どこかおかしいです。
狂っているとしか言いようがありません。
貧困ビジネスが問題になってきていますが、問題はもっと深いのです。

先月、長野の姥捨て山の近くに行きました。
地元の人が、姥捨ては老人を邪魔者扱いするという話ではないのですと話してくれました。
ましてや長寿者が自ら口減らしのために自死する話でもないのでしょう。
きちんと調べていないので、間違っているかもしれませんが、小説「楢山節考」の姥捨てと暮らしの中の姥捨てとは違うのではないかと思います。
しかし、若い頃読んだ「楢山節考」は、私には強烈なメッセージでした。
以来、経済的な貧しさに強いマイナスイメージを持ち続けていました。
それを見直せたのは40代の後半になってからです。
もう少し早く気づいていれば、私の人生はもう少し変わっていたかもしれません。

姥捨てと長寿者の行方不明は別の話かもしれませんが、どこかでつながっているような気がします。
最近の70代の人たちは、まだ日本が経済的に貧しかったころに子どもたちのために一心不乱に働いてきた世代です。
若い頃読んだ「楢山節考」が、どこかで今の生き方に影響を与えているのかもしれないと思っても否定はできません。
だとしたら、ゾッとするような話です。

これまで長寿者の行方不明の報道に接すると、年金受給している子ども世代の生き方に悲しさと怒りを感じていましたが、もしかしたら長寿者の生き方が問題なのかもしれません。
今の社会は、やはりどこか狂っているとしか言いようがありません。
せめて自分だけでも、狂わないように生きていこうと思います。

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