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2010/09/05

■節子への挽歌1099:節子が不在でも、節子の話が出ると元気が出てきます

節子
チビ太が昨日容態を急変させ、緊急入院してしまいました。
症状が節子とあまりにも似ていたので、悪夢の再来かと思ったのですが、みんなの祈りが通じたのか、あるいは節子が守ってくれたのか、最悪の状況は脱しました。
ICUから一般病棟に移って、意識も戻りました。
明日には退院できそうです。

チビ太が1日いないだけでも、何かが抜けたような気がします。
家族が欠けることの意味はやはり大きいです。

今日は近い親戚で、節子を偲びながらの会食をしました。
節子も聴いていたでしょうか。
いつもはうるさいチビ太がいないせいか、ゆっくりと話せました。
しかしやはり節子がいないとどうもしっくりしません。

節子の話題もいろいろと出ました。
節子がたとえ不在でも、節子の話が出ると少しは元気が出てきます。
そしてつくづく節子は良い伴侶だったと思います。
節子と暮らしを共にできたことを感謝しています。
私には、あまりにも短かったですが。

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