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2010/10/03

■節子への挽歌1127:中村一明先生

節子
昨日から我孫子の手づくり散歩市です。
節子がいた頃と同じく、わが家もその会場の一部です。
節子がいたらケーキを焼いたりするのでしょうが、今年はジュンのパートナーの峰行さんの手づくりのヴィスコッティと珈琲です。

今日は先日やってきた杉田ローレンさんが連れ合いと一緒にやってきました。
杉田精司さん。惑星が専門の東大の教授です。
惑星とは、夢があります。いろいろなお話を聴きました。
地震と火山の話が出たので、中村一明さんと一緒に、ハワイのキラウェア火山に行ったことを思い出しました。
杉田さんも中村さんのことをご存知でした。
中村さんも東大の教授でしたが、一緒にハワイに行った数年後に、若くして亡くなってしまいました。

前にも書いたと思いますが、中村さんが同行してくれたこのツアーはとても面白い旅でした。
キラウェア火山のボルケーノハウスで、中村教授が参加者に火山とプレートテクトニクスの講義をしてくれた風景を、今もはっきりと覚えています。
その分野にはほとんど知識のない節子も、しっかりと理解できたと思いますが、なによりも中村さんの優しい人柄が印象に残っています。
ボルケーノハウスの暖炉の前でのゆったりした時間も、とてもあたたかい思い出です。

それが私と節子が一緒に行った初めての海外旅行でした。
とてもいい旅行でしたが、それはたぶん中村さんのお人柄が影響しています。
高名な大学教授でありながら、とても気さくに私たちに接してくれました。
一緒に行ったメンバーで、一番、知識も理解力もなかったのが節子だったと思いますが、なんでもない主婦の節子にも中村さんは気さくに声をかけていてくれました。
帰国後、中村さんがテレビに出ると、節子はいつも大きな声で私を呼んだものです。
その中村さんが若くして亡くなってしまった。
人の一生はわからないものです。
中村さんが亡くなられてから25年ほど経ちますが、中村さんの顔は今でも時々思い出します。
節子と私の、共通の思い出の一つだからでしょうか。

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