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2010/10/09

■私が垣間見る若者の世界

最近、24歳の若者と一緒にある活動に取り組んでいます。
彼は実に明るく、積極的で、自分からいろいろな役目を引き受けてくれます。
こうした若者が最近は多いような気もしますが、私の友人たちは、お前の周りに集まる若者は特別なのだといいます。
大学教授の友人たちは、今の学生を知っているのかとさえいいます。
湯島には、学生もよく来ます。
たしかに、いまの大人たちを反映しているような気はしますが、いまの大人たちよりは素直に生きています。

さて冒頭の若者です。
彼は引きこもりだったと、あっけらかんと言います。
そのためか、大学には行っていないのです。
しかし私が見る限り、湯島にやってくる大学生の多くよりはよほどしっかりしています。
それに、なによりも明るく前向きです。
この若者が引きこもりだったとは、とても思えません。
いまはさまざまなボランティア活動をしています。
彼が好きなのはホームレスのための炊き出しの手伝いだそうです。

最近、元やくざだった友人に、大学生たちを紹介しました。
学生たちがぜひ会いたいといったからです。
学生たちと会った友人からすぐ電話がありました。
最近の学生は子どもだなあ、と言うのです。
小さい頃から修羅場をかいくぐって育ってきた彼に比べたら、どんな学生も子どもに見えるでしょう。
しかし彼がいうのは、そういうことではありません。
子どもを育てている大人たちが不甲斐ないというのです。
まったく同感です。

子どもは大人の鏡です。
その人の子ども観を聞いていると、その人の生き方が見えてきます。
私が自分の生き方を問い質されたのは、娘たちの言動からです。

さまざまな若者がいます。
しかし彼らと接していると元気が出てきます。
今日もこれから冒頭の若者と一緒ですが、彼のような若者を引きこもらせる社会は、問い質さなければいけません。
私たち大人が生き方を変えるべきでしょう。
もちろんそれは若者を甘やかすこととは反対です。
もっと厳しく付き合う必要がありそうです。
元やくざの友人からの電話で、改めてそう思いました。

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