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2010/11/30

■節子への挽歌1184:般若心経が口から出てこない

節子
毎朝、節子の前で般若心経を唱えていますので、般若心経はしっかりと暗誦できるようになっていると思っていました。
ところが、先日、親戚のお葬式に参列させてもらい、みんなで般若心経を唱えることになりました。
予め経文はみんなに配られたのですが、部数も不足していたようですので、私は大丈夫ですと受け取りませんでした。
そして、いよいよ読経が始まりました。
毎日暗誦している者としては、元気よく唱え始めたのですが、すぐに言葉が出てこなくなったのです。
いつもよりもとてもゆっくりしたテンポだったからだろうと思いました。
いつも私があげている速度に比べると3分の1くらいの速さでした。
間が長いために調子が狂い、次の言葉が出てこなくなってしまったのです。
みんなは経文を読みながらですので、スムーズに読経しているのに、私はいささかうろたえてしまい、隣の人の経文をカンニングしながら、やっと何とかしのげましたが、そんなことをしていたので心の入れようがありませんでした。
実に恥ずかしい話です。

翌日、節子の位牌の前で、その時のことを思い出して、ゆっくりと般若心経を唱えてみました。
昨日とは違って、うまく言葉が出てきました。
となると、昨日、言葉が出てこなかったのはスピードのせいではなかったのです。

では何のせいだったのでしょうか。
そこでまたつまらない推論になってしまうのですが、私の般若心経は節子との競演なのかもしれないということです。
位牌の前だけではありません。
お墓の前でもきちんと唱えられるのです。
しかし節子がいない場合には言葉が出てこない。
まだまだ精進が足りません。

読経は不思議なものです。
彼岸とつながる呪文かもしれません。
そして頭から出てくるのではなく、心から出てくるような気もします。
私の場合は、まだ頭でしか暗誦していないのかもしれません。
節子はきっと私の未熟さを見透かしているでしょう。
私と違って、節子は直感的に真実を見る目を持っていましたので。
どんなに着飾っても、私の小賢しさは節子にはいつも見抜かれていました。
いまもきっとそうでしょう。
お経はもっと心を込めてゆっくりと唱えなければだめよ、と笑っている節子が目に浮かびます。

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