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2010/11/24

■節子への挽歌1179:節子の電話

節子
DHB誌編集長の岩崎さんがお焼香に来てくれました。
岩崎さんとは最近はあまりお会いしていませんが、ダイヤモンド社がまだ虎ノ門にあったころはよく湯島にも来ていました。
あのころは湯島に行くといつも奥さんがいたし、電話をかけるといつも奥さんが電話に出られましたね、と懐かしそうに話してくれました。
たしかにそういう時代がありました。
当時の湯島は、いろいろな人が出入りしていました。
先週見送ったドキュメンタリー作家の黒岩さんもその一人でした。

節子は決して電話の受け方がうまかったわけではありませんが、ほめられたことがあります。
四国経済連合会から頼まれて講演に行ったことがあるのですが、そこの事務局長が、私の顔を見るなり、佐藤さんの秘書の方の電話応対は素晴らしいですねとほめてくださったのです。
その方からの電話には、私が不在で節子が出たのですが、その受け答えがとても印象的だったようです。
秘書ではなくて、女房ですと話したら、とても恐縮していましたが、夫としては何だかとてもうれしかったのを覚えています。
節子がどういう受け答えをしたかわかりませんが、その方はとても気に入ってくださったようでした。

私は電話の受け答えがとても下手です。
というか、電話があまり好きではないのです。
湯島で一緒に仕事をしていた時、私の電話を聴いていた節子からよく注意されました。
上からものを言いすぎるというのです。
私にはその気はまったくないのですが、そう聞えるというのです。
電話だけではありません。
来客が帰ると、先ほどの修の対応は相手に失礼だとよく叱られました。
椅子の座り方も注意されていました。
私は椅子にふんぞり返る癖があるのです。
別に偉ぶっているわけではないのですが、そのほうが身体が楽なのです。
しかしそれが節子には気に入らなかったのです。

岩崎さんは4時間も話していきました。
10年ほど前によくやっていた刺激的な話し合いのことをちょっと思い出しました。
節子が聞いていたら、また後でいろいろと注意されたことでしょう。

岩崎さんがなぜ湯島ではなく、わざわざ遠い我孫子まで来てくれたのか。
それも脳梗塞がまだ完全には直りきっていない状況の中で。
それはよくわかりませんが、3年たったいま、わざわざ我孫子まで来てくださる方がいるとは、節子も私も果報者です。
いえ、これも節子のおかげなのでしょう。
節子がいなければ、岩崎さんも我孫子までは来なかったでしょうから。
節子に感謝しなければいけません。

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