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2010/12/07

■節子への挽歌1191:銀ちゃんの魂

節子
最近、久しぶりの時間破産でブログを書く時間がなかなかありません。
パソコンに向かっても、山ほどたまっている宿題をしなければいけません。
肝心のお金をもらえる仕事も始めましたが、それをやる時間もありません。
節子が元気だった頃の状況に戻ってしまいました。
節子は、そうした私を見て、何で頼まれてもいないことを引き受けてきてしまうのといつも言っていましたが、困っている人を見たら、なぜか引き受けてしまうのです。
そして、「やるべきこと」からではなく「やりたいこと」から取り組むのも。私の小分です。
節子はいつも注意してくれていましたが、性分だから仕方がありません。
最近あまり体調がよくないのですが、昨夜も今朝もパソコンに向かって、作業をし続けていました。
そろそろ出かける時間なので、その前に挽歌だけ書いておきます。

昨日、自殺未遂サバイバーの銀ちゃんに会いました。
私が声をかけて湯島に来てもらったのです。
銀ちゃんといっても、若者ではなく72歳の男性です。
吉田銀一郎さんと言います。
実にドラマティックな人生を過ごしてきました。
自らの会社を成功させ、その成功の中で過労のためにうつになり、自殺を試み、生還し、離婚し、その体験から学んだことを社会に訴えていきたいと活動しています。
しかし、その活動の仕方があまりに素直すぎて、なかなか耳を傾けてもらえないでいるのです。
そういう人と出会ったら、耳を傾けないわけにはいかないでしょう。
本当に「自殺」の問題を解決したいのであれば、そこから始めなければいけません。

このテーマは本来は「時評」の話題ですが、挽歌にあえて書いたのは、話している時に銀ちゃんが涙を出したのです。
涙を誘ったのは、私が口にした「魂」という言葉です。
銀ちゃんの体験談のほとんどは、家族の話でした。
彼を支えているのは、なかなか会うこともままならないとはいえ、家族がいるということです。
しかし、自殺者の遺族がどれほどの辛さを経験するか、彼は身をもってそれを思い知らされます。
もしそれがわかっていたら、彼は自殺しなかったかもしれません。
家族のために自らの生命を絶つのか、家族のために自らの生命を維持するのか。
理屈では校舎に決まっていますが、現実にはなかなか難しい話です。
そうした話の底に、銀ちゃんの魂の遍歴を垣間見たのです。

銀ちゃんの話を聴きながら、ずっと節子のことを考えていました。
どこがどうつながるのか、まだよくわからないのですが、なぜか今回も節子の導きを感じました。
銀ちゃんの魂に、少し付きあうことにしました。
すぐに後悔することはわかりきっていますが、性分だから仕方ありません。
節子はきっと、修はかわっていないね、と笑っているでしょう。
こうして私の時間破産は収拾がつかなくなっていくのです。

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