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2010/12/21

■福知山線脱線事故での経営者の責任の取り方

JR福知山線脱線事故で、業務上過失致死傷罪に問われている山崎JR西日本前社長の初公判が始まりました。山崎被告は罪状認否で「この場を借りて被害者の方におわびしたい」と謝罪した上で、「まったく事実と異なります」と無罪を主張したと報道されています。

思いだしたのは映画「沈まぬ太陽」です。
「沈まぬ太陽」は、日航をモデルにした山崎豊子の小説が映画化されたものですが、見終わった後、とても嫌な気持ちが残ったのを覚えています。
あまりにもリアルであるにも関わらず、問題は何も解決されておらず、大きなメッセージもないまま、個人の生き方の問題に矮小化されていたからです。
そこでも、経営者は全くと言っていいほど責任をとっていません。
いや、そんな気などさらさらない人たちが経営者になっていくと、その映画は語っています。
多くの観客は、これは映画であって、企業はここまではひどくはないだろうと思うかもしれませんが、わずかばかり企業の経営者や高級官僚と言われる人と付き合いのあった私には、こんなものではないとさえ思います。

しかし、彼らは悪いことをしているとは思ってもいないのです。
ですから、今回の山崎さんのように、事実とは違うと主張するのです。
そして、それもまた決して嘘ではないのです。
要するに彼らは、現場に立脚した経営などしていないのですから、わかるはずがないのです。

「沈まぬ太陽」は、労働強化とコストダウンのために、飛行機を安全に運行することができなくなっていることへの経営陣への労働組合の異議申し立てから物語が始まります。
コストダウンと安全性の向上は、不思議なことに、企業経営では二者択一の課題になっているのです。
そのおかしさに、日本の経営者は気づいていません。
財界トップが経営を主導している大企業で、どれだけの自殺者やメンタルダウンが起きているか。
情報はほとんど公開されていないと思いますが、かなりの数なのではないかと思います。
そうしたことを放置している経営者が、日本の経済や政治を主導していると思うと、ぞっとします。
法人税率を下げても、人間にはまわってこないでしょう。
「沈まぬ太陽」は、そのことはメッセージしています。

経営者は、自らの組織で起こっていることに関しては、いかなる場合であろうと「無罪」ではありえません。
JR西日本の不幸は、おそらく経営者に人を得なかったことでしょう。

山崎さんは、彼の主張するように、無罪にしてやればいいでしょう。
裁く価値さえないような気がします。
大切なのは、そう言う人が社長になる企業の仕組みを正していくことのように思います。

実に腹立たしい記事を新聞で読んでしまいました。

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コメント

全くもって仰る通りです。

投稿: 矢辺 | 2010/12/22 13:49

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