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2010/12/25

■節子への挽歌1210:幸せは思い出すのではなく、その時に気づくのがいい

節子
節子がむかし使っていた小さなノートが出てきました。
そこに、こんな言葉が書いてありました。

幸せは経験するものではなくて、あとで思い出してそれと気づくものだ
ピアニスト オスカー・レバント
節子は気になった言葉や気づいたことをすぐメモする習慣がありました。
これもそのひとつでしょう。
よく見ると、平成17年2月4日、ニフィティカードと書き添えていました。
2月4日は節子の誕生日です。
ニフティからのバースデイカードに書いてあった言葉でしょう、
ちなみに、この言葉をネットで調べたら、出てきました。
オスカー・レバントは、アメリカのピアニスト、作曲家、俳優とあります。
「巴里のアメリカ人」にも出ていたそうです。

平成17年2月4日。
節子が少し快方に向かっていた時です。
ホームページで確認したら、節子の還暦の日でした。奈落の底から前に向かって動き出していた頃です。
あの頃の節子は、まちがいなく「日々の幸せ」を意識していました。
一緒にいた私には、それが確信できます。
しかし、レバントの言葉とは違って、節子はそれを思い出すことはなかったのです。

今の節子ならこういうでしょう。
幸せはあとで思い出すものではなく、その時に気づかねばいけない、と。
節子は病気が快方に向かい出してからは、そのように生きていました。
思い出す幸せよりも、生きる幸せに、私たちは感謝しなければいけません。
そのことを教えてくれた節子に、私は感謝しています。

ただどうしても、今はまだ、その幸せ感が持てないでいます。
節子がいない人生には、幸せなどはあろうはずがないという意識から抜けられないのです。
私の場合は、レバントの言葉も心に響きます。
節子がいた時が、いかに幸せだったか、経験していた時よりも、今のほうが、その幸せの大きさがよくわかります。
あの幸せには、もう二度と出会えないのでしょうか。
もしそうならば、思い出したくもない幸せでもあります。

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