■情報を閉じ込めるような管理はもうできません
ウィキリークス事件や尖閣沖での中国漁船の映像事件、あるいは警視庁の機密情報事件など、これまでとは少し違った情報公開事件が頻発しています。
それに対して、当事者を罰しようという動きもありますが、そこでの議論は時代錯誤としか言いようがないように思います。
問題の情報は公開されるべくして公開されたというべきでしょう。
いや、「公開」と言う言葉さえ的確ではないでしょう。
そもそも情報とは組織を超えて動き回るものなのであり、
自由に動き回ることで、その価値を高めていくものです。
秘伝という言葉があります。
これは情報を閉じ込める発想です。
情報を閉じ込めることで、その情報のエネルギーを高めていく手法です。
水をためてダムを造り、一挙に流すことで大きな力を得ることができるように、本来、自由に飛び回る情報を閉じ込めることで力を得ることができますが、これは「情報は動き回るもの」という本質を逆手にとった手法です。
それが有効な時代もありました。
それが国家の時代であり、そこでの企業経営はまさにその手法をとりながら市場を拡大してきました。
しかし情報社会においては、そうした手法はとれません。
なぜならば情報環境が全く変わり、情報力(動き回るダイナミズム)と組織力(閉じ込めるダイナミズム)との力関係が逆転したからです。
そして、「情報ガバナンス」の主体が交代したのです。
そうした認識を持たなければ、もはや政治も経済も効果的な運営はできないでしょう。
時代は全く変わってきているのです。
一海上保安官が行動を起こさなくとも、ジュリアン・アサンジがいなくとも、情報は世の中に出回ったでしょう。
それを可能にする情報環境が生まれたからです。
情報社会とは、そうした社会なのだろうと思います。
そうした社会にもかかわらず、多くの人は自らの小さな組織やコミュニティに閉じこもって、目や耳をふさいでいるような気がします。
素直に考えてください。
問題になっている情報が社会に公開されて、あなたは何か不都合がありますか。
隠されていたことこそ不都合ではないですか。
犯罪者に加担するマスコミに騙されてはいけません。
彼らこそ、恥もなく情報をゆがめている張本人なのですから。
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