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2011/01/13

■節子への挽歌1229:世界が退屈な理由

湯島にまた人が戻り出してきました。
今日も20代から60代まで、さまざまな人が来てくれました。
節子がいたら、そのそれぞれの人について、いろいろと話ができて、世界を広げることができるのですが、私だけだとただ会うだけでその後の発展がありません。
まあ会うだけでも世界は広がるのですが、節子と後で話すと立体的に世界が広がったのです。
目が2つあるために世界が立体的に見えるように、心が2つあると世界の奥行きもまた豊かに広がるのです。
私たちは一緒に新しい人に会ったり、新しい場所に行ったり、新しい体験をしたりすると、必ずそれぞれの視点で話し合ったものです。
私も節子も単細胞的でしたから、まあ2人で一人前とも言えるのですが、それでも複数の目で見る世界はいつも豊かで楽しいものでした。

世界とのこうした付き合いが、節子がいなくなってからはできなくなってしまいましたが、もしかしたら、それが私の最近の退屈さの一因かも知れません。
最近どうも世界が退屈で仕方がないのです。

私と節子は、それぞれ育った環境も違いますし、関心事も違いました。
結婚した時の私たちの世界は、おそらくまったく違っていたのです。
にもかかわらず、私たちが比較的早い時期に、それぞれの世界を卒業して、2人の新しい世界を創れたのは、最初にお互いが自分を完全にさらけ出したからだろうと思います。
私たちほど隠しごとのない夫婦はいないね、とは、節子がよく言っていた言葉です。
早い時期にすべてを共有することで、何かを隠すことの必要がまったくなくなったからです。
同時に、それぞれの体験を容易に共有できるようになりました。
つまり、心が2つになったのです。
そのおかげで、世界はさまざまな意味を見せるようになりました。
退屈な政治も、節子と話していると、それなりに退屈ではなかったのです。

世界が退屈になったのが、節子がいなくなったからだとしたら、もう私にはわくわくする世界は2度と味わえないのかもしれません。
いろいろと面白そうな話が最近また見え出しているのですが、どうも以前のように心身が動かないのはそのせいかもしれません。

節子の存在は、実に不思議な存在でした。
最近それに気づいたのですが、考えれば考えるほど、その理由がわかりません。
なんで節子はそんなに大きな意味を持っていたのでしょうか。
あまり賢くもなく、それほど美人でもなく、節子がいつも自分でいいっていたように、私と同じで退屈な人柄だったのに、不思議というしかありません。
2人の世界が、あまりに見事に創れてしまったからかもしれません。

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