« ■国家財政赤字の解消法 | トップページ | ■節子への挽歌1220:「鶏は三歩歩けば忘れる」 »

2011/01/03

■節子への挽歌1219:はじまり

「ノウイング」という映画をテレビで観ました。
最近流行の「地球滅亡もの」の一種です。
滅亡の原因は太陽の爆発です。
きちんと見ていなかったので記憶が曖昧ですが、映画に出てきて生命の保存役を果たすのがプレアデス星人のようです。
プレアデス星団は、地球から400光年離れた星団ですが、宇宙人の出身地としてよく出てくる星で、地球人類の祖先という説もあります。

まあこの種の話は、節子はあまり興味がありませんでしたが、今となっては節子のほうが詳しいかもしれません。
なにしろ彼岸では、太陽系もプレアデス星団も同じ時空間に織り込まれているのでしょうから。
今頃、節子もプレアデス星人と付き合い出して、「修の言っていたことはほんとだったのだ」と驚いているかもしれません。

しかし、そんなことは、今日、書こうと思ったことからいえば、どうでもいいことです。
「ノウイング」では、地球の滅亡を知ったプレアデス星人が人類を残すために2人の子どもを選んで宇宙船で新しい星に移転させるのですが、その2人以外の人類は、太陽の熱で地球もろとも焼尽されてしまうのです。
その直前、主人公は長年疎遠だった両親の元に帰ります。
牧師の父は、これは終わりではなく始まりだというのです。
すべてが太陽に焼き尽くされることが、なぜ「始まり」なのかわかりませんが、なぜか奇妙に納得してしまいました。
仏教では、死は次の輪廻の始まりになるわけですが、この映画にあるのはキリスト教的世界ですから、次の天地創造を示唆しているのかもしれません。

節子を見送る行事は終わった時、身勝手にも私は、すべての世界が終わればいいと思いました。
それは私自身の中で、すべてが終わったという感覚があったからでもあります。
しかしその念は必ずしも強くなく、世界はおろか私自身も終われませんでした。
伴侶を失った後、自らの生を自然に終わらせる人がいますが、そういう人の話を聞くとちょっとうらやましくもなります。
残念ながら私の場合は、いまなお生きつづけています。

死は始まりなのだという牧師の言葉は、奇妙に心に残りました。
つまり、死は新しい生への入り口なのです。

死からはじまる世界。
節子は、私に先んじてその世界を始めました。
どんな楽しい体験をしているのでしょうか。

|

« ■国家財政赤字の解消法 | トップページ | ■節子への挽歌1220:「鶏は三歩歩けば忘れる」 »

妻への挽歌07」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ■節子への挽歌1219:はじまり:

« ■国家財政赤字の解消法 | トップページ | ■節子への挽歌1220:「鶏は三歩歩けば忘れる」 »