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2011/01/21

■我孫子市長選挙から感じたこと

今日もまた我孫子市の市長選で感じたことを書きます。
この記事は、私のホームページの「我孫子市長選挙コーナー」と重なっています。

選挙公報と両候補それぞれの公約チラシが新聞折込で宅配されました。
それを読むと、表現の違いはあるものの、両候補の公約項目の差はあまりないように思います。
それは当然と言えば当然です。

市会議員と違って市長の場合は、全住民に気配りをする傾向が強くなります。
住民の声を聴くことが民主主義であり、住民重視だという考えが広がっているので(私は全くそう思っていませんが)、どうしてもそうなるのです。
両候補とも同じ我孫子住民を相手にしていますから、当然公約内容は似てくるわけです。
もちろんその取り組み方は違う場合もあるでしょうが、チラシのような短い文章では,そこまでは伝え切れないことが多いのです。

私は個々の政策公約にはほとんど関心はありません。
それにそんなものをきちんと読んだり、さらにはそれが実行されると信ずる住民はそれほど多いわけではありません。
私が知っている我孫子の住民100人を想定した場合(私が顔を思いだせる住民はその程度です)、そうした政策項目を読みそうな人は10人くらいしか思い浮かびません。
チラシはほとんどが読まれずに廃棄されるように思います。
情報性がないからです。

大切なのは、住民の要望に応えるための政策項目ではなく、市政に対する理念やビジョンだと思います。
それさえ明確ならば、そこからおのずと政策課題や政策項目、個々の施策や事業が出てきます。
その内容は繰り返し書いているように、「どこをめざすのか」と「どういうやり方でそれを実現するか」です。
その視点で両候補の公約を整理すればおのずと違いは見えてきますが、不思議なことに両候補ともそれを明確にしていません。
ですからおそらくチラシを読んだ住民は同じようにしか受け取らないでしょう。

しかし、よく読んでみると、違いは見えてきます。
星野市長は、企業誘致なども含む工業社会型の開発路線を行政主導で進めるというように読み取れます。
それに対して、坂巻候補は、持続可能な経済社会をビジョンに置きながら、住民と一緒になって、時には住民を主役にしながら、地域資源を活かして地域の経済や生活を豊かにしていこうと考えています。

坂巻さんの考えは、これまでの発想とは違いますから、なかなか住民には伝わりませんが、そうした事例は各地に出始めています。
住民がすんなりと理解できないことを伝えるのは難しい話です。
その方法は一つだけあります。
「郵政民営化」を叫び続けた小泉手法です。
坂巻候補にとっての、その言葉はなんでしょうか。
私は、「みんなが手賀沼で泳げる日を実現したい」だと思います。
そのフレーズは坂巻さんのチラシにも含まれていますが、あまり目立たないのが残念です。
この言葉の意味を考えると、とても豊かな未来が展望できます。
さまざまなことが、そこに象徴されています・
しかしもしかしたら多くの人は、「手賀沼で泳げて、何の意味があるのか」と思うかもしれません。
私の娘からもそう言われました。
そこにこそ、現代社会の問題、つまりは経済の仕組みや生活のあり方を覆っている問題の本質があるのかもしれません。

自治体の首長選挙は、そうしたことを考えるとてもいい機会です。
春には統一地方選が行われます。
国政選挙も大事でしょうが、それ以上に大切なのが、私たちの手の届く自治体の首長選挙ではないかと思っています。

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