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2011/02/24

■節子への挽歌1271:春は名のみの 風の寒さや・・・・

節子
今日は、この挽歌を読んでくださっている方からいただいたメールを勝手に公開してしまいます。
私と同じように伴侶を見送った女性の方です。
私の挽歌よりも、私の時評よりも、とても説得力のある文章です。
何回も読ませてもらいました。
どこか、心に残るものがあるからです。

風や空の色、そして光、全てが春へと向っています。
ニュージーランドのクライストチャーチの地震、エジプトに続くリビアの革命、地球上のあちこちで阿鼻叫喚の声が聞こえます。
心を揺さぶる文章ですか?佐藤さんの文章、どんな酷い体調の時でも、心が折れてぼろぼろの時でも書き続ける意思。
正直に、素直に書かれた文章は、時に切なく、時にアホで、時にそうだそうだと旗を振ったり、そうじゃなかろうと、くそっと罵ったり、購読料を払わず読ませていただいているこの数年、NHKの受信料よりよほど意義あるものと、楽しみなのです。

書けない時もおありでしょう、愛する人のいない、愛される事のない毎日、伴侶の居ない事というのは、片翼飛行に似て、着地していても、バランスが取れていない、バランスが取れていない事を、ごまかしているために、もっと悲惨。
たぶん花の名前などご存じなかったであろう佐藤さんが、周りの小さい花々に目を向けられた時、私は瞑目したのです。

愛する人を死なせたという、罪悪感を死ぬまで背負いながら生きてゆく重さを、佐藤さんの中にも感じるのです。
春が来ても、いえ春が来たとしても、佐藤さんの顔に心からの笑みが、訪れることがないのは確かです。
啓翁桜,河津桜、花屋さんで見かけます。

昨年、花見のお誘いしたのを思い出しました。
辛い思い出です。
北朝鮮、中国、革命が起きたらと思う国です。
ただ民の流血は、防がねばなりません。何時の世も、流血の始まりは民なのです。

春は名のみの 風の寒さや・・・・

お元気でいて下さい。

流血、心からの笑み、罪悪感。
そして、春は名のみの 風の寒さや・・・・
早春賦は子どもの頃、よく歌いました。
風の寒さの意味も知らずに、ですが。

まだ花見には行けそうもありません。

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