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2011/02/04

■節子への挽歌1251:節子も66歳になりました

昨日、娘が敦賀にいる節子の姉に電話しました。
彼女の誕生日だったのです。
節子の姉妹は1日違いの誕生日でしたので、お互いに誕生日には電話しあっていたのです。
その文化が、節子がいなくなったいまも残っています。
娘が電話したら、姉が「節っちゃんも明日で66歳だね」と言ったそうです。

今日は節子の66歳の誕生日です。
朝、娘と一緒にお墓参りに行きました。
娘が言いました。
普通は亡くなってしまうとそこで歳をとらなくなるのにお母さんは歳をとっているんだ、と。
その言葉が、私にはとても現実感がありました。
私が歳をとっているのに、節子が歳をとらないわけはありません、

それにしても、節子はなかなか戻ってこないね、と娘にいいました。
私のそういう言葉には娘は慣れていますが、本当にそう信ずるようになると大変だね、と笑いながらいいました。
娘は、私が本気でそう思っていないと思っているわけです。

たしかに、今の私は、節子が戻ってくるとは思っていません。
それは願望でしかありません。
しかし、どこかに、戻ってくるのを待っているという感覚もあるのです。
そして、その「待つ」という感覚が、実は私の支えにもなっているのです。
信じたくない事実を受け入れるのを保留しているわけです。
それに、「待つことがある」ということは、生きる力を与えてくれもします。

ところで、そう思い続けていると、娘が言うように、本気でそう信じだすかもしれません。
もし、そうなったとしたらどうなるでしょうか。
痴呆の始まりにされるのかもしれません。
いや、もうすでに、私はいささか痴呆化が始まっているのかもしれません。
なぜなら、時々本気で待っている自分に気づくことがあるからです。

節子の友だちから絵手紙が届きました。
節子の誕生日は2月4日、節分の「節」をとって、節子と名づけられたのです。
そのおかげで、節子の友だちは節子の誕生日を覚えていてくれるのです。
節子の位牌の前に、その手紙を置いて、返事くらいは自分で出せよ、と言っておきました。
彼岸からでも、手紙くらいは出せるでしょう。
そう思うのは、やはり私の痴呆が始まっているせいでしょうか。

節子も66歳。私たちも歳をとったものです。
節子にいつも言っていたように、私は早くボケの世界に入りたいです。
ボケの世界はきっと平和で、豊かではないかと、昔からずっと思っているのです。
節子に苦労させられなかったのが、ちょっと残念です。
呆けた私と付き合うのはけっこう大変だったでしょうから。

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