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2011年2月

2011/02/27

■中東の反政府運動と日本の企業の実態をつなぐもの

今日は時間がないので、CWSコモンズの週間報告に書いた記事と重なる内容です。

一昨日、恒例のオープンサロンでした。
私も初対面の方が2人もやってきてくれました。
今回は最初からかなりハードなテーマで議論が走り出しました。
そもそものきっかけは、中東の騒ぎは日本にも飛び火するかという、ある人の問いかけでしたが、そこから大企業の現状と非正規社員の原状の話になりました。
このつながりがポイントなのですが、それは私には本が一冊かけるくらいの面白い話なのです。

最近までアラビアで仕事をされていた人が、アラビアの話をしてくれました。
それを同じく海外で仕事をされていた人がフォローしてくれました。
実は私は常々思っているのですが、古代のギリシアやローマの社会と石油で豊かなイスラム国家はどうも似ているのではないかと思っているのです。
しかも、それはもしかしたら、アメリカや日本が陥ろうとしている未来社会なのではないかという気もしていま。
一言でいうと、汗して労働する人と不労所得者で構成されている社会です。
前者が経済を、後者が政治を担うというイメージです。
ギリシア・ローマはそういう社会であり、イスラム産油国はその変形です。
まあかなり極端な独断的見方ではあるのですが。

そこで話が、日本の大企業の正社員は汗をする働きをしなくなったという方向に向いたのです。
たまたま派遣社員として大企業で働いている人が、実態を話してくれました。
正社員は仕事をせずに高給を取っているが、その立場を守るために会社の無理難題にも黙って従っている、そして肝心のハードな仕事は派遣社員にやらせている、というのです。
大企業で働いていた人がかなりいましたが、その人たちはそれは例外的な事例ではないか、また大企業とか中小企業ということではないのではないかと強く反論しました。
少なくとも4人はそういう意見でした。
一人だけその事例は決して特殊例ではないと発言しました。
私ももちろん派遣社員の人の話は決して特殊な事例ではなく、大企業が今陥っているかなり一般的な状況だと思うと発言しました。
最近の大企業の人たちとの付き合いの中で、まさにそれを確信してきているからです。
参加した大企業出身者の人たちが勤務していた頃は、たしかに大企業にはまだ「人間の要素」がありましたが、今はそんな余裕は経営者も含めてすっ飛んでしまっているのです。
この数年の大企業の変容はすさまじいです。
しかしみんな自らの経験から抜け出せないのです。
まあいろいろと話題は広がりましたが、いつになく議論型サロンになりました。

最後に中国から日本に留学できて、その後、日本の会社に入り、7年目だという女性が発言しました。
彼女も大企業に勤めている正社員ですが、派遣社員の人の話が自分のところにも当てはまるというのです。
それはいいとして、その後の言葉がショックでした。
日本に期待していたが、日本の会社は元気もないし(たぶん会社の雰囲気が淀んでいるのでしょう)、楽しくない、このままだとおかしくなりそうだ、もう中国に戻ろうと思っている。
実に残念な話です。
日本の大企業も、日本の社会も、魅力を失ってきているばかりか、病理的になっているのではないかと思います。

翌日、派遣社員の人からメールが来ました。

やはり現場が一番リアルなのだということを感じました。

私もそう思います。
その現場の情報は、マスコミはほとんど伝えません。
たとえば、いま沖縄で何が起こっているか、だれも気にもしていないでしょうが。

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■節子への挽歌1274:一番大切なのは「幸せ」

節子
たまたまテレビをつけたら、ジャーナリストの堤未果さんが母校の和光小学校での授業の番組をやっていました。
NHKの「課外授業 ようこそ先輩」です。
テーマは「考えてみよう“幸せな国”」。ついついみてしまいました。
最後に堤さんは子どもたちに、一番大切なのは「幸せ」です、と話していました。
一番大切なのは「幸せ」。
とても共感できます。
そんなの当たり前だろうと大人たちはいうでしょうが、幸せを大事にしている大人は、私の知る限りではそう多くはありません。
子どもたちに向かって、「一番大切なのは幸せ」ときっぱりと言い切った堤さんに共感しました。

私は堤さんとは面識はありませんが、ご両親とはささやかなお付き合いがありました。
ばばこうちさんと堤江実さんです。
ばばさんは、節子の葬儀にも来てくださいましたが、節子は私がばばさんに会う以前から、テレビのばばさんのファンでした。
ばばさんの「正義感」が節子には共感できたのでしょう。
そのばばさんも、昨年、逝ってしまいました。

ところで、「幸せ」とはなんでしょうか。
難しく考えれば難しいですが、簡単に考えれば簡単です。
「幸せだ」と思える状況が幸せなのです。
しかし、その幸せの渦中にいると、その幸せに気づかない人が多いように思います。
私もその一人でした。
節子がいなくなった後、それに気づかされました。
そして、たぶんまた3年過ぎた頃、3年前(つまり現在のことですが)は幸せだったのだと気づくことでしょう。
人は、それほど欲が深いとも言えるでしょう。

いまの幸せを大事にする、それは決して、現状を受け入れるということではありません。
未来に向けてのたくさんの選択肢があることの「幸せ」に気づくことです。
節子の不幸は、その選択肢がある日、突然に断ち切られたことでした。
しかし、節子は、その中でも、日々の「幸せ」を大事にしていました。

私は、日々の幸せを大事にしているだろうか。
節子がいたらきっと怒られそうな毎日を過ごしている気がしてきました。
伴侶がいなくなると、生き方のバランスが取れなくなります。
困ったものです。

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2011/02/26

■節子への挽歌1273:「生きること」も先送りしたい

節子
先日、湯島のある集まりで、ニートのような者ですと自己紹介する20代の若者から、佐藤さんもニートのようなものですよね、と言われてしまいました。
とんでもないと、慌てて否定しましたが、否定するということは、要するにそうだということを表明しているといっていいでしょう。
根も葉もないことであれば、否定などしなくてもいいわけですから。

最近、どうも何でも先送りにする傾向が強まっています。
もともと私はそうした傾向があり、節子からはいつも「必要なことからやりなさいよ」と言われていたのですが、最近は必要であろうと不要であろうと、すべて先送りにしたくなるのです。
時々、「生きること」も先送りしたいなと思うことがあります。

実は、節子がいなくなってから、「生きること」がどうもすっきりしないのです。
表現が難しいですが、「生きている」という実感が不確かなのです。
生きるのが嫌だとか、辛いとか、そう言うことではまったくありません、
ふわふわと生きている、だから何かをしようという思いはあっても、切実感が生まれない。
その私の心身が、20代の自称ニートの若者に同調したのかもしれません。

自分の心身の時間感覚と時計の動きがずれている気もしています。
時間の流れになかなかついていけないのです。
先送りしてしまうのは、そのせいかもしれません。
私は若い頃から腕時計はせずに、時計の時間はあまり気にせずに生きてきました。
誤解されるといけませんが、時間にルーズだということではありません。
守らなければいけない時間は、かなり厳密に守ってきたつもりです。
まあ大切に思う時間が、あまりないと思うのが問題ではあるのですが。

節子は私と違って、必要なことから取り組む性格でした。
そして腕時計を持ち歩いていました。
新幹線に遅れると悪いからと早目に家を出るタイプでした。
新幹線に乗り遅れることは私には大切なことではなかったのですが。

そして、口癖は「できる時にしておこう」でした。
私は、「しなくてもよい時にはしないでおこう」でした。
その節子が、先に逝ってしまったのです。
「できる時にしておこう」と思ったのでしょうか。
そう思えないこともないのですが、これ以上はやめましょう。

「生きること」を先送りしたい、ということはどういうことか。
生きることを先送りした生は、魂の抜け殻のような存在かもしれません。
そういえば、最近、どうも魂が抜け出してしまっているのではないかと思うこともあるのです。
もしそうであれば、魂はいったいどこにいったのでしょうか。
いずれにしろ、どうも自分を十全に生きていない、そんな気がしてなりません。

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■疲れている現代人

昨日、埴輪の表情に幸せを感ずると書きましたが、その後、霞が関にでかけました。
企業の人事政策に関するある集まりに出かけたのです。
ところが、地下鉄に乗って、たまたま空いていた席に座って、前を見たら、埴輪の表情よりも印象的な風景がありました。
前の座席に6人が座っていましたが、全員、中途半端ではなく眠っているのです。
電車の座席で寝ている人はよく見ますし、私もねむることがありますが、これほど見事な眠りっぷりがそろっているのは、滅多にあることではありません。
写真に撮っておきたいほどでしたが、女性も男性も、それはもう見事なのです。
口をあけ、足を投げ出し、崩れるように隣に傾き、信じがたいほどに前に倒れ、まあ見事な組み合わせです。
それが6人見事にそろっていたのです。
みんな疲れているのでしょう。
もっともその光景は3つの駅の間だけでした。
貴重な映像を見せてもらった感じでした。

それと対照的な風景が、私の座った側でした。
4人が携帯電話で何やら操作をしていました。
立っている人も半数が携帯電話とにらめっこです。
みんな忙しいわけです。
もっとも隣の人はスマートフォンでゲームをしていましたが。

もっと驚いたのは、立ったまま、まつ毛の手入れをしている若い女性がいました。
私には名前さえわかりませんが、ホットビューラーとかいうものではないかと娘に教えてもらいました。
電車ががくんと揺れたらどうなるのでしょうか。
それにしてもその人はよほど忙しいのでしょうね。

電車内の風景は時代を象徴しているといつも思いますが、見ていると飽きません。
いろんな光景が展開されているのです。
しかし、残念ながら、昨日の新聞で見た兵士の埴輪ほど感動する表情には滅多に出会えません。

現代人は古代の兵士よりも、本当に幸せなのでしょうか。
実は昨日は2つの集まりに出ていたのですが、そこでの議論もそんなことを考えさせられる内容でした。

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2011/02/25

■日本最古の人物埴輪

今日は朝からかなり幸せな気分です。
新聞の朝刊に載っていた、日本最古の人物埴輪の写真が、実にほのぼのとしていて、心がとてもあったかくなったのです。
それに、今日は春のような暖かないい天気です。
読売新聞に載っていた写真(枡田直也さん撮影)を載せさせてもらいます。
Kodaijin2_2

新聞によれば、奈良県の桜井市の前方後円墳で出土した兵士の埴輪です。
人物埴輪としては日本最古だそうです。
被葬者の魔よけだったようです。

見ていて飽きません。
そして心があたたかくなりませんか。

石器時代の人たちは幸せだったという説があります。
私もそうだろうなと思います。
自然と共に、大きな生命の一部を生きていたでしょうから。
そこでは「正義」などという小難しい議論は考えなくてもよかったでしょう。
みんなが素直に、生きたいように生きていた。
きっとお互いに支え合いながら、善き生を生きていたのでしょう。
いや、どの時代から、善悪などという概念が生まれたのでしょうか。
この兵士には、そんな小賢しいことは無縁だったように思います。
しかし、彼は「兵士」だそうです。
にもかかわらず、こんな明るい顔をしている。
いったいどんな社会だったのでしょうか。

リビアのカダフィ大佐も、昔はこんな顔だったのかもしれないなとふと思いました。

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■節子への挽歌1272:心からの笑みはもう訪れることがない

昨日、挽歌を読んでいる方からのメールを掲載させてもらいました。
アップした後も、読み直してみました。
私は自分で書いたものはあまり読み直しません。
ですからこのブログは誤植だらけで、よく叱られます。
今回は改めて何回か読み直しました。

一昨年、自殺のない社会づくりネットワークの立ちあげのフォーラムを開催しました。
参加してくださった会場のみなさんも含めての話し合いのスタイルでした。
たくさんの人がたくさんのことを話してくれました。
終わった後に参加者と一緒に交流のための懇親会をやりました。
そこで、顔見知りだった自死遺族の方から、叱られました。
自殺未遂の方の支援をしている人との会話の中で、支援する活動は楽しいですか、というような表現を私がしたのだそうです。

自殺のない社会づくりネットワークに関連したフォーラムを私は4回開催してきました。
これに関われたのは、節子を見送ったことと無縁ではありません。
もし節子との別れがなければ、私はこのネットワークを立ち上げる気にはならなかったでしょう。

「自殺」という重いテーマですが、話し合いでは私はいつも「楽しく」「笑いが起こるように」進行してきました。
テーマが重いからこそ、明るくさわやかな場にしたいからです。
暗い話は明るく語らなければいけません。
これは、私の信条の一つでもあります。
しかし、自死遺族の方にとっては、不謹慎だと思われたかもしれません。
その方は、それ以来、参加してはくれません。

「佐藤さんの顔に心からの笑みが、訪れることがないのは確か」と、昨日紹介した方は断言しています。
残念ながら、私もそう思います。
しかし、だからといって、私から笑みが消えたわけではありません。
むしろ、だからこそ、笑わなければいけないのです。
しかし伴侶の自死を体験した人にとっては、心からの笑みどころか、意志としての笑みも、忌まわしいだけのものかもしれません。

この頃、私は思います。
泣くことも笑うことも、結局は同じことなのだと。
楽しいから笑うだけではないのです。
悲しいから笑うこともあるのです。
そして、そのいずれであろうと、愛する伴侶の不在は、さびしいものです。
心からの笑みも、心からの涙も、私にはきっともうないでしょう。

もちろん望みもしませんが。

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2011/02/24

■節子への挽歌1271:春は名のみの 風の寒さや・・・・

節子
今日は、この挽歌を読んでくださっている方からいただいたメールを勝手に公開してしまいます。
私と同じように伴侶を見送った女性の方です。
私の挽歌よりも、私の時評よりも、とても説得力のある文章です。
何回も読ませてもらいました。
どこか、心に残るものがあるからです。

風や空の色、そして光、全てが春へと向っています。
ニュージーランドのクライストチャーチの地震、エジプトに続くリビアの革命、地球上のあちこちで阿鼻叫喚の声が聞こえます。
心を揺さぶる文章ですか?佐藤さんの文章、どんな酷い体調の時でも、心が折れてぼろぼろの時でも書き続ける意思。
正直に、素直に書かれた文章は、時に切なく、時にアホで、時にそうだそうだと旗を振ったり、そうじゃなかろうと、くそっと罵ったり、購読料を払わず読ませていただいているこの数年、NHKの受信料よりよほど意義あるものと、楽しみなのです。

書けない時もおありでしょう、愛する人のいない、愛される事のない毎日、伴侶の居ない事というのは、片翼飛行に似て、着地していても、バランスが取れていない、バランスが取れていない事を、ごまかしているために、もっと悲惨。
たぶん花の名前などご存じなかったであろう佐藤さんが、周りの小さい花々に目を向けられた時、私は瞑目したのです。

愛する人を死なせたという、罪悪感を死ぬまで背負いながら生きてゆく重さを、佐藤さんの中にも感じるのです。
春が来ても、いえ春が来たとしても、佐藤さんの顔に心からの笑みが、訪れることがないのは確かです。
啓翁桜,河津桜、花屋さんで見かけます。

昨年、花見のお誘いしたのを思い出しました。
辛い思い出です。
北朝鮮、中国、革命が起きたらと思う国です。
ただ民の流血は、防がねばなりません。何時の世も、流血の始まりは民なのです。

春は名のみの 風の寒さや・・・・

お元気でいて下さい。

流血、心からの笑み、罪悪感。
そして、春は名のみの 風の寒さや・・・・
早春賦は子どもの頃、よく歌いました。
風の寒さの意味も知らずに、ですが。

まだ花見には行けそうもありません。

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■「心を揺さぶる記事を書きたい」ということへの違和感

ある新聞記者が、心を揺さぶる記事を書きたいので、という書き出しで、自殺未遂体験者の紹介を依頼してきました。
「心を揺さぶる記事を書きたい」という表現が気になりました。
どうも心にひっかかる表現です。
案の定、返信したにも関わらず何の返事もありません。
私が紹介した人への連絡はしたようですが、私には何の連絡もありません。
こういう人が書いた記事が、心を揺すぶるかどうか、とまで言うつもりはありませんが、心を揺さぶる記事を書きたいと思う姿勢に、私は悲しさを感じます。
まずは、自らが心を揺さぶられるような生き方にこそ心がけるべきです。
読者の心を揺さぶろうと思うあまり、おかしな「創作」が起こることを危惧します。
新聞もテレビも、受け狙いが感じられるものが増えているような気がします。

自殺のない社会づくりネットワークに関わっている関係で、その種の番組や記事を担当している人にも会いますが、その作品のほとんどは、私にはいつも違和感があります。
報道がいかに「虚飾」と「創作」に満ちているかを、昔何回か体験したことで、私は今も報道嫌いですが、しかし、その一方で、報道の威力と大切さは理解しています。
信頼できる報道関係者もいることも知っていますし、彼らが悩んでいることも知っています。
だからこそ、「心を揺さぶる記事を書きたい」という表現に過剰に反応してしまうのかもしれません。
この人もきっと純粋にそう思っているだけなのでしょう。
私のほうがひねくれているのかもしれません。

ところで、心を揺さぶられるとはどういうことでしょうか。
そして、心を揺さぶることの意味はなんなのでしょうか。
なにかを引き起こすことなのでしょうか。
感動的な映画を制作するのとは違う目的があるのでしょうか。

昔、ある大学関係者に、最近の若者は実際の生活の中で感動を体験してきていないという話を聞いたことがあります。
「心を揺さぶる記事を書きたい」という文字から、そんなことを思い出してしまいました。

みなさんは「心を揺さぶられる」ことに出会う生活をしていますか。
私は、よく出会えています。
新聞やテレビではなく、自分の身の回りにいくらでもあるような気がします。
そうしたことを大切にした生き方をしたいと思っています。

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2011/02/23

■節子への挽歌1270:死の報道の向こう側

悲しさは突然にやってきます。

毎日、さまざまな事件が起こります。
不条理な事件や事故で突然の死に見舞われる人もたくさんいます。
ニュージランドの地震で数十名の人が生命を落としました。
リビアでは今日もきっと不条理な死を迎えた人がいるでしょう。
そして日本でも、自らの生命を断つ人が毎日います。
私が味わったような体験をしている人がたくさんいるわけです。
そう思うと、やりきれない気持ちになります、

しかし、人は身勝手なもので、新聞で「死」という文字を見ても、自分が味わっているものと重ねて考えるわけではありません。
自らの心身とのつながりの距離に応じて、死は単なる言葉でしかありません。
そこで報道されている「死」と私が体験した節子の「死」が、同じものだとはとても思えません。
だから冷静にテレビの画面を見ていられるのかもしれません。

死は、だれもが当然に迎えるものという人もいます。
しかし、自らの生命よりも愛していた人には、「当然の死」などという言葉はまったくつながりません。
自らの死は、いつか来るものとして素直に受け入れられても、自らの愛する人が自分よりも先に逝くなどということは思いもつかないでしょう。
少なくとも、私の場合はそうでした。
節子は「永遠の存在」だと、どこかで思っているからです。
私にとっては、節子は死ぬはずもない人だったのです。

新聞やテレビで報道されている、たくさんの死は、私と同じ思いをたくさん生み出しているでしょう。
にもかかわらず、ニュースになって報道されると、死は無機質な事実になってしまいます。
しかし、その無機質な報道の向こうに、たくさんの私がいるのだと、時々考えることがあります。
みんなどうやって耐えているのだろう。
最近、そんなことをよく思います。

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■政治哲学の不在

ニュージーランド地震を受けた政府専用機派遣に関し、前原外相は、国際緊急援助隊だけでなく、「うまくタイミングが合えば、現地に行きたい(被災者の)保護者も乗ってもらうよう段取りを今している」と述べたという報道がありました。
その迅速な発言に、思わず拍手を送りたくなりましたが、どうやら法律が制約になって、実現しなそうです。
北沢防衛相も「聞いていない」と否定したそうです。
やはりわが国の法治主義の主役は人間ではなく、法律条文のようです。
私のようにリーガルマインドしか学ばなかった法学部卒業生には理解できないことです。

最近話題のハーバード大学のサンデル教授だったらどう考えるでしょうか。
「正義」を優先させるロールズはともかく、サンデルであれば、まずは関係者にとっての「善き判断」を重視するでしょう。
法律はいかようにも読み解けるものです。
前原さんはともかく、菅首相がその気になれば、前原さんの思いは実現したでしょう。
とても残念でなりません。

ロールズの正義論は、私にはとても共感できるところがあります。
自分の属性や境遇を前提に生産年齢人口図に考えることから正義論を始めるという、ロールズの「無知のベール」論は、とても共感できます。
しかし、人間にはそれぞれの「生々しい具体的な生活」があります。
ロールズの「無知のベール」論をサンデルは「負荷なき自己」論として批判していますが、それもまた実に共感できます。
私たちは、それぞれの人のつながりやさまざまな具体的状況を背負って生きているからです。
そうした具体的な重荷から自由に「正義」を生きることは、難しいです。

歳のせいか、最近はロールズよりもサンデルに共感できるようになってきました。
しかし、今回の政府専用機事件で、両者は決して矛盾しないのではないかという気がしてきました。
「無知のベール」論でも「重荷を背負った自己」論でも、今回の件で言えば、前原さんを支援できます。
そして、この問題には、私たちの税金の使い方や国民主権の本質にもつながる問題のような気がします。

テレビで報道された、サンデル教授の白熱教室の解説をされていた小林正弥さんがおっしゃっているように、政治哲学がもっと求められてきています。
政治哲学がない政治家は、状況の中で際限なく揺り動き、マスコミ情報で右往左往する、無責任な私たち国民以上に大きく揺れ動きます。

首相がころころ変わることが問題なのではなく、政治哲学の不在が問題のような気がします。

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2011/02/22

■節子への挽歌1269:春が来ない冬

ちょっとまた悲しい話です。

日曜日の朝日新聞に、ノンフィクション作家の佐野眞一さんが「事実を丹念に掘り起こす」というタイトルで寄稿していました。
「事実を丹念に掘り起こす」ということであれば、黒岩比佐子さんだったなと思いながら、何気なく読んでいたら、最後に黒岩さんの「パンとペン」が出てきました。
この本は私のサイトでも紹介しましたが、秀作です。佐野さんはこう書いています。 

「冬の時代」と呼ばれる社会主義運動弾圧の時代があった。
幸徳秋水や大杉栄は、その受難の代表として大抵の人は知っている。
では、彼らの生活を支える「売文社」を興した堺利彦を何人が知っているだろうか。
黒岩比佐子はそこから始めて、堺の人間的魅力を余すところなく描き出した。
「パンとペン」という秀逸な題名に作者の才能の埋蔵量が垣間見える。
「冬の時代」の後に「春の時代」が到来しなかったことを歴史は語っている。
私はそれを検証するもう1冊を書かねばならない。
著者はそう宣言した直後、52歳の若さで亡くなった
。春が来ない冬。
こうして改めて、第三者の言葉として目にすると、さまざまなイメージが重なってしまい、一瞬、心が止まってしまいました。
これから大きな花が咲こうとしている直前に黒岩さんは逝ってしまいました。
彼女の執筆への思いを知っていたので、邪魔をしてはいけないと彼女を訪ねることもなく、そのうち、湯島にもまたぶらっと行きますという彼女の言葉にまかせていたのですが、結局、ゆっくり話をする機会もありませんでした。

湯島天神の近くのレストランで、節子と3人で食事をしたのはいつだったでしょうか。
その時の黒岩さんは、まだ暮らしそのものも大変のようでしたが、いつものように、控え目に、しかし大きな夢を語ってくれていました。
節子は、そうした黒岩さんの夢が実現するのを確信していました。

黒岩さんにも春は来なかったのか。
節子にも、私にも、春は来なかったのか。
春とは何なのか。
もしかしたら、冬こそが春なのかもしれない。
わけのわからない表現ですが、そんな気もします。

佐野さんは最後にこう書いています。

次代を嘱望されていた彼女の早すぎる死は、「冬の時代」と言われて久しいノンフィクション界に将来の希望がまた一つ消えてしまったようで、悔まれてならない。
そう思います。

節子
黒岩さんと会っていますか。

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2011/02/21

■節子への挽歌1268:良き聴き手

節子
今日は久しぶりに読書の1日でした。
先日から読み出していた「市民社会とは何か」という新書なのですが、途中から急に面白くなり、ついつい午後の予定までキャンセルして、読んでしまいました。
新書ですから、集中して読めばそんなにかからないのですが、私は「市民社会」という言葉にはかなりの思い入れがあるのです。
大学生だった頃、私は武蔵野市に住んでいましたが、当時の武蔵野市は、新しい市民論を掲げた松下圭一さんの、いわば実験場でもあったのです。
私は別に何かに参加していたわけではないのですが、身近なところでの動きのために、市民論や市民参加論、あるいは市民参加論に興味を持っていました。
本が面白くなったのは、そうした日本の1960年代からの市民社会論の動きが書かれていたからです。
ただ読むだけではなく、そこからいろんな思いが浮かんできてしまったのです。
そんなわけで、1冊の新書に1日もかかってしまったわけです。

当時、「日本には市民がいなかった」などという言説が広がっていましたが、私にはとても違和感がありました。
つまり、どちらかといえば、「市民論」に共感というよりも、どこかに違和感を持ちながらの興味だったのです。
その後、日本における「市民社会論」は大きく変化していきますが、いつもどこかでぴったり来ないままでした。
NPO法にも大きな違和感がありました。
この本を読んで、そのわけがわかりました。
思った通りだったのです。

こんな話は、挽歌ではなく時評編に書くべきですが、挽歌で書き出したのには理由があります。
私の「市民観」や「市民社会観」は、おそらく節子との出会いに影響されているのではないかと言う気がしてきたのです。

「市民」か「住民」か、という議論があります。
学生の頃は、私はいささかの違和感を持ちながらも、「住民から市民に進化しなければいけない」と考えていました。
おそらく節子に会った頃は、まだそういう考えだったと思います。
それが次第に「市民」という言葉に、胡散臭さを感じ出したのです。
それが節子のせいだとは言いませんが、節子とさまざまな話をし、暮らしを共にする中で、私の考えが変わってきたのです。
「市民」か「住民」か、などということには、節子は興味を持ちませんでしたが、私が話すといつも素直に「感心」してくれたのです。

人は話しながら考えるものです。
私は本を読むと必ず節子に話しました。
節子の反応は、私には大きな刺激でした。
私がいまあるのは、「良き聴き手」を持ったからなのです。
本の内容と直接関係があるわけではないのですが、今日、1日読書をしていての一番の気づきはそのことでした。
私が本を読まなくなった理由も、少しわかりました。

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■暴言の犯罪性

私にはいささかの暴言癖があります。
時に言葉で人を傷つけることがあるのです。
最近はかなりよくなったと思いますが、思ったことを過剰に強調したり、気楽に反語を発して誤解されてしまうことが今でもあります。
困ったものです。

自分にそういう傾向があるので、他の人の暴言も気になります。
人間は誰かを批判する時に、大体自分の欠点と同じものに気づくものです。
他者の欠点に気づいたら、先ずは自分はどうだろうかと考えると、自分にも当てはまることが少なくありません。
まさに、人のなり見て我がなり直せ、です。

今日のテレビで、横領容疑事件の事情聴取に当たった大阪府警の警部補の音声が報道されました。
容疑者の男性に「殴るぞ、お前」などと暴言を浴びせている状況が、容疑者の持っていたICレコーダーに録音されていたのです。

それを聴いていて、言葉の暴力のすごさを改めて感じました。
特に権力をもっている人の暴言はものすごい殺傷力をもっています。
そして、言葉には、その人の本質が現れます。

和民の渡邉社長への私の不信のはじまりは、テレビで見た、彼の社員への言葉遣いでした。
それについては当時、このブログにも書きました
文字にするのもいやなほどの暴言でしたが、それ以来、渡邊さんがどんなことを言おうと、どんな笑顔をつくろうと、私には信頼できません。
人を人と思わないような暴言をはく人に、人を語る資格はありません。
自分もそういう発言をしたことが昔あったがゆえに、許せないのです。
もちろん私は今も自分自身を許せないでいます。

しかしなぜ人は暴言をはくのでしょうか。
私の体験から言えば、思いが強すぎるからです。
思いをコントロールできないのです。
しかし、だからといって、暴言は許せません。
とりわけ人を裁いたり、育てたりする人は、相手が誰であろうと、人の尊厳は大切にしなければいけません、
東京都の知事にもなってはいけません。

私も最近は少し成長しました。
あまり暴言をはくこともなくなりました。
その一方で、相変わらずなくならないのは失言です。
幸いに、私が少しくらい失言しても、だれも迷惑をこうむらないようです。
まあ、それもちょっと寂しい気もしないではないですが。

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■知は力

チュニジアからはじまった反政府運動はますます広がっています。
中東にとどまらずに、中国まで飛び火する可能性さえ出てきています。
その根底にあるのは、「やればできるという」ことを示す実例を示す情報です。
空想の世界の話が、急に現実の話になってしまうショックは大きいでしょう。
科学技術の世界ではよく語られますが、理論的に実現可能性が証明されると難問が解かれることが多いそうです。
誰かが実際にやってしまえば、「できるんだ」という確信が人々の心身に生まれます。
それが広がれば、巨大な力に育っていきます。

最近の中東の状況を見ていると、20年前の東欧革命を想起します。
1989年の1月にハンガリーで集会の自由が法制化された時、その年にベルリンの壁がなくなると思っていた人は多くはないでしょう。
しかし、あっという間に冷戦構造の世界は変わったのです。

最近、私もFACEBOOKを少しきちんと使おうと思い出しました。
やってみると確かにその威力は感じられます。
しかし、先ず感じたのは、この効用の裏表です。
誰が使うかによって、恐ろしいツールにもなりえると感じたのです。
まあ当然のことなのですが、物事にはすべてプラスとマイナスがあります。

中東の反政府運動は一人の若者のネット活動から始まったとまことしやかに語られていますが、私にはどうしてもそうは思えません。
必ずその裏にだれかの意図があるような気がするのです。
それがわからないと、最近の動きをどう評価していいかは難しい気がします。
情報の威力は、しかしある臨界点を越すと、個人では止められないほどのパワーを持っています。
つまり、ある段階からは、誰かの意図とは無縁になるわけです。

最近の反政府運動がどこまで広がるのか、気にはなります。
日本もまた無関係ではありません。
西欧型の資本主義社会では、もはや革命は起こりえないというのがどうも最近の通説のようですが、私にはまだ確信が持てません。
中東諸国とは違いますが、日本の社会もまた大きく壊れているからです。

知は力なりという言葉を最近また少し考えるようになりました。

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2011/02/20

■節子への挽歌1267:河津桜の向こうに見える世界

節子
庭の河津桜が咲きだしました。
昨年よりも1週間ほど早いようです。

四季があることは、周りの風景を変え、意識や行動に変化を与え、生活を豊かにしてくれます。
私たちはとても恵まれた環境に暮らしていることを感謝しなければいけません。

節子がいなくなってから、しかし、そうした季節の変化や風景の変化があまり意識しなくなってきました。
節子がいなくなって、心身の感受性が弱まっているのかもしれません。
しかし、ただそれだけではないような気がします。

最近、よく思うのですが、伴侶や家族や仲間がいるということは、世界をそれだけ多角的に感じられるということかもしれません。
私の場合は、節子への依存度が高かったので、節子の不在は大きな影響を与えています。
節子がいたころの私の世界といなくなった今の私の世界は、明らかに違います。

感覚的に言えば、どうもカラフルでない気がします。
心身がブルーだからではありません。
どうも感覚的に世界の見え方、周辺の見え方が違うような気がします。
うまく説明できないのですが、生活を共にしていると、もしかすると感覚が共有され、人間の心身もホログラフィのようになるのかもしれません。
一部が欠けてしまったホログラフィのように、どうも世界がぼんやりとしか見えていないのです。
地デジのテレビとアナログテレビの違いのようです。

ところが、さらに面白いことことに気づきました。
世界がぼんやりとしか見えてこなくなると、見えないものが見えてくるような気がしてくるのです。
もしかすると、もうじき、見えないものが見えてくるかもしれません。

河津桜の花の向こうに、いろんなものが見えます。
一輪の花の向こうに、さまざまな世界が広がっているのです。
節子と一緒なら、もっとたくさんの世界が見えるはずなのですが。

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■拡家族

今日、韓国の佐々木さんからホームページに「お祖父さんになった」という投稿がありました
それで気がついたのですが、最近、「拡家族」の話がまわりで増えています。

「核家族」ではなく、「拡家族」です。
こう言う表現を最近は時々目にしますが、私が意識したのは20年近く前のことです。
日本リサーチ総合研究所の次世代住まい方に関する研究会の委員にさせてもらった時に提案させてもらったのです。
私は以前から、「血縁」と「地縁」は隣り合わせのものであり、かなり親和性のある概念だと思っていました。
遠くの親戚より近くの他人という言葉もありますが、その言葉が示唆しているように、両者には類似性があるのです。

私がいう「拡家族」は、血縁にはこだわらないものの、寝食を共にすることにより生命のつながりを深める関係性のことです。
共同生活家族や養子関係など、そういう「家族」形態は昔からありますし、今も各地に残る連や講も含めてもいいでしょう。
そうした人のつながりに共通するのは、無防備関係と論理を超えた信頼性です。

昨日、自殺のない社会づくりネットワークの交流会がありましたが、そこである人にシェアハウスの話をしたらとても興味を持ちました。
横浜では私の知人が3世代のコレクティブハウスのプロジェクトに取り組んでいます。
私の住んでいる近くでも、血縁のない人たちのシェアハウスの建設が進んでいます。
高齢者に関わるNPOや子育てに関わるNPOの人たちから、3世代の交流の仕組みや場がほしいという話もよく聴きます。

家族の崩壊が話題になる一方で、こうした動きが広がっていることをどう考えるべきでしょうか。
イギリスの道徳哲学者アダム・ファーガスンは、「人間は、自然に共同体の成員である」と言ったそうですが、人は一人では生きられません。
過剰に原子化された昨今の生き方に、みんながおかしいと思い出したのでしょう。
しかし、その一方で、血縁家族の仕組みは壊れだしています。

家族の構成原理として血縁は重要な要素ではありますが、絶対のものではありません。
新しい家族のあり方が、求められているように思います。
それが、血縁と地縁を軸にした拡家族ではないかと思います。

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2011/02/19

■節子への挽歌1266:人の世の住みやすさ

昨日から今日にかけて、またたくさんの人に会いました。
人にはそれぞれの世界があり、物語があります。
しかし、そうした「自分の物語」をしっかりと生きている人はどれほどいるでしょうか。
時々、そう思うことがあります。

夏目漱石の「草枕」の出だしの文章は有名なので、多くの人が知っているでしょう。

山路(やまみち)を登りながら、こう考えた。
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。
とかくに人の世は住みにくい。
今日、新聞を読んだといって、湯島の「支え合いサロン」にやってきた人がいます。
人と話すのが好きなのだそうですが、子どももいないし、人と話す機会がないというのです。
近所の交流もないし、趣味や学びの会にも参加できるものがないといいます。
つまり、居場所がないと言うのです。
まだ50代の女性です。
不思議です。
人と話すのが好きならば、道で出会った人に話しかければいいだけです。
声をかけるだけなら、智や情や意地など関係ありません。
それに、その人にはまだ元気に働いている伴侶がいます。

伴侶と離婚し、子どもたちとも疎遠になった人が、その人にアドバイスしました。
自分から動きだせば、世界は変わる、と。
その人は、一度は自殺を試みた人です。
最近、湯島のサロンに毎回やってきます。
その人は「ここに来るととても気持ちの良い時間を過ごせる」と言うのです。
人の世は、決して住みづらくなどないのです。

草枕は、先の文章のあと、こんな文章が続きます。

住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。
どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。
詩が生まれ、画が出来るのは、住みにくさのおかげだと言うのです。
私は詩も書けず、絵も描けませんでした。
詩人にも画家にもなれない、多くの人は、要するに、さほど生きづらくはないはずなのです。
ほどほどの生きづらさは、世界を豊かにするとも言えます。
いろんな人に会っていると、そんな気がしてきます。

どこに越しても住みにくいということは、どこでも住みやすいということです。
いろんな人の話を聴いていると、自分の世界が相対化されてきます。
そして、自分の生き方も見えてくるような気がします。
だから、人に会うと元気が出てきます。
節子ほどではありませんが、だれでもが人に元気を与える存在なのです。
最近、つくづくそんな気がします。

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2011/02/18

■節子への挽歌1265:春がきました

節子
お昼ごろから我孫子は春です。
朝方までの雨は止み、太陽が戻ってきました。
それも心強い陽射しです。
先日降った雪がまだ軒下に残っていますが、この陽射しで解けるでしょう。
春が来た感じです。

陽射しのなかで、和室のランの花が咲き出しているのに気がつきました。
水仙や梅など、庭の花も咲き出しています。

人の心身は自然と深くつながっています。
いろんなことを体験すると、それがよくわかります。
自らもまた自然の一部だと意識しただけで、自然に支えられている自分にも気づきます。
さあ、動き出さなければいけません。
しばらくうずくまっていた心身を開かなければいけません。

節子は春の到来が好きでした。
花が元気になるからです。
八方美人型の私は、すべての季節が好きでした。
冬もまた良し、夏もまた良し、でした。
しかし、それも節子がいればこそだったのかもしれません。
あるいは若いからだったのかもしれません。
夏浜も冬山も縁遠い存在になってしまいました。
いまはやはり春が元気をもらえそうです。

節子がいなくなってから4回目の春です。
しかし、春を意識したのは初めてかもしれません。
強い陽射しは、人を酔わせます。
下戸の私には、お酒の酔いとは違って、快い酔いです。
それに、陽射しのなかに節子も感じるのです。
節子なら庭に出て、花木の手入れでしょう。

さてさて、私は何からはじめましょうか。
まずは、自分自らの手入れからはじめようと思います。
動き出せば、山積みになっている問題も吹き飛ぶかもしれません。
明るい動きのところには、明るい話題しか舞い込んではきませんから。

みなさんにも春の陽射しが届きますように。
もちろん彼岸の節子にも。

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■民主党議員グループの会派離脱事件に思うこと

民主党の16人の会派離脱への批判が強まっています。
今朝のテレビ報道では、たとえばフジテレビ系の番組では、議員バッチがなければただのおじさんと表現したばかりか、みんな比例区の最後で滑り込んだ人たちの保身のための「造反」だと、いかにも彼らを馬鹿にした報道をしています。
他の番組も大同小異のような気がします。
聴いていて、きわめて不快です。
こういう「造反」の動きの中で、予算関連法案が通過しなければ、国民生活がますますひどくなると言う人も多いです。
今も見ていると、「こんなことをしている暇はない」と発言している人もいますし、「お家騒動」だという人もいます。
こうやって、脅かしながら、問題の本質的解決を避けて、事態をさらに悪化させていくのが「体制」(システム)の「変化回避機制」です。

新しい価値がうまれるには、あるいは枠組みを変えていくためには、創造的破壊は時には必要です。
エジプトの今回のデモは、その一つかもしれません。

無名であろうと議員は議員です。
議員に上下関係があるはずはありませんし(もしあるとしたら国民にも上下関係があるということになります)、流れに抗する動きには必ず何らかの意味があります。
それをしっかりと受けとめる感受性がなければ、組織は生きつづけられません。
「全く理解できない」と菅首相は発言していますが、理解できなければ理解しようとするのが常識です。
首相も、岡田幹事長も、その発言には権力者の意識を感じます。
権力に依存した発言をする人は、リーダーとは言えません。

国民生活は、すでに壊れだしています。
これほどの格差社会にしておきながら、さらにそれを進めるかもしれない予算を成立させることを絶対視する必要はありません。
歳入が途切れて、国家公務員の給料が遅配になるような事態も決して悪いわけではありません。
会社であれば、家庭であれば、そんなことはよくあります。
治安が乱れるかもしれませんが、いまも治安はかなり乱れていますし、治安のありかたを根本から考え直す契機になるかもしれません。

いまはそれくらいの大きな時代の変わり目にあるような気がします。
昨今の社会のあり方に辟易している私としては、問題の本質を問い質す契機になればと思います。
あまりに無責任な発言と批判されそうですし、私もそんな気もしますが、問題を器用に収めるのではなく、問題の本質を考えることも必要だろうと思います。
政治のあり方、行政のあり方、議会のあり方、政党のあり方、そうしたことを考え直す材料がいろいろと出てきています。
たとえば、政権がなぜ1年前後でくるくる変わるのか、そのことの理由をもっと考えたいと思います。
異議申し立てには、いつもそれなりの意味があるのです

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2011/02/17

■節子への挽歌1264:大きな生命

気が滅入るときは、どうしても抽象的な世界に心が向かいます。
今日は、大きな生命の話です。
もし、私が、そして節子が、オートポイエティックな大きな生命現象の一部だとしたらどうでしょうか。

節子に出会ってからでも、節子を見送った後からでもなく、私は大きな生命体の一部であるという感覚を、持つでもなく持っています。
私が動くと世界は変わり、それがまた再帰的に自らに戻ってきます。
なぜこんなことができたのかと自分ながらに訝しく思うこともあります。
会社時代の企業文化変革活動も退社してからのコムケア活動も、なぜ実現したか不思議です。
そうしたことを何回か経験すると、自らが絶えず変化する生命現象、あるいは自然現象の一部であることを、感じないわけにはいきません。

私は基本的に怠惰な人間です。
節子とは大違いでした。
節子は良くも悪くも、身体を動かしていないと落ち着かない人でした。
怠惰な私は、しかし、時にしたいことが心に浮かびます。
好んでやりたいこともありますが、むしろそうでないことが多いのです。
なぜそんなことをしようと思ったのか、自分でも説明できないことが少なくありません。

怠惰ですから、ほんとうはやりたくないのです。
動き出す契機は、誰かにやることを話して、ともかく小さな一歩を踏み出すことです。
「やる」と口に出した以上は、動き出さないといけません。
私には「自分のためには嘘はつけない」という、行動原理が埋め込まれています。
ですから、やると言った以上は、心身が動かざるをえないのです。
そしてそれからが不思議なのですが、動き出すと自然とうまくいくのです。
途中で、私の気が萎えないかぎり。

問題は2つあります。
口に出す相手です。
そして時に震えそうな心を萎えさせない、あったかな支援。
その2つができるのは、節子でした。

その節子の不在は、私の行動を変えました。
動けない、動いても続かない。
しかし、ようやく最近、自らがオートポエティックな生命の一部である感覚を回復し出しました。
世界は、つながっています。
動き出すと、物語が始まります。

明日からまた動き出そうと思います。
大きな生命を確信しながら。

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■節子への挽歌1263:愛する人たちにはsay goodbye はない

節子
先日、スロバキア国立オペラの公演を主催した高橋さんたちが来てくれました。
訊きたかったことを質問させてもらいました。
アンコール曲を選んだのは高橋さんたちですか、と。
やはりそうでした。

アンコール曲は2曲でした(最終日は3曲だったそうです)。
「遠くに行きたい」と「time to say goodbye」です。
その選曲が、とても気になっていたのです。

音楽は人の心を動かします。
しかし、その動かし方、受け取り方は、聴く人によって大きく変わるでしょう。
言葉の意味さえも、変わります。
Goodbye が必ずしも別れを意味しないように、です。

同じ言葉に喜びを感じたり、悲しみを感じたりすることはよくあります。
言葉は、その時々の心の状況によって意味合いを変えます。
心が弱っている時には、どんな言葉にも不安を感じます。
心が躍動していれば、どんな言葉も元気をくれます。

最近、ちょっと心が弱っているような気がします。
最近はサラ・ブラントマンの歌に哀しさを感じます。
それでしばらくは聴くのをやめていました。
高橋さんに会ったので、久しぶりに聴いてみました。
前にはそんなことはなかったのですが、「say goodbye」という言葉が耳に突き刺さります。
私には、言える言葉ではありません。
節子も、最後まで言いませんでした。
愛する人たちには、say goodbye はないのだと、改めて思いました。
この歌のおかげで、そのことに気づかされました。
何回聴いても、涙が出ます。そして飽きることがありません。

今日は朝から元気が出ません。
やっと挽歌が書けましたが。

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■変えてはいけない信条

IBMを飛躍的に発展させたトーマス・ワトソン Jr.は企業の成功の鍵として次の3つをあげています
 ①しっかりした信条を持つこと
 ②その信条を確実に守ること
 ③信条以外の全ては常に変えていく姿勢を持つこと
日本IBMの人に、「もし信条を変えなければならなくなったらどうするのですか」という意地の悪い質問をしたら、「その時はIBMが終わる時です」という答がかえってきたまし。
もっとも、昨今のIBMは、その変えてはいけない信条を変えてしまったような気がします。

民主党の比例代表選出の衆院議員16人が、党執行部が決めた小沢氏処分の方針に反発し、衆院の民主党会派からの離脱を表明しました。
菅政権がマニフェストの見直しを検討していることに対し「今の民主党は自分たちが考える党とは全く違う党になっている」と主張しています。
党執行部は、規則上、離脱はできないと言っているようですが、人を縛る組織の恐ろしさを感じます。
なぜきちんと対話できないのか、岡田幹事長の発言を聞いていると、亀井さんが話したという「連合赤軍」を思い出すのもわかるような気がします。

私も、今の民主党は選挙で国民が支持した民主党とは似て非なるもののような気がします。
ですから小沢さんや今回の会派離脱グループに共感をもてます。
もっとも国民の多くは、そうした変質した民主党を支持しているようですが、マルチチュードは御しがたい存在です。

人にも、組織にも、変えてはいけない信条があります。
民主党にとって、その信条とはなんだったのか。
沖縄基地問題にしろ子ども手当てにしろ、ダム建設にしろ消費税にしろ、高速道路料金にしろ、私が思っていた民主党の信条はすべて変わってしまったように思います。
にもかかわらず、政権政党として存在する民主党の大義はどこに所在するのでしょうか。

元祖民主党が生まれてほしいものですが、それは難しいでしょう。
そこにこそ問題の本質がありそうです。

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2011/02/16

■マトリックスな体験

今日、久しぶりに朝の通勤時間に、大手町などの都心を歩きました。
久しぶりだったせいか、たくさんの人が黙々と歩いているのを見て、とても新鮮でした。
みんな急ぎ足に目的地に向かって歩いているのです。
それがどうした、といわれそうですが、最近、ある本で読んだこんな文章を思い出しました。

「大衆(マルチチュード)は、何らかの形で一つに結合しないかぎり、それ自体では統治するのに適さない。というのは、何らかの統一体に含まれないならば、大衆は存在できないからである。それゆえ、大衆がある程度の理性によって一つにならないならば、国家=市民社会は解体するであろう」(「市民社会とは何か」平凡社新書)
16世紀末に出版された「ヴェネツィアの為政者と共和国について」の本に出てくる文章だそうです。
同時に思い出したのは、つい数日前までのエジプトの広場の風景でした、

都心を秩序だって歩く人たちを支えているのは、それぞれの人に与えられた役割でしょう。
役割があるから、みんな黙々と歩いています。
私も今朝は、4月に予定しているフォーラムの会場の予約のために、飯田橋に向かっていたのですが、早く着こうと黙々と歩いていました。
役割がしっかりと与えられていれば、誰かから何か言われなくともみんな秩序を維持しながら行動します。
それが生命に組み込まれた本能なのでしょう。
しかし、実際に役割を与えているのは、何らかの統一体です。
それが国家なのか市民社会なのか、はたまたネットワークなのかは別にして、個々の役割と全体としての統一体は、再帰的な関係にあります。

エジプトにあふれ出した人たちは、どうだったのでしょうか。
大きな目的に向かって、役割を認識できている間は、秩序が維持できます。
それがなくなったり、達成されたりした後が問題です。
幸いにエジプトはうまくソフトランディングしたように見えます。

日本はどうでしょうか。
大手町を歩いている人たちは、幸か不幸か、みんなそれぞれの役割を与えられています。
だから機能的に行動できているのです。
しかし彼らから役割を奪ったらどうなるでしょうか。
秩序は維持できなくなるでしょう。

残念ながら、昨今の日本には、朝、大手町を歩けない多くの失業者がいます。
役割が見つけられないということは、居場所がないということです。

今回の事件の前のエジプトはどうだったでしょうか。
そうした役割のない人たちがたくさんいたのかもしれません。
それがツイッターで、ある時突然に役割を見つけたのです。
そしてデモの輪が広がっていったわけです。
そう考えると、エジプト的な事件が日本で起こっても不思議はありません。

都心の人工空間を黙々と歩いている大勢の人たちを見ながら、恐怖感を感じました。
自分もその一人なのに、とても恐ろしい気がしたのです。
まるで大きな機械の中に、自分も組み込まれているような感じでした。
こうした行動を日常化している人たちが創りだす、社会ってどんなものになっていくのでしょうか。
いささかの不気味さを、実感しました。

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2011/02/15

■節子への挽歌1262:機械どもの反乱

節子
今朝起きたら雪が8センチほど積もっていました。
久しぶりの積雪です。

雪とは関係ないのですが、最近、あまり良くないことが頻発しています。
そのせいか気分も冴えませんが、気分が沈みがちだと、さらに悪いことが重なります。
今日は寒かったので、コタツでパソコンをしていたら、キーボードに珈琲をこぼしてしまいました。
そのまま静かに拭き取れば何ともなかったのですが、最近、どうもパソコンの調子がよくないので、八つ当たり的にキーボードのキャップをいくつか外してしまいました。
偉そうにしているパソコンに、渇を入れようと思ったのです。
ところがその取り方が雑だったせいか、その後、パソコンが私のキー操作と違う動作をするようになったのです。

私は今、自宅では2台のパソコンを使っていますが、実は数日前から2台とも私に従わなくなっているのです。
たいしたおかしさではないのですが、たとえばPDFが開けないとか、突然に書きかけのものが消えるとか、嫌がらせとしか思えない動作を時々するのです。
オフィスでもパソコンを使っていますが、それも1週間ほど前から少しおかしいのです。
これは偶然でしょうか。
どう考えても、3台のパソコンは連動して、私に対抗しています。
彼らもエジプトの若者たちのように、FACEBOOKで連携して、酷使反対に動き出したのでしょうか。
そう思ってもおかしくないような状況が起こっているのです。
節子に話したら、また始まったと笑うかもしれません。
しかし、私の感じでは機械も意志を持っていることは間違いありません。
私の感情に反応しているとしか思えないことがよくあります。

こういう時には、私は自分で機械を修理しようと思い立ちます。
そして大体の場合、私の「修理」は「破壊」を引き起こします。
そうして壊れてしまった家電製品はたくさんあります。
おかげで最近はCDが聴けません。
2台あるミニコンポとラジカセを修理したため、壊れてしまっているのです。
いま気づきましたが、パソコンだけではなく、オディオ機器も反乱していますね。
そういえば、テレビも1台、おかしい。

と書いてきて、やっと気づいたのですが、最近、わが家の機械たちは異常です。
どうしたことでしょうか。
いずれも古くなって、買い替え時期にきたと言うことでしょうか。
それとも、最近、私の霊気が地場を狂わせているのでしょうか。
私としては、どうせなら後者の説を受け容れたいです。
なにしろ最近は、良くないことが起こりすぎるのです。

いや、もしかしたら私の霊気ではなく、節子の霊気かもしれません。
そういえば、昨夜も夢に節子が出てきました。
内容はまったく思いだせないのですが。

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■法もルールも時代によって変わります

八百長相撲問題は、出口のない袋小路を突き進んでいるような気がします。
発想を変えなければ、問題は解決しないでしょう。
前にも書きましたが、私はもっとおおらかに考えたらいいと思いますが、みんなの目は厳しいです。
相撲好きな人も多いでしょうか羅、本場所や工業を休むのであれば、いっそ「八百長場所」を開くのがいいと思いますが、たぶんまじめに聞いてもらえそうもありませんね。
私はかなり本気なのですが。
伊勢神宮で行われる奉納相撲は、本来、八百長相撲なのですし。

そもそも「法」は、時代によって大きく変化します。
前にも書きましたが、大切なのは「法の条文」ではなく、立法の精神や法の背景にある理念です。
大岡裁きという言葉もありますが、法は社会をスムーズに動かしていくための「方便」でしかないのです。
その方便に、呪縛されてはいけません。
法のために、相撲を壊すのは本末転倒なのです。

お金のやりとりは許せない、という人が多いようですが、私たちの生き方は「お金のやりとり」で成り立っています。
お金をもらうために、自分でも納得できない仕事をしたことがないという人はどれほどいるでしょうか。
私には、彼らを責める気は全く起きません。

今の日本の社会は「お金万能」です。
であれば、相撲界も「お金万能」が少しは許されてもいいのではないでしょうか。
それがいやなら、社会全体のお金万能の状況を変えるべきです。
もちろん私は後者の考えで、生きています。
自分の生き方で実現できないことを、若い無垢な力士に求めるような人間にはなりたくありません。

もういい加減、すべての力士を許してやったらどうでしょうか。
八百長が無かったと言い張っていた協会役員だけが潔く辞めたらいいでしょう。
一番悪いのは、そうした人たちだからです。
裁く人と裁かれる人が、まったく反対なのです。

まあよくある構図ではありますが。

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2011/02/14

■節子への挽歌1261:プレゼント

湯島に行ったら、ポストに2つのチョコレートが届いていました。
そういえば、今日はバレンタインデイです。
今日、湯島にやってきた方も、やはりチョコレートを持ってきました。

実は、節子はよく知っていましたが、私はバレンタインデイのチョコレートのやりとりが嫌いなのです。
贈ってくださった人には申し訳ないのですが、あんまりいい気持ちはしないのです。
商業主義的なそうした流行を、私は生理的に受け付けられないのです。
それに、私よりも、もっと贈るべき相手がいるだろうと思うのです。
といっても、ユニセフもフォスターピアレントも、あんまり好きにはなれないのですが。

その話を娘にしたら、お父さんがお母さんにプレゼントをした記憶がないというのです。
これはまた心外ですが、そう言われるとそうかもしれません。
娘が言うには、節子の誕生日に娘たちが何かプレゼントをしようと話していると、お父さんも仲間に入れてくれと言って、あとは費用負担だけすることが多かったようです。
しかも私と節子の財布は一緒でしたから、お金はお母さんからもらっておいてという感じだったようです。
贈り物とは、相手に喜んでもらえるものを心を込めて、時間をかけて、選ぶところに意味があるというのです。
まるで節子のようなことを言います。

まあ私もそう思います。
家族以外に贈り物をする時には、かなり考えます。
しかし考えてもいい知恵が浮かばないので、節子がいる時は、節子に、この人はこういう人だから良いものを選んでよ、と頼む癖がついてしまったのです。
人には得手不得手があります。
ともかく私は買物が不得手なのです。
最近はかなり慣れてきましたが、今でも支払は自分ではほとんどしません。
大きな買物には娘についてきてもらい、お金を払ってもらいます。
何しろ私は財布さえ持っていないのです。

ところで、プレゼントの話ですが、節子も私からプレゼントをたまにはもらいたかったと娘たちに話したことがあります。
しかし、たぶんそれは話の勢いでしょう。
節子は、私がプレゼントしないことを不満には思っていなかったと思います。
それだけは少しだけ自信があります。
節子が欲しかったものは、私はすべて節子にあげていたからです。
そして、私も節子からすべてをもらっていました。
ですから時々節子が何かをくれても、うれしくもありませんでした。

そういうものじゃないでしょう、とこれを読んだ娘から怒られそうですが、今から考えると、やはり節子もプレゼントが欲しかったのかもしれませんね。
これを書いているうちに、そんな気がしてきました。
そういえば、指輪が欲しいというような話になったので、好きな指輪をあげるから買っておいて、と言ったら、節子は結局買いませんでした。
やはり、あの時はこっそり買って渡すべきだったのでしょうか。

これ以上書くと、いろいろぼろが出そうなのでやめましょう。

ところでもらったチョコレートですが、結局、食べてしまいました。
美味しかったです。
宗旨を変えたほうが良いかもしれません。
何しろ最近は「ぶれる」のが流行のようですので。
節子はぶれない人でしたが。

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■権力の煩わしさ

菅政権の支持率がさらに低下しているようです。
今日のNHKの調査によれば、支持者はいまや5人に一人、不支持者はその3倍を超えています。
エジプトのような革命が起こってもおかしくない状況かもしれません。
しかし、日本の場合、政権そのものの存在(機能)がエジプトとは違うのです。

政権支持者が急落するのは、菅政権に始まったことではありません。
最近は高い支持を得て成立した政権が、1年もたたずに支持されなくなり、政権が交替することが繰り返されています。
このことの意味を考える必要があるのかもしれません。

そこで思い出すのは、やはりジャン・ボードリヤールです。
彼は最後の著書「悪の知性」で、こう書いています。

民衆が政治家階級の管理に信頼を寄せるとすれば、それは代表制の意思からというよりも、むしろ権力を厄介払いするためである
。自由を得た民衆が感じたのは、おそらく「自由の煩わしさ」です。
権力を得た民衆もまた、「権力の煩わしさ」を感じているはずです。
もしかしたら、莫大なお金を手にした人も、お金の煩わしさを感ずるのかもしれません。

「無いと欲しい」が、手にはいると煩わしい、それが自由や権力かもしれません。
私はたぶんお金もそうではないかと思っています。
そして、実はこの3つ、自由と権力とお金は、もし貸したらみんな同じものの一面なのかもしれません。

ボードリヤールの本には、こんな話が出てきます。

反乱者が権力を欲していると聞き及んだとき、ルイ16世は狼狽した。
どうして権力を欲することなどできるのか。
ルイ16世にとっては、権力は神からの義務だったのです。それも逃げることのできない、煩わしい義務だったのです。
それを自ら担おうとする人がいるとは、彼には信じられなかったのでしょう。
断頭台の上に立ったとき、何が起こっているのか、彼にはわからなかったのかもしれません。
もしダントンやロベスピエールが、その煩わしさを引き受けてもいいと理解できるように話したら、フランス革命は起こらなかったかもしれません。
それにそもそも民衆の歴史には非連続な断層、革命などはありえないのです。

ルイ16世やムバラクと、日本の首相の違いは「代表原理」に基づく正統性です。
しかし、昨今の状況を見ていると、「代表原理」に基づく正統性ほど危ういものはありません。
この数年の日本の民衆は一夜にして、手のひらを返すことがあるのです。
それは驚くべきことです。
その理由は、私たちの首相の選び方が、代表原理ではなく、権力の厄介払い原理に従っているからかもしれません。
消去法で、他の人よりよさそうだから政権を支持する人も少なくないことに、その本質が垣間見えます。

もし首相とは権力の厄介払いの受け皿なのであれば、この数年の首相はミスキャストだったのかもしれません。
同時に、日本においては、首相の意味が変わってしまったのかもしれません。
昨今の政治状況をみていると、そんな気がしてなりません。

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2011/02/13

■節子への挽歌1260:見たい意志をもてば見えてくるものもある

節子
世間では「無縁社会」などという言葉が流行っているようですが、私はたくさんの縁に支えられているのをいつも感じています。
先日も、スロバキア国立オペラの件で、いろんな人たちが応援してくれました。
いまも会ったこともない人たちが私を支えだしてくれています。
とても不思議な気分です。

1週間ほど前に、認知症予防に関するフォーラムを開催しようと思い立ちました。
そして何人かに声をかけて、集まりを開きました。
急だったので、集まったのは2人でした。
ところが、その報告をメールで流したら、次々に応援してくれる人が現れたのです。
私のまったく知らない人たちです。

人のつながりは、本当に不思議です。
こちらから呼びかけると、そして何か動き出すと、待っていたように応援してくれるのです。
この社会にはたくさんの縁が張りめぐらされているのです。

しかし、その一方で、無縁と思っている人も多いようです。
なぜそうした人は、自らの周りにある縁に気づかないのでしょうか。
縁を見る力が弱まっているのかもしれません。

人は見たいものしか見ないものです。
縁が見えないのは、縁が見たくないからかもしれません。
たくさんの縁が見えたら、その縁を無視できなくなりますから、それなりに大変なのです。
縁は支えられる縁だけではなく、支える縁もあるからです。
私たちは、それが煩わしくて、縁を見たくなくなったのかもしれません。
見たくなくなると、見えなくなるものです。

逆に見たいという強い意志があれば、見えないものまで見えてきます。
彼岸はどうでしょうか。
私にはまだ見えてきませんが、彼岸にいる節子は時々、見えるような気がします。
こんなことを書くと、気が触れたのかと思われそうですが、たとえば写真の向こうに節子の温もりや魂を感ずるということです。

同じ物を見ても、見ているものは見る人によって違います。
同じ物を見ても、見ている時や状況によって見えるものは違います。
人の思いが認識を生み出し、それが事実を生み出します。

節子を見たいという強い意志が、もしかしたら、私の周りにあるたくさんの縁を引き寄せているのかもしれません。
そして、そうした縁が、節子の代わりに、私を支えてくれているのかもしれません。
なぜか私のまわりは、いつもあったかです。

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2011/02/12

■名古屋銀行の快挙

友人から教えてもらって「平等社会」という本を読みました。
公表されているデータを駆使して、経済的格差が社会問題や健康問題と深く関わっていることを検証しています。
そして、日本と北欧はまだまだ格差の少ない平等社会であることが示されています。
ところが、その日本の社会がいま急速に変質し、格差社会に向かっているといっていいでしょう。

格差を広げる要因はいろいろあります。
人口も工業生産額も右肩上がりに増えている時代には効果的だった仕組みが、右肩上がり状況から反転した途端に機能障害を起こしているものも少なくありません。
たとえば、企業の新卒者の一括採用システムもその一つです。
今年は大学卒業者の、少なくとも3人に1人は就職が決まっていないようですが、その人たちは社会に入る入り口でつまずいてしまった結果、格差社会の下層へと向かう確率がかなり高くなってしまうといっていいでしょう。
つまり学校を卒業した時点で、人生が決まってしまいかねない状況が、いまの若者を待ち受けているのです。
念のためにいえば、うまく企業に入社したところで、そう楽観はできません。
就職活動のためにきちんと学校では学べなかった人や企業の実態をじっくりと考えなかった人が、ミスマッチに気づいてせっかく入社した企業を辞めていく比率はかなり高いのです。
辞めずにがんばるためには、自らを捨てなければいけないというような状況もあります。

いま、人材育成研究会という場で、私もこうしたテーマを議論していますが、大きな仕組みを変えなければいけないと思っていました。
しかし、どうもそんなに大げさに考えなくてもいいかもしれないことを思い知らされました。
今日の新聞で、名古屋銀行が来年度から、卒業後3年以内の既卒者も、新卒扱いで採用すると発表したと報道されていました。
個別企業でもやれることはたくさんあります。
そのことを忘れていました。
こうしたちょっとしたことの積み重ねで、社会は変わっていくのかもしれません。
名古屋銀行が形だけではなく、しっかりと実質的に実行してくれることと、こうしたことが他の企業にもどんどん広がっていくことを期待します。

それぞれが持ち場持ち場でできることに取り組むこと、いま求められていることはそういうことかもしれません。
これは何も企業に限りません。
個人においても同じことです。
やれることをやっていく、改めて自分の生き方を考え直したいと思いました。

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■節子への挽歌1259:思い出せない記憶

節子
どっさりとチューリップが届きました。
毎年、新潟の金田さんから届くのです。
いろいろな色のチューリップが50本も届き、節子の周りが華やかになりました。
今年は雨が降らずに庭の花も枯らしてしまったりして、ちょっとさびしかったのですがこれで節子も満足でしょう。
私も、そのおすそ分けを楽しませてもらっていますが。

チューリップといえば、節子と一緒に行ったハウステンボスでも見事なチューリップを見たような気がします。
あの時も、長崎や佐世保の友人たちが私たちを歓迎してくれました。
ハウステンボスの記憶は私にはほとんどないのですが、その前夜、長崎でご馳走になったしっぽく料理を節子が喜んでいたのが思い出されます。
ハウステンボスでは確かホテルヨーロッパに宿泊した記憶がありますが、それ以外は私の記憶にはほとんど残っていません。

4月に認知症予防に関するフォーラムを開催することにしました。
思い立って、昨日、雪の中を最初の実行委員会を開催しました。
そこで、認知症は他人事ではないと話していたのですが、どうもすでに私もかなり進行しているのかもしれません。
節子と一緒に行った旅行なども、行ったことだけは思いだせるのですが、その旅行で何を見たのか、何をしたのかが思い出せないことが多いのです。
もしかしたら思い出したくないのかもしれません。
不思議なほどに、思い出せなかったり、まったく忘れてしまったりしていることが多いのです。
節子と一緒に、私の記憶のある部分が飛び出してしまったのかもしれません。

今回のチューリップがそうであるように、時々、忘れてしまった私の記憶に、何かを思い出させてくれる友人知人にとても感謝しています。
でも、時にそれは悲しさも思い出させてくれるのですが。

今日の寒さは尋常ではありません。

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2011/02/11

■八百長の定義の違い

八百長相撲事件がいつになっても決着が付きません。
八百長相撲の実体などは1週間もあれば全容解明されるはずですが、なかなかできません。
時間がかかるのは当然だと言うような人を座長にしているのですから、もともとやる気がないのでしょうが、それにしてもひどすぎます。
その一方で、被害はどんどん広がるのですから。

問題はかなり明確です。
放駒理事長は「過去には八百長相撲はなかった」と断言しました。
としたら、過去にやってきたことの延長でやっていたことは「八百長相撲」ではないのです。
つまり、相撲界の「八百長」の定義と社会のその定義とは同じくないのです。
そこに気づかないといけません。
力士はどの定義で考えればいいかがわかりません。
だから問題は解明されないのです。
考えてもみてください。
多くの力士はまだ10代や20代前半であり、社会的には「八百長」でも「八百長」ではない世界で育ってきたのですから、混乱して仕方がないでしょう。
それに携帯電話にはそれ以外のさまざまな情報が入っていますから、出したくはないでしょう。
野球賭博から八百長相撲へと飛び火したように、さらに何に飛び火するかもわかりません。
もはや協会も警察も信頼を失っていると言うことです。
警察も協会もばかなことをしたものです。
この影響はとても大きいはずです。

八百長とは何なのかをしっかり共有した上で、議論しなければいけません。
放駒理事長がいうように、「過去には八百長相撲はなかった」のであれば、今回の件も「八百長相撲」ではないのです。
お金のやりとりがあったのが悪いといいますが、気持ちのやりとりとお金のやりとりとはそんなにも違うのでしょうか。
もっと本質的なところから考えるべき問題です。

不謹慎ですが、むしろ「八百長相撲協会」をつくったらどうでしょうか。
昔のプロレスではよく八百長が話題になりましたが、それでもみんな楽しんでいました。
年の一場所くらい「八百長場所」ってのも面白そうです。
プロのスポーツは、今やお金で埋もれているのですから、それを放置しておいて、無垢な力士をいじめるのはあまりいい気持ちがしません。
今回は全員特赦の対象にしてやったらどうでしょうか。
春日錦も含めて、です。
むしろ役員や関係者には引責辞任してもらうとして。
裁かれる人が間違っているような気がします。

すみません、また不謹慎な暴論で。

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■人の表情

その人の生き方や思いは表情にでるものです。
私はそう思っています。

と言う視点で、昨今の政治家の表情を見て、みなさんはどう思われるでしょうか。
同じ表情も、人によっては違って見えるかもしれませんが、私の場合はこうです。

まず、小沢さんですが、とてもさわやかな自信を感じます。
この人が悪いことをしているはずがないと、単純な私は思います。
一方で、不器用さや憮然とした心情も感じます。
話は基本的にぶれていないところも、私には好印象です。
マスコミ情報や「有識者」の人が、なぜこれほどに嫌っているかがよくわかりません。

菅さんですが、暗い上に、自信のなさを感じます。
自分を持っていない人だろうと思ってしまいます、
それに言葉にさわやかさがありません。

最近の政治の動きは、内容的にコメントしたくなるような気がしないので、表情を観察するくらいしかしていないのです。
そうすると、逆に、本質が見えてくるような気もします。

私は暗いリーダーではなく、明るいリーダーを選びたいです。
みなさんはどうでしょうか。
それとも、私の味方はみなさんとは反対でしょうか。
小沢さんのほうが暗いよという人もいるのでしょうね。

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■節子への挽歌1258:「あめゆじゅとてちてけんじゃ」(

節子
雪です。

春に認知症予防をテーマにした公開フォーラムを開催することを急に決めました。
それで一緒にやってくれそうな人たちに数日前に急に案内を出し、今日、湯島で最初の顔合わせをすることにしました。
ところが雪です。
湯島のオフィスの外は吹雪くほどの雪です。
参加者はあるでしょうか。

雪を見ていたら、ついつい宮沢賢治の詩を思い出しました。
節子の参加していたコーラスグループでも歌っていた歌です。
「あめゆじゅとてちてけんじゃ」
賢治の妹が病床に伏せりながら、外の雪を見て、賢治に「あの雪を口にしたいので、とってきてくれないか」といったのです。
そういえば、この話は以前も書きました

暖かな部屋から外の雪を見るたびに、この言葉を思い出します。
大日寺の庄崎さんは、節子は彼岸で白い花に囲まれていると教えてくれました。
彼岸では雪は降るのでしょうか。
穢れのない彼岸には、きっと雪が降る必要はないのでしょうね。

そろそろ参加者が集まる時間です。
雪の中を来てくれるでしょうか。

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2011/02/10

■節子への挽歌1257:小節子が軽くなって帰宅しました

小節子が無事帰って来ました。
しかも少し軽くなってです。
節子の好きだったフィレンツェにほんの一部が残ったようです。
まあいいでしょう。

小節子が不在の間、チビ太は夜鳴きばかりしていました。
昼間は眠ってばかりなのに、夜になると東の方向を向いて、ひたすらに鳴くのです。
夜中に何回も起こされます。
蹴飛ばしたくなりますが、そういうわけにも行きません。
その上、小さな体なのに鳴き後はとても大きいのです。
声を出せない節子も困ったものですが、吼えるチビ太も困ったものです。

小節子が戻ってきたので、今日はチビ太は静かでしょうか。
そうだといいのですが、

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2011/02/09

■節子への挽歌1256:突然の不安感

節子
吉田銀一郎さんは、自殺未遂サバイバーを自称しています。
実にドラマティックな人生を過ごしてきました。
私が吉田さんに会ったのは昨年の11月5日ですが、以来、毎月2回ほどお会いしています。
今日は、その吉田さんのカミングアウトぶりに感激したという、菅野さんと3人で話をしました。
個人を生きている人には、私はとても関心があります。
その人のために何かできることはないだろうか、とついつい考えてしまうのです。

吉田さんはまだ「自殺未遂」した自分の人生にこだわっています。
そのこだわりがある限り、サバイバーとはいえないと、私は辛らつに話していますが、吉田さんの話を聞くたびに、人生や家族や夫婦や仕事について考えます。

菅野さんは、まだ若い女性ですが、彼女も自分の人生を生きています。
そのせいか、実に本質的なことをはっきりというのです。
とても刺激的な2時間になりました。
吉田さんもきっと少し前に進めたと思います。

人はそれぞれ「重荷」を背負って生きています。
その重荷の中身は、自分ではなかなかわかりませんが、誰かと話し合っているとだんだん見えてきます。
そして、誰かが背負っている重荷は、実は自分も背負っていることに気づかされます。

重荷を背負い合う関係を少しずつ広げていきたい。
そう思ってはじめたのが、コムケア活動ですが、重荷を背負い合うことは、そう簡単ではありません。
すべてを背負い合ってくれた節子の存在は、いまから考えるととても大きかったのです。
節子がいた頃は、ともかくなんでもすべて背負っても大丈夫という意識がどこかにあったのです。
ふらついたら、節子という支えがあったのです。
あまり頼れるほどの支えではありませんでしたが、精神的には大きな存在でした。
その節子がいなくなったいま、あまり安直に、重荷を背負い込むことは留意しなければいけないのかもしれません。

吉田さんと話していて、急にそんな不安感が襲ってきました。
吉田さんがどうのこうのというわけではありません。
話している合間に、あれもこれもと引き受けてしまった、いろんなことが思い出されてきて、急に不安になってきてしまったのです。
この不安感は、いったい何なのでしょうか。

吉田さんたちは帰りましたが、まだ胸がドキドキしています。
奇妙な挽歌ですみません。
節子に助けを求めたい気分で、ついつい書いてしまいました。

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2011/02/08

■「税引き後利益が過去最高」ですって?

「家電量販店大手5社の2010年4~12月期連結決算が8日出そろい、全社で経常利益と税引き後利益が過去最高となった」と新聞に出ていました。
家電エコポイント効果がかなり効いているようです。
私は、エコポイント政策には違和感を持っている人間ですが(要するに消費を加速するだけの税金の企業還元政策だと思うからです)、この大変な時期に、「税引き後利益が過去最高」などと聞くと、とてもおかしな気持ちになります。
そんなに利益を上げるんだったら、下請け業者に少しは利益を回してほしいですし、社員の時給アップや職場確保もしてほしいものです。

同じ新聞に、こんな記事もあります。
「民間調査会社の帝国データバンクが8日発表した1月の全国企業倒産集計(負債額1000万円以上)によると、倒産件数は前年同月比2・8%増の976件で、1年5か月ぶりに前年同月を上回った。」
私もいちおう零細な個人企業主ですが、実質的には倒産状態で、政府の企業支援策の対象にしてほしいのですが、その申請方法もわからないので、この数年、無給状態を続けています。
まあ、それは経営者としての私の能力と意欲の不足の結果なのですが、がんばっていても経営を持続できない中小企業も少なくないのです。

個人まで降りてくると、もっと状況は悪いです。
私は、自殺のない社会づくりネットワークに事務所を提供している関係で、その活動にもささやかに関わっていますが、時々、そこにまで電話がかかってきます。
私の周りには、年収200万円にも達しない、真面目な若者も少なくありません。

日本の社会は、まだまだ「大きいところにお金が集まる仕組み」のようです。
しかし、同時に、そこには「不幸」も集まっているのではないかと少し心配です。
不幸を担うのは、いつも人間だからです。
過去最高の税引き後利益は、企業減税でさらに増えていくわけですが、その利益を使う能力のある人はいるのでしょうか。
私にくれたら、うまく使ってやるのですが。
いや、お金がたくさん集まるときっとそんなことなどできなくなるのでしょうね。

あうことでかなりのお金が手に入った私の友人がこういいました。
「お金はあっという間になくなるものだ」と。
実際に、彼の、その大枚のお金は、もうどこかに行ってしまったようです。
せめて1000万円でも私にくれていたら、私ももう少し生活が楽になったのですが。
いや、反対かもしれませんね。

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■節子への挽歌1255:節子宛の手紙

節子
また節子に手紙が届きました。
今度、地元から県会議員に立候補される方からです。
信書の秘密に反しますが、開封させてもらいました。
節子がこの人を以前支持していたことを知っていますが、前回の選挙でその人は落選していました。
代わって当選した人も、私たちの知っている人でした。
地域で生活していると、いろいろな人間のつながりが育っていきますから、選挙などではどうしても「人情」が関係してきます。
選挙は必ずしも政策や理念で決まるものではないのです。
私は、それは必ずしも悪いことではないと思っています。

この挽歌に書いたかどうか忘れましたが、先月行われた我孫子市の市長選挙では私は現職に対抗して立候補した若い候補者を応援しました。
相手方の現職の市長の一番の味方は、私のよく知っている人でした。
節子の葬儀にまでわざわざ来てくれた人です。
にもかかわらず私は、相手方に加担しました。
その人がもし自ら市長に立ったのであれば、私はその人を応援したでしょうが、残念ながらその人が味方した人は私にはとても支持できない人でした。
節子がいたら、どうしたでしょうか。
今回は、たぶん私と同じ判断をしたでしょうが、話し合えないのが残念です。

それはともかく、ポストに節子宛の手紙を見つけるととても複雑な気持ちがします。
うれしいような、腹立たしいような、不思議な感覚です。
以前はどちらかといえば、腹立たしいほうが強かったのですが、最近はむしろちょっとうれしい気分なのです。
やはり私自身が変わってきているようです。
時間と共に変わることと変わらないことが、どうもあるようです。

ところで、この手紙ですが、彼岸に転居したと言って、郵便局に転送してもらえるといいのですが、無理でしょうね。
まあ一応、位牌の前に報告しておきましょう。

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2011/02/07

■郵便事業の民営化の成果

日本郵政グループの郵便事業会社は、相変わらず赤字を積みましているようです。
一度問題になった「ゆうパック」は毎年1000億円以上の赤字が出るおそれがあるとして、 大口顧客に対する割引料金を見直し、 値上げを検討することになったようです。
そもそも大口顧客に対する割引料金なるものがよくわかりませんが、赤字を続けているのは効率化が進まないためだそうです。
コストダウンできなければ、料金を値上げすればいい、どこかで聞いた発想です。
そうです、国家財政の話です。
歳入が足りなければ、税金を上げればいい、まさに今の日本の「常識」です。

そうした中で、減税を掲げて議会との対決に取り組んだ河村さんは、話題にトリプル選挙の3つを圧倒的な有意差をもって勝ちました。
抽象的な行財政改革などは、いかようにもごまかせますが、減税は私のような生活者にもわかりますし、それを前提に仕事をするためには本気で改革に取り組まざるを得ません。
生活者にとっては、そんなことは当然のことなのですが、そんな当然なことを主張している河村さんが特別な人に思えるのですから、不思議でなりません。

名古屋から新しい風が吹き出すのを邪魔するのは、消費税増税は回避出来ないと言っている、ものわかりのいい市民たちなのでしょうね。

ところで、そうした「ものわかりのいい市民たち」は、少し前に圧倒的に支持していた郵政民営化についてどう考えているのでしょうか。
そうした人たちへの「怒り」を、私は感じます。

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■節子への挽歌1254:心理的リアクタンス

節子はよく知っていますが、私はかなりの天邪鬼です。
実のところ過剰なほど素直な面とその反対に極度の天邪鬼が、私には同居しています。
そのことを知っていた節子は私をうまく操れたはずですが、節子もまたとても素直な人でしたから、人を操ることは不得手でした。

過剰な素直な面は、たぶん私の方が上手でした。
普通の常識を持っている人ならとても信じないようなことを、私はすぐに信じてしまうことがありました。
まあ「常識がない」だけかもしれませんが、どんなこともまずは信じてしまうのです。

その反面、相手が何かを決めつけて話している時には天邪鬼の心が出てきてしまいます。
そして、自分ではまったく思ってもいなかったことを、ついつい発言してしまいます。
私に何かをやらせようと思ったら、反対のことを言えばいいのです。

あることをやろうと思っている時、反対されると、多くの人はますますそのことをやりたくなるものです。
親に結婚を反対されるとますます結婚したくなるとう話はよくききます。
私たちもいずれも、最初、親に反対されました。
だから結婚したわけではありませんが、反対されたことを実行することは若い時には楽しいものです。
最近の若者は、そういうことがしにくくなっているため、精神的な問題を起こすことが増えていると私は思っていますが、この話はまたいつか時評編に書きます。

先日、ある人に、元気になったと手紙を書いたら、それを喜んで、親は元気でなければいけないと書いてきました。
その一言で、天邪鬼が首を持ち上げ出しました。
もう元気になったなどと言うのはやめようと思いました。
元気は、今の私にはふさわしくありません。
なによりも節子が悲しむでしょう。
節子は、間違いなく、私が元気をなくしていることのほうが喜ぶはずです。
妻を亡くした父親が元気だったら子どもはどう思うでしょうか。
悲しんでいるほうが安心するでしょう。
私なら、間違いなくそうだからです。
第一、私がいないのに、元気でははしゃいでいる節子など、許せまません。

説得者の意図した方向とは逆の方向に被説得者の意見や態度が変わることを、心理学ではブーメラン効果といいますが、なぜそうなるかについては、説得されると人は自らの自由が迫害されると感じて、自由を取り戻そうとする心理的なリアクタンスが発生するのだと言われています。
よくわかります、
人は自由でありたいのです。
くよくよしていても、メソメソしていても、あるいは元気でも、それは自分の気持ちのあるがままに任せたいのです。
私は、それを「わがままな生き方」として、自分の生き方の基本に置いてきました。
節子は、それを良く知ってくれていましたし、自分でもそういう生き方をしていました。
節子もまた、わがままでした。
嘘をつかない生き方をしていたという意味です。

心理的リアクタンスは、自らのアイデンティティを守ろうとする生命現象だろうと思います。
大きな生命現象に身を任すと、人は生きやすくなるのかもしれません。
悲しいときは泣けばいい、楽しいときは笑えばいい。
元気などという、わけのわからない言葉を自分で使ったことを後悔しています。

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2011/02/06

■節子への挽歌1253:節子の気配

節子
節子の写真を見ていると、どうしても節子がまだいるような気がしてきます。
なぜでしょうか。

先日、小畑さんから、奥さんの気配を感ずるのはどういう時ですか、と訊かれました。
答えられませんでした。
たしかに気配を感じた記憶があるのですが、具体的に思い出そうとすると思いだせないのです。
もしまた感じたら連絡しますと言ったのですが、この数日、意識していても、具体的な気配を感じないのです。

と言うのは、実は不正確で、ある意味では常に感じていることに気づいたのです。
気配というよりも、もっと現実感のある、一緒にいるという感じです。
写真を見ていると、その気配は強まります。
すぐそばに節子がいるような、そんな気さえするのです。
その気配の正体をつかもうと意識を集中させると、まさに節子が実体化するのではないかと思うほどに、すぐそばに節子がいるような、そんな気持ちになるのです。
ところが、実体化しそうなところまで来て、そこでとまってしまいます。
なにかとてもあたたかな雰囲気は感ずるのですが、そこから先にどうしてもいきません。
「ソラリスの海」の助けがあれば、たぶん実体化するのでしょう。
不思議な感覚で、これは節子を見送った後、いつになっても変わらない世界です。

小畑さんは、奥さんは鳥や花になって戻ってくると言っていたそうですが、鳥に奥さんを感ずることはありますか、とも訊きました。
なぜか即座に「ありません」という答が口から出てきました。
意識の上では、あれは節子かな、などと娘たちと話すことはありますし、昨年、庭にヒヨドリが巣を作った時にもそう考えたことはあります。
しかし、残念ながら、そうした鳥たちに無意識に節子を「感じた」ことはないのです。
意識の世界と無意識の世界は明らかに違います。
そしていま、私たちがたぶん共在しているのは、意識の世界ではなく、無意識の世界です。
意識の世界には、もちろん節子はいますが、それはあくまでも私の願望の世界でしかありませんから、私たちの世界ではないのです。

節子の写真を見ていて感ずるのは、間違いなく私たちの世界です。
その世界がまだ私には感ずるだけで実感できないのが、悔しくてなりません。
たぶん、節子には見えているのでしょうが、私はまだ小賢しい理性に阻まれて、見えてこないのです。
人類は、いつからこの小賢しさを身につけたのでしょうか。
彼岸と此岸を往来していた人たちがうらやましいです。

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■八百長社会

相変わらずテレビのニュースのトップは八百長相撲です。
娘が日本は平和だねとつぶやきましたが、そうなのかもしれません、
平和って、こう言うことではないような気もしますが。

八百長相撲のモデルは、八百長政治や八百長企業にあるのかもしれません。
八百長相撲はないけれども、星の借り貸しはあると昔ある親方から言われたと、ある人が言っていましたが、おそらく相撲業界には星の貸し借りが八百長、つまり悪いことだと言う意識がなかったのかもしれません。
そもそも「八百長」の語源は、人間関係や商売をうまくやっていく「知恵」だった面もあるようです。
その「八百長」も含めて「国技」ではないかなどと言ったら怒られそうですが、見せ物のスポーツにどうしてみんなそんなに厳格な要求をするのでしょうか。
八百長をすべて否定するような社会は、実に住みにくそうです。
もしそうした社会を目指すのなら、もっと根幹的なところの八百長行為を正してほしいです。
その最たる所は政治や経済かもしれません。
最近、エコポイント認定の「八百長」が発覚してしまいましたが、そちらのごまかしのほうが私には大きな意味があるように思います。

ところで、春場所が中止になってしまいました。
私は、それを聞いてこう思いました。
八百長相撲で迷惑をかけた上に、春場所中止でさらにめいわくをかけるのか、と。
せめて罪滅ぼしに春場所を開催するべきではないかと私は思いますが、やはり私の発想はどこかおかしいのでしょうか。

それにしても相撲界の不祥事でいつも思うのは、小さな時から相撲界という特殊な世界に閉じ込められて、いつのまにかおかしな道に誘い込まれた、無垢な若者たちの人生を狂わせているのは、一体誰なのかということです。
歌舞伎もそうですが、私にはそうした世界をどう考えていいのかわかりませんが、悩ましい問題です。

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■人間という種の育ち方

人間の持つ知性や言葉は、最終的には人間自身を支配し、不幸な状態へと追い詰める方向に機能することになる、と考えたのは、ホルクハイマーです。
昨今の国内外の政治状況を見ていると、その言葉を思い出さざるを得ません。
その一方で、テレビはその状況からみんなの目を背けるためか、知性や言葉の意味を嘲笑するような番組を増やしています、
そうした番組には腹立たしさを感じながらも、もしかしたらそこにも大きな効用があるのではないかなどと思ったりする昨今です。

言語は、成果志向型行為だけではなく、了解志向型行為のためにもあると言ったのはハーパーマスです。
そうした、理解しあうための行為を「コミュニケーション的行為」と呼んだのです。
ここでの「コミュニケーション」を私は「共創」と呼んできました。
この発想は最近さまざまなところで広がっているように思います。

ホルクハイマーが人間の知性に不安を持ったのは、自然支配を志向するキリスト教文化を根底にした近代西欧世界のパラダイムの中の人だったからだろうと思います。
もし彼が日本に生まれたら、たぶん違った発想が生まれたでしょう。
日本と近代西欧では「言葉」の持つ意味がまったく違うような気がします。
このあたりは、言語学者やコミュニケーション学者、あるいは社会学者のテーマというよりも、もっと大きな視点で考えないと見えてこない流れのように思います。
つまり、人間がどう育てられているか、ということです。

よく科学技術は大きく進歩したが、人間の理性そのものは進歩せず、変わっていないといわれます。
私はそう思っていません。
人間は大きく変わっています。
人間は環境との関わりあいの中で共進化していると私は思っているからです。
そのことは自分のことを考えただけでよくわかります。
生活環境の変化の中で、私の理性も欲求も大きく変わっているからです。

人間は間違いなく進化しています。
もちろんネアンデルタール人と現代人が同じ部分も多いでしょうが、非連続的なほど変質した部分もあるはずです。
但し、変質や進化が「良い方向」に向かっているかどうかは別の話です。
そもそもそうした価値判断は、どこに視点を置くかで逆転するものです。
ある意味では、科学技術の変化(進化)も良い方向だと思うのは、一つの見方でしかありません。

前置きが長くなってしまって、何を書こうとしたか忘れそうです。
書きたかったのは、どうしてみんなこうも、自らの成果志向型に向かうかと言う嘆きです。
与謝野議員の行動にその典型を見ますが、自らの小さな目的を目指すあまり、せっかくの一度きりの人生を汚し、不幸を招く人が多すぎます。
それが個人の問題だけにとどまればいいのですが、人の生はつながっていますから、決してそうはならないのが現実です。

エジプトの騒乱も日本の国会の騒乱も、どこか似ているところがあって、人間の育ち方が間違っていたのではないかという気がしてなりません。
間違った種は滅びに向かうはずですが、どこかで軌道修正できるのでしょうか。
私の個別の生を大きく越えた話ですが、その問題は私自身の生にも深くつながっているように思っています。
まだまだ自分自身の生き方に問題がありそうです。

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2011/02/05

■節子への挽歌1252:閉じられた愛と開かれた愛

今日は、とても理屈っぽい話です。
表題は内容とあまり関係はありません。

一昨日の時評編で、ネグリの言葉を引用しました
その時は気づかなかったのですが、後で、私の節子への愛もネグリのいう「息の詰まるような閉鎖空間に限定されている愛」だったのだろうかと考えてしまいました。

一昨日も引用しましたが、ネグリはこう書いているのです。

近代の愛の概念はほとんどといっていいほどブルジョアのカップルや、核家族という息の詰まるような閉鎖空間に限定されている。愛はあくまでも私的な事柄になってしまった。私たちは近代以前の伝統に共通して見られる公共的で政治的な愛の概念を回復しなければならない。
この言葉にはとても共感できます。
では、私の場合はどうであったか。
この挽歌を読むと「閉鎖空間での愛」に閉じ込められているのではないかと思われそうですが、私の空間概念はいつも開けたものです。
なぜならば私が空間の中心にいるからです。
しかし、それは決して独我論的空間を意味しません。
それは、すべての能動的な起点が自分自らにあるというだけの意味です。
そのベクトルは全方向的に、しかも無限に向かっているのです。
課題は、そのベクトルの先に向かって何ができるかです。
これが、私の生き方の基本です。

ですから、前にも書いたように、私には「愛される」というような受動的なことは「愛する」という能動的なことの一面でしかないと考えているのです。
今様にいえば、一人称で語ることしか、私には興味がないのです。
その一人称には、おのずと世界も含まれます。
私は、私とその環境だからです。

そして、私がそうであるように、すべての人がそうした空間をもっていることを前提にしての空間概念が、私の空間概念であり、世界観です。
挽歌にはふさわしくないややこしい話ですが、挽歌を書いていると、そうした発想がどんどん広がっていくのです。

私の節子への愛は、決して閉じられたものでありませんでした。
節子の向こうには開かれた世界があったからです。
もちろん節子も同じだったはずです。
まずは最も身近な節子を愛することで、世界中の人を愛することがはじまります。
私たちが好きだったのは、宮沢賢治です。
このことは以前一度書こうと思いながら、なかなかうまく書けずにいました。
今もあまり自信がありませんが、いつかきっと書けるでしょう。

言葉はとても難しく、当然のことながら、私の言葉もいろいろと誤解されているようです。
以前は頭で考えていたコミュニケーション論が最近は自らの問題として、とてもよく実感できるようになりました。
言葉はまさに、関係性の中で意味を育てていき、それに伴ってまた、言葉が生まれてくることを体感しています。
改めてハーバーマスを読みたくなってきています。

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2011/02/04

■八百長相撲

以前から噂されていた八百長相撲が否定できない事実として暴露され出しています。
その報道があまりに多すぎるのに辟易しています。
相撲ジャーナリストと称する人たち(たとえば杉山さん)も、怒りを見せながら驚いていますが、私はその姿を見ながら、驚きながら怒りを感じます。
彼らが知らなかったはずがありません。
もし知らなかったとしたら、ジャーナリストとは言えないでしょう。
それも知らずに、何がジャーナリストだと言いたい気がします。

こうした事例は山のようにあります。
前にも書きましたが、官僚の居酒屋タクシー事件や年金横領の話など、その世界にいる人たちは少なからず噂などは耳にしているでしょうし、それを取材している人たちもまた見聞しているはずです。
これまで広範に、しかも長期にわたって行われていることにもし気づいていないとしたら、よほどふまじめな取材をしていたとしか思えません。
もちろん正確には知らないとしても、裁判にもなっていることですから、もし少しでも噂が聞こえたら、調べるのが当然です。
それは相撲協会の関係者も同じことです。
調べなかったのは、彼らが知っていたからでしょう。
そう思うのが普通ではないかと思います。
野球賭博の時にも書きましたが、一蓮托生なのです。
八百長相撲裁判で判決を出した裁判官や弁護士も私には同じ仲間に感じられます。

ところで、今日のテレビで、こんな話が出ていました。
負け越すと100万円の給料がゼロになり、生活が一変する。だからこれはそうならないようにするための、助け合いの仕組みなのだ。
アメリカの経済学者の調査では、千秋楽に7勝7敗の力士と勝ち越しを決めた力士の勝負では、ほぼ8割が前者が勝って勝ち越すのだそうです。
私は感心しました。
不条理の世界には、必ず支え合い助け合う仕組みができるものなのです。
八百長は悪いですが、この話を聞いて私はとても感心しました。

私はスポーツのほとんどがいまや商業主義化していて、多かれ少なかれ、八百長的だと思っているので、それ自体にはあんまり怒りは感じないのです。
悪いのは一体だれなのか、問題はそんなに簡単ではなさそうです。

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■節子への挽歌1251:節子も66歳になりました

昨日、娘が敦賀にいる節子の姉に電話しました。
彼女の誕生日だったのです。
節子の姉妹は1日違いの誕生日でしたので、お互いに誕生日には電話しあっていたのです。
その文化が、節子がいなくなったいまも残っています。
娘が電話したら、姉が「節っちゃんも明日で66歳だね」と言ったそうです。

今日は節子の66歳の誕生日です。
朝、娘と一緒にお墓参りに行きました。
娘が言いました。
普通は亡くなってしまうとそこで歳をとらなくなるのにお母さんは歳をとっているんだ、と。
その言葉が、私にはとても現実感がありました。
私が歳をとっているのに、節子が歳をとらないわけはありません、

それにしても、節子はなかなか戻ってこないね、と娘にいいました。
私のそういう言葉には娘は慣れていますが、本当にそう信ずるようになると大変だね、と笑いながらいいました。
娘は、私が本気でそう思っていないと思っているわけです。

たしかに、今の私は、節子が戻ってくるとは思っていません。
それは願望でしかありません。
しかし、どこかに、戻ってくるのを待っているという感覚もあるのです。
そして、その「待つ」という感覚が、実は私の支えにもなっているのです。
信じたくない事実を受け入れるのを保留しているわけです。
それに、「待つことがある」ということは、生きる力を与えてくれもします。

ところで、そう思い続けていると、娘が言うように、本気でそう信じだすかもしれません。
もし、そうなったとしたらどうなるでしょうか。
痴呆の始まりにされるのかもしれません。
いや、もうすでに、私はいささか痴呆化が始まっているのかもしれません。
なぜなら、時々本気で待っている自分に気づくことがあるからです。

節子の友だちから絵手紙が届きました。
節子の誕生日は2月4日、節分の「節」をとって、節子と名づけられたのです。
そのおかげで、節子の友だちは節子の誕生日を覚えていてくれるのです。
節子の位牌の前に、その手紙を置いて、返事くらいは自分で出せよ、と言っておきました。
彼岸からでも、手紙くらいは出せるでしょう。
そう思うのは、やはり私の痴呆が始まっているせいでしょうか。

節子も66歳。私たちも歳をとったものです。
節子にいつも言っていたように、私は早くボケの世界に入りたいです。
ボケの世界はきっと平和で、豊かではないかと、昔からずっと思っているのです。
節子に苦労させられなかったのが、ちょっと残念です。
呆けた私と付き合うのはけっこう大変だったでしょうから。

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2011/02/03

■エジプトの住民たちの愛の表情

エジプトの状況がかなり深刻になってきたという情報が、ネットでいろいろと配信され出しています。
日本のテレビで観ている情報だけだと世界を見間違うこともありそうです。

それはともかく、中近東に広がりつつあるマルチチュードの波には、戻ることのないような勢いを感じます。
その根底にあるのは、やはりネグリがいうように、「愛」かもしれません。
ネグリは「マルチチュード」でこう書いています。

愛の概念こそ、私たちがマルチチュードの構成的権力を理解するために必要なのである。
ネグリがいう「愛」は、近代が矮小化した「私的な愛」ではありません。
彼はこういうのです。
近代の愛の概念はほとんどといっていいほどブルジョアのカップルや、核家族という息の詰まるような閉鎖空間に限定されている。
私たちは近代以前の伝統に共通して見られる公共的で政治的な愛の概念を回復しなければならない。
テレビで見るエジプトの人たちの表情には「愛」を感じます。
銃を持った軍隊の前でさえ、彼らはおじけることはありません。
エジプトに限らず、そうした光景を見るたびに、私はネグリのこの言葉を思い出します。
彼はまた、そうした「愛」は「死」と同じくらい強力だとも書いています。

反政府デモをしているしているマルチチュードのなかにラクダや馬で突っ込む大統領支持者もしくはその傭兵たちの表情はどうでしょうか。
彼らを動かしているのは、愛ではなく金かもしれません。
そしてもう一つの違いは、彼らの行動は「管理された行動」なのです。
いずれの力が大きいかは、一概には言えません。
しかし、今回は前者、つまり「愛」が勝つだろうと思います。

ネグリはこうも書いています。

この愛がなければ、私たちは無に等しい。
果たして今の日本には、愛があるのか。
エジプトと日本と、どちらが平和なのか、時に迷うことがあります。

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■節子への挽歌1250:おかしな夫婦

節子
昨日、小畑さんから、佐藤さんたち夫婦は似ていますよね、と言われました。

節子が私と結婚した理由の一つはたぶん頭が混乱したことだったと思います。
田舎育ちのために、たぶん私のような人間には会ったことがなかったのでしょう。
私と会ったころの節子は、人を疑うことなどまったく知らない純真な人でした。
だんだん人が悪くなっていったのは、私のせいかもしれません。
もっとも節子にも、それなりの「素質」はありましたが。

私も当時は同じように「純真」でした。
悪いことに、その上、現実感がありませんでした。
「頭で生きている」という感じでした。
しかし、当時の私は別に自分が変わっているなどとは思ってもいませんでした。
友人知人とは基本的な価値観が違っていることは感じていましたが、
さほど落ちこぼれることもなく、仲間はずれにもされずに、友人には恵まれていました。
肩肘張って生きていたわけでもありませんでした。
会社に入っても、地で生き続けられたのは、今から思えば、私の愚鈍さのおかげだったかもしれません。

付き合いだした頃、節子はよく言いました。
東京の人の話はよくわからない、と。
しかし、まもなく、それは東京の人だからではなく、私だからだと、節子は気づきました。
その後は、修さんは変わっていると言いだしました。
私は得意の論理を駆使して、変わっているのは私でなくて他の人だと説得しました。
完全には納得しませんでしたが、節子にはかなり腑に落ちた感じでした。
その時はすでに私の世界に落ち込んでいたわけです。

結婚してしばらくして、やはり節子が私を少しおかしい人だと思っていることを知りました。
しかし、「おかしい人」と結婚しようと決める人もまた「おかしい人」です。
つまり私たちは「おかしい夫婦」だったわけです。
どこが「おかしい」のかと言われると答えに窮します。
実際、どこもおかしくないのです。
「他者にはできるだけ迷惑をかけない」「自らに嘘をつかない」、それくらいが私たちの基本ルールでした。
重要なのは後者です。
世の中の「常識」であろうと、自らが納得できないことには従わないのが、「自らに嘘をつかない」ということです。
そうした生き方を貫くと、どうも「おかしな人」になりかねないのが現代のような気がします。
不登校になったり、引きこもったりする子どもたちの多くも、嘘をつけない人かもしれません。

おかしな夫婦にとっては、自らと一緒に生きてくれる人の存在は大きな支えです。
いや、支えというよりも力というべきかもしれません。
それが私たちの関係でした。
その一方がいなくなり、一人になってしまうと生きる力が削がれてしまうのは仕方がありません。

おかしな生き方をしていると、喜びも大きいですが、悲しみも大きいのです。
それは甘んじて受け容れなくてはいけません。

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2011/02/02

■節子への挽歌1249:「看取り」

節子
死の問題に取り組んでいる小畑さんが、「看取りの教科書」を出版したいのだが、そこに原稿を書いてくれないかと相談に来ました。
小畑さんは、私の事情をよく知っている方で、節子の看病時にも私に気遣いをしてくださっていた方です。
この挽歌も読んでくれていて、節子を見送った後の私の状況もよく知っています。
かなり迷ったようですが、遠慮しながら打診してきました。

お話を聞いた時、最初「看取り」という言葉がどこか遠い世界の言葉のように感じました。
しかし、言われてみれば、たしかに私は節子を看取ったのです。
小畑さんからこの言葉を聞かされるまで、その認識が私にはまったくありませんでした。
まだ節子が生きているような、そんな意識をずっと持ち続けていたわけです。
その認識は持てたのですが、何を書いていいか、まったく思いつかないのです。
その本の出版企画書ももらっていたのですが、なぜか頭に入りません。
それでそのことを正直にお伝えしました。
書きたくないとか、書けないとかいうのではなく、何を書いていいか思いつかなかったのです。
誰かに引き出してもらえれば対応できるかもしれないと小畑さんに伝えました。
そうしたら小畑さんはライターの方と一緒に、今日、取材に来てくれました。
会うまでは、正直、ちょっと気が重かったのです。

ところが、小畑さんとライターの方と3人でいつものように話していたら、自然といろんなことを思いだしてきました。
涙が出ることもなく、むしろ楽しく話せました。
そんな話で本の原稿になるか心配だったのですが、帰宅して改めて小畑さんからいただいていた出版企画書を読み直してみました。
驚いたことに、私が思っていたことと違うことがそこに書かれていたのです。
前には一体何を読んでいたのでしょうか。
もしかしたら、以前は「看取る」という言葉に呪縛されて、意識が固まってしまっていたのかもしれません。
同じ文章を読んでも、意識によってまったく違った受け取り方をするものです。
哲学の世界では「解釈学的転回」という言葉がありますが、まさにそれを実体験した気分です。
今日、話をすることによって、意識の呪縛が解け、まったく違うように解読できたわけです。

だからといって何を書いていいかがわかったわけではありませんが、こんな話をすればよかったなというような思いが出てきました。
もしかしたら、今日の話し合いで、私の体験を相対化する第一歩が踏み出せたのかもしれません。
思ってもいなかった質問も受けましたし、とてもわかってもらえないと思っていた「危うい話」も小畑さんは誠実に聴いてくれました。
たとえば、大日寺のロウソクの話や通夜の後の私と節子の会話の話です。
何を言っても、今日の2人は受け入れてくれました。
それが、呪縛が解けた一因かもしれません。
看取りにはスピリチュアルなことへの理解も大切と思っている小畑さんは、むしろそうした話に関心を寄せてくれました。

同じような状況にある人たちの話し合いの効用がよく語られます。
自助グループ活動です。
そうしたグループに参加しようという気はまったく起きないのですが、その効用が少し理解できたような気もします。
でもまだそうしたグループに行く気にはなれませんが。

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2011/02/01

■フェイク・イベント

日本ハムに入団した斎藤佑樹投手の人気がすごいです。
昨日の沖縄入りの那覇空港には1000人を越えるファンや報道陣が集まったそうです。そういう光景をテレビで流すことで、また人が集まってきます。
貧困問題や格差問題の深刻化が進む中で、どうもちぐはぐな感じがしますが、実際には両者はたぶんコインの裏表なのでしょう。
名古屋市の市長選で、河村さんが「汗を流す人が苦労し、汗を流さない人が楽をしているのはおかしいでしょう」といつも言っていますが、今の経済や政治の仕組みはそうした状況を加速させています。
そして多くの人は、それがおかしいとさえ思っていないようです。

斎藤投手の追っかけ女性たちは、自らがどういう影響を社会に与えているかをもっと認識すべきでしょう。
彼女たちが貧困を作り出す元凶だろうと、あまり論理的ではないかもしれませんが、私は考えています。

河村さんが言うように、この社会は汗をかかない人ほどお金を手に入れられるようになっている気がします。
それは悪いことではありません。
まじめに働く人はお金ではない、もっと価値のある報酬をもらえるからです。
汗をかかずに手にいれたお金は、マスコミに乗せられて消費するのがせいぜいで、その結果、生活は壊れていきます。
しかし、生活の壊れは個人の問題でとまりはしません。
汗しながら、金銭的には貧しくても、豊かな生活を送っている人たちをも巻き込んでいきます。
なぜならすべての人の生活はつながっているからです。

お金の無駄遣いがある閾値を超えると、社会の価格体系に影響を与えます。
商品の価格はその商品に内在する価値によっては決まりません。
人気が高まれば、ただの石ころだって際限なく高価になっていくのです。
その役割を担うのが、たとえば斎藤投手の追っかけ女性たちです。
すべてとはいいませんが、そんな気がします。
そうした動きが極端に進むのがバブル経済です。
実体経済とは関係なく、そこでは金銭が悪さをし始めます。
お金が人の心を壊していきます。
そしてお金がないと生きていけないと思わせてしまう社会が広がるのです。
貧困はたしかになくさないといけないとは思いますが、昨今の貧困の捉え方には違和感があります。
問題は「金銭的貧困」ではなく「貧困の条件」です。

「フェイク・イベント」とはボードリヤールの言葉だったと思いますが、
彼は、「情報のネットワークをつうじて感染する沈黙の伝染病」が実体のない出来事を創りだすと指摘します。
斎藤投手の追っかけ女性たちの映像を繰り返し見せられて、仕掛けられたフェイク・イベントのにおいを感ずるとともに、この人たちこそ貧困層ではないかと思いました。
そう思う私のほうが、よほど心が貧困だと怒られそうな気もしますが、昨今のフェイク・イベントブームにはついていけません。
生まれた時代を間違えてしまったのかもしれません。

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■節子への挽歌1248:「あの人は本当に変わったひとだ」

節子
節子がいたら喜びそうな話です。

節子も知っているパオスの中西さんが、ご自分が主催するビジネススクールの公開シンポジウムで私の話をしたそうです。
そのビジネススクールで、私が一度講演させてもらったのですが、それを話題にしたようです。

中西さんは「企業というものは社会性があることが当然、というおもしろい授業をされた佐藤修先生」と紹介してくれたようですが、それを聴いた人が私に教えてくれたのです。
そこまではいいとして、そのメールには、もう一つおまけがついていました。
当日は、多摩大大学院教授の紺野登さんもお話されたそうですが、紺野さんも私のことに言及され、「あの人は本当に変わったひとだ」と言っていたというのです。

紺野さんと知り合ったのはつい最近です。
いくつかの偶然が重なって、私の友人たちから私の話を聞いて、先月湯島に来てくれたのが初めての出会いでした。
その時には、極めてまともな企業論や経営論を話し合っただけですが、その紺野さんから「本当に変わったひと」と言われるとは、一体どうなっているのでしょうか。

ところで、この私宛のはずのメールが、間違ってあるメーリングリストに流されてしまいました。
そうしたらすかさず、若い友人が反応しました。

「あの人は本当に変わったひとだ」
ぼくもそう思います(笑)
一体どうなっているのでしょうか。
私が「本当に変わった人」ですって。
そんなはずはないのです。
私ほどまっとうで、普通の人はいないのではないかという自負が私にはあるのです。

節子
節子も結婚前は私のことを「変わったひと」と思っていたようですが、まだまだそういう誤解をしている人が少なくありません。
どうしたら、その誤解を解くことができるでしょうか。
それとも本当に私は「変わったひと」なのでしょうか。
節子ならきっと笑ってこういうでしょう。
「修さんは変わってなんかいないわ、すこしおかしいだけよ」

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