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2011/02/03

■節子への挽歌1250:おかしな夫婦

節子
昨日、小畑さんから、佐藤さんたち夫婦は似ていますよね、と言われました。

節子が私と結婚した理由の一つはたぶん頭が混乱したことだったと思います。
田舎育ちのために、たぶん私のような人間には会ったことがなかったのでしょう。
私と会ったころの節子は、人を疑うことなどまったく知らない純真な人でした。
だんだん人が悪くなっていったのは、私のせいかもしれません。
もっとも節子にも、それなりの「素質」はありましたが。

私も当時は同じように「純真」でした。
悪いことに、その上、現実感がありませんでした。
「頭で生きている」という感じでした。
しかし、当時の私は別に自分が変わっているなどとは思ってもいませんでした。
友人知人とは基本的な価値観が違っていることは感じていましたが、
さほど落ちこぼれることもなく、仲間はずれにもされずに、友人には恵まれていました。
肩肘張って生きていたわけでもありませんでした。
会社に入っても、地で生き続けられたのは、今から思えば、私の愚鈍さのおかげだったかもしれません。

付き合いだした頃、節子はよく言いました。
東京の人の話はよくわからない、と。
しかし、まもなく、それは東京の人だからではなく、私だからだと、節子は気づきました。
その後は、修さんは変わっていると言いだしました。
私は得意の論理を駆使して、変わっているのは私でなくて他の人だと説得しました。
完全には納得しませんでしたが、節子にはかなり腑に落ちた感じでした。
その時はすでに私の世界に落ち込んでいたわけです。

結婚してしばらくして、やはり節子が私を少しおかしい人だと思っていることを知りました。
しかし、「おかしい人」と結婚しようと決める人もまた「おかしい人」です。
つまり私たちは「おかしい夫婦」だったわけです。
どこが「おかしい」のかと言われると答えに窮します。
実際、どこもおかしくないのです。
「他者にはできるだけ迷惑をかけない」「自らに嘘をつかない」、それくらいが私たちの基本ルールでした。
重要なのは後者です。
世の中の「常識」であろうと、自らが納得できないことには従わないのが、「自らに嘘をつかない」ということです。
そうした生き方を貫くと、どうも「おかしな人」になりかねないのが現代のような気がします。
不登校になったり、引きこもったりする子どもたちの多くも、嘘をつけない人かもしれません。

おかしな夫婦にとっては、自らと一緒に生きてくれる人の存在は大きな支えです。
いや、支えというよりも力というべきかもしれません。
それが私たちの関係でした。
その一方がいなくなり、一人になってしまうと生きる力が削がれてしまうのは仕方がありません。

おかしな生き方をしていると、喜びも大きいですが、悲しみも大きいのです。
それは甘んじて受け容れなくてはいけません。

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